獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

出発前夜

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 三巳の準備も済んで、到頭旅立ちも明日に控えました。
 今日は三巳の為に山に住む生き物達が、種族も忘れて一斉にお見送り会を開いてくれる事になりました。場所は桜林です。時間は夕方から夜に掛けてです。

 「夜桜祭りも楽しいんだよ」

 主賓の三巳は今回はお手伝い無しです。
 窓越しに忙しなく行き来する山の民達を、三巳はワクテカと視線で追っています。近くを通る山の民が手を振ってくれる度に、三巳の尻尾も元気良くパタパタと振られています。

 「三巳」

 そこへリリが神妙な顔付きでやって来ました。

 「おー、リリ。どした?」
 「うん。あのね、お話し、というかお願いがあるの」

 ひたと視線を合わせて覚悟を伝えてきます。
 三巳もリリに合わせてほにゃんとだらし無い顔を一変させました。リリの側に行き話の続きを促します。

 「ロキ医師と三巳のお母様とお父様と相談した事なの。
 三人ともリビングにいるから来て貰っても良いかな?」
 「うん。わかった」

 リリに連れられてリビングにやって来ました。
 リビングではローテーブルを挟んでロキ医師とネルビー、真向かいに美女母とクロが座っています。
 リリは三巳を美女母とクロの間に座らせると、自分はロキ医師とネルビーの間に座りました。

 「私も連れて行ってください」

 リリは姿勢をピンと正すと頭を下げました。
 丁寧なお願いをされて、三巳は下げたまま起こさないリリの頭をジッと見ます。リリの真意を推し量っているのか、珍しく三巳の耳と尻尾は姿勢良く立っています。暫くしてリリの決意が固い事を感じとり、毛先がピクンと動きユラユラ揺らし始めました。

 「うーにゅぅ……。連れてったげたいのは山々なんだけどなー。ここに来た時のリリの様子を考えると「はいどうぞ」と簡単に言って良いものか……」

 三巳は山の中で発見した、当時のリリの怪我を思い出して唸ります。

 「心配してくれて有難う。でも、私ももう前のままの私じゃないわ。ここで、三巳のいるこの山で、沢山の事を学んだのよ」

 リリは山に来てからの事を思い出しながら言います。胸に詰まった思い出に手を当てて、それはとてもとても幸せそうに笑み崩れました。

 「むむむっ」

 そこまで言われた三巳は、心配する気持ちと、リリを信じる気持ちが鬩ぎ合いになってどうしようかと頭を悩ませます。

 「大丈夫じゃよ。リリはワシの自慢の娘じゃからな。
 医学も薬学も一通り教えてある。外に出て見聞を広めればさらに飛躍もするじゃろうて」

 リリはロキ医師に太鼓判を押されてウルリと瞳が揺れました。

 「まあ、あれよの。そもそもリリの軌跡を辿る旅だしのぅ。本人が望んで拒むのも可笑しな話よ」

 美女母に言われ(それもそうなんだけどね!)と思う三巳ですが、それでも心配は拭えません。

 「リリちゃん可愛いからねぇ。三巳が心配するのもわかるよ。でも三巳なら守れるだろう?私達の自慢の娘なのだから」

 クロに誇らしく言われ、三巳は自分に対する信頼度の強さに嬉しくなりました。それと同時にじゃあ自分はリリを信頼してないのかとも思いました。
 三巳は首をプルプルプルと振って深呼吸を深く深くします。そして改めてリリの瞳を見つめ返しました。

 「外の危うさは三巳よりもリリのが知ってるだろう。三巳から決して離れないって約束してくれるか?」
 「勿論」

 三巳が問えばリリは即答します。

 「わかった。じゃあ一緒に行こう」

 三巳は今のリリなら大丈夫。何かあっても三巳がいるし何とでもなる。と覚悟を決めました。
 了承を得たリリはホッと安堵の息を漏らします。
 そこに真面目な空気を両断する者が現れました。

 『さっきからおれを忘れてないか!?リリはおれが守るんだぞ!』

 ネルビーです。
 実は話が始まってから存在を忘れられてる気がして悲しんでいたのです。そのまま話が終わりそうだったので思わず体を乗り出して抗議したのでした。

 「僕も行く!」

 そしてそれはロダも同じでした。
 開いた窓から顔を突き出して元気に挙手をしてきました。
 みんなの目が一斉にロダに突き刺さります。

 「盗み聞きか」

 三巳の胡乱な目に、ロダは視線を逸らします。

 「と、通り掛かったら、たまたま聞こえて……」

 そしてそのまま最後まで聞いてしまっていたのです。最後までは言いませんでしたが。
 ロダの恋を知る三巳とロキ医師はうーんと唸ります。
 リリを守る手が増えるのは良いし、ロダの恋路を邪魔するのも憚られます。
 ただ力不足は否めません。

 「愛しい人は自分で守るものだよ。それを他者が決めて良い問題ではないと思うんだけどねぇ。
 それに少年にも良い社会勉強になると思うのだけれど」

 悩んでいると、ロダとリリを交互に見て首を傾げたクロが言いました。

 「うむ。その通りよな。クロはほんに良い男じゃのぅ」
 「むぎゅ」

 美女母がデレデレに顔を緩めて真ん中にいた三巳ごとクロを抱きしめました。
 ロダは思わぬ味方を得て気色ばみます。ここぞとばかりに両拳に力を込めてウンウン頷き懇願します。
 ジト目でロダを見返す三巳は、大きくため息を吐くと(仕方ない)と諦めました。

 「自分の身は自分で守れるな?」
 「勿論!それに僕もリリを守る!」

 リリの前ではヘタレなロダも、同年代の年長組としてはトップの実力者です。三巳はその頑張りを認め、いざとなればみんなは自分が守れば良いと、同行を認めたのでした。
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