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26 鏡の中の聖女

3 前世を映す鏡が発動しました

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 それから鏡に映し出されたのは、豪華さはないが、庶民が住むにしては質の良い家具が置かれた部屋。
 ベッドの上で本を読んでいるのは、黒髪の若い女性。
 本の脇には、小さなハムスターがうずくまっていた。

『ハムくん、見て見て! 鏡の中の聖女の結婚式って素敵だと思わない? 私もこんな結婚をしてみたいなぁ』

(…………へ?)

 見覚えのありすぎる光景に、リズはぽかんとしながら鏡を見上げた。

「リズ……。これは……?」
「えっと、前世の私……」

(なんで鏡に私が映るの? これって伴侶がいなきゃ映らないものじゃなかったの?)

 リズの疑問をよそに鏡の映像は続き、前世のリズはハムスターを抱き上げ、顔の前に寄せた。

『そうだ! ハムくん、私と結婚してくれる?』
『キュ~』
『わぁ、返事してくれたぁ! 大好きだよハムくん』

 前世のリズは、そのままハムスターに特大のキスを落としたのだ。

(やだ……これ。覚えてる……)

 一人でこんなことをしていたのが恥ずかしすぎて、リズはアレクシスの胸に顔を埋めた。
 よりによってなぜこの場面が巨大な鏡に映り、大勢に晒されなければならないのか。

(でも、これが映ったということは……)

 リズは半信半疑ながらも、顔を上げてアレクシスを見上げた。

「えっと……。鏡に映ったということは、あれが結婚に含まれたってこと?」
「……どうやらそうみたいだね」
「ってことは…………。アレクシスが、ハムくん!?」
「そうみたい……」

 アレクシスは戸惑いつつも、照れた様子で微笑む。

(そういえば……!)

 リズは驚きのあまり、完全に忘れていた夢を突然思い出した。アレクシスと二度目に一緒に寝た日の、あの夢を。

 夢の中で前々世のリズと当て馬魔術師は、来世で結ばれようと異世界への転生を試みているようだった。

(私は人間に転生できたけど、魔術師はハムスターに転生しちゃったってことなのかな……?)

 どちらにせよ二人の思惑どおり、現世でのリズはフェリクスと一緒に鏡に映ることはなく、結婚を回避できたようだ。

「動物との結婚など、認めない! それも卑しいネズミではないか!」

 リズ達から少し離れた場所で、フェリクスは拘束されながらも噛みつくように叫んだ。

「ネズミじゃなくて、ハムスターなの! ハムくんは、れっきとしたペットだったんだから!」
「どちらにしてもだ。俺以外の者と結婚していたなど、認められない!」

 フェリクスは「公子を捕らえろ」とわめき散らすが、その命令に従う騎士は誰一人としていなかった。それどころか、大神殿全体が冷ややかな視線でフェリクスを見つめていた。

 彼の発言はもはや、法律など関係なく私利私欲にまみれたもので、統治者として威厳が保たれていない。このような者に何百年もの間、国を任せていた事実に、誰もが恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。

 そこへ、式を執り行っていた神官が、リズとフェリクスの間に進み出てきた。

「王太子殿下、そろそろお認めなさいませ。鏡に映った者同士の結婚が最優先にされると、法律をお決めになったのは王太子殿下ですよ」

 ここの長である大神官に諭されては、フェリクスも今の状況を認めざるを得なくなった。

・王族の殺害は、未遂であっても死罪
・王太子フェリクスの伴侶は、聖女の魂を持つ者
・鏡に映った者同士の結婚が最優先

 どれもフェリクスが作った法律。しかし、この三つを全て守ることは今のフェリクスにはできない。どれかを破るとしたら当然、私的な法律であるリズとの結婚だ。

 前世の情勢が不安定だったため、エリザベートの後を追えなかったように、フェリクスは統治者としてそれくらいのは分別つけることができる。
 聖女と一緒に作ったこの国をこれ以上めちゃくちゃにはしたくないという気持ちは、フェリクスの心にも残っていた。 

「リゼット……」

 フェリクスは諦めつつも、最後の希望であるリゼットの気持ちを確かめたくて、縋るような視線を向けた。

 しかしリズの態度は、先ほど「結婚できない」と言った時と変わらず冷え切ったものだった。

「あなたとは、結婚しません。来世のことなんて、記憶を保てない私にとっては関係ありません。――ですからフェリクスは、小細工など使わずに真っ新な気持ちで来世の私……聖女の魂と出会ってください。そのほうが聖女の魂も喜ぶと思います。お願いします……」

 リズはアレクシスから離れてそう述べると、フェリクスに向けて丁寧に頭を下げた。

 前々世のリズが、必死にフェリクスから逃げ出そうと行動したことが、現世のリズの助けとなった。来世のリズには、完全な自由でいてほしい。
 来世では全ての記憶が途絶えるだろうが、この架け橋を無駄にはしてほしくなかった。

「そなたの言う通りにするから、俺に頭を下げないでくれ……。そなたに他人のように扱われると辛い……」
「……本当ですか?」

 リズはぱぁっと表情を明るくさせながら顔を上げた。そんなリズを見ながら、フェリクスは降参したように微笑む。

「ああ。やはりそなたは、今までのエリザベートとは違うな。聖女の魂を気遣ってくれたエリザベートは、そなただけだ」

 フェリクスにとっては何よりも大切である聖女の魂。その魂を尊重してくれたことが、フェリクスにとっては救われたような気分だった。

 いつの世でも、完全に聖女の魂を自分だけのものにはできなかったフェリクスは、いつも焦りを感じては彼女に対して強引な手を使ってしまっていた。
 
 けれど本当はリズが望むように、純粋に彼女と出会いやり直したいと思っていたのだ。
 リズはそれを、改めて思い出させてくれた。彼女の望むとおりにすれば、次こそ心から通じ合える関係になれるかもしれない。

 フェリクスはそう感じながらも、自分が望んでいるような関係を築いてくれる者が、他にいることにも気づいていた。
 これだけの醜態を晒したにも関わらず、エディットは涙を流しながら心配そうにこちらを見つめている。

「エディット。俺の最後のわがままを聞いてくれないか。残り少ない時間を、共に過ごしてくれ」
「はい……。よろこんで」

 エディットは涙を丁寧に拭ってから優しく微笑むと、フェリクスの隣に寄り添う。どんなに周りから非難されようとも、エディットは最後まで彼の隣にいるつもりだ。

 フェリクスは「法律に関係なく、どのような罰でも受ける」とリズに伝えると、エディットを連れて自ら王宮の牢屋へと向かった。

(これでやっと、自由の身になれたのかな?)
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