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幼少期

ヘル様とお父様です。

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リューティカ達と別れた後、フィルと俺はリューティカたちの様子を、庭を一望できる上階の王の執務室の窓からこっそりと見ていた。
ちなみにこの窓は外からは窓と認識することができないようになっている特殊な窓なので、リューティカ達は気づくことができない。
俺は窓からフィルへと視線を移し、愉しげに唇の端をあげながら口を開く。

「フィル、見てみろ。お前の『宝』は行動が早い上に結果を出すのも一瞬だったようだぞ」

「…見ている」

視線を向けられたフィルは、窓の下にいる2人の息子から目を離さないまま答える。
ごく一部の親しい者しか分からないだろうが、その表情はいつもよりもほんの少しだけ柔らかく、優しかった。
フィルのそんな珍しい表情を短時間で二回も見た俺は、内心で驚く。

(フィルが息子達を大切にしているのは知っていたが、以前はここまで態度に出すことなどなかったはずだ。それもこんなに頻繁になど…。本当に息子達との距離が縮まったらしいな)

そんなことを考えていると、黙り込んだ俺を不審に思ったのか、フィルが俺の方を向いた。
その表情はもう既にいつもの冷たい無表情に戻っている。
…いつも先ほどのような柔らかい顔をしていれば、書類を提出しに来る文官達もあそこまで胃を痛めることがないだろうに。
まあ無表情なのは変わりがないが、凍てつくような眼差しでないだけ何倍もマシだろう。

「…ヘル。どうかしたか」

「…いや。お前は本当に息子達のことを大切に思っているのだと思ってな」

そう言われたフィルは怪訝な顔をする。
まあそれはそうだろう、こいつは自分がそんな表情をしていたなど自覚していないだろうからな。
…お前はお前自身が思うよりもずっと息子達を愛しているし、息子達もまたお前自身が思うよりはるかにお前のことを好いていると俺は思うぞ。

「…まあいい。それよりも、今は王子殿下らのことであろう。あの二人は和解したようだが…もう一人、あの二人との話し合いが必要な者がいるのではないのか」

そう言って俺の方を見るフィル。
…分かっているさ、あの二人の間に深い溝を作ってしまった責任は俺にあるのだから。
例え、直接の原因は別の者であるとしても。

「…ああ、そうだな。元は良かったあれらの仲が拗れてしまったのは、あのような心無い言葉をかけるような者達を側に置いてしまった俺の失態だ。それに、そのことに気づくのが遅れたことも。全て、二人に謝らねばなるまい」

そう、心から思ってはいるのだが…それとは別に、正直、俺はフィルが羨ましいと思ってしまう。
フィルの息子達もまた、俺の息子達ほどではなくとも溝はあったはずだ。
ああまで隔離されて育ち、跡取りになることができる聡明さを十分に持っているのにも関わらず、不健康だからという理由で跡取りになれなかったセイラート。
まあその他にも跡取りになれなかったのには色々と事情はあるが、本人が知っている理由はその程度だろう。
それと、セイラートが跡取りになれなかったせいで、家やその他諸々の都合上、女であるにも関わらず、男として生きなければならなくなったリューティカ。

(改めて考えれば、何故ああまで仲が良いのか…)

リューティカは聡明だが、まだ幼いから色々なことをあまりよくは理解していないのかもしれない。
けれど、同じく聡明であり、ある程度成長していたセイラートがリューティカを遠ざける理由などいくらでもあっただろう。
それでも、あの二人は他の者の手を借りることも無く非常に仲の良い兄弟へと育ったのだ。
リューティカがセイラートの事を慕っているのは態度や表情から明白だが…むしろ、俺にはセイラートの方が深くリューティカを溺愛しているように見える。
セイラートがリューティカに命を助けられた事を考えても、それだけであそこまで溺愛するようになるとは思えない。
セイラートがリューティカを恨んだりはしていないにしても、多少思うところがあって当然だし、簡単には気持ちを切り替えられないのが普通なのだ。
しかも、今度は息子達の方から父親との距離を縮めようと努力し、それももうかなり成功しつつある。
…これを、二人の息子を持つ同じ父親として、羨ましいと言わずに何と言おうか。

(…まあ、フィルを羨んでいても仕方がない、か)

リューティカ達が特殊なのだし…だからこそ、ラズやアシュレの最初の幼馴染としてリューティカ達を選んだのだから。
俺が忙しさを理由にあれらとの交流をあまりしなかったのもあり、仲を修復させようと何か手を打てば打つほど、あれらの溝はどんどん深まっていった。
もうどうしようもないのかとすら思い始めていた時に、リューティカ達が城に来るという報告が来たのだ。
子供であるため、俺やフィルとは違い、あれらと同じ目線で会話をすることができる上に、フィルとセイラートの間に入って二人を和解させた実績のあるリューティカと、跡取りとしてのリューティカを支え、受け止める度量をもつセイラートの二人である。
その二人ならば何か変わるのでは…と、俺が期待してしまったのも無理はないだろう。
と、今までの苦労を思い出しながら再び窓から四人のいる庭を見下ろすと、リューティカとアシュレが並んでぐったりと噴水のふちに座り込んでいるのが見えた。
そして、ラズが滅多に見せないような優しい笑顔でアシュレに話しかけ、アシュレが顔を輝かせている。

「……見事」

「…………」

ラズのあんな笑顔や、アシュレの明るい顔を見たのは、いつぶりだろうか。
あの二人があげた成果は、期待よりもずっと良い成果だった。
まさかこの短時間でああまで拗れていた仲を綺麗さっぱり元通りにしてしまうとは。
…やはり、あの二人に任せて正解だったな。

…そろそろ、四人の話にも区切りがつきそうだ。
良い時間だし、フィルも息子達と話す時間がもっと必要だろう。
…それに、俺も息子達と話す機会をもっと増やさねばなるまい。
今日のところは、とりあえずお開きとしよう。

「…さて。フィル、迎えに行くぞ」

「…………」

俺はそう言って歩き出す。
だが、フィルがついて来る気配がない。
どうしたのかと、振り返ろうとした俺の背中に、フィルの静かな声が聞こえてきた。

「………お前も、もっと素直になれ、ヘル」

ずっと黙っていると思ったらそんなことを考えていたのか。
全く素直でないお前に言われたくはないと言い返したいところだが…少し考えてみて、気づく。
…俺は、息子達の前でも、ずっと『王』のままだった、ということに。
『父親』としての接し方などほとんどしていないし、愛情らしい愛情を分かりやすく注いだことなど一度もない。
なんなら『王』でない俺など、フィルともう二人の幼馴染以外は…妻ですらそうは見たことがないだろう。
…ああ、リューティカとセイラートは見ているか。
『父親』としての姿を自分の息子よりも先に他人の息子に見せてどうする、俺。

…それに、本当は…できることならば、『父親』として、俺自身が解決してやりたかったという気持ちもある。
確かに俺は、『父親』である前に『一国の王』だ。
それは絶対に忘れてはならないことである。
だが、だからといって『父親』であることを忘れて良いわけではない。
それとはまた別問題なのだ。
そんな事に、今更…よりにもよって不器用で自分の気持ちを素直に表現できないフィルに気づかされるとは…不覚。

「…お前は表情と感情が一致しないのをどうにかしないと、可愛い息子達に怯えられるぞ」

けれど、素直に言うことを聞くのは癪なので、ちょっとした意趣返しをする。
俺の言葉を受けて眉にしわを寄せ、人を視線だけで射殺しそうな顔で悩み始めたフィルを横目に見て、「そういうところだ、そういうところ」と内心突っ込みながら、俺は今度こそ息子達を迎えに行くために歩き出した。
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