真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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陰陽師の帰村

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 翌朝、うららかな陽の光で真珠が目を覚ますと、玻璃も瑠璃も部屋の中からいなくなっていた。真珠の身体は、知らぬ間に浴衣を着せられている。愛液でベタベタになったはずの太腿は、綺麗に拭かれているようだった。掛け布団も戻してあり、全身がぽかぽかとして温かい。

 真珠は、いつ眠ってしまったかも覚えていない。今日は、昨日話題に上った陰陽師・黒曜が帰村するということもあり、その前に、また首長室に集まることになっている。

(もう、起きなきゃ)

 身体を起こそうと腰を捩るが、下腹部が重くて動けない。奥の方がじんじんとした熱をもっていて、あの二人にさんざん弄ばれたせいだと真珠は悟った。力が入らず、仕方なく枕に頭を預ける。

「うそ……どうするの、これ……」

 真珠は焦りを覚えると共に、昨夜の情事を思い出していた。自分でも信じがたいほどに乱れてしまったことに、恥ずかしさが込み上げる。だが、今はそれよりも、この状況を打開しなければならない。

 真珠がどうしようかと唸っていると、部屋の扉がノックされた。玻璃か瑠璃だろう。助けてもらおうと、真珠は返事をした。

 しかし、入ってきたのは瑪瑙だった。予想もしない人の登場に、真珠は、一瞬その姿を見間違えたのではないかと、目を擦った。

 もう一度見ても、やはり瑪瑙だ。眼鏡の奥の瞳が、穏やかに細められる。

「ああ、起きていたんだね。驚かせてすまない」
「瑪瑙さん……どうして、ここに?」
「うーん、昨日の君の色香が気になってね。玻璃と瑠璃が一緒にいるとはいえ、逆に彼らのことが心配になって。近くまで来たものだから、様子を見に寄ったんだよ」

 真珠はぎくりとした。布団を手繰り寄せ、身体を隠す。行為の痕を見破られてしまうのではないかと、気が気ではなかった。

「大丈夫だった?」
「……はい。えっと、玻璃さんたちは、何か言っていましたか?」
「いや、特に何も。その様子だと、何かあったね?」

 絶対に報告してやると意気込んでいたはずが、いざ首長を目の前にすると、真珠は尻込みしてしまった。二人を庇うわけではないが、流されて受け入れた上にあんなにも感じて喘いだのなら、到底責めることなどできない。

「あったと言えばあったのですが……二人のことは叱らないでください。お願いします」
「……君ならそう言うと思ったよ。分かった。二人を叱責はしないが、私から個人的に言っておこう。彼らはもう出掛ける準備をしているから、君もそろそろ起きた方がいいかな」
「あ……はい。その……」
「どうかしたのかい?」

 情事のせいで腰が立たなくて動けない、とは口が裂けても言えず、真珠は言葉を濁すことにした。

「つ、疲れているので……! もう少しだけ寝かせてもらっていいですか?」
「もちろん、いいよ。玻璃と瑠璃に、責任を持って君を連れて来るように伝えておく。黒曜の帰村の挨拶が、昼間に役場前広場であるから。それまでには間に合うようにね」
「はい」

 瑪瑙は慈しむような笑みを浮かべて、真珠の頭を撫でた。幼い頃、父親にやってもらったような撫で方だと、真珠は思い返していた。くすぐったくて目を瞑ると、瑪瑙は笑い声を漏らした。

「な、なんでしょう?」
「拾ってきた猫のように可愛いなと思って」
「かっ……可愛いって、皆さん言い慣れすぎです! もう、信じませんから!」
「いや、本心だよ。じゃあ、私は先に出るから、気を付けておいで」
「……はい」

 こっちの世界に来て、もう何回『可愛い』と言われただろうか。言われ過ぎると麻痺するものかと思っていたが、真珠はそう言われる度に、白い肌に頬紅のような色を浮かばせていた。

 瑪瑙が部屋を出て行った後、真珠は再び布団の中へと潜り込んだ。玻璃と瑠璃に、どんな顔をして話せばいいのかをずっと考えて、再び寝付くのは難しかった。

 そうして数時間ほどが経って、部屋に二人がやってきた。入って来るなり、彼らは真珠に対し深く頭を下げる。

「えっ」
「真珠さん、昨夜は本当に申し訳ありませんでした」
「お姉さん、ごめんなさい」
「……ど、どうしたんですか?」

 昨夜の獣のような二人とはまるで別人かのように、低姿勢になっている。瑪瑙から何かを言われたのだとは推察できたが、理由はそれだけではないようだ。その証拠に、意外なことを聞くこともできた。

「昨夜は、耐えがたいほどに強烈な色香が漂っていたんです。理性が狂って、我慢できなくなるほどの」
「そうなんだ。深夜は特に。俺が起きてここにきたのも、お姉さんの匂いにつられてだから」
「えっ。じゃあ、色香の強さは、昨日の何かに影響されているってことですか?」
「そうですね。夜が更けるにつれて、強くなっていたと思います。原因については、今後考えてみましょう。それよりも……」

 確かに今、二人の様子は随分と落ち着いて、穏和な雰囲気を取り戻している。昨夜の方が異常だったのだ。何に影響されて、色香が強くなってしまったのか。

 真珠が考え込んでいると、玻璃は再び項垂うなだれた。サディストな彼らしくない姿だ。

「怖がらせて、しまいましたよね……」
「兄貴、お姉さんのこと、ものすごく苛めてた」
「そうですが。瑠璃も執拗に迫っていたじゃないですか」
「あ、あの、言い合いはしないでください。色香のせいなら、私にも責任が……」

 二人のあの求愛も、熱に浮かされた勢いで言ってしまっただけに違いない。真珠はそう納得したが、安心すると同時に、どこか落胆する気持ちもあった。

(調子に乗っちゃだめ。あれは、アクシデントだったんだ)

 口では嫌だと言いながら、強く求められて、心のどこかで喜んでいたのだろうと真珠は思う。元の世界であれば、自分のことを絶対に見向きもしないような美形の二人。そんな彼らが自分を襲うなんて、色香のような外的要因がなければありえない話だ。

「真珠さんは、一切悪くありません。ですが、僕たちが言ったことは全て本心ですから」
「そうだよ。俺、お姉さんともっと仲良くなって、好きになってもらいたいから。頑張る」
「え、覚えているんですか? てっきり、勢いで言ったものだと……」
「まさか。誘惑には負けてしまいましたが、嘘は言っていません」
「そ、そうなんですか……」

 彼らの言葉に、真珠は、地から空へと舞い上がる感覚がした。彼らの気持ちは本物だと分かって、嬉しいのだ。目を丸くするともに、照れてしまった。

「そろそろ準備をしましょう。真珠さんの着付けもしないといけません。あ、その前に軽く食事をとれますか?」
「はい。でも、あの、腰が動かなくて……」
「ああ、すみません。支えますね」

 玻璃の腕を支えにして、ベッドから起き上がった真珠は、ゆっくりと床に足をついた。逞しい腕に腰を力強く捉えられると、昨夜の行為を思い出してしまう。触れられたところがくすぐったくて、真珠はその腕から逃れるように玻璃の胸に身を寄せた。不思議なもので、もう怖くはない。

「真珠さん?」
「ご、ごめんなさい。腰を触られると、昨夜のことを思い出しちゃって」
「なんて、可愛いことを言うんですか……」
「兄貴ばっかりずるい。お姉さんは俺が運ぶ」
「わっ!」

 瑠璃に横抱きにされ、真珠は慌ててその首に腕を回した。顔が近くなったことで、瑠璃は満足そうだ。

「お姉さんの身体、綺麗で、柔らかくて甘くて、最高だった。また、しようね?」
「えっ、また!?」
「はい、その話は今度にしましょう。急がないと、黒曜さんの挨拶に間に合いません」

 玻璃が仕切り直し、真珠たちは出発に向けて、慌てて支度を始めた。
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