真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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事件発生

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「はあ……仕事は仕事だ。ふざけてないで真面目にやれ」
「銀さんに言われずとも、分かっていますよ。それに僕たちがいたから、山姥をすぐに仕留められてよかったじゃないですか」
「結果論だな」
「ふぁにき、こえ、ふぁなして……」

 瑠璃が玻璃の手を叩くと、玻璃は「ああ、すみません」とわざとらしく笑って手を離した。相変わらず表面上の笑みを浮かべている。玻璃が銀と仲が悪いのは、確かなようだ。

(今日は、この人たちの家に泊まる……んだよね)

 一夜だけとはいえ、真珠は途端に不安になった。



 約一日振りに首長室を訪れると、瑪瑙は既に事件のことを知っていた。他の志士から報告を受けたようだが、彼は銀の姿を見るなり、怪訝な顔を見せる。

「山姥を仕留めたのは、ひょっとして銀かい? 他の志士が、あたかも自分が騒ぎを収めたかのように言っていたけれど……」
「えっ!?」

 他人の功労を横取りする人がいるのかと、真珠は大声を上げて驚いた。瑪瑙は険しい顔をしながらも、真珠の反応を見て、口元を緩める。

「玻璃と瑠璃に援護してもらい、最終的に俺が仕留めました。負傷者は応急処置まで施し、病院に運んでもらいました。命に別状はないかと思います」
「本当のことです! その証拠に、銀さんは血まみれだし……」
「そうみたいだね。先程の志士には褒美を約束したのだけど、取り消しておこう」

 瑪瑙は机の上から一枚の紙を持ち上げ、呆れたように中央から破った。それを丸め、近くにあったごみ箱へと投げ入れる。

「虚偽の申告をする志士がいるんですか?」
「うーん、少なからずいるね。特に銀の場合は、非番の日でも緊急の際はこうやって働くのに、報酬申告をしないことが多いんだよ。それを知っていた他の志士たちが、自分の功績にしようとしたんだろう」

 真珠は銀を振り返り、「どうして申告しないんですか!」と勢いよく感情に任せて言った。人の努力を自分のものにしようとするなんて、真珠は許せなかった。どこの志士だか知らないが、アヤカシ退治に加勢することすらせず、報告だけして褒美をもらおうだなど、腹立たしくてたまらない。

 しかし、強く発言してしまってから、真珠は慌てて口をつぐんだ。銀が申告をしなかったのは、何か考えがあってのことだったかもしれないのに。

(ああ、余計なことを……!)

 真珠が青ざめながら口を押さえていると、銀は意外にも照れたように視線を逸らした。

「ごめんなさい……」
「別に、いい。首長、非番の日であっても、今後は申告するようにします」
「うん。じゃないと、真珠が怒るからね」
「いや、それが理由ではないんですが……」
「よし、本題だ」

 銀の反論を受け流した瑪瑙は、両手を叩き仕切り直しの合図をした。銀はやれやれと吐息をもらし、真珠は何度も頭を下げた。

 瑪瑙は机の上に置いてあった茶封筒を持ち上げる。どうやら、手紙のようだ。

黒曜こくようからのふみだ。明日にはこの村に戻るらしい」
「本当ですか!」
「黒曜さんが戻るなら、村の人たちの不安も和らぎそうだね」

 その言葉に、玻璃と瑠璃が喜びの声を上げた。銀も、表情にはあまり出さないが、安堵しているようだ。真珠だけが置いてきぼりになっている。

「あの、黒曜さんというのは?」
「この村出身の祈祷きとう師だよ。主に占いをするんだけど、他にも不思議な力を持っていてね。様々な術式を完成させていて、村に雨を降らせたり、雨が続けば雲を払ったりすることができるんだ。術を自由自在に操って、アヤカシと戦うこともある」

 真珠は、珍しい言葉はもう充分に驚き慣れたと思っていた。しかし、次々と出てくる信じられない内容に、耳を疑うしかない。

(この世界に、自分の常識は通じないって、分かりきっていたはずなのに……)

 非現実的過ぎて、自分は誰かの描いたファンタジー小説の中に飛び込んでしまったのでは、と思うくらいだった。

「え……魔法使い、ですか?」
「はは。魔法使いとはちょっと違うのかもしれないね。本人は、陰陽師おんみょうじだと自称しているよ。とにかく、黒曜に今回の非常事態を相談してみようと思うんだ」
「その方なら、何か分かるかもしれない、ということですか?」
「そうだよ。君が巫女なのかどうかも、意見を求めてみることにしよう。いつも他力本願で申し訳ないね」

 真珠は、アヤカシが市場に現れたことと、自分がこの村にやってきたことが関連していないか、瑪瑙に質問した。しかし、やはり確証がないため、留意しておくだけになった。

(私が災厄を引き寄せてなければいいけれど……)

 姿は見えなくとも、銀に付着した血痕を見れば、その獰猛どうもうさは推測できる。真珠は、自分がこの先どうしたらいいのか、分からなくなっていた。

 その日は、これ以上外に出るのは危険だということで、玻璃と瑠璃が迎えに来るまで、真珠は首長室で保護されることになった。村中に志士が派遣され、他に侵入してきたアヤカシがいないかどうか、調査をすることになっている。

「真珠は、山姥を見たのかい?」

 作業机では、瑪瑙が眼鏡を光らせ、書類と睨めっこしている。忙しい仕事の間も、真珠を不安にさせないためか、彼は話し掛けてくれていた。

「あ、いえ……皆さんに来るなと言われて、かなり離れたところにいました。ついて行ったとしても、怖くて何もできなかったと思います」
「アヤカシに慣れていない人たちは、皆そうなるよ。慣れているとしたら、志士と、村の外と交流がある商人くらいじゃないかな」
「そうなんですけど。銀さんたちは、自分の身を危険にさらしてまで頑張っているのに……私、自分が巫女じゃなかったらいいなって、思ってしまったんです。絶対に、自分には手に負えないって」

 紙をめくる音が止まった。椅子に腰かけていた真珠がふと顔を上げると、瑪瑙と視線が交わる。眼鏡の奥、緑色の瞳が、ゆっくりと細められた。

「今朝、銀から文が届いたんだよ。近い距離なのに何事かと思ったら、眠っている君を家に置いて外出できないから、わざわざ書いて出したらしい」
「え?」
「気晴らしに君を市場に連れて出ることと、巫女のことはしばらく考えさせない方がいいのでは、ということが書かれてあった」

 銀は、手紙を出したことは一切言っていなかった。真珠が眠っている間に、こっそり動いてくれたらしい。言ってしまうとまた真珠が気兼ねすると考えたのだろう。

「そういえば……瑪瑙さんに伝えると言ってくれました。私がまだ混乱しているからって。優しいですね……」
「そうだね。それなのに、早速事件が起こって、いやおうにも向き合わせることになってしまって、申し訳ないね」
「そんな、瑪瑙さんが謝ることではないです!」
「もし、君が巫女だということが確定した時でも、この村や国を救うように無理強いはしたくない」
「瑪瑙さん……」

 首長として、村を管理する重責があるはずの瑪瑙は、私的感情からか、そう述べた。真珠の心にくすぶっていた自己嫌悪が、少しずつ消えていく。

「その代わり、もっとこの村の良さや、人の良さを知ってほしいんだ。君は純真で率直だから、絶対に分かってくれるだろう。巫女であってもなくても、この村を支える力になりたいと思ってくれたら、私は嬉しいかな」
「……はい」

 それくらいならできるだろうと、真珠は頷いた。瑪瑙は微笑んで、作業を再開する。しかしすぐに、ぴたりと手を止めた。

「今日は、昨日よりも色香がきつくないかい?」
「え? 誰にも何も言われていませんが……」
「そうか。私も今気付いたくらいだから、一時的なものかもしれないけれど。気を付けてね」
「わ、分かりました」

 よりによって、今日は玻璃と瑠璃の家に世話になる日だ。

(な、何も起こりませんように……)

 窓の外を見ると、陽が傾き、夕方へと差し掛かっていた。もうすぐ、彼らが迎えに来る。
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