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04.風紀副委員長は冷淡に促す

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「委員長!あの転校生をどうにかしてください!」

 放課後の風紀委員室で、幹春に詰め寄ってきたのは2年の風紀委員の3人、卯木うつぎ甲斐かい八乙女やおとめだった。
 普段は幹春を慕ってくれる可愛い後輩の3人だったが、今は苛立ちも露わな表情で、幹春の執務机に迫っていた。

 ちなみに各委員会所属は各クラス1人、という訳では無く、委員会によってその人数は違う。風紀委員は荒事を収める役割もあり、人海戦術も必要な時があるので人数は他の委員会より少し多めだ。具体的には、各学年5名ずつの大体15人構成となっており、ゆくゆくは最上学年から委員長副委員長が選抜される仕組みである。
 また、あくまで社会的な構成を目的としている為、途中で委員会に入る者も、他委員会から異動する者、していく者もいた。それ故に定員はあくまで目安であった。

 2年の風紀委員は現在あと2名いるが、基本は1年時から委員会入りしている、この3人が中心で取り仕切っていた。
 特に卯木は1年時から幹春に懐いており、幹春よりも大柄な体格で何か用事は無いかと纏わりつく姿は、大型犬と揶揄される位だった。

 その卯木が、珍しくも目を怒らせて幹春に迫っている。
 その事に対しても多少のショックはあるものの、幹春としてはその内容には辟易せざるを得ない。

 転校生が編入してきてから、3日が経った。
 3日。たった3日である。

 その間に既に生徒会執行部のみならず、次期生徒会長と名高い2年の親衛隊持ちの縦野英二たてのえいじ、一匹狼と恐れられる長谷凜太郎はせりんたろうと次々と学園内の大物を魅了していったらしく、学園内の噂の的となった。
 単身注意に向かった親衛隊メンバーは、即座に返り討ちにされたらしく、その屍が5を超えた辺りで、手出しが無くなった。
 と言っても、もちろんそれで引き下がった訳では無い事は皆分かっている。
 恐らく何かしらの作戦を練っているのだろう。

 しかしその間も転校生は次々と問題を起こしたらしく、同級生の3人と噂曰く、裏の森に突っ込んで行き、朝方まで帰って来なかった。木に登っていた。寮の食堂で大騒ぎをしていた。学内のカフェテラスで生徒会の面々勢揃いで愛憎劇を繰り広げた。生徒会執行部にも属していないのに、生徒会室に入り浸っている。などなど。
 たった3日でどうやったらこれだけ問題が起こせるのか。
 もちろん風紀委員として、この3人は何度も注意をしたらしいのだが、右から左に馬耳東風。むしろ周囲にいる縦野や長谷といった面々に割り入られ、こちらが悪者かの様に追い払われる始末だ。
 おまけに残り2人の風紀委員は既に転校生に傾いたとかで、やんわりとだが「あいつはイイ奴だよ」などと言ってくるとか。

「情けないですけど、俺達じゃ無理なんです。縦野達だけなら何とか…ですけど、生徒会の面々に出られると無理です。
 ここは委員長に直接注意をしてもらうしか!」
「お願いします委員長!」

「委員長!!」

 再び執務机に身を乗り出され、思わず椅子ごと後ろに下がりながらも、幹春は考えた。

 正直言うと、嫌だ。ものすごく嫌だ。
 転校生と直接話をした一度だけでも、話が通じない感はあったし、何より転校生を前にして冷静でいれる自信が無い。
 本当に関わりたく無いのだ。

 しかし周囲はそれを許してくれそうもない。

「今のままだと、その内会長か南雲なぐもさんか宮前みやまえの親衛隊辺りが大きな問題を起こしそうですね」
 卯木に言われるまでもなく、幹春もそれは分かっていた。
 生徒会長の新北は圧倒的なカリスマ性と美貌だが、執行部の面々以外の人間に興味を持っていなかったので、ここで急に特別扱いが出来た所で、彼を神格化している親衛隊が許さないだろう事は予想出来た。
 また、生徒会会計の南雲は華やかな容姿で周囲を魅了しており、その上誰にでも優しいという性格故、逆に特別がいなかったのだ。それを今更覆されたら『お気に入りの内の1人』で良かった親衛隊は何をするか分からない。
 そして生徒会庶務の宮前…正確には、宮前兄弟だが、可愛らしい容姿で彼らのファンにはガッシリとした体育会系の者が多い。これらが暴れると、大変面倒な事になる。

「そう言えば、東海林も近い内に転校生に面談しなければと言っていましたね」
 今まで黙ってその様子を見ていた日下部から、唐突に口を挟まれた。
「本当ですか、委員長!?」
「さすが委員長です!」
「俺達が声を上げるまでもなく考えてくれてたんですね!」
 言った。確かに言ったが、それは転校生が来る前だし、一度前言撤回したはずだ。

 一安心とばかりに校内の見回りに行った卯木達が部屋を出ると、室内には日下部と幹春のみだ。
 思わず恨みがましい目を日下部に向けるも、それ以上に強い視線で押し返された。
「貴方らしく無いですね。
 何か転校生に纏わる気になる点でもあるんですか?」
 あるにはあるが、それは幹春の個人的な感情の話なので、日下部に話すべき事は無い。
「…別に無い」
「それならば、揉め事を事前に潰しておくのも風紀の仕事でしょう」
 学内の問題を解決するのが風紀の仕事ではあるが、それを事前に防ぐのが何よりも大事だ。そんな事は幹春だって、重々承知してる。
 そもそも武力で物事を解決させようにも、幹春が本気を出すとそっちが事件になってしまう。なので幹春自身が、予防になるであろう執務に注視していた。

「私に、貴方に失望させないでくださいね」

 順当にいけば、風紀委員長は幹春ではなく日下部だったであろう。
 その優秀で美人で親衛隊持ちの彼が、文句の一つも無く自分の下に付いてくれている。それが当たり前では無い事は分かっていたが、こうして冷たい目で見据えられると来るものがある。

「分かってる…。卯木が戻ってきたら、明日の昼休憩に転校生を風紀室に呼ぶ様伝えてくれ」



◇◇◇◇◇◇



「とは言っても、嫌だ~~~~~~~」
 いつもの様に幹春の部屋で上総と食卓を囲む風景。
 春の旬、タケノコご飯の盛られた茶碗を持ったまま、幹春は項垂れた。
 今日の夕食は、筍ご飯にフキの煮物、山菜とキスの天ぷら、あさりの味噌汁と純和食だ。

「いや~、すごいな転校生。中央なかおだっけ?
 この短期間に2年の中心人物と執行部落としたか。テンプテーションでも使えるのかね」
 その日水揚げされた新鮮魚を扱う商店の通販で手に入れたキスは、サックリとした軽い衣に包まれてふわふわの甘みのある身の二重の食感で、上総を楽しませた。
 幹春は食材を基本はネットスーパーで手に入れているが、魚介類については専門の通販可能商店を使っていた。荷物は基本、寮の1階に宅配ボックスが設けられており、生鮮食品の場合のみ寮監が預かる手筈となっている。おかげで寮監の冷蔵庫は半分幹春の物の様なものだった。たまに食事をタッパーに入れておすそ分けしているので、男の一人身住み込みの寮監からは歓迎されているが。

「中央直人だ。理事長の兄の再婚相手の子らしい。
 …あと、テンプテーションって何だ?」
「え、テンプテーション知らね?封神演義読んでないの?ミッキー」
「知らない…。封神演義って中国のか?そんなの出てきたか?」
「え?あはは、違ぇよ漫画だよ。今度またアニメ化するんだぜ?
 ミッキーってジャ〇プ読んでなかったの?」
 幹春の過ごしていた島でマンガ本を手に入れようとすると、本と乾き物が混在する小さな商店のみであり、入荷は発売日の3日遅れ、雑誌でも1日遅れが普通である。
 それでいて品揃えが著しく少ない上、幹春にはそれを買うお金も、読む時間も存在しなかった。

「マジかよ、今度実家にあるの送ってもらうから、貸すわ」
「いや、別に…それで“テンプテーション”って何なんだ?」
 極貧ド田舎生活脱した後も、世界は幹春が思ってたよりも広くて色んな物がありすぎて、人間関係に失敗した事もあり早々に疲れてしまった幹春は、サブカル関連の娯楽には走れず、料理や勉強といった生産的行為に向く事となった。
 上総に誘われて、ゲームは多少一緒にやるが、類まれな反射神経も動体視力も、コントローラーを壊さない様に気を付けていたら、いまいち発揮されない。
「簡単に言うと<魅了>の術だな」
「あぁ…」
 確かに、この短期間での転校生の周りの人間の態度を人づてに聞くあたり、そう揶揄するのも分かる。
「執行部の奴らもだけど、今まで誰にも靡かなかった縦野王子と不良の長谷まで手懐けるとはな~」
「長谷はうちに欲しかったんだけどな」
 2年の縦野は1年当初から新北と並ぶカリスマ性と美貌で、生徒会執行部入り確実かと言われていたが、本人がどうにもその気が無い様で、それでもと学級委員に所属している。
学級委員会長の横山曰く、「ヤル気は無いが、何でもそつなくこなす」そうだ。
 一方の長谷は赤い髪にピアスといった絵に描いた様な不良男子で、入学当初は学内を騒然とさせた。と言うのも、彼の親は外務省に努める官僚であるというのも帰来している。
一応この学園内では、頭髪については規制は無い。あったら生徒会長の髪色や、転校生の前髪を幹春が刈っている。
 それと同時に、運動神経という面でも大変な逸材である為、スポーツ系の部活動が盛んでは無いこの学園においては力を持て余らせてる様なので、いっそ風紀に引き込めないかと思っていたのだが、無理そうだ。

「順調だなぁ。順番的に言うと、次は…日下部あたりかな」
「何の順番だ」
「いやいや、こっちの話。それで、明日の昼休みな?」
「?ああ。だから弁当は一緒に食べれないから、朝渡す」
「オッケー」
 幹春は夕食に加え、上総の昼食も毎日作っていた。
 お互い金バッジの役付故に、毎日昼休みに一緒にいられるとは限らないので、弁当は朝に渡す様にしている。
上総は本当言うと朝食も幹春の作った物が食べたいが、そうなると去年までの同室ならともかく、今の1人部屋同士だと部屋に戻るのが面倒になってしまう。ある程度の自由があるとは言え、夜10時の点呼時には自室にいないといけないのだ。
 よく時間を忘れてダラダラしていて、寮長の横山が点呼に来るのに鉢合わせては、気まずげな顔で注意をされている。
 幹春は上総が唯一の秘密を知る友人だし、言わば同世代の初めての友達なので気付いていないが、上総は自分と幹春がそういう誤解を受けているであろう事は分かっていた。
しかし上総自身が、腐男子であるものの同性愛者では無い為、ちょうど良いやと否定せずにいたのであった。幹春の事は、一緒にいると楽しいしご飯もおいしい最高の友人だと思ってるが、そっち方面でどうこうという気は無い上総だった。

「しかし昼休憩ってのが、長引かせたくないミッキーの悪あがきを感じるね」
 改めて楽しい友人をからかうと、本人も自覚があった様で口を引き結んだ。
「…放課後だと時間制限が無いからな。嫌な事は早々に済ませたい」
 その行動を制限出来ずとも、直接呼出し・注意をしたという実績があるならば周囲も納得するだろう。
「正直、人づてに話を聞くだけでムカムカしてる」
 自分がやりたくてもできなかった事を、事も無げに突破していき、そして受け入れられる中央の話は、聞くだけで悔しさが募る。
「ミッキー…」
 実際、この親友がどれだけ我慢して今の生活をしているか知っている上総も、揶揄する言葉に詰まる。
 自分を殺して送る学園生活は、それは辛いだろう。
 そんな時に本来の自分に近い他者が傍若無人に振る舞うのを目の当たりにするなど、嫉妬しない方がおかしい。

「俺だって…俺だって…」
 学内では隠されている幹春の切れ長の黒目に、うっすらと膜が張られる。
 この友人は、元が真面目な事もあり、自分を抑え込む傾向にあるのだという事を改めて気付かされ、上総も居住まいを正した。


「俺だって木登りしたいのに!!」

「そっちぃ!!!?」


「この学園の周辺の木なんて、めちゃくちゃ上り甲斐がありそうじゃないか!
 俺がこの2年ちょっとどれだけ我慢したか…っ!」
「いやいや!違うでしょそこ!もっと他に嫉妬する所あるでしょ!!」
「そうだな……森に入ったのも許せない!
 朝方まで帰って来なかったなんて、きっと狩りをしてたに違いないぞ!ずるい!!」
「だからそっちぃ!?ミッキー野生が過ぎる!!」

 ツッコミ疲れお茶を飲もうとして、上総の視線が食卓を見て止まる。
「え、まさかミッキー、この山菜類…」
「………」
「何か言えよ!てゆーか全然我慢してないじゃん!出来てないじゃんミッキー!!」
「狩りはしてないだろ」
「てゆーかさっきから“狩り”って何!?何を狩る気なの!?何を狩れるの!?」
「この山だったら、ウサギ、キジバト、タシギ辺りかな。あ、キツネもいたな!」
 リサーチ済みだし!狩る気満々じゃん!!クマとか出たらどうする気!?」
「クマはちょっと素手じゃ難しいけど、イノシシくらいだったら…」

「ミッキーは森に入るの禁止」


 まだまだこの親友に対して、理解が及んでいなかったと反省した上総に対し、幹春は口を尖らせていた。


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