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執事の本気

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 涙の乾いた頬が、ひりひりとして痛い。私は裸のまま、目を覚ました。ベッドの中の温もりは、当然ながら私一人分しかない。気付かぬうちに眠ってしまったようだ。幸せなのに、胸が引き絞られるほど切ない時間だった。もっと、豪さんと一緒に居たかった。もっと触れ合っていたかった。

 辛いのは私だけではない。豪さんも、ずっと苦しい表情を浮かべていた。愛してると言ってくれた。私たちは相思相愛だった。救いのない中で、唯一の救いはそれだけだ。彼の愛を、胸に刻んで生きていこう。

 服を着て、鏡を覗き込んだ。酷い顔をしている。今日もきっと、メイク担当の三森さんに叱られるだろう。私には、モデルなんてやっぱり向いてないんじゃないか。好きな仕事なのに、私情を引きずって精一杯になれない。どんな仕事をするにしても、失格だ。

 顔を洗うために洗面所に向かうと、そこで秋彦さんに出くわした。執事として、私たちより一足早く起きている人に、このような場所では滅多に会わない。そのせいで、私は少し動揺した。

 秋彦さんは、私と豪さんの関係を知っていて、黙っていた。その事実を思い出すと、気まずくて顔を直視できない。

「おはようございます、寧々様」
「お、おはよう。秋彦さん、どうかしたの?」
「蛇口の水が止まらなくなってしまって。今、ちょうど修理を終えたところです」
「そうだったんだ。秋彦さんって、ほんとになんでもできるね」
「いえ。万能というわけではありませんが……お褒め頂き光栄です」

 秋彦さんは、笑って軽く頭を下げると、私の顔をじっと見つめた。以前もこんなことがあった気がする。私が泣いていたことは、いつでも完全に見抜いてしまうのだ。

 私はぎくりと肩を揺らし、斜め下に視線を逸らした。豪さんとのことはどうか、何も言わないでほしい。思い出しただけでも、涙が出そうになるから。

「今日は、スムージーをお作りした方がいいですか?」
「……え?」
「寧々様の食欲がなければ、ですが」
「あ……お願いしようかな。秋彦さんが作ってくれるの、すごく飲みやすくておいしいから」
「かしこまりました」

 私の願いが届いたのか、涙の痕について、秋彦さんは何も言及しなかった。代わりに、違う気遣いをしてくれる。どうすれば私が傷つかないか、考えてくれている。

「あっ、あの、秋彦さん」
「なんでしょう?」

 一礼して立ち去りかけた秋彦さんを、私は呼び止めた。感謝の意を述べたかったけれど、今の複雑な状況ではどこまで話していいのか分からない。首を傾げる秋彦さんに、誤魔化すようにして微笑みを向けた。

「そのスムージーも含めてなんだけど、いくつか料理を教えてくれないかな?」
「はい。かまいませんよ。でも、どうして急に?」
「独り立ちする準備、しとかなきゃって、思って……」
「ああ……そう、でしたね。では、時間を作ります。その時にまた、お声掛けしますので」
「うん。ありがとう」

 優しい人だ。今度こそ出て行った秋彦さんの背中を見送りながら、昨夜の豪さんの言葉を、頭の中で繰り返した。


『もし生まれ変わったら、その時は絶対に一緒になろうな』


 生まれ変わったって、前世の記憶がある保証はない。そもそも生まれ変わりなんて、あるわけがない。気休めの言葉に過ぎなかった。それでも、豪さんがそういうことを言ってしまうくらいには、私を想ってくれていたという証明だ。生涯、忘れることはないだろう。いや、忘れられない。

「……っ」

 また滲み始めた涙を、私は水で何度も洗い流した。
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