上 下
90 / 135

トシヤとハルカ、初めての共同作業

しおりを挟む
 修理と言っても出先でパンク修理をするわけでは無い。単に予備のチューブに交換するだけだ。
 ハルカはサドルバッグからタイヤレバーと予備のチューブ、そして携帯ポンプを取り出し、慣れた手付きでまずはエモンダをひっくり返して自立させるとクランクを回してギアをトップに入れた。次にリアブレーキをリリースし、リアホイールのクイックを起こすとディレイラーをずらしながらホイールを引き上げ、チェーンを躱してリアホイールを外した。

「ハルカちゃん、凄いな」

 トシヤも出先でパンクした時の為に何度かタイヤを外してみた事があったが、こんなに手際よくは出来なかった。フロントは簡単だが、リアはチェーンがスプロケットに絡んだり、クイックに引っかかったりして手こずる事が多かったのだ。まあ、初心者にありがちな事なのだが。

「慣れよ、慣れ」

 ハルカは言いながらホイールを寝かせてタイヤレバーを掛けた。さあ、ココからは力仕事だ。
 三本のタイヤレバーを駆使してホイールからタイヤを外すのだが、初めのうち、特に最初の一発目は結構力が要る。そこでトシヤの出番だ。ハルカと交代したトシヤだったが、実はタイヤレバーなんて使うのは初めてだ。上手くビードを掴む事が出来ず、何度も引っ掻いているうちにビードが削れ、ボロボロになって行く。これでは面目丸潰れだと焦るが、いかんせん初めてする作業なので焦る気持ちとはうらはらにタイヤは外れる気配が無い。

「トシヤ君、もしかしてタイヤ外すの初めて?」

 見かねたハルカが尋ねると、トシヤは恥ずかしそうに頷いた。

「……うん。やり方は知ってるんだけど、いざやってみると思うようには行かないね」

 知っているのと出来るのとでは大違いだ。しかもやった事の無い事をハルカのエモンダで実践しようとはトシヤも恐れを知らない男だ。

「でしょうね。もっとタイヤを押してビードを浮かせないと一生外せないわよ」

 言いながらハルカがトシヤの横から手を伸ばし、タイヤを握り込む様にぐいっと押し込むとリムとビードの間に僅かな隙間が出来て、中からチューブが見えた。

「ソコに突っ込んじゃって。チューブは交換するから気にしなくても大丈夫よ」

 ハルカの指示に従ってトシヤがタイヤレバーを差し込み、ツメをビードに引っ掛けた。後は梃子の原理を利用してタイヤレバーをひっくり返してタイヤをリムから外すのだが、コレが硬い。何しろ携帯用のタイヤレバーの長さは10センチぐらいしか無いので梃子の原理があまり働かないのだ。
 ミシミシと音を立ててしなる樹脂製のタイヤレバーが折れるんじゃないかと不安を抱きながらトシヤが力を込めるとベコンっと音を立てて無事に最初の一発目、タイヤの一部がリムを乗り越えた。ココまで出来れば後はもう楽勝だ。タイヤレバーの反対端をスポークに引っ掛けて固定し、残る二本のタイヤレバーを使って同様の手順を繰り返してタイヤの全周の三分の一程を外してやれば残りは指で外す事が出来る。

 ホイールからタイヤを外すと言ってもチューブの交換の為なので片面だけ外れればそれでOKだ。トシヤがバルブのナットを外し、チューブを引っ張り出している間にハルカは予備のチューブに少し空気を入れ、少し考えた結果チューブは自分で入れる事を決めた。

「ありがとう、トシヤ君。ココは私がやるから、後でタイヤ嵌めるの手伝ってね」

 ロードバイクのタイヤチューブは細く薄いので、捩れた状態で入れてしまうと空気を入れた時に破裂してしまう。初心者にありがちな失敗ではあるのだが、せっかくの苦労が水の泡となる上に予備のチューブまでも使えなくなってしまう(トシヤも予備のチューブは持っているだろうが)のだからコレは何としてでも避けたい。
家でだったらトシヤに練習にチューブを入れさせても良いのだが、出先でとなると冒険は出来無い。この暑い中、もう一度タイヤを外すなんて事はゴメンだ。そんなハルカの気持ちを理解したのかどうかは定かでは無いがトシヤは素直にホイールをハルカに渡した。

 ハルカはチューブを入れる前にタイヤに異物が刺さっていないかをチェックした。コレを忘れると、せっかくチューブを交換しても同じ所がパンクしてしまうから要注意だ。
 だが、幸いにも異物は発見されなかった。ただ、タイヤに小さな穴が一つ空いていたので何かがタイヤを貫通してチューブにまで到達し、チューブに穴を空けて抜けてしまったのだろう。まあ、タイヤに異物が刺さったままだとソレを除去するのに手間取る事もあるので良かったと言えば良かったと言えよう。
タイヤのチェックを終えたハルカはバルブの部分からチューブを捩れない様に注意しながら入れ、タイヤを嵌めだした。外す時は最初の一発目が固いが、嵌める時は最後の一発が固い。それと半分ぐらいまではペコペコと簡単に嵌めていけるのだが、ある程度嵌めていくと上手く押さえていないとせっかく嵌めた所が外れたりする。コレは身体が小さく手の短いハルカにはちょっとばかり厄介だ。

「トシヤ君、お願い出来るかな?」

 厄介だとは言ったが、ハルカにも出来無い事は無い。『お願い』する事でトシヤを立てているのだ。もちろんトシヤが断るワケが無い。

「OK、任せて」

 笑顔で答えたトシヤはぎこちない手付きながら、あと一歩のところまでタイヤを嵌めた。だが、その『あと一歩』が強烈に固くて嵌める事が出来無い。

「かってーな、こりゃタイヤレバー使わなきゃダメだな」

 トシヤが音を上げたところでハルカがまたタイヤレバーを手にし、リムに掛けた。そしてそのままタイヤを嵌めてしまうかと思ったら手を止めた。

「じゃあ、このままグイっとやっちゃって」

 タイヤレバーを掛ける時はチューブに傷付けない様に気を付けなければならない。だからそれはハルカがやって、最後はトシヤに花を持たせようと言うのだ……って、それぐらいで花を持たせるも何も無い様な気もするが。

「わかった」

 トシヤがタイヤレバーに徐々に力を加えていくが、予想以上に固い。まあ、タイヤの銘柄によってビードが固いのやそうでも無いのがあるが、ハルカのタイヤはどうやら固いヤツみたいだ。

「大丈夫だから一気にやっちゃってちょうだい!」

 ハルカの声にトシヤが「えいやっ」とばかりに力を入れるとブリュっという手応えと共にビードがリムを乗り越え、無事にタイヤは嵌った。慣れている人なら何でも無い事だが、今まで自転車のパンク修理は自転車屋に任せていたトシヤにとっては初めての経験だ。もっともロードバイクのタイヤは銘柄によってはビードが妙に固いモノもあるので普通の自転車のパンク修理とは比べられないかもしれないが……

「ふうっ、やっと嵌ったか」

 トシヤが安堵の溜息を吐きながら呟いた。あざとい女の子ならココで「すごーい。さすが男の子、力があるわねー」などと言うのだろうがハルカはそんな事はしない。

「うん、ありがとう」

 笑顔で言うとホイールを回してビードがタイヤに噛まれていないかチェックしてリムナットを装着し、バルブを緩めた。そう、今から地獄のポンピングが始まるのだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

父と高校生の娘のスキンシップ

日菜太
恋愛
40歳になった陽彦の住む家に5歳年上の女性とその連れ子の結菜がやってきて 親子として同居生活をすることに DVで辛い思いをしてきた母娘との交流の中で 父娘と新しい関係が生まれていく

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

処理中です...