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一夜が明けて
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「私、皆さんに聞いてみます。嫌がられるかもしれないけれど。三人のうち誰かの妻にはなるのだから、信頼してもらいたいです」
「はい。六花様が正直にお伝えになれば、きっと応えてくださいます」
羽根をまた一瞬で仕舞い、美鶴は微笑んだ。呼応するように六花も笑うと、ぐううっと大きな音を立てて六花のお腹が鳴る。そういえば、夕食をとっていなかったのだ。
「あらあら、申し訳ございません。消化によさそうな粥をお持ちしたのを忘れておりました」
「……は、恥ずかしい」
「いえ。食欲がおありのようで、安心いたしました」
布団から出た六花のために、美鶴は茵から座卓からてきぱきと準備をこなす。六花は礼を述べて腰を下ろすと、お絞りでしっかり手を拭き、卵粥を口に運んだ。少し冷めてしまったが、優しく素朴な味つけと風味は落ちていない。
「……おいしい」
「こちらは、大牙様のお手製なんですよ」
「えっ?」
厨房担当の使用人が作ったものだとばかり、六花は思っていた。美鶴を見つめると、彼女は優しく笑う。
「六花様の目が覚めたら食べさせてほしいと、自ら厨房に立たれて。私は温め直してお持ちしただけです」
「そうだったんですか」
なんとなく、大牙がどんな思いでこれを作ったのか、六花には分かる気がした。板前をしている彼なら、これくらい朝飯前だろう。それでも、真心がこもっているのは感じられる。きっと、彼の性格上、六花に歯形をつけたことも深く反省しているはずだ。理由がなんだろうが、六花は受け入れるつもりでいる。
順調に食べ進め、美鶴が入れてくれたお茶を途中で飲みながら、六花は他に気になっていることを口にした。
「美鶴さんは、どうして私によくしてくださるんですか?」
「……どうして、とは? それが私の仕事だからという理由は、おかしいでしょうか?」
美鶴は瞬きを繰り返し、きょとんとしている。使用人だからと、当然のことのように捉えていたらしい。六花は首を横に振り、質問の仕方を変えることにした。
「だって。会った時からずっと、親身になって配慮してくださるから。私はなにも返せないし、微塵も役にも立たないのに」
「まあ……そんな卑下するようなこと、仰らないでください。花嫁様の世話係を決める際、私は自分から手を挙げたんです。好きでやっているんですよ」
「えっ、自分から?」
美鶴は何度も頷いた。その理由を続けて教えてくれるようだ。
「はい。答えになるかは分かりかねますが……私は昔、若様方に命を救っていただき、使用人として、この屋敷に拾われました。そういう恩義もありまして、彼らのためになることは、ひとつでも多く成し遂げたいのです」
「……すごい、ですね。私には、そんな信念のようなものはなにも……」
六花はただ、花嫁になるためだけに屋敷にやってきた。妻になる覚悟も、夫になる相手を見定める覚悟も、未だできていないのだ。
「いいえ。六花様はお姿だけでなく、お心まで綺麗な方です。先程の会話で確信いたしました。ですから、もっと自信を持ってください。若様方が花嫁にと望んだ方なんですよ」
「美鶴さん……」
これから先、花嫁としての存在意義や信念を、見つけられるだろうか。美鶴に励まされ、心が解されるのが分かり、六花は涙ぐんだ。残りの粥を全て食べ終えると、美鶴が無駄のない動きで片付けを始める。
「つい、長居をしてしまいました。明日の朝も湯浴みの用意をしておきますから、もうお休みになってください」
「……ありがとう」
「いえ。なにがあったかは存じませんが、若様方のこと、どうかよろしくお願いいたします」
丁寧に一礼をして、美鶴は去っていった。六花も布団に戻り、眠りにつこうと横になる。だが、あの出来事が全部現実だったということを、今になって実感し始めて、六花はひとり真っ赤になった。
香料の効果で思考が鈍っていたのは確かだが、はしたなく強請った言葉も、酷く声を上げて喘いだことも――快感を教え込まれたことも、全て覚えている。
「明日、どんな顔で会えば……」
三兄弟と顔を合わせない方法などない。明日一日は鬼灯の妻になるのだ。六花は布団を深々と被り、恥ずかしさに耐えながら眠気を待った。
+++
うつらうつらとし始めたのがいつだったか。六花は気付かぬうちに眠っていて、前日と同じく美鶴が起こしに来る頃に、目を覚ました。
身体に異常がないことを再度確認し、湯浴みを済ませ、昨日とは異なる紺色の着物を出してもらう。美鶴は六花の髪を櫛で梳いて一房とり、朱色の紐を通して蝶々結びを作った。六花ひとりではできない髪型だ。それも、美鶴の厚意によるものであることは、明らかだった。
美鶴に背中を押されるような気分で、六花は朝食の広間へと入る。既に三兄弟は揃っていた。羽琉は眼鏡をかけて優雅に読書をしており、鬼灯は六花を見るなり目を泳がせ、大牙は青ざめて俯いた。三者三様の反応に、六花も対応に困る。
「お、おはようございます……。昨日は、その……」
「いいんだ、六花。またそれぞれで話そう?」
言葉に詰まっていると、鬼灯がそう言った。彼の頬も赤く染まっており、我に返って恥ずかしくなっているのは、六花と同じようだ。六花は賛同を示すように頷いた。
「六花、体調は問題なさそう?」
本から顔を上げて、羽琉が笑う。
「はい。お、お陰さまで……」
「よかった。あの香料は、絶対六花に見つからないところに隠しておくよ」
元はといえば、六花が間抜けなことをしなければ、何事もなく一日を終えたはずなのだ。羽琉にも迷惑をかけてしまったが、彼は気に留めていないようだった。
「その……六花、ご、ごめん……」
「大牙くん、お粥おいしかったよ。ありがとう」
「あ……食べて、くれたんだ?」
大牙は、六花が粥を食べたかまでは確認していなかったらしい。
「うん。美鶴さんが持ってきてくれたの」
言葉でなくても、彼が込めた思いは伝わっている。これ以上、大牙が自分を追い込まなくて済むように、六花は極力柔らかい声で話しかけた。
六花が頷くと、大牙は頬をぽりぽりと掻いて笑う。六花が怒っていないと分かって、安心したようだった。
「みんな、おはよう」
「おはようございます」
直靖が入ってきて、上座に腰を下ろす。全員で挨拶を返した後、六花は慌てて昨夜の不在を詫びた。
「はい。六花様が正直にお伝えになれば、きっと応えてくださいます」
羽根をまた一瞬で仕舞い、美鶴は微笑んだ。呼応するように六花も笑うと、ぐううっと大きな音を立てて六花のお腹が鳴る。そういえば、夕食をとっていなかったのだ。
「あらあら、申し訳ございません。消化によさそうな粥をお持ちしたのを忘れておりました」
「……は、恥ずかしい」
「いえ。食欲がおありのようで、安心いたしました」
布団から出た六花のために、美鶴は茵から座卓からてきぱきと準備をこなす。六花は礼を述べて腰を下ろすと、お絞りでしっかり手を拭き、卵粥を口に運んだ。少し冷めてしまったが、優しく素朴な味つけと風味は落ちていない。
「……おいしい」
「こちらは、大牙様のお手製なんですよ」
「えっ?」
厨房担当の使用人が作ったものだとばかり、六花は思っていた。美鶴を見つめると、彼女は優しく笑う。
「六花様の目が覚めたら食べさせてほしいと、自ら厨房に立たれて。私は温め直してお持ちしただけです」
「そうだったんですか」
なんとなく、大牙がどんな思いでこれを作ったのか、六花には分かる気がした。板前をしている彼なら、これくらい朝飯前だろう。それでも、真心がこもっているのは感じられる。きっと、彼の性格上、六花に歯形をつけたことも深く反省しているはずだ。理由がなんだろうが、六花は受け入れるつもりでいる。
順調に食べ進め、美鶴が入れてくれたお茶を途中で飲みながら、六花は他に気になっていることを口にした。
「美鶴さんは、どうして私によくしてくださるんですか?」
「……どうして、とは? それが私の仕事だからという理由は、おかしいでしょうか?」
美鶴は瞬きを繰り返し、きょとんとしている。使用人だからと、当然のことのように捉えていたらしい。六花は首を横に振り、質問の仕方を変えることにした。
「だって。会った時からずっと、親身になって配慮してくださるから。私はなにも返せないし、微塵も役にも立たないのに」
「まあ……そんな卑下するようなこと、仰らないでください。花嫁様の世話係を決める際、私は自分から手を挙げたんです。好きでやっているんですよ」
「えっ、自分から?」
美鶴は何度も頷いた。その理由を続けて教えてくれるようだ。
「はい。答えになるかは分かりかねますが……私は昔、若様方に命を救っていただき、使用人として、この屋敷に拾われました。そういう恩義もありまして、彼らのためになることは、ひとつでも多く成し遂げたいのです」
「……すごい、ですね。私には、そんな信念のようなものはなにも……」
六花はただ、花嫁になるためだけに屋敷にやってきた。妻になる覚悟も、夫になる相手を見定める覚悟も、未だできていないのだ。
「いいえ。六花様はお姿だけでなく、お心まで綺麗な方です。先程の会話で確信いたしました。ですから、もっと自信を持ってください。若様方が花嫁にと望んだ方なんですよ」
「美鶴さん……」
これから先、花嫁としての存在意義や信念を、見つけられるだろうか。美鶴に励まされ、心が解されるのが分かり、六花は涙ぐんだ。残りの粥を全て食べ終えると、美鶴が無駄のない動きで片付けを始める。
「つい、長居をしてしまいました。明日の朝も湯浴みの用意をしておきますから、もうお休みになってください」
「……ありがとう」
「いえ。なにがあったかは存じませんが、若様方のこと、どうかよろしくお願いいたします」
丁寧に一礼をして、美鶴は去っていった。六花も布団に戻り、眠りにつこうと横になる。だが、あの出来事が全部現実だったということを、今になって実感し始めて、六花はひとり真っ赤になった。
香料の効果で思考が鈍っていたのは確かだが、はしたなく強請った言葉も、酷く声を上げて喘いだことも――快感を教え込まれたことも、全て覚えている。
「明日、どんな顔で会えば……」
三兄弟と顔を合わせない方法などない。明日一日は鬼灯の妻になるのだ。六花は布団を深々と被り、恥ずかしさに耐えながら眠気を待った。
+++
うつらうつらとし始めたのがいつだったか。六花は気付かぬうちに眠っていて、前日と同じく美鶴が起こしに来る頃に、目を覚ました。
身体に異常がないことを再度確認し、湯浴みを済ませ、昨日とは異なる紺色の着物を出してもらう。美鶴は六花の髪を櫛で梳いて一房とり、朱色の紐を通して蝶々結びを作った。六花ひとりではできない髪型だ。それも、美鶴の厚意によるものであることは、明らかだった。
美鶴に背中を押されるような気分で、六花は朝食の広間へと入る。既に三兄弟は揃っていた。羽琉は眼鏡をかけて優雅に読書をしており、鬼灯は六花を見るなり目を泳がせ、大牙は青ざめて俯いた。三者三様の反応に、六花も対応に困る。
「お、おはようございます……。昨日は、その……」
「いいんだ、六花。またそれぞれで話そう?」
言葉に詰まっていると、鬼灯がそう言った。彼の頬も赤く染まっており、我に返って恥ずかしくなっているのは、六花と同じようだ。六花は賛同を示すように頷いた。
「六花、体調は問題なさそう?」
本から顔を上げて、羽琉が笑う。
「はい。お、お陰さまで……」
「よかった。あの香料は、絶対六花に見つからないところに隠しておくよ」
元はといえば、六花が間抜けなことをしなければ、何事もなく一日を終えたはずなのだ。羽琉にも迷惑をかけてしまったが、彼は気に留めていないようだった。
「その……六花、ご、ごめん……」
「大牙くん、お粥おいしかったよ。ありがとう」
「あ……食べて、くれたんだ?」
大牙は、六花が粥を食べたかまでは確認していなかったらしい。
「うん。美鶴さんが持ってきてくれたの」
言葉でなくても、彼が込めた思いは伝わっている。これ以上、大牙が自分を追い込まなくて済むように、六花は極力柔らかい声で話しかけた。
六花が頷くと、大牙は頬をぽりぽりと掻いて笑う。六花が怒っていないと分かって、安心したようだった。
「みんな、おはよう」
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