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20 皆でピクニック

3 皆の様子がおかしい

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 今日は第二公子宮殿にて、フェリクスとのお茶会を予定していたが、急きょ予定を変更して、皆でピクニックへでかけることになった。
 理由は簡単である。アレクシスは自分の宮殿に、フェリクスを入れたくなかったからだ。

 侍女達は少し残念そうではあったが、ピクニックで美味しいお茶をお出しするのだと、改めて張り切っていた。

 そんなわけでリズ達は馬車に揺られて、公宮から少し離れた場所にある公家所有の湖へとやってきた。

「わぁ! ここからでも湖が見えるよ」

 馬車から降りると、林の奥に大きな湖が広がっているのが見える。この辺りへはリズも来るのは初めてだ。久しぶりの大自然にワクワクしていると、もう一台の馬車から降りたエディットも歓声を上げた。

「まぁ! なんて素敵な場所なのかしら。妖精さんに出会えそうですわぁ」

 可愛らしい感想を述べるところも、本当に小説のヒロインらしい。しかしリズは昨夜、アレクシスから聞いてしまった。

 あれは全て、『演技』なのだと。

 彼女は元々、ヒロインとは似ても似つかぬ性格だそうだが、アレクシスの指導によってヒロインとして覚醒したらしい。
 フェリクスを慕っているというのは本当で、彼に振り向いてほしくエディットは頑張っているようだ。

「エディット。あまりはしゃぐと、辛くなるぞ。それでなくとも俺のせいで、今日のそなたは辛いだろうからな」

 エディットを支えるように彼女の腰を抱いたフェリクスに、その場にいた全員が注目した。なぜか辺りに、気まずい雰囲気が漂う。

(フェリクスのせいで、身体が辛い……?)

 首を傾げて考えたリズは、ハッとその意味を理解した。

「あの……王女殿下。身体がお辛いのでしたら、万能薬をお飲みになりませんか? 私が作ったものなんですが、疲れや傷が一瞬で癒えるんです」

 リズが魔女の万能薬を差し出すと、エディットは顔を真っ赤にさせてあたふたし始めた。どうしたんだろう? とリズが再び首をかしげると、万能薬をフェリクスが代わりに受け取った。

「すまないな、リゼット」

 まるで彼が、エディットのパートナーか何かのようだ。フェリクスが万能薬を飲むように勧めると、エディットは恥じらうようにうなずいてから、万能薬を飲み干した。

「ありがとうございます、公女殿下。噂には聞いておりましたが、本当に痛みが消えましたわ」
「ふふ。お役に立ったようで良かったです。せっかくのピクニックですから、元気に楽しみましょう」

 リズがにこりと微笑むと、なぜかフェリクスが割って入るように口を開く。

「そなたは寛大な心を持っているようだな。俺にも、そのくらいの寛大さが必要か?」

(どういう意味だろう……。ってか、フェリクスちょっと怒ってる?)

 何かしたかな? と考えたリズは、ふと彼に万能薬を渡した際のやり取りを思い出した。
 今は無償で提供したが、フェリクスの時はお鍋の対価として使われたのだ。

(フェリクスは貸し借りが好きみたいだから、無償提供は気に入らないのかな?)

 今日はフェリクスに、ヘルマン伯爵夫人についてのお願いをもう一度しなければならない。これ以上不機嫌にさせないほうが無難だと、リズは判断する。

「えっと、今のはフェリクスが受け取ったので、お鍋の対価から引いておいてください」

 彼の好む貸し借りを続けてみたが、フェリクスは信じられないと言いたげに眉間にシワを寄せた。

(あれ……? 間違った?)

「エディット。ちょっと、こちらに来て」

 そんなやり取りの横で、エディットの手を引いて連れ出したのはアレクシスだ。怒っているような態度のアレクシスを見たフェリクスは、不機嫌だった表情が一気に緩む。

「そなたの鈍感さには呆れて返す言葉もないが、公子の興味は引けたようだな」

 満足したようにフェリクスは、リズを置いて湖へと向かってしまった。

(フェリクス。本当にどうしたんだろう……)

 これまでのフェリクスなら、絶対にリズをエスコートしただろうに。置いていくなど、信じられない。

 早くも、アレクシスとエディットの成果が出ているのだろうか。もし昨夜のダンスだけでフェリクスを魅了できたなら、エディットは相当に恐ろしい娘である。

 リズが考え込んでいると、護衛として同行していたカルステンとローラントが、リズの左右に並んだ。

「公女殿下。少しは王太子殿下と王女殿下のご関係に対して、驚くなり、悲しむなりしたほうが良かったんじゃないですか?」
「そうですよ、リゼット殿下。あまりに無関心ですと、疑われてしまいますよ」

 二人がこそっと耳打ちしてくるので、リズはきょとんと二人を交互に見る。

「二人が昨日の宴で、ずっとダンスを踊っていたからって、妬くのは変じゃない? 筋肉痛は辛いもん。お客様に万能薬を渡すくらい問題ないでしょう?」

 思わずその場に立ち止まったバルリング兄弟。ローラントは小声で兄に呟いた。

「……兄上。この純粋さをどう思いますか?」
「先が思いやられるな」




 林の奥へとエディットを連れ出したアレクシスは、他の者が見えなくなる辺りまでくると睨むように彼女を見つめた。

「エディット。あいつと一線を越えたの?」
「ご……ごめんなさい、公子殿下。ですが、フェリクス様はまだ、私達を恋人同士だと思っているようです……」

 アレクシスの作戦はまだ失敗していない事を告げるも、アレクシスは怒りが収まらない様子で、エディットの両肩を掴んだ。

「僕が言いたいのは、そういう事じゃない。僕は君にそこまでは望んでいなかった!」

 辛そうに言葉を吐き捨てるアレクシス。どうやら怒っているのではないと気が付いたエディットは、安心したように微笑んだ。

「私のことを心配してくださったのですね。大丈夫ですよ、私も決意してのことでしたわ」
「婚約もしていないのに、軽率すぎる! 利用されたらどうするんだ」
「自分なりに全力を尽くした結果なら、それでも構いませんわ。せっかく公子殿下が与えてくださった機会ですもの、悔いは残したくありませんの」

 昨夜のエディットは、本性をさらけ出したフェリクスに出会ったことで、夢見ていた大魔術師の像は崩れ去った。それでも、自分を求めて訪問してくれた彼に対して、新たな感情が芽生えていた。

 これほど感情をむき出しにしている彼を知っているのは、きっと自分だけだ。
 彼の荒んだ心を癒したい。もしかしたら、自分にならできるかもしれない。と。

 決意に満ちているような表情のエディットを目にして、アレクシスはため息をつきながら項垂れた。

「君はリズとは似ていないと思っていたけれど、無鉄砲な部分はそっくりだ」
「それは有益な情報ですわ。フェリクス様は、無鉄砲はお好きかしら?」
「さぁね。僕は、目が離せなくなるから困るな」
「ふふ。後になって、私の魅力に気が付いても遅いですわよ。私はもう、フェリクス様のものですから」
「そうだね。君は、あいつに渡すにはもったいないくらい、一途で素敵な女性だよ」

 アレクシスに対しては傲慢な態度で接していたエディットだったが、恋する相手に対してはどこまでも頑張れる子だった。
 お互いに好きな相手がいなければ、政略結婚の相手として良い関係を築けたかもしれない。

「それでも、公子殿下の一番に私はなれないと、おっしゃりたいご様子ですわよ?」
「君があいつを一途に求めるように、僕にも大切にしている子がいるんだ」

 どれほど、エディットがリズに似せようとしても、アレクシスの気持ちが揺らぐことはないだろう。
 アレクシスにとってリズは、初めて義務に関係なく優しく接してくれた女性であり、いつも素直な感情をぶつけてくれる相手。アレクシスを心から信頼して、頼ってくれる子だ。

 そうなるよう仕向けた部分もあるが、結果的にリズはアレクシスに多くを委ねるようになってくれた。
 初めてできた『心から気を許せる相手』が、容姿や性格が似ているという理由で覆ることはない。

「それでは、お互いの想い人に嫉妬してもらえるよう、手でも繋いで戻りましょう」
「そうしようか。僕の想い人は、ただの作戦だと思いそうだけれど」
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