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46.言葉が出なくて

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「迫って来た時から、ずっとそうだ」

  頬に手が伸びて来て、スッと撫でられた。

  温かい手のひら。

「あんたはを義務だと思ってる。
目標達成に必要な事だと。
指先が強張るのも、流されまいと抵抗するのも。
恋人との行為ですら、しなくてはならないと決めつけた」

「だって…そうなのでしょう……?」

  その手のひらに、そっと手を添える。

「あなたが私を恋人の位置に置くのは…そういうことでしょう?
あなたが求めることに、応えなきゃ…恋人は、相手を拒否しては、いけないでしょう…?」

  これまで勉強は常に成績トップだった。
  どんなスピーチも、ハッキリと話せた。

  それが今、うまく言葉にできない。
  
  恋人とは、いったいどんな関係なのが正しいのか。

  浅井さんは身体を求めた。
  欲を吐き出す事を要求した。

「恋人なら許容される」という理由で。

  まして、シンは、身体の関係を条件として付き合った。
  その条件を満たさずに、付き合うのは、契約に反するのではないか。

  例え体調が悪くても、相手の条件を満たしてこそ、この契約は成り立つはず。

  なのに、彼はそれをヨシとしないのだ。

  私だけが初めての感覚に満たされて、溢れて止まらないというのに。
  たくさんのものを貰っているというのに。
  
  “義務”を全うすることを、許してくれない。

  浅井さんのとの矛盾。

  結んだは、多少違えど同じもののはずなのに。

  その矛盾が、困惑させる。

  喉が胸の奥から詰まるように、苦しくて。

  気付いたら、涙が溢れていた。

  彼の手のひらは、その涙をソッと拭う。
  
「……なら、俺のすることを否定するな」

「え……ん……」

  彼の瞼が目の前にあって、唇に熱いものが触れる。
 
  短いキスは、彼の熱と共に離れていく。

「…恋人同士だからって、毎日ヤるわけじゃない。
相手の望みを叶え続けることが正しい事だとは思わない」

「じゃあ、なんでシンは……」

  私の望みを叶えてくれるの…?

  そう言おうとしたのに、またキスで塞がれる。

「…始めに言ったろ。
頭で考えるな。
誰に何をされて、どう感じてるか。
それだけだ。
あんたは感じてればいい。
俺にされて、どう感じてるかを」
  
「あ……」

  指が絡め取られる。
  額に降りてきたキスは、そのまま私の目尻を撫で、頬へと移動していく。

「……シンは……」

  声をかけると、彼はまた私に視線を向けた。

「私とこうすることで、得るものはありますか?」

  まっすぐ、目を見て言葉を放つ。

  今こうして私の欲だけを満たしているようなあなたに、なんのメリットがあるのだろう?

「……あるよ」

「それは、なんですか?」

  間髪入れず返答すると、彼は私の頬を撫で、髪を掬った。

「あんたにはまだ、分からないだろうな」
  
「ん……」

  そう、どこか儚げな顔を見せた彼は、また唇を塞ぎ、長くキスをした。

  とても気持ちのいいキス…だけど。

「分からないから…教えて欲しい、です」

  彼の頬に手を添えると、彼は目を細めた。

「時間切れだ。
もう…おやすみ」

 「シン……」

  もっと話をしたいのに。

  こんなに近くにいるのに。

  避けられるように、彼は手のひらをすり抜けていく。

  夢心地な時間は、いつから始まっていたのだろう?

  夢の中で、彼は私に愛を囁いた。
  まるで絵本の王子様が、お姫様に囁くように。

  でも愛は、目に見えない。

  ただ囁く言葉は、本当に愛なのだろうか?


  愛とは……なんだろう?
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