日替わりの花嫁

枳 雨那

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獣耳だって愛おしい

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「難しいこと、考えてる?」
「……はい」

 内容を声に出すことはできないが、鬼灯は六花の考えていることを察しているような口ぶりだった。

「俺は、兄貴と大牙には負けない。でも、六花が俺を選ばなかった時は、それは俺の力不足だ。六花が気に病む必要はないよ」

 鬼灯の言葉は、ちょっとした救いだ。願いが叶わなかった者のために、六花が心を痛めなくていいと言ってくれている。それでもきっと、六花は気にしてしまうだろう。そんな時は、彼の言葉を思い出そうと、六花は胸の奥にしまった。

 再び沈黙が広がる。残りの約九十日、六花はひたすら彼らと向き合って、答えを出せばいいのだ。美鶴の言っていたように、自分の心に任せておけば、自ずと答えは見えてくるだろう。背を向けてはいけないと、六花は後ろを振り返った。

「やっと、俺を見てくれた」
「……はい」

 琥珀色の瞳が六花を捉える。鬼灯の目は、生まれつきで鋭く切れ長なのだけれど、六花を見つめる時はいつも穏やかだ。頬と髪を撫でられて、くすぐったさに片目を閉じると、額に口づけが落ちた。

「ひゃっ……」
「この髪留めと着物は、美鶴が選んだの?」

 突然、美鶴の話になって、六花は目を丸くする。

「……はい、そうです」
「さすが、仕立屋の娘だな。感性がいい。六花によく似合ってる」

 美鶴は、彼らに命を救われたと言っていた。だが、彼女が仕立屋の娘だというのは、初耳だ。

「えっと……仕立屋?」
「美鶴から聞いていない? 彼女の家は昔、火事に遭ったんだ。偶然、兄貴と大牙と俺が通りかかって、取り残された美鶴と弟を助けた。家は全焼したけれど、家族全員無事だったんだ」

 それが、美鶴が彼らに深く感謝している理由だ。美鶴が生きていてくれて、六花も嬉しかった。彼女の支えがなくては、ここで安心して過ごしていくことなどできないだろう。

「美鶴はその時のことを恩義に感じて、仕立屋は弟に任せて、うちに働きに出てきたんだよ」

 ほんの少し、六花は美鶴が羨ましいと思った。六花の知らない、彼らの過去を知っている。過ごしてきた時間は、当然六花よりも多いだろう。なぜだか、胸の中がもやもやする。

「六花?」
「え、あ……美鶴さん、綺麗だし、なんでもできてすごいなって思って」
「……うん、そうだね? でも、俺が好きなのは六花だし、興味があるのも六花だけ」

 平然と口説いてくるのは、鬼灯も兄と変わらない。いや、父親の血か。鬼灯の顔を直視できなくなり、六花が彼の胸に顔を埋めると、彼は遠慮なくぎゅっと抱きしめてきた。

「はあ……本当に、夢みたいだ……。昨日のことも、幻を見ていたんじゃないかって思うくらい、嬉しかった」

 幸せを噛みしめるように、鬼灯が呟く。六花にも、もし昔からずっと好きな相手がいたら、初めてはその人がいいと思っただろうか。鬼灯に抱いてもらったことに後悔はないけれど、こんなにも顔向けができなくなるのは想定外だった。

「わ、私は……途中から夢だと思ってて」
「それは、兄貴が持ってた変な香料のせいだから、気にしなくていいよ」

 意識がおぼろげだったのは認めるが、最後に見た光景は、夢ではなかった。美鶴が教えてくれたことを、聞くならば今だ。六花は顔を上げて、鬼灯の頭に手を伸ばした。

「あの……昨日ここに、耳が生えていませんでしたか?」

 短い髪を撫でながら、耳のあった場所を押さえる。あからさまに、鬼灯が当惑の色を見せた。

「えっ! あー……見えた?」
「はい。それは、夢じゃないと思うんです。大牙くんにも耳があって、羽琉さんには黒い羽根が生えてました」

 六花が真剣に聞いているので誤魔化せないと思ったのか、鬼灯は観念したように項垂うなだれた。六花は彼らの正体をもう知っているので、隠していた理由が知りたいのだ。

「六花があやかしのことは知らないみたいだったから、怖がるかなと思って。俺たち三人で『まだ言わないように』って決めていたんだ。でも、いずれは、明かすつもりでいたよ?」
「はい」
「実は、俺たちは半妖っていう混血の種で……」

 それからの説明は、美鶴が言ったのとほぼ同じだった。身体のつくりは人間とほとんど変わらないが、鬼灯の場合は、耳と尻尾が生まれつきあったらしい。それを、幼少期には、消したり出したりと自由に制御できるようになったわけだ。

 寿命が長い分、玉兎国の中では人間の力があやかしよりも強い。三兄弟が人間であるように装っていたのは、地主の息子である以上、周囲から安く見られないようにするため。そして、六花に怖がられないためだった。

「どういう時に、耳と尻尾が勝手に出るんですか?」
「心底驚いた時とか、ものすごく興奮してる時かな。だから、昨日のは不可抗力……」

 つまり、昨日の耳の出現は、後者が理由だったわけだ。鬼灯が顔を赤くしているので、六花まで恥ずかしくなった。

「不可抗力って、もう……! ちなみに、今、耳って出せますか?」
「え? 出せる、けど」

 疑問符を浮かべながらも、鬼灯は答えてくれた。ぽこんっと、一瞬にして鬼灯の頭に三角形をした焦げ茶色の耳が出てきた。その毛は髪色と同じで、頭によく馴染んでいる。

「さ、触ってみても、いいですか?」

 好奇心でうずうずして、六花は再び手を伸ばす。

「いいけど……六花、怖くないの?」
「全然怖くないです。昨日は驚いたけれど、改めて見たら……なんだか、素敵」

 指先で触れてみると、ぴくぴくと耳が動く。六花は楽しくなってきて、今度は撫でてみた。鬼灯は、片目を閉じて気持ちよさそうに獣耳を動かしている。

「狐の耳、みたいですね」
「当たり。俺は妖狐ようこの血を引いているんだ」

 妖狐は、古くから伝わる狐のあやかしのことらしい。人間への擬態を得意としはじめた、最初の種にあたるそうだ。

「そうなんですね。じゃあ、羽琉さんと大牙くんは……きゃっ!」
「今日は、そのふたりの話題禁止」

 鬼灯は軽々と右腕で六花を抱え上げ、自分の頭を触りやすいようにと差し出した。六花に受け入れてもらえて安心したのか、表情も柔らかいものに戻っている。あとふたりのことはまた別の機会に聞けるのだから、今は鬼灯と過ごす時間を大切にしようと、六花は彼の頭を抱きしめた。

 少しずつ、愛しさが増している。出会って間もないけれど、彼らの思いに全力で応えたいと、六花の意識も変わってきていた。
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