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35.催眠術に負けたくない

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  時間で言えば1分ほどだろう。
  そのキスは、とても長く感じた。

「ん……ふ……っ……あ」
  
  目隠しが外れたと思えば、目じりをペロッと舐められた。
  ぼんやりとした視界の中で、彼は抑えていた手の小指をペロリと舐めた。

  気付かないうちに流していた、私の涙。

  なんで、泣いたんだろう?

「……凛は涙も極上だな」
「変なこと、言わないでくださいよ…」

  息も絶え絶えで、それでも、屈したくなかった。
  泣かしたのは部長、なのに、どこか幸せそうに笑っている金色の瞳は、また顔を近づけると、唇に軽くキスをする。

「ごちそうさま」
「……終わったなら早くどいてください」
「ホント、可愛いなお前」
「可愛いの使い方間違えてますよ。
私は可愛いに属しませんから」

  やっと手が解放されて、腕を下ろして顔を逸らすと、頬に手を置かれて強引に正面を向けさせられる。
  睨みつけたつもりでも、彼には効かない。

「お前のそれは知らんが、俺には俺の基準がある。
お前は可愛いよ。
最近分かってきた」

「っ……!」

  そんなの、刻印が無ければ思いもしなかっただろうし、刻印のフィルターでそう見えてるだけのはずだし!

  きっと私より何倍も美人の城島さんとか、色んな人をそうやって口説いてきたに違いない。

  最近分かってきたなんて簡単に言っちゃうのは若干失礼だとは思わないのだろうかとか、頭を巡るものはたくさんあっても、胸がいっぱいで、言葉が出てこない。

「お、お世辞はいらないです…」
「可愛いと思えない奴にキスするほど飢えてねーよ」
「は!?  き、キスじゃなくて、あれは食事でしょ!?」
「さぁ、どうかな。
まぁ味覚はとうの昔に消えてるけど、お前とのキスは甘く感じる」
「それは、刻印のせい…」
「さぁな」

  話を切るように、部長は私に布団を掛けて、私の前髪を横に撫でた。
  そのすでにひんやりした感触が、少しだけ気持ちいいと感じる。

  この手から背けるように瞼を閉じると、あっという間にウトウトと睡魔に襲われるのだ。
 
  毎度ながら、凄い催眠術だと思う。

「ぶちょ…それ、やめてくださ…」

「フッ…おやすみ、凛」

  額にキスをされて、つい瞼を閉じると、開ける力が入らない。

  有無を言わさない、催眠術。
  使いたい時に使うだけで、私とこれ以上話したくないのかと思って、胸がチクチクと痛む。

「待っ……」

  手を伸ばしたつもりで、声を出したつもりで、意識が遠退いた。
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