真珠の涙は艶麗に煌めく

枳 雨那

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輝石の国へ

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「どうして、そんなに驚くんだい? 巫女かもしれない女性を保護するのは、当たり前だろう?」

 瑪瑙は元々丸っこい目を更に丸くして、率直な疑問を口にした。

「俺が護衛をするのは構いませんが……他にも依頼が舞い込むこともあり、四六時中は守れません」

 銀がそう答えた。真珠は動揺こそしたものの、銀が用心棒になってくれたら心強い、と素直に思った。現にここまで付き添ってくれて、仕事熱心で優しい部分も見ているし、信頼に値する人物だ。車夫の言っていたことが、本当になるのかもしれない。

 しかしながら、銀は顔をしかめている。

(何か、私のことが気に食わないのかな……)

 真珠は傷つき、落ち込んでしまった。初対面で迷惑こそ掛けたが、どちらかといえば、銀の方が強引に助けてくれたほどなのに。

 困惑する真珠には気付かずに、瑪瑙はまた考え込み始めた。

「うーん、確かに一人は厳しそうだね。交代要員で、あと三人は欲しいかな」
「それでしたら、僕が」
「玻璃か。いいだろう。力量も不足ないし」

 玻璃がにこにこしながら名乗り出た。それに対し、銀が眉間の皺を更に深くしたが、止めることまではしない。瑪瑙の許可が下りると、玻璃は真珠の手を取り、甲に軽いキスを落とした。

「きゃっ! な、なんですか!?」
「では、よろしくお願いしますね、真珠さん。今のはお近付きのしるしです」
「はあ……よ、よろしくお願いします」

 薄々勘付いてはいたが、玻璃は女性の扱いにけている。今も、獲物に狙いを定めた狩人のごとく、真珠のことを打ち落とそうとしているようだ。真珠の中では彼に対する警戒心が高まると同時に、心臓が早鐘をくように暴れていた。男性の接触に慣れていない真珠には、刺激が強すぎるのだ。

「私も、時間がある時は交代で用心棒になろう。首長自ら動けば、経費削減にもなるしね」

 瑪瑙は、至極真っ当な理由で用心棒の一員となった。残るはあともう一人となったとき、玻璃が部屋の扉を指さした。その先には、彼の弟が見張りとして控えている。

「あとは瑠璃でどうですか? 兄弟なら連携もとりやすいですし、瑠璃も志士になったばかりですから、護衛の勉強になるかと」
「なるほど。ではそれで採用しよう。でも、あくまで護衛だ。君たちが色香に負けて彼女を襲う、なんてことにならないようにしなさい」
「はい。瑠璃にも言って聞かせます」

 玻璃はそう返事したが、その笑顔はどこか胡散臭い。銀に至っては、やれやれと溜め息をついている。彼らを信用していいものか、真珠の中では疑問が生まれた。

(いや、人望のある瑪瑙さんが選んだ人たちだから……信じよう)

 真珠は、瑪瑙と銀、玻璃それぞれに礼を述べた。真珠が巫女かもしれないから丁重にもてなされている節はあるが、見知らぬ自分を、こうして助けてくれてありがたい。知らない世界に飛ばされて、訳も分からず不安しかなかったが、自分は恵まれている方だと思った。

「君は、律儀で礼儀正しいね。もし君が巫女だったら、人々に好かれるだろうな」
「えっ! いやいや、全くそんなことないです……」

 瑪瑙が褒めるものだから、真珠は全力で否定した。地味で特別な力もない自分が、周囲から好かれるだなんてありえない。真珠は本心からそう思っているが、瑪瑙は謙遜だととったらしい。ふっと頬を緩めた後、真剣な表情に戻った。

「私たちが『救済の巫女』を待ち望んでいたのには、理由があるんだ。それには、銀たちが志士であることも、関連している」
「志士って、国の試験に合格したっていうお役人、ですか?」
「そうだよ。それはもう知っているんだね」

 話が長くなるからと、瑪瑙は真珠たちを長椅子に座るよう促した。

 瑪瑙と向かい合いに座った真珠の両隣には、銀と玻璃が腰掛けている。真珠は姿勢を正し、首長の話を待った。

「ここに来るまでの間に、村の様子は目に入ったかと思う。どう思った?」
「えっと、特にどうとは……あっ、でも。私がいた日本ってところの、昔の時代に似ていました」
「ああ、ごめん。聞き方が悪かったね。平和そうに見えたかい?」
「そう、ですね。中心部は、建物も多くて、人が賑わっていましたし。祭壇の周辺は、また整備されていないところが多いけど、農地も自然もあって、長閑だなって……」
「そうか。外から見ると、そういう風に思うんだね」
「は、はあ……」

 なかなか本題に入らない瑪瑙に、真珠は首を傾げた。隣で、玻璃が微かに笑い声を漏らす。

「首長は、少し抜けているところがありますから。まわりくどい話し方をしても、待ってあげてください」
「わ、分かりました」

 小声でそう交わすと、瑪瑙が「まわりくどくて、ごめんね」と苦笑した。聞こえていたらしい。真珠はびくっとして肩を揺らしたが、玻璃は全く悪びれている感じはなかった。彼らは、既にそれなりの信頼関係を結べているのだろう。

「この村だけじゃなく、国全体の問題になっているんだが、ここ数十年の間、なぜか男性に比べて女性の出生数が圧倒的に少ないんだ。それに比例するように、子どもの数も減っている」
「あっ、確かに」

 言われてみれば、銀に寄ってきた子どもたちは、全員男の子だった。行き交う人々も、男性が多かったように思える。さらに、車夫も「女は男に貢がせてなんぼ」「妓楼の女は貴重」という旨の発言をしていた。

「思い当たるところがあるようだね。今のところ経済や政治はどうにか回っているけれど、将来的に働ける人の数が減って、国は大きな打撃を受けるだろう」
「それを、巫女に救済してほしい、ということですか?」
「そうなるね。出生の男女比は、私たちがどうこうできる問題ではないんだ。ほぼ神頼みだね」
「ええ……でも、どうやるんでしょう?」
「これから、君が巫女なのかどうかを調べつつ、情報を集めて、方法を調べていくしかない」

 もしかしたら、自分から特有の色香が漂っている原因は、それと関係があるのではないかと、真珠は思った。男を誘い、彼らが子を作りたいという本能を引き出している可能性は考えられないか。少子化に歯止めをかけるために、巫女自らが子をたくさん産むようにと仕組まれたようで、真珠は身震いをした。

 しかし、それを彼らの前で発言するのははばかられる。大事なことだとは分かりつつも、真珠は黙っておくことにした。変に勘違いをされて、誰かに襲われでもされたら嫌だ。真珠は、まだ処女なのだから。

「まだもう一つ、抱えている問題がある。これは外的要因だね」
「え?」
「銀たちが志士になった理由は、この国を『アヤカシ』から守るためなんだ」

 また一つ、聞き慣れない言葉が増えて、真珠は疑問符を浮かべる。アヤカシとはなんだろうか。
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