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悪夢の始まり

行ってきますはお別れの合図

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「ん……栄司……人来ちゃう……」
「いいよ。
恋人同士なんだから、問題無い」
「ん……」

バイト先の裏口前。
扉前を前にして、栄司に引き込まれたと思えば、キスをされた。
ゆっくりと、でも噛み付くように、何度も角度を変えて、長いキス。
舌は入れずに、キスだけを楽しむように。
いくら細い路地で人が通りにくいとはいえ、誰かに見られたら恥ずかしいのに……。
やっぱり、昼間のこと、怒っているのだろうか?
私が、安形に会ったことを……。

「……怒ってないよ」
「え?っ……」

何を読み取ったのか、栄司が急に声を漏らす。
首筋にキスされて、胸がドキッと高鳴った。

「不安そうだね」
「っ……うん」

観念したように頷く。
何に、と言われれば答えられない。
まとめて言えば、栄司のことだけど。
細かくたくさんあって、整理出来ない。

「……頼りなくてごめん」
「ん……」

また唇にキスが降りて来て、栄司を見つめる。
目を閉じているけど、寂しそうに、悲しそうに、眉を寄せていた。
頼りなくなんて、無い。
そう、言葉にしなくちゃいけないのに。

「……今日、サークルの飲み会があるんだ。
俺のバイト終わったらそこに顔出す話になってて、この近くにいるから。
愛華バイト終わったら、連絡して?
迎えに来るよ」

サークルの飲み会…栄司のバイトが終わる頃には時間的にお開き状態だろう。
それでも顔を出すということは……
安形と、話すため?
それとも、美優さんと?
……そんな深く勘ぐっちゃ、ダメだ。

「…うん、分かった。
ありがとう」

心地良い栄司の腕を離れて、そっと手を握る。
握手をするように。
栄司を、信じて待とう。

「行ってくるね」

無理矢理に、少し口角を上げて微笑む。
栄司は、優しく見つめていた。

「いってらっしゃい」

胸が、キュンと高鳴る。
どうして、こんなに嬉しいんだろう?
どうして、少し切ないのだろう?
栄司を抱き締めたい。
それを堪えて、手を離す。
扉を開けて、中に入る。
あと数時間したら、また会える。
それまでの、我慢だ。
そしたら、またちゃんと話そう。
私たちにはきっと、もっと話し合いが必要なんだ。

扉が閉まりきるまで、栄司と見つめ合った。
バタンと大きな音を立てて、扉は閉まった。

***


「えー!テルくん優男じゃん!
ありがとう愛華ちゃん♪」
「いえ……」

バイト終わり。
更衣室で、私は安形に渡された写真を莉奈さんに手渡した。
封筒の中にはビニール袋に入った2つの束があって、それぞれに『莉奈さん』『愛華ちゃん』と安形の字で明記されていた。
意外と綺麗な字で驚いたけど。

「写真とかほとんど撮ってなかったから嬉しいよ!
写真代とかバカにならないだろうに…テルくんはボンボンなのかな?」
「さぁ……私もよく分かりません」

莉奈さんは髪留めをスルッと外して、髪を整えた。
この仕草を見る度、毎回色っぽさを感じる。
店長は見たら、なんと思うのだろうか?

私もシュシュを外して、髪を下ろす。
元々癖が付きにくいから、手櫛で直った。

「……テルくんとなんかあった??」
「えっ…」

急にそんな風に聞かれて、ドキッとする。
最近の私はみんなに度肝を抜かれている気がする。
そんなに顔に出ているのか。

「テルくんの話にちょっと抵抗があるっていうか…何か言われた?」
「いえ……何も」

ふと、栄司のことを思い出して、ケータイを開く。
終わったら連絡してと言われてたんだ。
『終わった』と一言送って、ポケットに入れた。

「まぁ、栄司くん絡みだよねー」
「っ……」

ロッカーを閉めて、莉奈さんは呆れたように笑う。

「最近ちょっと元気無いなーって思ってたんだけどさ、あたしになんでも言っていいんだよ?
話せないこともあるかもしれないけど、他人に打ち明けて楽になることもあるんだから!」

莉奈さん……。
みんな、心配してくれてるんだ。
安形も、莉奈さんも、栄司も……。
私の為に……。

「ありがとうございます。
時間があるとき、聞いてもらっても、良いですか?」

恐る恐る聞いてみると、莉奈さんは嬉しそうに破顔した。

「うん聞く聞く!!
恋愛相談はあたしの強みだし!
なんでも話してよ♪」

今まで、話すことは迷惑になるかと思ってた。
だから誰といる時も自分のことは打ち明けないようにしてたのに……。

話しても、いいんだ。

胸の奥がスッと軽くなった気がした。
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