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幼少期

セイル兄様、ちょっと待ってください。

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兄たちの元へ帰ろうと、私とアシュレイは立ち上がり、お片付けをする。
とはいっても、服をはたいたりハンカチを畳んだりするだけなんだけどね。
ハンカチを畳んでいる途中で、ふとあることに気がついた。

「……あれ、そういえば、言葉遣い……」

おおう、すっかり忘れてた。
何をどさくさに紛れてタメ口にしちゃってんの私!
どーしよう、敬語に直す?
いやでも今さら直すのも変だし、せっかく縮まった距離が離れるみたいでちょっと嫌だよね……。

なんて考え込んでいると、突然ハンカチを畳む手が止まった私を不思議に思ったのか、アシュレイがこちらに来た。
それに気づいた私はささっとハンカチを畳み終え、ポケットにしまってからアシュレイの方へ向き、聞いてみる。

「あの……アシュレイ、僕、さっきから敬語使うの忘れてたんだけど……」

「あ、本当だね……。でも僕、敬語を使わずに話し合える人って今までいなかったから嬉しいんだ。だから、そのままがいいな」

アシュレイは、私に言われて私の口調の変化に気づいたらしい。
でもそのままで良いと言ってくれたアシュレイに、安堵と喜びで自分でも分かるくらいに瞳がぱっと輝いた。
同年代の友達なんて初めてだし、嬉しいな。
ラズやセイル兄様とはちょっと年が離れてるからね。
……まあ、大人になったら四歳なんて大した差じゃないのかもしれないけど、子供にとっては結構大きな差だ。

「本当?良かったー、僕もそういう友達っていなかったから嬉しいよ!」

「うん!あと、その……名前も、『アシュレ』って呼んでくれると……」

……どんどん声が小さくなっていくのは、断られるかもしれないと思ってるからなのかな?
私にとってその申し出は、アシュレイが心を開いてくれた感じでかなり嬉しいし、断るわけないのに。

わざわざアシュレイから言ってくれたんだし、これからは『アシュレ』と呼ぶことにしよう。
……けど、それならアシュレにも『リューティカ』呼びはやめてもらいたいな。
せっかく幼馴染みになるんだし、お父様たちみたいに愛称で呼び合いたい。

「じゃあアシュレって呼ぶね!あと、僕のことは『リュート』って呼んで欲しいな」

笑いながら言った私の言葉に、アシュレは「うん、分かったよ……リュート」とはにかみながらも嬉しそうに答えてくれる。
そんなアシュレの可愛らしい様子を真正面から見てしまった私は、ハートをダイレクトに撃ち抜かれた。
……ぐはっ、天使2号!!
天使2号がここにいるよ!!
あーダメ、このままここにいたらアシュレが愛らしすぎて萌え死にする……!
……そ、そうだ、セイル兄様のところに戻るんだった!
それを口実にアシュレの姿を視界から外そう!

「……ア、アシュレ!早くもう一人の天使のところに戻ろう!」

「え?天使?」

……はっ!私は今何を口走った?!
いきなり「もう一人の天使のところに戻ろう!」とか意味不明だよ!
ほら、アシュレの顔に『?』が浮かんでる!

「い、いや、あのー、あー……あっ、あんなところにUFOが!」

「えっと……?リュート、UFOって何?」

明らかに様子がおかしい私に戸惑いながら聞いてくるアシュレ。
ああ~、こっちの世界にはUFOがないのか!
定番の言い訳が全く通用しないなんて!
……ん、あれ?これは通用しないこと前提のやつだっけ??

……あーもー、よく分かんなくなってきた!
よし、一旦落ち着こう。
息を大きく吸ってー……吐いてー……深呼吸ー……ふう。落ち着いた。
……うん、『天使』じゃなくて『セイル兄様』のところに帰るんだった。そうそう。

「……さて、アシュレ。セイル兄様たちのところに帰ろうか」

「え?う、うん」

パニックが収まって落ち着いたところで、私は何事もなかったかのように無駄に爽やかなキラキラ笑顔でアシュレに促す。
……この状況で『無駄に爽やかなキラキラ笑顔』を振り撒く時点で全く落ち着けていないのだけれど、この時の私は全く気づかず、アシュレの納得できていないような微妙な顔を完全無視してハイルとアインに呼びかけた。

「ハイル、アイン!音と光の結界を解除してくれるー?」

『いいよー』

『分かったわ』

二人に結界を解除してもらうと、微妙に周りの雰囲気が変わったように感じた。
……うん、無事に解除されたみたいだ。
よーし、やりたいことは全部やり終わったし、結界も解除してもらったし、これでお片付けは完了!
協力してくれたハイルたちにお礼を言わないとね。

「ハイル、アイン、ありがとう」

『どういたしまして。それより、早く戻った方がいいよ、ティカ』

ちょっと苦笑しながらそう言うハイル。
……え、そりゃ終わったんだから戻るけど、何でハイルがそんなこと言うんだろう?
いつもは急かしたりしないのに。
ちょっと不思議で私が首をかしげていると、アインまで苦笑しながらハイルに同調した。

『ティカ、ハイルの言った通り、早く戻った方がいいわよ。だって早くしないと、ティカを心配して追いかけたいセイルがメソメソしてる第一王子にキレちゃうもの』

「そういうことは早く言ってよ二人とも!!」

セイル兄様は怒ると怖いんだからね?!
私が兄様を怒らせたのは一回だけ。
私はその一回で、普段温厚な人は一旦怒りのスイッチが入ると長いし本気で怖い、ということをきっちり学んだのだ。

セイル兄様は火山が噴火するみたいな怒り方はしない。
その代わり、こう……だんだん底なし沼に沈んでいくような……精神的な何かがごりごり削られるというか、じわじわ追い詰められるというか……そんな怒り方をするのだ。
そんな風に怒られるなら噴火された方がまだ良いと思うのは私だけだろうか。

「リュート、どうしてそんなに慌ててるの?」

セイル兄様が優しく諭している内は良いんだけど、たまにスイッチが入ると普段より少し低い声とびっくりするくらいの満面の笑顔で「……リュート?」と呼ばれるのだ。
そういう表情と感情が一致してないところはお父様にそっくりだと思う。

スイッチの入った兄様の前で言い訳なんてできないし、そもそもする気にならないし、涙目でひたすら謝るしか出来ない。
それでもセイル兄様は(本人曰く)私に対してはまだ優しいらしいのだ。
私に対してでも十分怖い兄様なのに、ラズに対してキレるとか……うっ、想像もしたくない。

「……?ねえリュート、どうしたの?」

「……やばい……」

顔が青ざめるのを感じながらぼそりと呟き、勢いよくアシュレの方へ振り返る。
私があまりにも必死の形相をしていたからか、アシュレは目を見開いたけれど、そんなことは気にしていられない。
私にはセイル兄様がぶちギレる前に兄様の元へ帰るという絶対に果たさなければならない使命があるのだ。

「アシュレ……急がないとラズが危ない。走るよ!」

「わっ、ま、待ってよリュート!兄上が危ないってどういうこと?!」

アシュレの手をむんずと掴み、意見を聞く前に走り出す。
今は一刻も早くセイル兄様のところに戻ってラズを救出しないと!
私がセイル兄様をラズのところに置いていったのがそもそもの原因なんだから、私が戻れば大丈夫だ。……多分……。

最初にセイル兄様たちを置き去りにしたところからそう遠くまで来てないはずだし、走ったらすぐに戻れるはず。
あ~~兄様、もうちょっと待ってて!
祈るような気持ちで来た道を走って戻ると、だんだん噴水が見えてきた。
この辺にいるはずだ、と思いながら近づいていくと、噴水の正面にセイル兄様がいた。

「……あっ、いた!セイル兄さ、ま……」

見つけて思わず声を出したのだけど、セイル兄様に近づくにつれ見えてきた『それ』に、私の声は尻すぼみになり、表情が引きつっていくのを感じる。
反対に、私の声に振り返ったセイル兄様の表情は明るくなっていく。

「リュート!良かった、戻ってきて。心配したんだよ」

………………。
これは…………。
……走ってくる私に気づいたセイル兄様が、顔をぱあっと明るくして私の名前を呼び、心配の言葉をかけたのはまあ、そこだけを切り取れば何も問題はない。うん。
弟に対する心配性の兄としての反応はそれで正解だ。
でも……セイル兄様。
貴方の足元に倒れている『それ』は……。

「………………」

「…………?」

私に手を引かれていたために私の後ろを走っていたアシュレは、私の背中でちょうど『それ』が見えていなかったらしく、セイル兄様を見つけた途端突然止まり、何も言わなくなった私を不思議に思ったんだろう。
どうしたのかと私に声をかけようとして、私を黙らせた原因である『それ』を見てしまった。

「あ、兄上っ?!」

……どうやら私は間に合わなかったらしい。
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