獣神娘と山の民

蒼穹月

文字の大きさ
上 下
71 / 358
本編

旅は道連れ出逢い旅

しおりを挟む
 天気が良くて吹く風が涼やかだと、山歩きも気分良く鼻歌混じりに進めます。
 三巳は相変わらずの調子っ外れな鼻歌を奏でながら、山道を先導しています。
 その後ろからリリとロダが付いて来ます。
 今日は三巳が計画した旅行なので、外敵の心配は一切しなくて大丈夫です。
 何時もなら後ろについて警戒するロダも、今日はリリの隣を歩いています。山の斜面側を歩き、リリを転落の危険から守っているのです。

 「およ?珍しいな」

 背後のピンク色の緊張感など何のその。マイペースを崩さない三巳は、前方からやって来る影を見て声を上げました。
 両手を目の上に当てて遠くを見やる三巳に、リリとロダも何だろうと目を向けます。
 するとゴマ粒程の黒い影が、少しづつ近づき大きくなっていくのが見えました。
 点のようだった影は次第に輪郭をはっきりさせて、その姿を明確にします。

 「っっ熊!?」
 「可愛い!」

 現れたのは大きくて真っ黒い毛の熊でした。
 竹の子狩りでは山の民達を脅かした存在ですが、今日は三巳が先導を切っているのでロダも慌てません。
 熊は三巳の前で止まるとお行儀良くお座りをしました。そして三巳と何やら話し始めます。

 「がう、がうがうぐお」
 「ほうほう、そうかー」

 人間語以外わからないロダは大人しく見守りますが、その隣ではリリが悶えていました。

 「モフ……!モフとモフがモフモフと……!」

 語呂力が死んでいました。
 暫く話し合った後、三巳は振り返って言いました。

 「あのなー、熊五郎がリリ乗せて参加したいんだって。
 んでな、ロダはどうでも良いけどリリを悲しませたくないからどうしてもって言うなら俺を倒せば乗せてやらんでも無くも無い。
 って言ってる」

 言われて熊こと熊五郎を見ると、ロダを鼻で笑って器用にもニヤリと口角を上げました。
 ロダは乗らないという選択肢もあるけれど、あからさまな挑発に乗らないのは男が廃りそうだと感じました。

 「良いよ。受けて立つ」

 リュックを置いて身軽になったところでファイティングポーズを取ります。
 しっかり隙無く構える姿は様になっていて、リリは何時もと違う凛々しいロダに見惚れました。

 「おー、また暫く見ない間に腕を上げたなー」
 「ぐるる」

 三巳は熊とロダの間から距離を取りつつ関心しました。
 熊五郎も目を眇めて油断なくロダの動きを探ります。
 一触即発のピンと張り詰めた気配が、朝の空気に満たされます。
 最初に動いたのは熊五郎でした。
 一向に動く気配を見せないロダに、痺れを切らした様です。前脚を大きく広げて上から覆い被さってきました。
 ロダは慌てず熊五郎の動きに合わせて体を滑り込ませ、熊五郎の力を利用して軽い動作で投げ飛ばしてしまいました。
 油断していた熊五郎は見事にドーンと背中を打ちます。そして場所が悪かったのか、そのままの勢いで斜面を転がり落ちてしまいました。

 「熊五郎―――!!」

 悲痛な叫びを上げるリリの声にロダは素早く反応して、転がる熊五郎を追って斜面を降って行きました。

 「おおー、やるなーロダ」

 熊五郎も体制を立て直して止まろうとしますが、巨体故の重量が落下スピードを上げて上手く立て直せずにいます。
 ロダも木から木へ素早く飛び移りながら魔法を練ります。そしてあわや熊五郎が木にぶつかりそうになる前に、なんとか魔法を発動しました。
 熊五郎は木にぶつかる寸前でロダの風魔法のクッションで事無きを得ました。流石にちょっと怖かったのか、真っ黒い毛なのに青褪めて見えます。
 ロダは慎重に熊五郎に近寄ると、ヒョイと意図も簡単に抱き上げてしまいました。
 熊五郎は思わぬ怪力にビビってピシリと固まってしまいます。怪力では無く、ただの強化魔法なのですが。
 ロダは熊五郎が暴れないので楽々と斜面の上に戻って来ました。

 「多分大した怪我は負ってないと思うけど、一応見てあげてね」

 ロダは熊五郎をリリの前にお座りの状態で降ろすと、熊五郎を優しく撫でてリリにお願いします。

 「ありがとう!ロダ!
 ロダって本当に良い人ね!」
 「!リリリリリリ!どどどどういためしまして!?」

 リリはロダの強さと優しさに、ほおを紅潮させ目を輝かせています。
 好きな子から手を胸の前で組んで見上げ、前のめりでお礼を述べられたロダは、目をグルングルンと回して呂律の回らなくなった口で言葉にならない言葉を発します。
 それはリリにとっては何時もの事なので、ニコッと笑うと直ぐに熊五郎に向き直します。
 一通り診て軽い傷だけなのを確認すると、安堵の息を吐いて持って来た薬を塗ってあげました。

 「グルル」

 リリに治療をして貰い大満足の熊五郎は、四つ脚で立つとクイっと顔で背中を指して唸りました。

 「ヘタレた弱っチョロい坊主かと思いきや、なかなかやるじゃねえか。
 仕方ねえから認めてやらなくも無くは無い。乗れや。
 あ!言っとくけどリリとの事を認めたわけじゃ無いんだからね!
 と、言ってる」

 三巳が熊五郎の口調を真似て通訳しました。

 「今の短い唸り声の何処にそんなに長い会話が成り立つの!?」
 「え?概ね三巳の言った通りの感じだったと思うわよ?」

 色々ツッコミたいロダですが、取り敢えずまあ全てを引括めて纏めてそうツッコミました。
 けれどもリリにまで言われて、味方のいないロダは肩を落として黄昏ました。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

地上最強ヤンキーの転生先は底辺魔力の下級貴族だった件

フランジュ
ファンタジー
地区最強のヤンキー・北条慎吾は死後、不思議な力で転生する。 だが転生先は底辺魔力の下級貴族だった!? 体も弱く、魔力も低いアルフィス・ハートルとして生まれ変わった北条慎吾は気合と根性で魔力差をひっくり返し、この世界で最強と言われる"火の王"に挑むため成長を遂げていく。

神様のお楽しみ!

ファンタジー
 気がつくと星が輝く宇宙空間にいた。目の前には頭くらいの大きさだろうか、綺麗な星が一つ。    「君は神様の仲間入りをした。だから、この星を君に任せる」  これは、新米神様に転生した少年が創造した世界で神様として見守り、下界に降りて少年として冒険したりする物語。  第一章 神編は、三十三話あります!  第二章 婚約破棄編は、二十話しかありません!(6/18(土)投稿)  第三章 転生編は、三十三話です!(6/28(火)投稿)  第四章 水の楽園編(8/1(月)投稿)  全六章にしようと思っているので、まだまだ先は長いです!    更新は、夜の六時過ぎを目安にしています!  第一章の冒険者活動、学園、飲食店の詳細を書いてないのは、単純に書き忘れと文章力のなさです。書き終えて「あっ」ってなりました。第二章の話数が少ないのも大体同じ理由です。  今書いている第四章は、なるべく細かく書いているつもりです。  ストック切れでしばらくの間、お休みします。第五章が書き終え次第投稿を再開します。  よろしくお願いしますm(_ _)m

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...