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和解には毒を

思うままに

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「……開けてくれない?」
「帰ってください」
「えー会いに来たのに顔も見せてくれないのー?  そっちは俺のこと見たくせにー」

どこを不公平だと問うのか、安形はいつもの高めの声を不満げに籠らせて扉越しに話しかけてくる。

こっちはあなたのことでずっと悩んでいるというのに、なんともお気楽な人だ。

目を閉じてため息をつき、念の為チェーンをかけてから、意を決して鍵を開け、外を覗いた。

10センチほどの隙間から、安形が顔を覗かせる。

「うわ、警戒心剥き出しだね」
「……顔見せました、帰ってください」

屋根があるはずなのに、隙間から微かに雫が飛んでくる。
傘をさしていない安形も全身びしょ濡れで、いつものウェーブのかかった髪が縮んでいる。

「話があって来たんだから、そんな追い返さないでよ。とりあえず、玄関入れてくれない?」
「……さよなら」

扉を閉めようとしたところで、スッと手が入ってくる。

「待って。
本当に、何もしないから。
ちゃんと話したいの」
「……帰ってください」

都合いい言葉を並べて家に上がろうとしているようにしか見えない。
そこまで私がお人好しに見えるのだろうか、それともバカにしているのだろうか。
何にせよ、この人とはこれ以上顔を合わせていたくない。
手挟みますよと小さく呟いて、強引に閉めようとすると、安形はため息をついた。

「……向かいのアパートの駐車場で、あいつらが見張ってる」
「え……?」

いつもと違う真剣な声音に、ゾクッとした。
安形が“あいつら”と呼ぶ相手は、少なくとも私と共通する話題であるとすれば、あの人達しかいない。

「道路の反対側、駐車場に軽自動車が止まってるけど、エンジンもかけずに人が乗ってる。
中は雨でよく見えなかったけど、男が運転席と助手席に2人、ずっとこのアパートの方を見てた。
もしかしたら、後部座席にもいたのかも」
「っ……確証は無いってことですよね?」

その人達が偶然、そこにいて、それを安形が見た可能性だってある。
二階建てのこの部屋からは向かい側のアパートなんて見えないから、安形が嘘をついていることも考えられる。
それでも、それを確認する勇気はない。
見に行くことも恐いが、安形を前に扉を開けて外へ出るのも億劫だ。

「無いし、証明も出来ない。
俺の言うことだから信用も出来ないと思うけど、あいつらがアレで終わるとは思えない。
いつまた、愛華ちゃんに何が起こるか、分からないんだ」
「だったら尚更、帰ってください。
警告ありがとうございます。
戸締りしてあと数日、引きこもりますので」
「栄司と連絡取ってないの?」
「え……?」

少し強引に閉めようとしたところで、安形の手に力が入って防がれる。
胸がドキッと痛んだ。

「……俺とのことがあって、栄司に連絡取れないんじゃないの?
そんなんで、栄司に会えるの?」
「っ……そんなこと……」

栄司から電話は来てたけど、それに出なかったのはやっぱり安形の言う通り、栄司を裏切ってしまったことへの気持ちの揺れだ。
でもそれを肯定して、何の意味がある?
安形を家に入れて、何のメリットがある?

「この前の事件もそうだけど、相手はかなり慣れてる。
こんな古いアパート、簡単に入られるよ。
それにあいつらにとって、俺と愛華ちゃんが一緒にいるのは好都合なんだよ。
多分、一緒にいる分には、手を出さないハズだ」
「そんなの、分かんないじゃないですか……」

ドアノブをギュッと両手で握り締めて俯く。
何を信じていいのか、何をするのが正しいのか、もう、分からない。

「愛華ちゃん」

安形の声が、いつにも増して優しくなった。

「俺に、もう一回、チャンスをくれない?」
「チャンス……?」
「俺が、謝って、償うためのチャンス。
愛華ちゃんが俺を許すチャンス。
俺は、間違いなく最低なことをした。
けど、俺にとって、愛華ちゃんも栄司も、大事で、2人を崩すようなことは、したくないし、する気もない」

安形の表情が物凄く寂しげで、こんな表情の彼を見るのも、初めてで。
安形の気持ちも、分からなくはない。
だからか、余計に、胸が締め付けられるように痛かった。
安形に裏切られたことよりも、自分と栄司を裏切ってしまったことが許せないんだ。
悪いのは、安形じゃない。
こんなに傷付けるのは、間違ってる。
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