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卒業パーティー

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 イレニア王国の殆どの貴族が通うとされる、エレンシア学園の卒業パーティーにて。

同伴者も連れず入場した美しく銀髪の孤高の存在、メリンダの前に、その国の第二王子は立ちはだかった。

第二王子の背後からは、可愛らしい顔立ちをした茶髪の少女が怯えた様子でメリンダを見つめている。

「メリンダ・エトワール第一王女、君が犯した数々の愚行により、国外追放を言い渡す。今後君がこの国に足を踏み入れることも禁ずる」

その言葉に、会場はざわめく。ようやくあの悪女を罰するのか、それにしても罪が軽すぎないか、と。

メリンダは様々な悪意の視線にも臆されず、冷静にその場を分析した。


結局、わたくしに運命を変えられる力は無かったのね…不甲斐ない娘でごめんなさい、お父様にお母様。それにルイにも大変な思いをさせてしまうわ。

「その罰、謹んでお受けいたしましょう」

国の王女として一瞬たりとも隙を見せてはならない、というお母様の言いつけ通りに返答すれば、第二王子のエルネスはどうしてか苦しそうな顔をする。

「…弁明は、しないのか」

何故、あなたがそのような顔をするの?アリスを愛しているのでしょう?それとも、少しでもわたくしに情が残っているのかしら…

エルネス・イレニアは、王子としての能力に長けている。他国の王女を自国から追放するという大事を、独断で決めるわけがない。きっと既に国王の許可があるのだろう。どうせ弁明したところで何も変わらない。

「ええ、必要性を感じませんので」

そんなわたくしの態度が気に入らなかったのか、エルネスの背後にくっついていたアリスがいかにも悲劇のヒロインらしく瞳に涙を浮かべ、声を上げる。

「メリンダ様! 素直に認めればいいじゃないですか、わたしに危害を加えたって! わたし、本当に怖かったんですっ! それなのにわたしに謝りもしないで逃げるなんて、ひどすぎますっ」

そんな哀れなアリスヒロインを目にした生徒の誰もが同情し、わたくし悪役への敵意はいっそう高くなる。

「あんなに怯えてしまって…どうしてアリス様を虐めるなんてことができるのかしら」

「仕方ないさ、生まれつきの悪女だぞ?」

ひそひそと話す生徒達に視線を送れば、わたくしの視線に気がついた彼等はニヤニヤと笑う。アリスはその様子を見て、勝ち誇った笑みを浮かべた。

はあ、呆れた…あの子が乙女ゲームのヒロインだなんて信じられないわ。ああ、元からあの乙女ゲームはおかしかったのよ。


小さい頃から、とある夢を何度も見てきた。それが前世の記憶だと気づいたのは、10歳の時にエルネスの婚約者候補としてイレニア王国を訪れた時だ。人、城、何もかもが夢と一致していて、この世界が前世でプレイした乙女ゲームの世界だということを受け入れざるを得なかった。

転生したのはエトワール王国の第一王女、メリンダ・エトワール。ヒロインに危害を加えたことで国外追放を言い渡される乙女ゲームの悪役令嬢だ。

前世の記憶があると言っても、自分のことは16歳まで生きていた、ということぐらいしか思い出せない。それなのに何故か乙女ゲームの内容は全て覚えている。自分が乙女ゲームに対してどんな感想を抱いたのかも、しっかりと思い出せる。

その乙女ゲーム「聖女なアリスは恋に溺れる」は、ストーリーが意外過ぎて話題になったゲームだ。

孤児として暮らしていたアリスは自分がネイシエル伯爵の隠し子だと知り、伯爵を訪ね平民から伯爵令嬢に成り上がる。そしてエレンシア学園に入学し、攻略対象と出会い恋に落ちるという王道な乙女ゲーム。

ここまでは何も問題ない。

ただこのゲームのヒロインのアリスは、非常に性格が悪い。

「メリンダ」はゲーム中で悪役令嬢として登場し断罪されるが、全てが冤罪なのだ。

ヒロインのその性格から攻略対象の好感度が中々上がらない、ということで、世間では難易度の高いゲームとして話題になっていた。

乙女ゲームの中の「メリンダ」はイレニア王国の第二王子エルネスの婚約者で、夢が前世の記憶だと気づいてからは何とか婚約を阻止しようとした。それなのに何故かトントン拍子で婚約が成立してしまった。

ならば冤罪をかけられないように…と思い色々と手を回したが、イレニアの国王がアリスの手に落ちてしまい全て無駄になった。

そしてわたくしは稀代の悪女と噂されるようになり、今では乙女ゲーム通りに卒業式で断罪されている。


でも…わたくしにとって国外追放って、罪が軽すぎるのでは? 

確かに世間体は悪くなるけれど、わたくしは他国の王女よ? エトワール王国に帰ってしまえば何の問題もなくなるじゃない…いえ、エトワールの王女のわたくしがイレニア王国の出入りを禁じられること自体が、国際問題になる事柄だったわ。

「わたくしは逃げも隠れもしておりませんわ。ただ、謝罪をしなければならない理由が思い当たらないんですの」

さあ、お望み通り悪役令嬢らしく退場してあげるわよ。

このセリフは、ゲームの中のメリンダも言っていた。断罪されている時の「メリンダ」の気持ちが、よく分かる。

「この期に及んで罪を認めないなんて…」
「なんて醜い女だ…」

「「この『悪女』め」」

…本当に、そうかしら? わたくしが悪女なの? 無実の女性に寄ってたかって責めるあなた達は悪ではないの?

こんなこと言ったって、どうせここにはもうわたくしの味方はいないの。弱い面を見せてはダメだわ。
だったらせめて、想い人の前では美しくありたい。だから、最後の姿だけは美しく見えるように退場してみせるのよ。

「ぐすっ…エルネスぅ、わたしメリンダ様が怖いわっ」

ぶるぶると震えてアリスがエルネスに抱きつけば、エルネスはじっとその姿を見つめた。

…あら? 今エルネス殿下、一瞬だけ顔をしかめた? …そんなわけがないわね、きっとわたくしの見間違いだわ。

すると、その場を黙って見ていたエルネスが口を開いた。

「…彼女はまだ他国の王女だ。人前でそんなことを言っては君の立場が悪くなるよ」

「っでもエルネ―」

「それと、僕はまだ君に名を呼ぶ許可を出していない」

「えっ? エルネス? 急にどうしたの? 今まで気にしていなかったじゃない!」

「どうしたもこうしたもないよ。ただ君の立場が悪くならないよう注意しているだけさ」

その二人、アリスとエルネスのやり取りには、見えない壁を感じる。

…?この二人、思っていたよりも仲が良くないのかしら? 国王陛下の命令で仕方なく近くにいるの…?
いいえ、ダメよメリンダ。無駄な希望を抱いてしまったら底に落ちてしまうと、身をもって経験したばかりじゃないの。

どうやら他の生徒も二人の様子を見て困惑しているようで、ざわめいていたその場は静まり返っていた。

「…最後に一つだけ、よろしいでしょうか」

このままでは終わりが見えないと思いそう言うと、全生徒の視線がわたくしに集まる。

「ああ、許可しよう。終われば直ちにここを去ってくれ」

…うん、エルネス。あなたのその黒い髪と黒い瞳は、いつ見ても綺麗だわ。でも今この言葉をあなたに言っても、昔みたいには笑ってくれないわよね。

人付き合いに敏感なあなたがアリスを好く理由は、ゲームの強制力なのかしら。それとも、性格の悪いアリスを好きになるほどわたくしが嫌いなの?あなたの目にはわたくしが嫌な女に見えて、アリスが素敵に見えたのかしら。

溢れ出しそうになる涙を、ぐっと堪える。

今泣いてはいけないわ。最後だけはエルネスに美しい姿を見せるためにも、ここでは絶対に泣かないんだから。

「あなた達二人の仲を邪魔するつもりはありません。ただ…このような仕打ちを受けても、それでも、わたくしは今までも、これからも殿下をお慕いしております」

わたくしのその発言に、周囲は「今度は何をしでかすつもりだ」と、不審な視線を送ってくる。怖くてエルネスは見えないけれど、きっと同じようなことを思っているのだろう。

…今更そんな視線なんて、痛くも痒くもないんだから。

「王子たるべく人一倍努力しているところも、全員を尊重するようにしているところも。何より、わたくしが辛かった時はいつも側にいてくれたことも」

イレニア王国に婚約者候補として何年も滞在していた間一人で寂しかったわたくしにとって、それがどれだけわたくしを救っていたかあなたは知らないでしょう。

アリスと一緒になるのがあなたの幸せだと言うのなら、わたくしは精一杯応援しましょう。そして身を引きましょう。

「どうか、心からあなたを愛するわたくしの為にも、幸せになってね」

言えた。言い切ったわよ。どう? 少しは、わたくしのこと見直してくれた? 
泣いたらダメよ、ダメなのに…どうして、こんなに涙が出てくるのかしらね…? これ以上、嫌われたくないのに…っ。

涙が溢れてもなお堂々と前を向いて笑うわたくしは、みんなにとって惨めな女に見えるのかしら。
ええ、早くここを去ってしまいましょう、お望み通りに。

「では……さようなら」

嫌なほどに静かなその会場の出口の方角へ振り返った瞬間、エルネスがその沈黙を破った。

「~っ、ああもう! ようやく諦める決心がついたというのに、君は! やっぱり僕もメリンダについて行く! 婚約者が愚行を犯すのを止められなかった僕も責任を取るという形で! それならいいだろう!?」

「「「え!?」」」

その国の王子から出た予想外の言葉に、その場の誰もが驚悸する。
そんな周りを気にせずにエルネスはズカズカとこちらに近づき、わたくしを抱き寄せた。

「ああごめんよ、メリンダ。辛い思いをさせてしまったね。泣かないで。どんな君でも素敵だけど、君には笑顔のほうが似合うよ」

エルネスはそう言ってわたくしの目元に口づける。

..................。

「もう君に冤罪をかけた愚かな国は放っておいて、二人で旅でもしようか?」

「えっ、えっ?」

一体、何が起きているの? あなたはアリスに惚れていたんじゃないの?

「ちょっと! この悪女! エルネスに何をしたのよ!」

それ、わたくしが聞きたいわよ!

確かに乙女ゲームでの「メリンダ」は、今のわたくしみたいに最後の言葉は言わなかったわ。でも、こんな展開は知らないわよ!

「アリス嬢、名を呼ぶことを許可した覚えはないと言ったはずだけど? メリンダの前で僕の名を気安く呼ばないでくれ。それに、メリンダが悪女だって? こんなに美しい女神に向かって何を言っているんだ? メリンダが僕に特別何かをしたわけじゃない。僕がメリンダに心底惚れているだけだよ」

「なっ…!」

アリスはエルネスの言い分に顔を真っ赤にさせる。わたくしも別の意味で顔が真っ赤に染まって、涙目になっているのだろう。

もう、誰かこの状況を説明して…ああでも、これだけは言いたいわ!

「アリス! あなた、散々わたくしに悪女悪女と言ってくれていたけれど、あなたのほうがよっぽどクソな悪女だわ!」

ふぅ…すっきりした!

わたくしがそう言った後、エルネスは肩を震わせ笑いを堪えており、アリスは元は可愛い顔を醜くさせて怒鳴ってきていたが、全て無視した。


その後、エルネスは宣言通りにイレニア王国をわたくしと一緒に出た。無論イレニア国王も止めようとしたけれど、流石というべきか。エルネスは監視の目があるにも関わらず城を抜け出しわたくしについて来た。

そしてわたくしの家族のいるエトワール王国へ帰ると、王城の皆は快くわたくし達を受け入れてくれた。

エルネスは何度も何度もわたくしの両親に「メリンダを妻に迎え入れたい」と頼み込み、最終的には両親が折れ、わたくしを妻に迎え入れることを許可し、侯爵の地位を授けると約束してくれた。

何故そこまでするのかと尋ねれば、君を愛しているからだよ、としか答えない。

どうして冤罪だと気づいていたのかも聞いてみると、思いもよらない返答が帰ってきた。

「…君は、本来なら王国の全員に慕われていたはずなんだ…それをあの女が…!」

信じられないが、イレニア王国の全員にアリスの魅了魔法がかかっていたらしい。そしてエトワール王国には対抗魔法の技術があるから、秘密裏に協力を仰いでいたとか。

ただ魅了魔法にかかった人があまりにも多く、国王も第一王子もアリスの手に落ちてしまい、わたくしに危害を加える前に「国外追放」として逃がそうとしてくれていたということらしい。 

思い返してみれば国外追放は言い渡されたけど、婚約解消は言い渡されていなかったわね。…策士だわ。

そんなに多くの者に禁術の魅了魔法をかけられるなんて、普通じゃ有り得ないのだけど…ヒロインだからなのかしらね。

しかし、どうしてアリスと仲の良いフリをしていたのかは流石に気になってしまう。本当は、エルネスも魅了魔法にかかっていたのでは?と不安になるのだ。

それとなく遠回しにそのことを探ってみると、わたくしの知りたいことがわかったのか、正直に答えてくれた。

「君は僕と婚約したせいで悪女だとか根拠のない噂をされてきただろう? 僕と結婚したら君はもっと酷い目に遭うかもしれないと思うと、耐えられなくて。だから諦めようと決心したのに…君が可愛いことを言うから」

「…でもそれは、全くわたくしの気持ちを考えていないわ。教えてくれていても良かったじゃない」

「本当にごめんね。メリンダが僕をそんなにも愛してくれていたなんて思ってもいなかったからさ」

「あああああ愛してるなんて!」

「あれ、おかしいな? あの時はあんなにも情熱に僕への愛を語ってくれていたというのに」

「~っ! からかっているわね!?」

「ははっ。それに、事前に伝えたら君は無茶をするのが目に見えている。大丈夫だよ、君を陥れた奴らは今頃牢にいるだろうから、好きなだけ恨みを晴らすといい」

「…うぅ、エルネス、あなた、いつの間に腹黒くなっていたのよ…」

「さあ、なんのことだか分からないなぁ」

この腹黒夫め…

でもこんな夫でも愛おしいと思えるわたくしは、確かに、認めたくはないけれど、少しは悪女の素質があるのかもしれない。
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