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無邪気な婚約者と優しい執事
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心も身体も、ひどく疲れている。私は、豪さんに言った通り、食事を終えてすぐにお風呂を済ませ、部屋に戻った。
明日は、仕事が休みだ。それなら、少しくらい寝坊してもいいだろうか。日課であるストレッチを終えて、スマホを手にとると、冴木先輩からメッセージが届いていた。
『土曜日の撮影終了後、そのまま私のマネージャーの車に乗ってもらうから。そのつもりでね』
彼女について行って、本当に問題ないのだろうか。先輩たちはクラブに何度も出入りしているのだろうけれど、彼女たちは成人しているから問題ないのであって、私は未成年だ。
まだ引き返せる。でも、これで誘いを断って、職場での関係が悪化するのは避けたい。一度だけなら、と苦渋の判断をして「分かりました。よろしくお願いします」と返信した。
深く溜め息をついて、ベッドに転がった。この先、私は一体どうやって生きていけばいいのだろう。独りになったら、自力で生活できるのだろうか。掃除と洗濯は施設で一通り習ってはいるけれど、自炊はほとんどやったことがない。ずっと、秋彦さんやお手伝いさんたちに頼りきりだった。
モデルの仕事も、いずれ辞めることになったら、また新たに仕事を探さなければならない。
それに、豪さんや秋彦さんと離れて、私の心が正常を保てるのか、甚だ疑問だった。時々会いに来ることはできても、今までのように頼ることはできない。不安は底を尽きなかった。
「やめやめ……弱気になっちゃだめ」
独りで生きていけるようにならなきゃ。機を見て、少しの期間だけでも、秋彦さんから料理を習おう。そう決めた直後、部屋の扉が軽くノックされた。
昨夜聞いたのと同じ、控えめな音。秋彦さんに違いない。そういえば、食後すぐにお風呂に入ったせいで、明日のスケジュールの確認をしていなかった。今日もきっと、そのことを聞きに来たのだろう。
「寧々様、起きていらっしゃいますか?」
「うん! 開けるね」
扉に駆け寄り、すぐに開けた。昨夜よりは、いくらか明るく返事できた気がする。これも、秋彦さんが私の体調に気付いて、優しく気遣ってくれたおかげだろうか。
「すみません、今日も遅くに訪ねてしまって」
「ううん、気にしないで」
秋彦さんは、燕尾服のままだった。まだ仕事を終えていないらしい。梢さんを送り届けて来たから、勤務時間が延長されてしまったのだろう。
「よかったら、これを召し上がってください」
秋彦さんが手に持っているのは、保温のできるタンブラーだ。中身が見えないけれど、差し出されるままに、私はそれを受け取った。
「これ、なに?」
「蜂蜜入りのホットミルクです。昨夜はあまり眠れていなかったようですし、夕食も多くは召し上がっていなかったようなので」
「……秋彦さん」
「はい」
「私を餌付けしようとしてる?」
「えっ!? いえ、そんなつもりは……」
「冗談だよ。ありがとう」
タンブラーを鼻に近づけると、甘い香りがして心が落ち着く。「いただくね」と言って、秋彦さんに力なく笑顔を向けた。
「こういったことでしかお力になれませんが、俺でよければ、いつでも話を聞きますから」
「……うん。ありがとう」
「たくさん、頼ってくださいね」
秋彦さんは、私が悩みを抱えていることに気付いている。ずっと近くに居るからこそ、豪さんへの想いにも勘付いているのかもしれない。
見返りを求めないその優しさに、じわじわと心が温かくなってきて、目の前が涙で滲んだ。
明日は、仕事が休みだ。それなら、少しくらい寝坊してもいいだろうか。日課であるストレッチを終えて、スマホを手にとると、冴木先輩からメッセージが届いていた。
『土曜日の撮影終了後、そのまま私のマネージャーの車に乗ってもらうから。そのつもりでね』
彼女について行って、本当に問題ないのだろうか。先輩たちはクラブに何度も出入りしているのだろうけれど、彼女たちは成人しているから問題ないのであって、私は未成年だ。
まだ引き返せる。でも、これで誘いを断って、職場での関係が悪化するのは避けたい。一度だけなら、と苦渋の判断をして「分かりました。よろしくお願いします」と返信した。
深く溜め息をついて、ベッドに転がった。この先、私は一体どうやって生きていけばいいのだろう。独りになったら、自力で生活できるのだろうか。掃除と洗濯は施設で一通り習ってはいるけれど、自炊はほとんどやったことがない。ずっと、秋彦さんやお手伝いさんたちに頼りきりだった。
モデルの仕事も、いずれ辞めることになったら、また新たに仕事を探さなければならない。
それに、豪さんや秋彦さんと離れて、私の心が正常を保てるのか、甚だ疑問だった。時々会いに来ることはできても、今までのように頼ることはできない。不安は底を尽きなかった。
「やめやめ……弱気になっちゃだめ」
独りで生きていけるようにならなきゃ。機を見て、少しの期間だけでも、秋彦さんから料理を習おう。そう決めた直後、部屋の扉が軽くノックされた。
昨夜聞いたのと同じ、控えめな音。秋彦さんに違いない。そういえば、食後すぐにお風呂に入ったせいで、明日のスケジュールの確認をしていなかった。今日もきっと、そのことを聞きに来たのだろう。
「寧々様、起きていらっしゃいますか?」
「うん! 開けるね」
扉に駆け寄り、すぐに開けた。昨夜よりは、いくらか明るく返事できた気がする。これも、秋彦さんが私の体調に気付いて、優しく気遣ってくれたおかげだろうか。
「すみません、今日も遅くに訪ねてしまって」
「ううん、気にしないで」
秋彦さんは、燕尾服のままだった。まだ仕事を終えていないらしい。梢さんを送り届けて来たから、勤務時間が延長されてしまったのだろう。
「よかったら、これを召し上がってください」
秋彦さんが手に持っているのは、保温のできるタンブラーだ。中身が見えないけれど、差し出されるままに、私はそれを受け取った。
「これ、なに?」
「蜂蜜入りのホットミルクです。昨夜はあまり眠れていなかったようですし、夕食も多くは召し上がっていなかったようなので」
「……秋彦さん」
「はい」
「私を餌付けしようとしてる?」
「えっ!? いえ、そんなつもりは……」
「冗談だよ。ありがとう」
タンブラーを鼻に近づけると、甘い香りがして心が落ち着く。「いただくね」と言って、秋彦さんに力なく笑顔を向けた。
「こういったことでしかお力になれませんが、俺でよければ、いつでも話を聞きますから」
「……うん。ありがとう」
「たくさん、頼ってくださいね」
秋彦さんは、私が悩みを抱えていることに気付いている。ずっと近くに居るからこそ、豪さんへの想いにも勘付いているのかもしれない。
見返りを求めないその優しさに、じわじわと心が温かくなってきて、目の前が涙で滲んだ。
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