上 下
63 / 66
幼少期

贈られた《影》です。

しおりを挟む
お待たせしました…((((;゜Д゜)))))))
読み専に回り、気づいたら半年以上…恐ろしいですね…。
今日中に、もう一話upしたいと思います(><;)


————————————


色々あった初顔合わせから1週間。
私はあの日から毎日毎日朝から晩まで忙しそうに動き回り、殆ど会うことが叶わなかったお父様に呼び出されていた。

「失礼します」

「ああ」

執務室に入ると、山積みになった書類の間からちらとしか見えないお父様が出迎えてくれた。
今日も忙しそうだな~と思いつつ、何の用事で呼ばれたのかと首を捻っていると「そこに座って少し待っていなさい」と言われ、椅子に座る。
キリの良いところまで仕事を進めるつもりなのか、暫くさらさらとペンが紙面の上を流れる音だけが室内に響き、心地の良い午後の陽気と相まってうっかり眠たくなってきてしまった。
多分、午前に治癒魔法をより深く理解するために現代で言う解剖生理学のような学問を学び、頭を使ったことが眠気の原因だろう。

(ああ…良い気持ち…)

柔らかい日差しが差し込み、誰かが黙々と書きものをしている音が聞こえる静かな環境というのは、どうしてこれほどまでに眠気を誘うのか。
きっと午後の授業が眠たいのも同じ理由なのだろう…と半分夢の世界へ旅立っている頭で考えていると、侍女により目の前にすっと紅茶が置かれた。
ありがとう、とお礼を述べ、しゃきっと背筋を伸ばして紅茶へ手を伸ばす。

(いけないいけない、お父様は仕事ばかりで疲れてるのに、私がすぐ側で寝るなんて)

そう思いはするものの、やはり眠気は襲いくる。
どうにか打ち勝とうとしきりに紅茶を口へと運び、中身が半分程にまで減った頃、漸くお父様が書類の山から立ち上がった。

「…待たせてすまなかった。退屈だったであろう」

そう言いながら私の向かいの椅子に座るお父様に、内心で眠かったです…と思いつつ、とりあえず否定しておく。
実際、暇ではあったもののお父様の仕事をしている音は良いBGMとなっていたし(その音に眠りに誘われてしまったけれど)穏やかで案外好きな時間だった。

「大丈夫ですよ。それよりも、今日はどんな用件ですか?」

さっきの書類の山から見るに、お父様は今日も変わらず大変忙しそうだ。
だというのに呼び出すなんて、何か大切な——少なくとも仕事と同等かそれ以上の——用事があるという事だろう。

「…リュートが倒れた翌日に交わした約束があったであろう。…その約束を果たす用意が漸く整った」

えーと、約束っていうと…何だっけか。
私が倒れた時ってエルクが来た日だった筈だけど、もう随分と前な気がして全然思いだせない…歳かな。
とりあえず曖昧に誤魔化して話を進めたら分かるだろうか。

「約束…ですか」

「…そうだ。…『影』は自分の命を預ける事もある存在。選別に時間を要したために遅くなってしまった。…下手な者をあてがうわけにはいかぬからな」

…ああ!
そういえばお父様に『影』を強請ったんだった!
ちなみにここで言っている『影』とは、文字通り主人の影で動く、隠密の様な存在のことである。
分かりやすく言うと忍者みたいなものだね。
まあ忍者とは違って普通に護衛みたく隣に立つこともあるし、人前に全く姿を現さない訳じゃない。
…というより、そこら辺は主人の使い方次第って感じかな?
その仕事内容は多岐に渡り、情報収集から主人の護衛、影武者、刺客など、主人の手となり足となり動く必要がある。

私がその『影』を欲した理由は、エルクの一件で見えた自分の情報収集能力、事態に対する処理能力…ひいては自分の一存で動かせる力の少なさをどうにかしたかったから。
もうあんな後悔はしたくないし、他の攻略対象達にだって出来ることならトラウマになるような辛い思いなんてさせたくない。
幼少期にトラウマのある攻略対象はあと何人いるのだろうか…。
隠しキャラに関しては本当にどうすればいいんだろうって感じだし。

こうなってくると本っ当にあのゲームを隅々までやり尽くしておかなかったことやストーリーをきちんと覚えておかなかったことが心底悔やまれる。
最近ちょっと忘れ気味だったけど、幼いうちからフラグをへし折っていかないと私の処刑ルートの回避も出来ず若くして死んでしまうことになるのだし。
あれ、そうなってくるとヒロインより先にトラウマを解消して死亡フラグを折るっていう計画自体無謀ってことになるのでは…?
これは早めに計画修正しないとまずいかも…。

まあそれは後で考えるとして、話を戻そう。
貴族の世界において最も恐ろしいのは、直接の武力行使よりも情報を駆使して行われる計略、謀略である。
古来より情報を使うことに長けた者達は生き残り、苦手とする者達は利用されるか潰されるかの二つに一つ。
しかし、いくら情報を「使う」術に優れていても使うことのできる「情報そのもの」がなければ意味はなく、情報を集める術がない者も同様に生き残ることはできない。
つまり、自身の代わりに手札となる情報をかき集めてくる『影』は貴族として情報戦を勝ち抜いてゆく為に必須の、いわば生命線。
その生命線に裏切られでもしたら、それこそその貴族の命運は尽きたと言っても過言ではない。

それに、『影』は最後の最後まで主人を守り続け、命運を共にする正真正銘の「最後の盾」。
血を分けた家族ですら信用しきれないことも少なくない貴族にとっては、下手をすると家族よりも自分に近く、信頼できる存在かもしれない。
そんな『影』すらも信じられなくなったら、私なら本気で人間不信に陥ること間違いなしだ。

…いや、待てよ。
さっきから一人につき一人であること前提で話していたけれど、そもそも『影』って普通一人しか抱えないものなのだろうか。
忍者のイメージでいくと何人も抱えてそうだけど、その分裏切りも多くなりそうな感じもある。
でも、人数が多い分裏切りにおける損失や衝撃は少なくなる。
そうやって考えてみると、どちらの方が良いのかなんて分からないな。
抱えてる『影』の人数を大っぴらにする貴族なんている訳がないし、扱い方と同じでその辺も自由なのかもしれない。
…まあそれはともかく、それほどまでに自分に深く関わってくる存在なのだから、お父様が選別に慎重になるのも頷ける。
生涯に渡って主人を支え続ける為、基本的には年齢もそう離れた者をあてがう訳にもいかないのだろうし。

けど、この場合どうなのだろうか。
私は現在四歳だけど、近い年齢の者となると良くても十代になるんじゃなかろうか?
私が現状最優先で欲しいと思っている情報は、ゲームに関係する攻略対象達の情報。
そんな年若く経験も浅いであろう『影』に、いきなり他の公爵家や王家なんかの情報を探ってこい、なんて最難関のミッションを与えて大丈夫なのか…!?
レベル1で魔王に挑むようなものじゃない?
警備も情報管理も、侯爵以下の家とは桁違いに厳重だっていうのに!
下手したらお仕事初日で、いつまで経っても帰って来ませんでした…なんてことにもなりかねない…!
どうしよう、慣れるまでその辺の情報収集は諦めてもっと簡単なところからにした方がいいのかな。
いやでも、様子見してる間に幼少期のトラウマ完成しちゃってました、なんてことになったら目も当てられないし…。
……まあ、その辺は会ってみてから考えようか、うん。

「用意してくださってありがとうございます。…けれど、ただでさえお忙しいのに無理をなさったのではないですか?お父様が僕のことを考えて下さったのは嬉しいですけど、僕のわがままなど後回しでも…」

「…リュート、これはお詫びなのだ。ならば出来うる限り早急に対処するのが筋というものであろう。…初めての贈り物ということで、少し張り切ってしまったのもあるが」

前半は私の目を見ていたが、後半は凍えるような視線をティーカップに向けてお父様がそう言った。
…照れてるんだろうけど、そんな視線向けたら紅茶が冷めちゃうよ、お父様。
けど、そうか。
そういえば、お父様からの贈り物って初めてかも。
誕生日はいつも使用人達が全身全霊でお祝いしてくれてたけど、お父様は忙しくて会うことすら出来なかった。
それでもメッセージカードは送られてきてたけど、お父様が書いた書類の筆跡と比べると違いがある。
多分あまりの忙しさに息子の誕生日すら忘れているお父様を見て、誕生日に何ももらえない息子達を哀れに思った部下がメッセージカードを代筆し、お父様に許可を取って送っていた…とか、そんなところだろう。
まあ、お父様のことだから覚えていても何を送ればいいのか分からずに結局部下が代理で選ぶ、とかになりそうだけどね。
ともあれ、これはお父様の心遣いや気持ちなのだし、これ以上言うのは野暮というものだろう。

「そういうことなら、ありがたく受け取っておきます。それで、その『影』はどちらに?」

部屋を見渡してもそれらしき人物はいないし、別室にでも待機しているのだろうか。
私がワクワクする気持ちのままに視線を部屋のあちらこちらに向けながらそう言うと、お父様は私の後ろに視線をやりながら口を開いた。
え、まさか…?

「…既にリュートの後ろにいる」

やっぱり!?
その言葉を聞くなりばっ!と勢いよく振り返ると、そこにはセイル兄様とそう変わらない年頃の男の子が立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

処理中です...