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21 婚約を祝う宴
1 事件の結末
しおりを挟む翌日。第二公子宮殿へと戻ったリズとアレクシスのもとへ、知らせが入った。それは第二公子宮殿の放火犯が、毒を飲んで自殺したというもの。
「暗殺の可能性はないの?」
「同じく幽閉塔に収監されているヘルマン伯爵が、自殺する場面を見たのだそうです」
アレクシスの質問にそう答えたカルステンは、顔を険しく歪めながら続けた。
「これで役目は果たした。妻と娘を頼む。と叫んだ後に、倒れたそうで……」
「それって……」
リズがアレクシスへと顔を向けると、彼は考え込むようにしながらうなずいた。
「誰かに依頼されたってことだろうね。それも、命を掛けるほどの取引」
「騎士団で捜査した限りでは、公宮の使用人として彼を知っていた者はおりませんでした。命の取引ともなると、死刑囚でも連れてきたのでしょうか」
「毒については捜査中です。使用人の制服以外に所持品はありませんでしたし、容姿もこの地域では一般的。何者かを特定するのは厳しいですね」
アレクシスの考えに賛同するように、ローラントとカルステンも報告をつづけた。この様子では三人とも『誰の仕業か』については、目星がついているのだろう。昨夜のリズの話を聞けば、他に疑うべき者はいないに等しい。
(これもフェリクスの仕業なのかな……)
「ヘルマン伯爵夫人はどうなってるの?」
「自分も殺されてしまうのではないかと、怯えております。一応、幽閉塔内の警備を強化させました」
結局昨日は、フェリクスとまともに話せないまま終わってしまった。フェリクスは、リズに頼られることに気分を良くしていたようだが、彼にまだその気持ちが残っているかは疑問である。
午後。リズは予定通りに、フェリクスと婚約の契約書を交わした。
あれほどエディットを気に入っていたフェリクスだが、それでもリズとの結婚は必ずするつもりのようだ。
「そなたと結婚せねば、来世の俺が困るからな」
サインを確認して早々、身も蓋もないことを述べるフェリクス。
(私のことは気に入らないけど、聖女の魂は繋ぎとめておきたいってこと?)
それに何の意味があるのか。リズには到底理解しがたい考えだ。お互いに愛する気持ちがない者同士が結婚するより、エディットと結婚したほうがよほど幸せな人生を歩めるはずだ。
どちらにせよ、フェリクスと結婚しない予定のリズにとっては、関係のない話ではあるが。いつまでも聖女の魂に囚われている彼が、少し不憫でもある。
「ああ。忘れていたが、そなたに毒を盛ろうとしていた者の無実を晴らしてやったぞ」
テーブルの上に、ばさりと報告書のようなものを置かれ。リズは驚きながらそれを手に取った。
「えっ……。ありがとうございます」
報告書には、第二公子宮殿の放火犯がヘルマン伯爵夫人に罪を着せようとしていたと書かれている。毒の入手ルートや、目撃者の証言などもあり、一日ほどで調べたにしては詳しすぎる内容。
またも、フェリクスのいいように操作されているように感じてしまう。
「また俺に借りができたな。どう返してくれるのか、楽しみだ」
(うう……。借金の取り立てみたい)
「えっと、王女殿下と上手くいくようお手伝いいたしましょうか」
リズとフェリクスの間に、『愛』などという言葉はもはや存在しない。リズはそう思って提案してみたが、フェリクスには物凄く嫌そうな顔をされてしまった。
「……そなたの手を借りずとも、エディットは俺にぞっこんだ」
(ぞっこん、って。やっぱり心はおじいちゃんなんだね……)
第二公子宮殿へと戻り宴用のドレスに着替えたリズは、アレクシスの不機嫌そうな視線に耐えながら、侍女達に髪のセットや、化粧を直してもらっていた。
アレクシスが何に対して不機嫌なのかというと、『全て』である。
リズがフェリクスと婚約の契約書を交わしたことが気に入らないし、フェリクスが今日の宴用にと用意したドレスやアクセサリーも気に入らない。もちろんこの後におこなわれる、婚約を祝う宴も気に入るはずがない。
そしてなにより、それらを阻止できない自分の立場がなにより気に入らなかった。
アレクシスの前に立ちはだかるのは、この大陸で長きに渡り頂点に君臨してきた男。誰もが認めざるを得ない状況でなければ、リズを奪い取ることはできない。
そのためには前世を映す鏡を使って、リズとフェリクスが前世の伴侶ではないと、証明する必要があった。
(みんなも、どうしちゃったんだろう……)
この場で不機嫌そうなのは、アレクシスだけではなかった。いつもは楽しそうにリズの身支度を整えてくれる侍女達もまた、感情を抑えているように見える。
妹愛の激しいアレクシスの気持ちはさて置き、リズの事情を知らない侍女達までもどうしたのだろうと、リズは首を傾げた。
「みんな、どうかした?」
リズの疑問に対して、初めに口を開いたのは化粧を担当していた侍女だった。
「私……、公女殿下と王太子殿下のご結婚には、反対ですわ!」
チークを乗せるブラシを、ギリギリと握りこむ侍女。その言葉に賛同するように、他の侍女達も力強くうなずく。
「急にどうしちゃったの? みんなフェリクスのファンだったじゃない」
「私達は王太子殿下のファンである前に、公女殿下の侍女ですもの。公女殿下を危険に晒すような方に、安心して公女殿下をお任せできませんわ!」
「それに、王女殿下とのご関係も問題ありですわ! 一途に聖女の魂をお慕いしている姿に、私達はキュンとしておりましたのに!」
どうやら侍女達は、昨日のフェリクスの態度に対して相当の怒りを覚えたようだ。
フェリクスはこれまで女性達の心を鷲掴みにしてきたが、それは単に見た目が良いだけではなく、彼の一途な性格や、ヒロインを常に全力で守るところが評価されていたのだろう。
それらから逸脱している今のフェリクスは、もはやヒーローとは呼べないのかもしれない。
この小説はエディットをヒロインに変えようとしたいようだが、世間的にはまだ、聖女の魂を持つリズがヒロインなのだから。そのリズを蔑ろにしているフェリクスの評価が落ちるのは、至極当然のことだ。
「みんな、私のために怒ってくれてありがとう」
リズがにこりと微笑んで見せると侍女達は、健気な少女に同情するかのように瞳をうるうるとさせた。そして、期待するようにアレクシスへと視線を向ける。
「公子殿下、どうか公女殿下をお救いくださいませ!」
「僕もそのつもりで動いているよ。君達が作ってくれた証拠は有効活用させてもらう予定だ」
「公子殿下!」
侍女達は熱を帯びた表情で、アレクシスの元へと集まる。
またもリズは蚊帳の外で、アレクシスと侍女達との間で結束が固まっているようだ。
(証拠ってなんだろう?)
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