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プロローグ[私こそがバイオレット・スカーレット]

園遊会、ですか……それ私に何のメリットがあるのかしら?

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スカーレット公爵の庶子、アンリ・ルルーに池に突き落とされてから一ヶ月の間に前世の記憶を思い出したり、如何に早く後腐れなく五体満足で公爵家を去れるかの思案と工作を続けていたバイオレット…に珍しくバイオレット父──オズウェル・スカーレット公爵は澄んだテノールボイスで城からの招待状を持ってきた。
…相変わらずの鉄面皮。
大体この男はカトリーナとバイオレットに対峙する時はこの能面のような無表情と感心など皆無だ、と言わんばかりの口調声音でバイオレットと接する。それはバイオレットの母カトリーナに対しても変わらない、寧ろバイオレットより毛嫌いしている節がある。
…まあ、〝自分が選んだ〟妻ではない上男爵令嬢だったアンリの母を溺愛していたのだから無理もない。

爵位を継ぐのに貴族は婚姻が絶対だ。

そして貴族の結婚とは家同士の繋がりであったり、派閥の関係性や抱えている事業や商会、他国とのパイプ等々を最大限に考慮されるもの。

当然公爵家嫡男であったこの男も有象無象の貴族と変わらず親同士が長い時間と社会情勢、派閥の動向を十分に鑑みてから決められた婚約だった…そこにこの男の意思はなかった。
唯々諾々と婚約を受け入れなければ爵位の移動が次男に移る…なんて先代公爵から言われれば大人しく家長である先代公爵に従うしかないのだから。

 「園遊会、ですか?…それ、わたくしに何のメリットがあるのかしら?公爵様」

…父と同じ怜俐な眼差しで父を“公爵”と呼び一瞥する娘の態度は冷めたOLの姿が見え隠れする。
バイオレットにとっての“父”はバイオレットの事に全く以て無関心で愛などない愛人と愛人の子にのみ愛情を注ぐ“公爵”としてか思っていない。
…幼い頃は本当に幼児らしくどちらの愛も欲しがっていたと言うのに。

 「…陛下から直接お前に手渡しするように言われたんだ。仕方ないだろう」
 「お断り致しますわ、第一私その場に行く義理ないですわよね?」
 「お前……ッ」
ギリッ、と奥歯を噛み締める男にハン、と嘲笑を向けるバイオレット。

 「…公爵家のもう一人居りますでしょう?そちらの方を代理で連れて行けば良いじゃない。面倒な事に私を巻き込まないで下さる?公・爵・様!」
口元は笑っているが目は決して笑っていない母カトリーナそっくりの“怖い笑み”でバイオレットの父だと言う男を仰ぎ見る。

 「…公爵家令嬢としての自覚はないのか」
 「御座いませんわ。私に愛を教えなかった公爵様にも母にも──そしてこの“公爵家事態”にも。私、何の期待も希望も抱いてませんもの…なのに国王の顔を立てる?王太子の婚約者を決める園遊会に参加?冗談じゃない!!

…この国を愛せない公爵の事も公爵家も何もかもどうでも良い女が行った所で何にも成りませんわ。」
見ろ、これが〝バイオレット・スカーレット〟だ。
愛を注がれた事も誰かに必要とされたこともない哀れな少女。家柄と地位だけがの──そんな憐れな少女。

 「…ッ、バイオレット……ッ!」
 「振り上げたそのは何処に下ろすつもりなのかしら。…私はあなたの事を“父”と思った事は御座いませんわ。…今更あなたに期待した所で嘲笑が返ってくるだけですもの、ねぇ?公爵様…私この家に必要ありませんよね?」
 「……ッ」
…公爵は何も答えられなかった。ただ中途半端に振り上げた手を宙に留めたまま無表情の筈のその表情かおに僅かな焦燥と後悔が滲んでいる……下らない。ああ、やはりこの男はゲームの“バイオレット・スカーレット”を形成した最大の大罪人だ。

 「…庶子でも令嬢教育を施せば王太子の“婚約者候補”ぐらいにはなれますでしょう。その後本当に婚約者に成れるかは分かりませんが」

…そう、国王陛下御自ら毎年一回は必ず開いている“園遊会”──…は王太子たる第一王子の誕生から6年経ってからはずっと“婚約者候補”の選定に使われている。後一年で成人するバイオレット同様第一王子で王太子たるカレット・アルカディアもまたバイオレットと同年。この国の成人は15歳、某ポケットなモンスターのサ○シと同じである。

 「…お前はそれで良いのか」

 「うふふ♪それこそ公爵様に何の関係も御座いませんよね?……あなたが父だった事は私を母とベッドの上で作った事…、ですもの」

未だ誰も訪れない侍女も護衛も誰も訪れない──…世界で最も“高貴な牢獄”。
バイオレットもゲームをプレイしていた美智子も思っていた主観そのままの私室だ。
内装や家具魔道具の配置は全て自由に出来たが、逆に言うとその手配だけで使用人は皆退出した。
…これでどうやって人間関係を築けばいい?
魔法の教示が家庭教師から為されてからは掃除洗濯も…、料理すらバイオレットは全て自分一人で行っていた(これはうっすらと記憶がある)。
…バイオレットの現実はとてもハードなんだ、と改めて思った次第だ。

誰も彼も公爵の覚え薄い公爵家御令嬢に冷たい、それも無理もないこと。
…なんせ諌めるべき親がこれだ。
それで使用人が真面な対応をする筈がない。
自身の出世にも響くし、バイオレットに着いても収入が増える訳でも自分達の待遇や賞与に影響するワケでもないのだから……そりゃ、イジメーーと言うほどではないけど世話も応対もにされるだろう。

 「…あと一年で私も成人ですもの。私は学園を退学しますし平民になりますわ」
 「…認めんぞ、お前は公爵家の令嬢だろうが…ッ!?」
 「ええ、けれど侍女の一人も私にはは御座いませんし、護衛も居ません。…つまり公爵様はその気はないのでしょう?私を〝公爵家令嬢〟として扱うつもりが!

…私は公爵様のご意向を先読みして追放を望みましたの。」

 「…ッ!?な、なんだと……ッ!?専属侍女も護衛も居ないだと──ッ!?」
 「はぁ、何ですの?その態とらしい演技は。それじゃ三文芝居も良いところだわ…少し見渡せば分かるでしょうに」
呆れた娘の眼差し…平坦な指摘にオズウェルはやっとこの部屋の異質差に目を向けた。

…そう、

通常貴族の娘ならば付けられている筈の専属侍女も、メイドも…身辺警護を担当する護衛の一人もこのバイオレットの私室には居ないのだ。

…道理で広々したバイオレットの私室が寒々しく写る訳だ。

 「…馬鹿な…ッ!?何で誰も居ない……ッ!?」

突然の大声にうんざりしたバイオレットは物理的魔法で追い出した。
風魔法の“つむじ風”で吹き飛ばして鍵を締めた。
無論魔法でも鍵を掛けて。

 「…ふぅ、これで静かになったわ!本当バイオレット父は臭いわ!何よあの三文芝居…ッ!!本当に有り得ないわ…ッ」

…どれだけバイオレットを傷付ければ気が済むのか。
どれだけバイオレットに愛を向けなかったのか──ゲームの時にも思っていたが…バイオレットの父も母も“親”足り得ない人間だ、ネグレクト──と言う事なのだろう。
消音結界も張ったので漸く静かになった室内でバイオレットは改めて紅茶を淹れ直した。

 「…~~♪良い香り…。やっぱり最高級品のベルガモットの紅茶は至高ね♪美味しい……♪♪」
全てバイオレット手作りだ。焼き立てのクッキーを一つ口に含めばサクサクッと軽快な小気味良い音が鳴りバターの香りが感じる甘さ控えな甘い幸せが口の中いっぱいに広がる。
…今日はこのまま冒険者業はお休みして自宅でまったりしようと決めていた。
そこにあの“公爵”が面倒な招待状を手渡して来ようとしたので強引にでも追い出したのだ。


五日後の“園遊会”に父公爵は庶子のアンリを連れて行った。
アンリが王太子の婚約者候補になったことを公爵から告げられた。
…護衛も侍女も使用人の一人すら訪れない、誰も「専属で」仕えようとは思われない仮にも公爵家の長女。

…凡そ真面まともな令嬢の精神ならとっくに狂っても可笑しくない厳し過ぎる現状にバイオレット──中身美智子──は何の躊躇いもなくほのぼのと紅茶を飲む余裕すら見える。

 「…結局庶民だった前世24歳喪女だもの、今更お世話とかされても…ねぇ~?今更、だし。──公爵様あの男の手配なんでしょう?侍女も使用人も護衛も──。
…それなら端から居ない方がマシだわ。
正直誰も信用出来ないもの」


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