上 下
113 / 116
26 鏡の中の聖女

4 前世からの繋がり

しおりを挟む

 何はともあれ、リズは聖女の力も発現したので、フェリクスとの婚約が破棄になっても魔女だからと非難する者はいないはず。
 仮にそのような者がいたとしても、公王から代理決定権まで獲得したアレクシスが黙ってはいない。

 ホッとしつつリズは、アレクシスに視線を向けてみた。

「……アレクシス?」

 彼は今にも泣き出しそうな顔で、リズを見つめていた。
 アレクシスがこんな顔をする時はほとんどの場合、嬉しくて感動している時。今までは妹愛が過剰すぎると思っていたが、今ならリズも彼と同じ気持ちを味わえそうだ。

「リズ……。僕達は、前世から繋がっていたんだね」

 『鏡の中の聖女』を全巻読破しているアレクシスは、リズとフェリクスの関係に嫉妬し心配が尽きなかった。リズ自身も気が付いていない心の奥底には、アレクシスでは超えられない絆が二人にはあるのではないかと。

 けれど少なくとも、前世のリズはアレクシスを選んでいた。それがペットと飼主という関係でも構わない。前世からの繋がりがあるという事実が、自分とリズの間にもあったことが嬉しかった。

「ふふ。アレクシスはすぐ泣くんだから」

 そう思っているのは、世界中を探してもリズひとりだけだ。
 アレクシスが泣きたいほど嬉しい気持ちにさせてくれるのは、リズ以外にいないのだから。

「泣きたくもなるよ。当て馬のはずの僕が、リズと一緒に前世を映す鏡に映ることができたんだから」
「うん。アレクシスは本当は、当て馬なんかじゃなかったんだよ。私のヒーローは、アレクシスだったんだね」

 『鏡の中の聖女』は一体いつごろから、フェリクスによって捻じ曲げられていたのだろうか。リズにそれを知る術はないけれど、フェリクスに打ち勝って本当の相手と出会えたことだけでも幸せだ。

 事情を話せば、フェリクスならリズを火あぶりにはしないと感じた時点で、リズはストーリーに身を委ねることも可能だった。
 それでもヒーローに違和感を覚え、結婚したくないと思うようになったリズは、無意識のうちに『彼は本当のヒーローではない』と感じていたのかもしれない。

「僕にとっては初めから、リズだけが僕のヒロインだったよ。僕の心を優しく温めてくれて、勇気を持つ力を与えてくれたのはリズだから」

 アレクシスの原動力は、ひたすらリズだ。今となっては、リズと出会うまではどうやって動いていたのかも、よく思い出せない。

「リズ。これからは僕だけのヒロインになってほしい。『鏡の中の聖女』のリズではなく、僕の妻として隣にいてほしいんだ。当て馬なんて存在しない、僕達二人だけの物語のヒロインになってくれないかな?」
「うん。私も、アレクシスと二人だけの物語を紡ぎたい」

 これからは誰にも邪魔されることなく、アレクシスと穏やかに幸せな日々を過ごしたい。
 生まれ代わってからずっと、火あぶりを回避することだけ考えてきたリズにもやっと、幸せになることだけに専念できる日が来たのだ。

 アレクシスが幸せそうな顔でいると、リズまで嬉しくて涙が溢れてくる。二人で瞳を潤ませながら微笑み合った。

「リズ。今すぐにでも婚約式を挙げようか。誰かに邪魔される前に、リズを完全に独り占めしたい」

 アレクシスに温かく抱きしめられて、彼の心地よい香りに包まれる。リズはこれ以上ないほど幸せな気分で、彼に身を預けた。

「私もアレクシスに独り占めされたい」

 前世を映す鏡に映ることができた二人にはもう、障害となるものは何も無い。こればかりは、法律を作ったフェリクスに感謝しなければ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

転生令嬢シルヴィアはシナリオを知らない

恋愛
片想い相手を卑怯な手段で同僚に奪われた、その日に転生していたらしい。――幼いある日、令嬢シルヴィア・ブランシャールは前世の傷心を思い出す。もともと営業職で男勝りな性格だったこともあり、シルヴィアは「ブランシャール家の奇娘」などと悪名を轟かせつつ、恋をしないで生きてきた。 そんなある日、王子の婚約者の座をシルヴィアと争ったアントワネットが相談にやってきた……「私、この世界では婚約破棄されて悪役令嬢として破滅を迎える危機にあるの」。さらに話を聞くと、アントワネットは前世の恋敵だと判明。 そんなアントワネットは破滅エンドを回避するため周囲も驚くほど心優しい令嬢になった――が、彼女の“推し”の隣国王子の出現を機に、その様子に変化が現れる。二世に渡る恋愛バトル勃発。

ヒロインがいない世界で悪役令嬢は婚約を破棄し、忠犬系従者と駆け落ちする

平山和人
恋愛
転生先はまさかの悪役令嬢・サブリナ!? 「なんで悪役!? 絶対に破滅エンドなんて嫌!」 愚かな俺様王子なんて、顔だけ良ければヒロインに譲ってあげるつもりだった。ところが、肝心のヒロインは学園にすら入学していなかった! 「悪役令嬢、完全に詰んでるじゃない!」 ずっとそばで支えてくれた従者のカイトに密かに恋をしているサブリナ。しかし、このままでは王子との婚約が破棄されず、逃げ場がなくなってしまう。ヒロインを探そうと奔走し、別の婚約者を立てようと奮闘するものの、王子の横暴さにとうとう我慢の限界が。 「もう無理!こんな国、出ていきます!」 ついにサブリナは王子を殴り飛ばし、忠犬系従者カイトと共に国外逃亡を決意する――!

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

【完結】触れた人の心の声が聞こえてしまう私は、王子様の恋人のフリをする事になったのですが甘々過ぎて困っています!

Rohdea
恋愛
──私は、何故か触れた人の心の声が聞こえる。 見た目だけは可愛い姉と比べられて来た伯爵家の次女、セシリナは、 幼い頃に自分が素手で触れた人の心の声が聞こえる事に気付く。 心の声を聞きたくなくて、常に手袋を装着し、最小限の人としか付き合ってこなかったセシリナは、 いつしか“薄気味悪い令嬢”と世間では呼ばれるようになっていた。 そんなある日、セシリナは渋々参加していたお茶会で、 この国の王子様……悪い噂が絶えない第二王子エリオスと偶然出会い、 つい彼の心の声を聞いてしまう。 偶然聞いてしまったエリオスの噂とは違う心の声に戸惑いつつも、 その場はどうにかやり過ごしたはずだったのに…… 「うん。だからね、君に僕の恋人のフリをして欲しいんだよ」 なぜか後日、セシリナを訪ねて来たエリオスは、そんなとんでもないお願い事をして来た! 何やら色々と目的があるらしい王子様とそうして始まった仮の恋人関係だったけれど、 あれ? 何かがおかしい……

クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。 そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。 とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。 主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────? 「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」 「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」 これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

処理中です...