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新たな発見
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日が落ちる直前まで、六花と鬼灯は眠っていたらしい。周囲の気温が下がってきて、ひんやりとした空気が肌を包み込んだことでふたりは目を覚まし、屋敷へと戻った。
「お帰りなさいませ。ゆっくりお過ごしになりました?」
美鶴が笑顔で迎えてくれるが、六花も鬼灯も寝起きでまだぼうっとしており、やっとのことで笑って頷いた。
「お昼寝をしてきました。美鶴さん、これがまた解けちゃって……。ごめんなさい」
「いえ、構いません。とてもお似合いになっていましたから、今度は結ぶコツをお教えしますね」
六花が蝶々結びの紐を見せると、美鶴は鬼灯を一瞥して微笑んだ。今回こそは、紐が解けた原因について察している様子だ。六花と鬼灯は顔を見合わせた後、軽く苦笑いを浮かべた。
夕食の支度の続きへと美鶴は下がっていく。そろそろ、羽琉と大牙も帰宅する頃だ。夕食までの時間はどうしようかと、六花が鬼灯の様子を窺うと、彼はどこか寂しそうに笑っていた。
「鬼灯さん?」
「ん? ああ、六花。今日はありがとう。俺、いいところもなにも見せられなくて、六花を困らせて。かなり、情けなかったな……」
鬼灯は後悔しているようだ。六花は首を横に振る。
「そんなことありません。私はゆっくり過ごせましたし、それに……拒もうなんて微塵も思いませんでした。耳と尻尾のことも、教えてもらえてよかったです。もしよろしければ、次はお仕事されているところも見せてください」
もっと彼のことを知りたい。純粋に六花はそう思う。鬼灯は六花の言葉を受けて、頷きながらも目を伏せていた。なにか思うところもあるのだろう。しばしの沈黙をおいて、鬼灯はじっと六花を見据えた。
「分かった。この後、兄貴が帰ってきたら、俺はちょっと話すことがある。六花は夕食まで自由にしてて?」
「はい、分かりました」
「ありがとう。今日、俺が言った我が儘のことは、忘れてね」
鬼灯は、六花の額に軽い口づけをして、最後に髪を撫でると先に屋敷の中へと戻っていった。六花は額を押さえ、先程までの鬼灯の体温を思い出す。
我が儘とは、行為の最中に鬼灯が言ったことだろう。六花の心に迷いを与えた願いだった。六花は自分の身体を抱きしめるように両腕を交差させ、上腕の衣を掴む。
直靖は、夜の相手も夫を選ぶ判断材料だと断言したが、そもそも最初から受け入れるべきではなかったのかもしれないと、六花は現状に悩んでいる。それに、経験のなかったはずの自分が、どうしてあんなにも乱れて欲してしまうのか。当の本人が一番分かっていなかった。
「やっぱり、私ってそういう……?」
「六花?」
「ひゃあっ!」
生来の色情狂の類いなのではと不安になっていると、背後から声をかけられた。六花が飛び上がると、仕事から帰ってきたであろう、大牙が目を丸くして立っている。六花の悲鳴に驚いたらしい。
「ご、ごめん……。玄関で動かないままだから、気になって」
「こちらこそ、ごめんなさい! ちょっと、考え事をしてて……」
「考え事? 玄関で?」
「う、うん。あっ、お帰りなさい、大牙くん」
誰にも相談できそうにない内容なので、六花は曖昧に濁しながら笑う。大牙は目を左右に泳がせながら小さく「た、ただいま……」と零し、迎えに来た使用人に荷物を渡した。突然大牙と視線が合わなくなったので、六花は首を傾げる。
「兄貴の……鬼灯の匂いがする」
「え? 鬼灯さんの?」
「六花から。兄貴の強い匂いがする……」
「……! えっ?」
鬼灯からは、確かに清潔感のある爽やかないい香りがする。羽琉が香料を扱っているから少しだけ分かるが、そういう香りを選んで着物に付けているのだろう。
それが移ってしまったかと、六花は慌てて自分の着物の袖口を嗅いでみた。ほんのりと移っているように思えるが、大牙が言うほどではない。
「そんなに、するかな?」
「……俺、ものすごく鼻がいいんだ。あと味覚も」
「そうなの?」
言われてみれば納得する。味覚の鋭さも、彼の職業には欠かせないものだろう。そこまで考えて、六花はふと気付いた。
「え、もしかすると……。鬼灯さんたちも、五感が優れてる?」
「うん。鬼灯は聴覚と触覚、羽琉兄さんは視覚と勘が鋭い。ちなみに、俺は鼻が良すぎて、兄さんが使う香料は直接嗅げない」
「……なんだか、納得した」
鬼灯の調律師に聴覚は必須だし、羽琉の調香技術には直感も役立つのだろう。六花は、本当にまだまだ彼らを知らないのだと、実感させられた。
「明日は……俺の奥さんに、なるんだよね?」
「うん」
「た、楽しみに、してるから……」
大牙は俯きがちに顔を真っ赤にしてそう言うと、そそくさと屋敷の中へと逃げていった。彼なりに精一杯の気持ちを伝えてくれたのが分かって、六花は微笑むと同時に、渦巻く複雑な感情をどうにか胸にしまい込んだ。
「お帰りなさいませ。ゆっくりお過ごしになりました?」
美鶴が笑顔で迎えてくれるが、六花も鬼灯も寝起きでまだぼうっとしており、やっとのことで笑って頷いた。
「お昼寝をしてきました。美鶴さん、これがまた解けちゃって……。ごめんなさい」
「いえ、構いません。とてもお似合いになっていましたから、今度は結ぶコツをお教えしますね」
六花が蝶々結びの紐を見せると、美鶴は鬼灯を一瞥して微笑んだ。今回こそは、紐が解けた原因について察している様子だ。六花と鬼灯は顔を見合わせた後、軽く苦笑いを浮かべた。
夕食の支度の続きへと美鶴は下がっていく。そろそろ、羽琉と大牙も帰宅する頃だ。夕食までの時間はどうしようかと、六花が鬼灯の様子を窺うと、彼はどこか寂しそうに笑っていた。
「鬼灯さん?」
「ん? ああ、六花。今日はありがとう。俺、いいところもなにも見せられなくて、六花を困らせて。かなり、情けなかったな……」
鬼灯は後悔しているようだ。六花は首を横に振る。
「そんなことありません。私はゆっくり過ごせましたし、それに……拒もうなんて微塵も思いませんでした。耳と尻尾のことも、教えてもらえてよかったです。もしよろしければ、次はお仕事されているところも見せてください」
もっと彼のことを知りたい。純粋に六花はそう思う。鬼灯は六花の言葉を受けて、頷きながらも目を伏せていた。なにか思うところもあるのだろう。しばしの沈黙をおいて、鬼灯はじっと六花を見据えた。
「分かった。この後、兄貴が帰ってきたら、俺はちょっと話すことがある。六花は夕食まで自由にしてて?」
「はい、分かりました」
「ありがとう。今日、俺が言った我が儘のことは、忘れてね」
鬼灯は、六花の額に軽い口づけをして、最後に髪を撫でると先に屋敷の中へと戻っていった。六花は額を押さえ、先程までの鬼灯の体温を思い出す。
我が儘とは、行為の最中に鬼灯が言ったことだろう。六花の心に迷いを与えた願いだった。六花は自分の身体を抱きしめるように両腕を交差させ、上腕の衣を掴む。
直靖は、夜の相手も夫を選ぶ判断材料だと断言したが、そもそも最初から受け入れるべきではなかったのかもしれないと、六花は現状に悩んでいる。それに、経験のなかったはずの自分が、どうしてあんなにも乱れて欲してしまうのか。当の本人が一番分かっていなかった。
「やっぱり、私ってそういう……?」
「六花?」
「ひゃあっ!」
生来の色情狂の類いなのではと不安になっていると、背後から声をかけられた。六花が飛び上がると、仕事から帰ってきたであろう、大牙が目を丸くして立っている。六花の悲鳴に驚いたらしい。
「ご、ごめん……。玄関で動かないままだから、気になって」
「こちらこそ、ごめんなさい! ちょっと、考え事をしてて……」
「考え事? 玄関で?」
「う、うん。あっ、お帰りなさい、大牙くん」
誰にも相談できそうにない内容なので、六花は曖昧に濁しながら笑う。大牙は目を左右に泳がせながら小さく「た、ただいま……」と零し、迎えに来た使用人に荷物を渡した。突然大牙と視線が合わなくなったので、六花は首を傾げる。
「兄貴の……鬼灯の匂いがする」
「え? 鬼灯さんの?」
「六花から。兄貴の強い匂いがする……」
「……! えっ?」
鬼灯からは、確かに清潔感のある爽やかないい香りがする。羽琉が香料を扱っているから少しだけ分かるが、そういう香りを選んで着物に付けているのだろう。
それが移ってしまったかと、六花は慌てて自分の着物の袖口を嗅いでみた。ほんのりと移っているように思えるが、大牙が言うほどではない。
「そんなに、するかな?」
「……俺、ものすごく鼻がいいんだ。あと味覚も」
「そうなの?」
言われてみれば納得する。味覚の鋭さも、彼の職業には欠かせないものだろう。そこまで考えて、六花はふと気付いた。
「え、もしかすると……。鬼灯さんたちも、五感が優れてる?」
「うん。鬼灯は聴覚と触覚、羽琉兄さんは視覚と勘が鋭い。ちなみに、俺は鼻が良すぎて、兄さんが使う香料は直接嗅げない」
「……なんだか、納得した」
鬼灯の調律師に聴覚は必須だし、羽琉の調香技術には直感も役立つのだろう。六花は、本当にまだまだ彼らを知らないのだと、実感させられた。
「明日は……俺の奥さんに、なるんだよね?」
「うん」
「た、楽しみに、してるから……」
大牙は俯きがちに顔を真っ赤にしてそう言うと、そそくさと屋敷の中へと逃げていった。彼なりに精一杯の気持ちを伝えてくれたのが分かって、六花は微笑むと同時に、渦巻く複雑な感情をどうにか胸にしまい込んだ。
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