上 下
17 / 27

17 夜会での発表

しおりを挟む

 控室で休憩と着替えを済ませた私は、再び迎えに来てくれた殿下と共に夜会会場へと向かいました。

「少しは落ち着けた?」

 そう尋ねてくる殿下は、勲章授与式の時とは変わり黒い衣装になっています。
 白い衣装も王子っぽくて素敵でしたが、黒い衣装も魅惑的でどきどきしてしまいます。

 対する私は、淡いオレンジ色のドレスに着替えてみました。こちらにも天使の羽根のようなリボンがついています。

「はい……、なんとか」
「驚かせてしまってごめんね。あれも地盤固めには必要だったんだ」

 私の手の甲に口づけするパフォーマンスが、どう地盤固めに役立つのでしょうか。

 今日はもう私の役目はないので、夜会は楽しんでほしいと殿下は苦笑しました。
 そんな殿下自身は、夜会でちょっとした発表に駆り出されるので、少し抜けることになると残念そうでした。



 私の役目はないとのことでしたが、会場へ入った殿下と私は貴族の皆様からひっきりなしに声をかけられてしまいました。

 勲章授与式では国王陛下と殿下によって、すっかり主役として持ち上げられてしまいましたので仕方ないです。
 けれど会話の内容は本についてがほとんどでしたので、私も思いのほか楽しくお話しさせてもらいました。

 これまで頑なに拒んでいた社交界ですが、私でもそれなりに立ち回ることはできるようです。殿下が隣にいると不思議と、できないと思っていたことができるようになる気がします。

 アーデル地方を治めているアーデル公爵様にもご挨拶させていただき、公爵様から直々に感謝までされてしまいました。
 公爵様は殿下の後ろ盾になってくださるそうで、国の貴族で一番影響力のある後ろ盾を得られたと殿下は喜んでいました。
 殿下の地盤固めは、順調のようです。


 やっとご挨拶もひと段落したので、シリル様とセルジュ様と合流し雑談をしていると、殿下の元へ人がやってきて。
 その人に耳打ちされた殿下はうなずくと、私に視線を向けました。

「ミシェルごめんね。そろそろ発表の時間みたいだから、少し離れるよ」

 殿下は名残惜しそうに私の頭をなでてから、私の耳元で「心配しないでね」と囁きました。

 それからシリル様とセルジュ様に私を頼むと言い残して、殿下はこの場を去っていきました。


 心配しないでとはどのような意味なのでしょう。
 ほどなくして、魔道具の音増幅器からの声が聞こえてきました。

「ただいまより、ルダリア王国アデリナ殿下のご婚約発表を執り行います」

 何の前触れもなく告げられたアデリナ殿下のご婚約発表に、辺りはざわめきに満ち溢れました。

「エル……、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

 心配そうに、私の顔を覗き込んだセルジュ様。
 あの日以降も変わらずに接してくれている彼は、いち早く私を気にかけてくれました。

「気分が優れないのでしたら、どこかで休みましょうか?」

 続いて私の顔色を確認したシリル様。
 二人に心配をかけないよう何とか笑みを作って、首を横に振りました。

「大丈夫です、ありがとうございます。あの……、殿下はこの発表のために……」

 聞かずともそうに決まっているのですが、そう尋ねずにはいられませんでした。

 二人は顔を見合わせると何とも言えない表情になりましたが、シリル様は気が進まない様子で私に視線を移しました。

「そうです。申し訳ないけど、ミシェル嬢を安心させられる言葉はかけられません。殿下はできるだけの事はしたと思いますが、最終判断は国王陛下なので」
「そう……、ですか……」

 殿下はきっと、これからおこなわれる発表に対して心配するなと言ってくれたのでしょう。それでも私の心は落ち着きません。

 今日の殿下は勲章を授与されました。その流れでアデリナ殿下との婚約が発表されたら、王太子の座は揺るぎないものになるでしょう。

 彼が王位に就くことを願いながらも、一方で殿下が他の方と婚約するかもしれないことに耐えられない自分がいて。頭の中はぐちゃぐちゃです。

 そんな私の心とは無関係に、吹き抜けから見える二階のドアが開き、会場は大きな拍手に包まれました。

 主役であるアデリナ殿下の両脇には、ルシアン殿下と第三王子が立っていて。二人にエスコートされながらアデリナ殿下は、階段を優雅に下りてきます。
 ルシアン殿下と親し気に会話をしている様子から、どちらをお慕いしているのかは一目瞭然です。

 続いて国王夫妻が階段を下りてから、国王陛下のお言葉があり。
 アデリナ殿下がこの国へ来られた経緯と、彼女がいかに素晴らしい女性なのかを話されました。

「両国の友好関係をさらに深めるため、これより息子たちのどちらと婚約を結んでいただくか発表する」

 その瞬間。アデリナ殿下がルシアン殿下の手を握りに、こりと彼に向って微笑んだのを見て、私は悟りました。

 もう、見ていられません。

 身をひるがえし急いで出口へ向かい始めると、「エル、急に動くな!」とセルジュ様の慌てた声が聞こえました。
 けれど、その時にはすでに手遅れで。

 着慣れないフリルたっぷりのドレスによって体勢を崩した私は、見事につまずいて転びました。

 しかも、人を巻き込んで。

 私を受け止めるようにして倒してしまった方の顔を確認して、私は青ざめました。

「申し訳ありません! アーデル公爵様!」

 殿下の大切な後ろ盾である公爵様に、なんて失礼なことをしてしまったのでしょう。
 慌てて離れて謝罪をすると、公爵様は穏やかに微笑んで上半身を起こしました。

「いやいや。この歳になって、可憐なお嬢さんが腕の中に飛び込んでくるとは思わなかったよ」

 公爵様が冗談交じりにそう笑うと、周りの方々からも笑いが起きました。けれど冗談で済まされる事態でないのは、重々承知しています。

「お怪我はありませんか、公爵様! 今、回復魔法をっ」

 急いで杖を取り出そうとした私の腕を、柔らかく掴んだ公爵様。

「心配しなくても、ルシアン殿下から聞いているよ。君には事情があるんだろう?」

 なだめるように小声でそう言った公爵様は、私の足に視線を向けたような気がして。私の動きは完全に止まりました。

 殿下は知っていたのですか……。

「ミシェル!!」

 殿下の声がしたので振り返ってみると、殿下が発表の場から離れて駆け寄ってきてきます。

「ミシェル! 怪我はないか!」
「あの……、私よりアーデル公爵様が……」

 そう殿下に伝えると、彼は微笑みながら私の頭をぽんとなでてから、公爵様に手を差し出しました。
 殿下に起こしてもらった公爵様は「殿下に嫉妬されないかヒヤヒヤしていましたよ」と殿下と笑いあってから、従者様と共にこの場を去っていきました。

「もう心配はいらないよ」

 優しく微笑みながら手を差し出してくれた殿下に起こしてもらってから、私は今の状況に気がつきました。
 公爵様を押し倒してしまっただけではなく、婚約発表まで中断させてしまったようです。
 とんでもない大失敗をしてしまいました。
 血の気が引く思いをしながらも、殿下に「早く戻ってください」と伝えると。

「俺の役目はもう終わったからいいんだ」

 殿下は国王陛下に向かって手を上げると、陛下は小さくうなずきました。

「ルシアンはあのとおり辞退したので、先を進める」

 冗談のような雰囲気で笑いを取った国王陛下によって、第三王子とアデリナ殿下のご婚約が発表されました。

 会場から祝福の拍手が起こる中、私よりも驚いている様子だったのはアデリナ殿下で。
 青ざめた表情で第三王子に抱き寄せられた彼女は、第三王子に何かを囁かれると、悔しそうにこちらを睨みました。

「もしかして私のせいで、殿下は辞退扱いにされてしまったのですか……?」

 婚約発表を投げ出して私の元へ駆け寄ってしまったから、国王陛下は呆れてしまったのでは。

 そう思っていると、殿下は私を抱きしめて落ち着かせるように頭をなでました。

「俺が、自ら辞退したんだよ。発表までは他言無用という約束だったから、ミシェルには言えなかったんだ。不安にさせてしまってごめんね」
「いえ……、私が早とちりしてしまいまして……」

 殿下は私が不安にならないようにサインを出してくれていたのに、他のことに惑わされてしまったのは私です。

「ミシェルには話したいことがあるんだ。少しいいかな?」

 こくりとうなずいた私は、殿下に連れられて夜会会場を後にしました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木あかり
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

処理中です...