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幼少期
弟王子の涙です。
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「僕は、何をやっても兄上に敵わない、兄上の予備の王子なんだって」
アシュレイは俯いたままで静かにそう言った。
『僕は兄の予備なんだ』……よくゲームのアシュレイが言っていた台詞だ。
きっと小さい時から言われ続けた言葉の中で一番古くて、一番心に突き刺さった言葉だったんだろう。
他のどんな言葉よりも、一番忘れることのできない言葉。
この国では、王家の血を受け継ぐ者の中で一番優秀な者が王太子となる決まりがある。
王太子となるかどうかはその者が成人する時に決まり、その者よりも年下の者が成人する時、年下の者の方が優秀であれば年下の者が王太子に変わる。
だから、第一王子であっても第二王子であっても決して予備だなんてことはないのだ。
今の時点では、どちらも同じ王太子候補でしかないんだから。
それなのにアシュレイはゲームでも現実でも『予備の王子』と言われている。
……つまりは、『お前には王太子になる可能性はない』と最初から否定されているのだ。
王太子になれないという確かな根拠なんて何一つないのに。
「……この前、大人たちが噂してるのが聞こえたんだ。僕のこと、もしも兄上に何かあった時のための予備だとか、兄上は優秀なのに僕は全然駄目だとか……」
「…………」
自嘲するかのように眉を下げ、力なく微笑みながら、聞いてしまった悲しい出来事を語るアシュレイ。
何か声をかけたいのに、慰められるならそうした方が絶対に良いのに、何も言葉が出てこない。
「……僕は兄上が大好きだよ。優秀で、優しくて、かっこよくて……兄上は、僕の憧れなんだ」
ラズのことを語るアシュレイは嬉しそうで、だからこそ二人の現状を考えると胸が痛い。
やっぱりアシュレイはラズを嫌ってなんかいなかった。
むしろ、こんなに傷ついている中でも、褒めながら「大好き」だと言うほどに慕っている。
けれど、アシュレイはまた俯いてしまった。
「……でも、なんだか……兄上を見ていると悲しくて、どうすればいいのか分からなくて、……苦しい」
「…………っ」
俯いているだけなのに、その姿はひどく傷ついて泣きそうな様子に見えて、私は思わずアシュレイの手を握る。
いきなり手を握られたアシュレイは、驚いたのか肩を少しビクッと跳ねさせたけれど、それでもまだ俯いたまま、顔を上げようとはしない。
……最初の予定では私がアシュレイの話を聞いて、「そう……辛かったね、大丈夫だよ」……みたいな暖かい言葉で、穏やかに、優しく、包み込むように慰めるつもりだったのに。
アシュレイがあまりにも我慢して辛いのを押し込めているから、何だか悔しくて、悲しくて……このままじゃ、私の方がアシュレイよりも先に泣きそうだ。
私の方が精神年齢的にも実際の年齢的にも年上なんだから、泣いたら駄目だと分かっているのに、もう少しでも動いたら零れそうなほど目に涙が溜まっている。
……ああ、もう黙ってるのも限界だ。
先に涙が零れるのを見られるのは恥ずかしいので、私は顔が見えないようにアシュレイをぎゅうっと抱きしめ、言う。
「……アシュレイ様。我慢しないでください。外からは声も姿も認識できないようにしてありますから、何も気にしないで泣いてください」
「……リューティカがいる。人前では泣けないよ」
貴族の子供は皆、人前で泣くことはしてはいけないと厳しく教えられる。
泣くというのは、自分が感情に振り回される人間だと周囲に宣言しているも同然だから。
貴族ですらそうなら、王族ならばなおさら厳しく教えられているんだろうけれど、そんなこと今は関係ない。
何だか情けないような気もするけど、でも一回思いっきり泣いたら少しは気持ちもすっきりすると思うから。
「なら、僕も一緒に泣きます。……というより、僕の方が限界です。……僕のために、一緒に泣いてくれませんか?」
言葉を証明するように、一度抱きしめていたアシュレイを離して正面から向き合う。
私の方は頬に一筋、二筋と涙が伝っていくけれど、アシュレイはまだうっすらと涙が滲んでいるだけで、泣いてはいなかった。
もう既に泣いている私の姿を見て、ずっとずっと我慢していたんだろうアシュレイの顔が歪む。
すると、みるみるうちに目に涙が溜まり、ぽたりぽたりと落ちて地面に吸い込まれていく。
「リューティカ……僕、は……」
アシュレイは何か言おうとしたみたいだけど、言葉にならずに嗚咽に変わる。
一度その状態になってしまえば堪えることも難しいようで、アシュレイの目からは堰を切ったように涙が溢れだした。
それを見て、私は更に涙が出てきてしまって、私たちは向き合って手を繋いだまま泣き続ける。
そうしていたら、さっきは出てこなかったアシュレイの弱音や本音が、ぽろぽろと溢れ出してきた。
「僕は……、本気で努力をして、それでも何一つ兄上に敵わなかったらって、そう思ったら、ずっと……ひっく、……怖かったんだ」
「ぐすっ……そっか。でも、アシュレイ、には、アシュレイの、ぐすっ……いいところが、たくさんあるよ」
本当にそうだ。
ゲームの方でも色々と知ってるけど、それ以上に、今この場で見つけたアシュレイの良いところ……ラズよりも優れているところはたくさんある。
素直なところ、忍耐強いところ、優しいところ、よく気がつくところ、純粋なところ、気配りができるところ……ざっと挙げるだけでもこんなにたくさん。
「そう、かな……僕は、何も見つけられ、なかった、けど」
……なるほど、アシュレイは自分で自分の良いところを見つけられなかったから、こんなにも自分に自信がないのか。
ならば、とさっき心の中で挙げたアシュレイの良いところを一つ一つ言っていくと、アシュレイはいつのまにか泣き止んでいて、みるみる顔が赤くなっていった。
そして、居心地悪そうに視線を彷徨わせている。
……褒められ慣れてないんだろうか。
ヘル様は褒めないのかな……あとラズも。
あー……あの二人は褒められたいなら自己主張しろ!って感じだし、アシュレイは自己主張しなさそうだから褒められ慣れてないかもしれないなあ……。
アシュレイは甘え下手っぽいし。
私は恥ずかしそうなアシュレイを眺めてそんなことを考えながら涙を拭う。
……ハンカチがないから袖になっちゃうけど、二人で大泣きしあった後なんだからまあもう今さらだよね。
私が涙を拭い終わったと同時に、アシュレイが佇まいを正し、改めてこちらを向いた。
「……リューティカ、ありがとう。たくさん泣いてしまって恥ずかしいけれど、そんな風に言ってもらえて嬉しいよ」
「本当のことだからね。……たくさん泣いて、色々吐き出して、少しはすっきりしたでしょう?」
「ね?」と言いながら笑うと、アシュレイは一瞬頬を染めて驚いたように目を見開いた。
……?急にどうした、アシュレイ。
「……アシュレイ?」
「……あっ……」
私が名前を呼んで首を傾げると、アシュレイははっとしたように慌てながら何でもない、と誤魔化してきた。
……何なんだ、絶対に何でもなくないでしょ。
腑に落ちない、と私が首を捻っていると、アシュレイは私を見つめながら照れたようにふわりと笑って言った。
「リューティカ、僕は自分を兄上と比べるのは止めるよ。僕は僕の道で、いつか絶対に兄上と並べるような……そんな人になる。……あの、リューティカとも……」
ん?最後の方、ごにょごにょ言うから聞き取れなかったんだけど、何て言った?
……まあいっか。
兄に追いつくと決めたアシュレイの瞳には、一点の曇りもない。
その瞳は清々しい青空そっくりで、見ていてとても気持ちが良い、まっすぐな瞳だった。
……本当に、綺麗。
「……それ、すごく良い目標だね。……じゃあ、僕はそんなアシュレイに恥じない、最高の……『男』になるよ」
何だかそんなアシュレイの瞳を見ていたら、急に私も何か言いたくなって、自然と言葉が出てきた。
……それは、私の決意表明の言葉。
それを聞いて、アシュレイは少し不思議そうな顔をしている。
私の意思がこもった言葉は、普通なら何の問題もないはずの言葉だ。
その言葉は、凛と響いて、静かな空に消えていく。
……普通の意味とは少し違う意味が込められてるから、こんな風に不思議な響きをもった言葉になったのかな?
「……それも、良い目標だね。リューティカ」
アシュレイの言葉に、空を向いていた私はそのままで一度目を閉じる。
そして目を開き、アシュレイの方を向いて「そうでしょう?」と笑う。
何か分かんないけど、雨の後の虹の架かった空を眺めてるみたいな気分だな。
……まだ色んな問題は解決してないけど、きっとアシュレイはもう大丈夫だろうな。
私だってアシュレイに負けないように頑張るから、良きライバルになれるかもしれないね。
さーて、話も終わったし、そろそろ心配してるだろう兄二人のところに帰ろうかな!
アシュレイは俯いたままで静かにそう言った。
『僕は兄の予備なんだ』……よくゲームのアシュレイが言っていた台詞だ。
きっと小さい時から言われ続けた言葉の中で一番古くて、一番心に突き刺さった言葉だったんだろう。
他のどんな言葉よりも、一番忘れることのできない言葉。
この国では、王家の血を受け継ぐ者の中で一番優秀な者が王太子となる決まりがある。
王太子となるかどうかはその者が成人する時に決まり、その者よりも年下の者が成人する時、年下の者の方が優秀であれば年下の者が王太子に変わる。
だから、第一王子であっても第二王子であっても決して予備だなんてことはないのだ。
今の時点では、どちらも同じ王太子候補でしかないんだから。
それなのにアシュレイはゲームでも現実でも『予備の王子』と言われている。
……つまりは、『お前には王太子になる可能性はない』と最初から否定されているのだ。
王太子になれないという確かな根拠なんて何一つないのに。
「……この前、大人たちが噂してるのが聞こえたんだ。僕のこと、もしも兄上に何かあった時のための予備だとか、兄上は優秀なのに僕は全然駄目だとか……」
「…………」
自嘲するかのように眉を下げ、力なく微笑みながら、聞いてしまった悲しい出来事を語るアシュレイ。
何か声をかけたいのに、慰められるならそうした方が絶対に良いのに、何も言葉が出てこない。
「……僕は兄上が大好きだよ。優秀で、優しくて、かっこよくて……兄上は、僕の憧れなんだ」
ラズのことを語るアシュレイは嬉しそうで、だからこそ二人の現状を考えると胸が痛い。
やっぱりアシュレイはラズを嫌ってなんかいなかった。
むしろ、こんなに傷ついている中でも、褒めながら「大好き」だと言うほどに慕っている。
けれど、アシュレイはまた俯いてしまった。
「……でも、なんだか……兄上を見ていると悲しくて、どうすればいいのか分からなくて、……苦しい」
「…………っ」
俯いているだけなのに、その姿はひどく傷ついて泣きそうな様子に見えて、私は思わずアシュレイの手を握る。
いきなり手を握られたアシュレイは、驚いたのか肩を少しビクッと跳ねさせたけれど、それでもまだ俯いたまま、顔を上げようとはしない。
……最初の予定では私がアシュレイの話を聞いて、「そう……辛かったね、大丈夫だよ」……みたいな暖かい言葉で、穏やかに、優しく、包み込むように慰めるつもりだったのに。
アシュレイがあまりにも我慢して辛いのを押し込めているから、何だか悔しくて、悲しくて……このままじゃ、私の方がアシュレイよりも先に泣きそうだ。
私の方が精神年齢的にも実際の年齢的にも年上なんだから、泣いたら駄目だと分かっているのに、もう少しでも動いたら零れそうなほど目に涙が溜まっている。
……ああ、もう黙ってるのも限界だ。
先に涙が零れるのを見られるのは恥ずかしいので、私は顔が見えないようにアシュレイをぎゅうっと抱きしめ、言う。
「……アシュレイ様。我慢しないでください。外からは声も姿も認識できないようにしてありますから、何も気にしないで泣いてください」
「……リューティカがいる。人前では泣けないよ」
貴族の子供は皆、人前で泣くことはしてはいけないと厳しく教えられる。
泣くというのは、自分が感情に振り回される人間だと周囲に宣言しているも同然だから。
貴族ですらそうなら、王族ならばなおさら厳しく教えられているんだろうけれど、そんなこと今は関係ない。
何だか情けないような気もするけど、でも一回思いっきり泣いたら少しは気持ちもすっきりすると思うから。
「なら、僕も一緒に泣きます。……というより、僕の方が限界です。……僕のために、一緒に泣いてくれませんか?」
言葉を証明するように、一度抱きしめていたアシュレイを離して正面から向き合う。
私の方は頬に一筋、二筋と涙が伝っていくけれど、アシュレイはまだうっすらと涙が滲んでいるだけで、泣いてはいなかった。
もう既に泣いている私の姿を見て、ずっとずっと我慢していたんだろうアシュレイの顔が歪む。
すると、みるみるうちに目に涙が溜まり、ぽたりぽたりと落ちて地面に吸い込まれていく。
「リューティカ……僕、は……」
アシュレイは何か言おうとしたみたいだけど、言葉にならずに嗚咽に変わる。
一度その状態になってしまえば堪えることも難しいようで、アシュレイの目からは堰を切ったように涙が溢れだした。
それを見て、私は更に涙が出てきてしまって、私たちは向き合って手を繋いだまま泣き続ける。
そうしていたら、さっきは出てこなかったアシュレイの弱音や本音が、ぽろぽろと溢れ出してきた。
「僕は……、本気で努力をして、それでも何一つ兄上に敵わなかったらって、そう思ったら、ずっと……ひっく、……怖かったんだ」
「ぐすっ……そっか。でも、アシュレイ、には、アシュレイの、ぐすっ……いいところが、たくさんあるよ」
本当にそうだ。
ゲームの方でも色々と知ってるけど、それ以上に、今この場で見つけたアシュレイの良いところ……ラズよりも優れているところはたくさんある。
素直なところ、忍耐強いところ、優しいところ、よく気がつくところ、純粋なところ、気配りができるところ……ざっと挙げるだけでもこんなにたくさん。
「そう、かな……僕は、何も見つけられ、なかった、けど」
……なるほど、アシュレイは自分で自分の良いところを見つけられなかったから、こんなにも自分に自信がないのか。
ならば、とさっき心の中で挙げたアシュレイの良いところを一つ一つ言っていくと、アシュレイはいつのまにか泣き止んでいて、みるみる顔が赤くなっていった。
そして、居心地悪そうに視線を彷徨わせている。
……褒められ慣れてないんだろうか。
ヘル様は褒めないのかな……あとラズも。
あー……あの二人は褒められたいなら自己主張しろ!って感じだし、アシュレイは自己主張しなさそうだから褒められ慣れてないかもしれないなあ……。
アシュレイは甘え下手っぽいし。
私は恥ずかしそうなアシュレイを眺めてそんなことを考えながら涙を拭う。
……ハンカチがないから袖になっちゃうけど、二人で大泣きしあった後なんだからまあもう今さらだよね。
私が涙を拭い終わったと同時に、アシュレイが佇まいを正し、改めてこちらを向いた。
「……リューティカ、ありがとう。たくさん泣いてしまって恥ずかしいけれど、そんな風に言ってもらえて嬉しいよ」
「本当のことだからね。……たくさん泣いて、色々吐き出して、少しはすっきりしたでしょう?」
「ね?」と言いながら笑うと、アシュレイは一瞬頬を染めて驚いたように目を見開いた。
……?急にどうした、アシュレイ。
「……アシュレイ?」
「……あっ……」
私が名前を呼んで首を傾げると、アシュレイははっとしたように慌てながら何でもない、と誤魔化してきた。
……何なんだ、絶対に何でもなくないでしょ。
腑に落ちない、と私が首を捻っていると、アシュレイは私を見つめながら照れたようにふわりと笑って言った。
「リューティカ、僕は自分を兄上と比べるのは止めるよ。僕は僕の道で、いつか絶対に兄上と並べるような……そんな人になる。……あの、リューティカとも……」
ん?最後の方、ごにょごにょ言うから聞き取れなかったんだけど、何て言った?
……まあいっか。
兄に追いつくと決めたアシュレイの瞳には、一点の曇りもない。
その瞳は清々しい青空そっくりで、見ていてとても気持ちが良い、まっすぐな瞳だった。
……本当に、綺麗。
「……それ、すごく良い目標だね。……じゃあ、僕はそんなアシュレイに恥じない、最高の……『男』になるよ」
何だかそんなアシュレイの瞳を見ていたら、急に私も何か言いたくなって、自然と言葉が出てきた。
……それは、私の決意表明の言葉。
それを聞いて、アシュレイは少し不思議そうな顔をしている。
私の意思がこもった言葉は、普通なら何の問題もないはずの言葉だ。
その言葉は、凛と響いて、静かな空に消えていく。
……普通の意味とは少し違う意味が込められてるから、こんな風に不思議な響きをもった言葉になったのかな?
「……それも、良い目標だね。リューティカ」
アシュレイの言葉に、空を向いていた私はそのままで一度目を閉じる。
そして目を開き、アシュレイの方を向いて「そうでしょう?」と笑う。
何か分かんないけど、雨の後の虹の架かった空を眺めてるみたいな気分だな。
……まだ色んな問題は解決してないけど、きっとアシュレイはもう大丈夫だろうな。
私だってアシュレイに負けないように頑張るから、良きライバルになれるかもしれないね。
さーて、話も終わったし、そろそろ心配してるだろう兄二人のところに帰ろうかな!
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