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11 公子様と隣国

2 それぞれの甘え方

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 リズの部屋にて。書類を読んでいるアレクシスの横で、リズは読書に励んでいた。
 以前、「アレクシスの隣が一番安心できる」と言ったリズの言葉を、拡大解釈したアレクシスは、仕事場を執務室からリズの部屋へと移動させ、一日中リズの部屋に入り浸っている。
 リズもそんな兄を受け入れ、最近は隣で読書するのが日課となっていた。

 最近、読み始めたのは、リズが転生したこの小説の世界を舞台にした『鏡の中の聖女』。リズがヒロインの巻はさすがにないが、その前までの巻はこの世界にも全て揃っている。今後の役に立てばと思い、こうして読み進めていた。

「ねぇ、リズ」
「なぁに?」
「先ほどから僕は、リズのクッションになっている気がするんだけど」
「えへへ。そうだよー」

 アレクシスは、どれほど甘えても嫌な顔ひとつしないので、リズも最近では甘え放題に甘えている。アレクシスにぴったりとくっついて読書すると、彼の安らぐ香りに包まれてとても心地良いし、温かいのだ。

 しかし、アレクシスが指摘したということは、体重がかかって重かったのかもしれない。
 リズは兄から離れようとしたが、なぜかアレクシスによって身体を持ち上げられ、膝の上に乗せられてしまう。来年には成人であるリズを、軽々と持ち上げたことに驚きつつ、リズはアレクシスを見た。

「急に、なに……」
「僕と一緒にいるのに、あいつの本を読むのは止めてほしいな」

 アレクシスは、リズの手から小説と取り上げる。

(なにそれ……。当て馬役の本能?)

「わかったから。下ろして……」
「リズが兄をクッションにするなら、僕だって妹をクッションにする権利があるよね?」

 目的は、そちらだったようだ。アレクシスは、リズをクッションの如く、ぎゅっと抱きしめる。

「そっ、そうだけど……。もうクッションにしないから、許して……」

 アレクシスが何も言わないからといって、さすがに甘えすぎていたようだ。仕返しされてリズはやっと気がついたが、アレクシスは離してくれない。

「しばらく会えないから、もう少しこのままでいさせて」
「え……。どこかへ出かけるの?」
「用事で、隣国へ行かなければならないんだ。すぐに戻るから、良い子で留守番していてね」
「うん……。気をつけて行ってきてね」

(しばらく、アレクシスに会えないのか……)

 宮殿に住み始めてからアレクシスとは、一日も離れたことなどない。急に寂しさがこみ上げてきたリズは、アレクシスの背中に腕を回して、自らも彼に抱きついた。アレクシスは、仕返しをしたわけではない。別れを惜しんでいたいたのだ。
 アレクシスの温もりを忘れないようにと全身で感じていると、部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。

「ひゃいっ!」

 驚いたリズは、跳びはねるようにして、アレクシスから離れて立ち上がった。その様子がおかしかったのか、アレクシスにクスクスと笑われてしまう。

「リズ、慌てすぎ」
「だっ、だって……」

 アレクシスは、私生活を使用人に見られることは慣れているだろうが、リズはそうではない。ましてや、べったりと兄に甘えている場面など、他人には絶対に見せられない。
 余裕な態度のアレクシスに、悔しさを感じながらリズがソファに座り直すと、アレクシスの侍従が部屋へと入ってきた。

「公子殿下。店側から、『見学は問題ない』との返答が参りました。馬車の準備も、すでに整えてございます」
「ありがとう。すぐに出かける」

(また、出かけちゃうのか……)

 午前中もアレクシスは本宮へ行っていたようだし、今日の彼は忙しそうだ。リズは少し寂しく感じる。
 しかし、立ち上がったアレクシスは、リズへと手を差し出した。

「リズに、見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの……?」
「本当は、完成してから見せるつもりだったけれど、僕がいない間の気晴らしになればと思ってね」
「わぁ……! なんだろう」
「とにかく、ついてきてよ」

 アレクシスは、いない間のリズのことまで考えていてくれたようだ。リズ胸の高揚を感じながら、兄の手を握って立ち上がった。





 リズとアレクシス、それからローラントを乗せた馬車は、公宮の門を抜けて街の中心部へと向かう。
 馬車の中では、三人で他愛もないおしゃべりに花を咲かせていた。今までのローラントなら、職務に専念すると言って御者台に乗っていたので、リズとしては少し不思議な感覚でもある。
 しかしこの二人が幼馴染らしく会話している姿は、見ていて気持ちが良いものだ。

 舞踏会を終えた、次の日。二日酔いに苦しむローラントに、リズがスープを作ってあげた際、ローラントは話してくれた。リズの後押しのおかげで、今まで抱えていた感情をアレクシスに伝えられたと。
 伝えた言葉は、決して良い感情ではなかったけれど、アレクシスが受け止めてくれたことに感謝しているようだった。

 ちなみに、アレクシスやリズに抱きついた件は、本人は覚えていなかったらしい。後から知って慌てる姿は、なかなか可愛いものであったと、リズは思い出して思わず微笑む。

「リズどうしたの? なにか、嬉しいことでもあった?」
「ううん。二人が仲良さそうに話しているから、舞踏会を思い出しちゃった」
「リゼット殿下……。あの日の俺のことは、どうか記憶から消し去ってください……」

 ローラントは、がくりと項垂れると大きな手で顔を隠す。しかし、隠し損ねた耳が真っ赤だ。自分の護衛騎士は可愛いと、つくづく実感するリズだが、甘えている姿を忘れてほしいという気持ちは、実によくわかる。

「ごめんね。もう思い出しても、顔に出さないよう努力するから」
「リゼット殿下がまた、思い出してしまわれるかもと思うだけで、俺は死んでしまいそうです……」

(ええ……。そこまで?)

「公子殿下が羨ましい」と訴えてみたり、手を繋いでほしそうにしてみたりと、ローラントは元々、甘えたがりな性格に見えるが。それでもあの日の甘えは、本人的にはアウトだったようだ。

「もう思い出さないから、安心してよ。ローラント」

 なだめるようにリズがそう伝えると、なぜか隣に座っているアレクシスが、リズの両肩を掴み、目を合わせてくる。

「そうだよ、リズ。あんなことを覚えておくなんて、記憶の無駄遣いだ」

(なんでアレクシスまで、忘れたがっているんだろ……?)

 リズが首を傾げていると、馬車は目的地へと到着したようだ。
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