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25 王国での宴
1 王太子様の気持ちを確認したい
しおりを挟むフェリクスにエスコートされて宴会場に向かっていたリズは、彼に顔を覗き込まれてハッと我に返った。
「他の男のことでも考えていたのか?」
「ばっ……。変なこと言わないでください」
「慌てるところを見ると、図星だろう」
「違います……」
(アレクシスが、あんなふうに甘えるから……)
あの後リズは、どうしてよいか分からず石化してしまい、アレクシスに笑われたのだ。
きっとお子様だと思われたに違いない。リズはそれで落ち込んでいた。
「それより、王女殿下はアレクシスとパートナーになるそうですけど……。フェリクスは、私をパートナーに選んで良かったんですか?」
「気に食わないが、他国の貴賓をもてなすのも妻の務めだ。それに今日は、そなたを貴族に紹介せねばならない。俺の婚約者という立場を忘れたわけではないだろうな」
じっとフェリクスに見つめられて、リズは居心地の悪さを感じた。
(フェリクスにはもう、私が婚約破棄するつもりだと知られているんだよね……)
それでも粛々と婚約者としての務めを果たしている彼は、一歩も引くつもりはないと言っているように思える。
二人そろって会場へ入ると、会場内は少し変な雰囲気でリズとフェリクスを迎えた。妙にピリピリしているというか、緊張しているような感じが伝わってくる。
(どうしたんだろう?)
ドルレーツ王国とベルーリルム公国は、元々一つの国。貴族の態度にさほど違いはないはずだ。
魔女を嫌っているからだろうかとリズは思ったが、蔑むような視線ではないようだ。どちらかといえば憐れむような。
「聖女様がお可哀そう……」
微かに聞こえてきた声で、リズは理解した。
(この国の貴族達も、フェリクスの結婚問題には不満なんだ……)
この国では実際に、フェリクスが側室を迎えるための法改正がされたはず。立場的な問題について反感を持った公国とでは、重みが違うのかもしれない。
そもそも王弟は側室を許されず、独立して国まで作ったのだ。フェリクスの行動は不誠実と思われても仕方ない。
フェリクスはそのままリズを連れて玉座へと向かうと、自らは玉座の前に立った。
本来ならそこは国王の席であるが、この国では地位に関係なく常にフェリクスの席であった。
脇に控えている国王を目にしたリズは、ひどく違和感を覚える。
(王位を譲ってもいない息子に、玉座を譲らなければならないなんて。どんな気分なんだろう……)
そういえば真っ先に挨拶すべきフェリクスの両親に、紹介すらされていないことにリズは気がつく。
何世にも渡って記憶を持ち続けている彼にとっては、両親を親とは思えないのだろうか。
フェリクスの両親は、彼にとっては孫や曾孫でもある。親とは思えなくとも、聖女の魂と再会できた喜びを分かち合いたいとは思わないのか。
ここへ来てさらに、小説ではわからなかった現実をリズは知ったような気分になる。
貴族へとリズを紹介したフェリクスは、やはりリズとの婚約式を早めたいと提案してきた。
リズはその提案を、予定どおりに受け入れた。
「フェリクス。あの約束は覚えてますよね?」
その後、最初のダンスをフェリクスと踊りながら、リズは探るようにそう尋ねた。リズの思惑を知った彼が、考えを変えていないか心配になったのだ。
「前世を映す鏡に映らなくても、火あぶりにしないという約束か?」
リズがこくりとうなずくと、フェリクスは懐かしむように目を細めた。
「俺はそなたとの約束を破ったことはない。それは今回も、例外ではない」
どうやら彼の言うこれまでの約束とは、聖女の魂との約束を指しているようだ。聖女の魂との約束は、破りたくないということなのか。
「そうですか……」
意外とあっさりとした態度に、リズは拍子抜けする。フェリクスはリズの思惑を知って、それを阻止しようとしているのではないのか?
「ただ。法律は重視させてもらう。この国の統治者として俺は、誰よりも法律に忠実でなければならないからな」
(どういう意味だろう……)
魔女に関しては、根拠なく罰してはならないと法律で定められている。それに加えてフェリクスは、前世を映す鏡にリズ達が映らなくても罪に問わないと宣言してくれた。
法律上は何も問題ないはずだが、フェリクスは何を言いたかったのだろうか。
ダンスを終えてフェリクスから開放されたリズは、真っ先にそのことを報告しにアレクシスの元へと向かった。
しかし、彼のそばにたどり着く前に、物凄い音でガラスが割れる音が聞こえてきた。
「キャー!」
「魔獣だー!」
窓側にいた貴族達の叫び声とともに、会場内へ一匹の鳥型魔獣が押し入ってきたのだ。
その魔獣は、一直線にとある方向へと突撃しようとしている。
その先にいる人物が誰であるか気づいたリズは、慌てて駆けだした。
「アレクシス!!」
剣さえあれば、アレクシスやバルリング兄弟によって魔獣と対峙することができたであろうが、会場内は剣の持ち込みが禁止されている。
そのことを、この一瞬でリズが思い出して駆けだしたわけではない。
前世の死因がそうであったように、目の前で危険に晒されている大切な者がいれば、反射的にかばってしまうのがリズの性格だ。
「リズ! 来るな!」
リズの叫び声で気が付いたアレクシスが、必死な表情でリズに止まるよう叫び返したが、リズの動きを止めることはできない。
リズはひたすらアレクシスをかばいたい一心で、彼の胸に飛び込んだ。
アレクシスに抱きついた勢いで、彼を床へと押し倒したリズ。
そのままの状態で、魔獣の攻撃に対して身構えた。
しかし、魔獣の断末魔のような鳴き声とともに、辺りはシンっと静まりかえる。
一向に衝撃が与えられないので、リズは固く閉ざしていた瞳を薄っすら開いてみた。
(あ…………あれ?)
とりあえずアレクシスは、無事のようだ。
彼の顔を真っ先に確認したリズは、痛みは感じていない様子の彼にホッとする。
けれどアレクシスはどこかを凝視しており、目を見開いて驚いているのだ。誰かが魔獣を倒してくれたのだとしても、それほど驚くとは思えない。
「…………リズ。これは……?」
リズの顔も見ずに、アレクシスはそう呟いた。
「…………えっ?」
何がだろうと思いながら、リズもアレクシスの視線の先へ振り返ってみる。
「えっ……。なにこれ……?」
目に映ったのは、透明のドームのようなもの。
無数の六角形の膜で形成されているようで、うっすら光を帯びていることで、それがドームだと認識できる。
そのドームはリズとアレクシスだけではなく、バルリング兄弟やエディットまですっぽりと覆っていた。
「魔獣は……?」
再びリズが質問すると、アレクシスは呆けた顔で「それに触れた瞬間、掻き消えたよ……」と呟いた。
(魔獣を消し去れるドームって、まさか……)
公宮図書館で借りた本の中に、これと似たような現象が記載されていた。そしてリズが借りた本は『鏡の中の聖女』しかない。
それを口にしようとした瞬間、周りの貴族から声が上がった。
「聖女だ! 聖女の力が発現したんだ!」
「公女殿下は紛れもなく、聖女の魂をお持ちなのだわ!」
(ウソ……でしょ……)
聖女の力はどの世でも必ず発現するものではないし、ましてやリズに聖女の力が発現するはずがない。前世で読んだ小説は、そのようなストーリーではなかったのだから。
信じられない気持ちでリズは立ち上がろうとした。
しかし膝立ちになった瞬間、ぐらりと視界が揺れる。
起き上がっていられないほどの眩暈に襲われたリズは、アレクシスの胸に崩れ落ちた。
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