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13 庇護欲暴走中

1 騎士団長が完全に覚醒してしまいました

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 そのまま朝まで眠りについたリズは、あまりスッキリしないまま目覚めを迎えた。

「公女殿下。まだ、ご気分が優れませんか?」

 心配そうにのぞき込んでくる侍女達にリズは、不安な気持ち吹き飛ばすようブルブルと首を振ってから、にこりと微笑んだ。

「薬も飲んで寝たし、魔力はだいぶ戻って来たみたいだよ」
「順調に回復なさっているようで、安心いたしましたわ」
「しばらくは、安静になさってくださいませ」

 昨日、目覚めた時は深夜だったので、リズの看病を担当していた侍女としか会っていないが、今は六人全員が集まっている。皆、火事で負傷した様子もなく元気そうなので、リズはほっと一安心した。

「うん、心配してくれてありがとう。ところで、第二公子宮殿はどうなったの? ここは私の部屋ではないけれど……」
「公女殿下のご活躍のおかげで、被害は最小限に抑えられましたわ。のちほど侍従長からもお礼を述べさせていただきますが、今回は私共にお力添えくださり、誠に感謝申し上げます」

 侍女達は全員で、リズに謝意を示した。カルステンには叱られ気味だったが、使用人達は火事を早く消火できたことに喜んでくれたようだ。

「他のみんなも、怪我とかしていない?」
「多少はやけどをした者もおりますが、大事には至っておりませんわ。ただ、厨房の修理もございますし、煙が侵入したお部屋の匂いも取らなければなりません。公女殿下にはご迷惑をお掛け致しますが、しばらくはこちらの客人用宮殿でお過ごしくださいませ」
「うん。私は気にしないから、安全に作業を進めてね」

(ここって、客人用の宮殿だったんだ……)

 客人用の宮殿といえば、ヒロインが滞在していた場所だ。客人用の宮殿は何棟もあるので、ヒロインと同じ宮殿に入ったとは限らないが、昨夜のカルステンのこともある。リズは嫌な予感がして、身震いをした。

 それと同時に、部屋の扉が乱暴に開かれる。リズは身震いの直後に騒音に見舞われたので、心臓がびくりと跳びはねた。
 部屋の中に入ってきたのは、どうみても高位貴族の身なりをした婦人だ。

「ヘルマン伯爵夫人! 突然訪問するなんて、公女殿下に対して無礼ですわ!」

 侍女の叱責を聞いたリズは、心の中で「ひぃ~!」と叫んだ。

 ヘルマン伯爵夫人といえば、ヒロインを執拗に虐めていた張本人だ。夫は舞踏会の日にアレクシスによって、幽閉塔送りになってしまったが、夫人のほうは健在だったようだ。

(もしかしてこれも、物語の強制力……っていうより、寄り戻しのレベルじゃない?)

 そもそも犯罪者の妻が、未だに宮殿の管理を任されていることが不自然だ。いくら公王が能力主義だといっても、大切な財産ともいえる宮殿を、犯罪者の妻には預けないはず。

 そんな不自然な状況を作り出してまで、この物語は今、初めからやり直そう・・・・・・・・・としているのか。

「こちらへ入宮してから引きこもっておられるようでしたので、僭越ながらご様子を伺いに参りましたわ」
「無礼を重ねるおつもりですか、ヘルマン伯爵夫人! 公女殿下は火事を鎮火させるためにお力を使い果たし、床に臥せっておられたのですよ!」
「あらまぁ、そうでしたの。魔女の身体の仕組みなど、貴族の私では存じ上げないもので」

 ヘルマン伯爵夫人は扇子で顔を隠したが、目を見れば笑っているのは丸わかり。わざわざ嫌味を言うためにここへきたのは、明らかだ。

「公女殿下のお世話は、私達で十分に足りておりますわ! ヘルマン伯爵夫人は、宮殿だけご用意くだされば結構です。どうぞ、お引き取りくださいませ!」

 侍女が、ヘルマン伯爵夫人を追い出そうとしているので、リズは「待って」と侍女を止めた。

「しばらくこちらでお世話になるんだから、挨拶くらいは受け・・ましょう」

 リズがにこりと微笑むと、ヘルマン伯爵夫人は「いえ……私は……」と動揺した様子で扇子を、ぐっと握り込んだ。

 物語は元に戻りたがっているようだけれど、今のリズにはバルリング伯爵夫人から学んだ貴族社会の知識がある。それ相応に、反撃する手段は持ち合わせているのだ。


「さぁ。かしこまらずに、挨拶をどうぞ」

 リズが催促すると、ヘルマン伯爵夫人は手を震わせながら扇子を閉じる。そして顔を歪めながらを挨拶の姿勢を取った。

「公女殿下に、ご挨拶申し上げます……。私は、この宮殿の管理を任されているデリア・ヘルマンと申します……」

 この大陸では、地位が低い者から先に挨拶をおこなうのが礼儀だ。魔女を憎んでいるヘルマン伯爵夫人にとっては、屈辱的なはず。
 それでも、形式的な挨拶をおこなった彼女は、小説の中ほどひどい対応を取るつもりはないようだ。いくら魔女を憎んでいようとも、夫のようにはなりたくないのだろう。

(これも、アレクシスのおかげだよね)

 いくら物語が元に戻ろうとしても、アレクシスがこれまでおこなったことが消えるわけではない。リズはその事実を確かめられて、少し気持ちが安らぐ。

「第二公子宮殿の修繕が完了するまで、よろしくお願いしますね。ヘルマン伯爵夫人」
「お任せくださいませ……。私はそろそろ、仕事に戻らせていただきますわ」

 ヘルマン伯爵夫人は悔しさを滲ませながらリズを睨んでから、逃げるように部屋を出て行った。

 リズが「ふぅ」と息を吐いていると、侍女達は興奮した様子でリズの周りに詰め寄ってくる。

「素晴らしい対応でしたわ、公女殿下!」
「あのヘルマン伯爵夫人に対して、堂々と振る舞えるなんて、ご立派でしたわ」
「アレクシスが、無礼は許さないと宣言したからには、私もそれなりの対応をしなきゃと思って。みんなも怯まずに対応してくれて、頼もしかったよ」

 小説のヒロインとは違い、リズには味方してくれる侍女達もいる。彼女達は下位貴族の令嬢だけれど、上位者である夫人に対して毅然とした態度を取ってくれた。

「公子殿下が戻られるまで、私達がしっかりと公女殿下をお守り致しますわ!」
「ありがとう、みんな」

(みんながいれば、虐められルートは回避できるよね)

 っと思ったのも、束の間。リズは朝食を食べながら、微妙な表情を浮かべていた。

「公女殿下。お食事になにか、問題がございましたか?」
「あっ……。ううん、ちょっと考えごとをしていただけ」

 侍女に笑みを向けてから、リズは気が進まない食事を口に入れた。
 部屋に運ばれてきた朝食は、見た目こそ問題のないものだったが、味付けが全くといってよいほどされていないのだ。
 素材が良いので不味くはないが、どうにも物足りなくて食が進まない。

(侍女にバレないような嫌がらせをするつもりね……)

 ヘルマン伯爵夫人を呼び出して、味付けについて指摘することもできるが、単に料理人のミスとして片付けられてしまいそうだし、本当にその可能性も無きにしもあらず。
 ヘルマン伯爵夫人の嫌がらせかどうか判断するには、しばらくは様子をみたほうがよい。

 そう思ったリズは、食後に散歩がてらハーブを採りにいくことにした。様子を見るにしても、味気ない料理は食べたくない。魔力回復のためだと理由をつけ、ハーブを振りかけるつもりだ。

「公女殿下、お呼びでしょうか」
「散歩へ行きたいから、護衛してほしいの」

 ハーブを入れるためのカゴを手にしたリズは、にこりとカルステンに微笑んだ。しかし、カルステンの顔は一瞬にして険しくなってしまう。

「いけません。しばらくは安静にすると、おっしゃったはずですよ」
「えー……。散歩くらいは大丈夫だよ」
「殿下の『大丈夫』は、信用できません」
「ひどい……」

 リズはがっかりしながらも、「行きたい」と目で訴えてみたが、カルステンは応じてくれそうにない。
 リズからカゴを奪ったカルステンは、「さぁ。ベッドへお戻りください」とリズの背中を押す。

「まっ……待ってよ。魔力は、外にいたほうが吸収できるんだよ! だから連れて行ってよ!」

 美味しい食事を食べるため、リズも引き下がるわけはいかない。取り上げられたカゴにしがみつきながら訴えてみると、カルステンは困ったような顔で考え込み始めた。

「仕方ありませんね……。殿下のショールを持ってきてくれ」

 侍女にそう指示したカルステンは、受け取ったショールをリズの肩に羽織らせる。

「わぁ! 連れて行ってくれるの?」
「その代わり、おとなしくしていてくださいよ」
「うんうん! ちょっと身体に良いハーブを採取して、日光浴したら戻るよ」

 これで美味しい食事にありつけそうだ。リズが喜んでいると、カルステンは「では、参りましょうか」と言って、リズの横で身体を屈める。
 リズが、ん? と思っている間に、カルステンに抱き上げられてしまった。

「ちょ……。私、歩けるよ!」
「殿下には、安静が必要です」
「でも……、これは大袈裟すぎだよ。病人ではないから、下ろしてよ」

 お姫様抱っこされたまま散歩など、恥ずかしすぎる。侍女達の好奇心に満ちた顔も見ていられなくて、リズは助けを求めるようにカルステンを見つめた。しかし彼は、じっとリズを見つめ返す。

「殿下……。おとなしくしてくださると、約束したばかりですよね?」
「……はい」

 リズに対する、彼の庇護欲はいまだ健在のようだ。純粋な気持ちなだけに、これを鎮静化させるのは虐め回避よりも大変かもしれないと、リズは覚悟した。
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