60 / 116
11 公子様と隣国
2 それぞれの甘え方
しおりを挟むリズの部屋にて。書類を読んでいるアレクシスの横で、リズは読書に励んでいた。
以前、「アレクシスの隣が一番安心できる」と言ったリズの言葉を、拡大解釈したアレクシスは、仕事場を執務室からリズの部屋へと移動させ、一日中リズの部屋に入り浸っている。
リズもそんな兄を受け入れ、最近は隣で読書するのが日課となっていた。
最近、読み始めたのは、リズが転生したこの小説の世界を舞台にした『鏡の中の聖女』。リズがヒロインの巻はさすがにないが、その前までの巻はこの世界にも全て揃っている。今後の役に立てばと思い、こうして読み進めていた。
「ねぇ、リズ」
「なぁに?」
「先ほどから僕は、リズのクッションになっている気がするんだけど」
「えへへ。そうだよー」
アレクシスは、どれほど甘えても嫌な顔ひとつしないので、リズも最近では甘え放題に甘えている。アレクシスにぴったりとくっついて読書すると、彼の安らぐ香りに包まれてとても心地良いし、温かいのだ。
しかし、アレクシスが指摘したということは、体重がかかって重かったのかもしれない。
リズは兄から離れようとしたが、なぜかアレクシスによって身体を持ち上げられ、膝の上に乗せられてしまう。来年には成人であるリズを、軽々と持ち上げたことに驚きつつ、リズはアレクシスを見た。
「急に、なに……」
「僕と一緒にいるのに、あいつの本を読むのは止めてほしいな」
アレクシスは、リズの手から小説と取り上げる。
(なにそれ……。当て馬役の本能?)
「わかったから。下ろして……」
「リズが兄をクッションにするなら、僕だって妹をクッションにする権利があるよね?」
目的は、そちらだったようだ。アレクシスは、リズをクッションの如く、ぎゅっと抱きしめる。
「そっ、そうだけど……。もうクッションにしないから、許して……」
アレクシスが何も言わないからといって、さすがに甘えすぎていたようだ。仕返しされてリズはやっと気がついたが、アレクシスは離してくれない。
「しばらく会えないから、もう少しこのままでいさせて」
「え……。どこかへ出かけるの?」
「用事で、隣国へ行かなければならないんだ。すぐに戻るから、良い子で留守番していてね」
「うん……。気をつけて行ってきてね」
(しばらく、アレクシスに会えないのか……)
宮殿に住み始めてからアレクシスとは、一日も離れたことなどない。急に寂しさがこみ上げてきたリズは、アレクシスの背中に腕を回して、自らも彼に抱きついた。アレクシスは、仕返しをしたわけではない。別れを惜しんでいたいたのだ。
アレクシスの温もりを忘れないようにと全身で感じていると、部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
「ひゃいっ!」
驚いたリズは、跳びはねるようにして、アレクシスから離れて立ち上がった。その様子がおかしかったのか、アレクシスにクスクスと笑われてしまう。
「リズ、慌てすぎ」
「だっ、だって……」
アレクシスは、私生活を使用人に見られることは慣れているだろうが、リズはそうではない。ましてや、べったりと兄に甘えている場面など、他人には絶対に見せられない。
余裕な態度のアレクシスに、悔しさを感じながらリズがソファに座り直すと、アレクシスの侍従が部屋へと入ってきた。
「公子殿下。店側から、『見学は問題ない』との返答が参りました。馬車の準備も、すでに整えてございます」
「ありがとう。すぐに出かける」
(また、出かけちゃうのか……)
午前中もアレクシスは本宮へ行っていたようだし、今日の彼は忙しそうだ。リズは少し寂しく感じる。
しかし、立ち上がったアレクシスは、リズへと手を差し出した。
「リズに、見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの……?」
「本当は、完成してから見せるつもりだったけれど、僕がいない間の気晴らしになればと思ってね」
「わぁ……! なんだろう」
「とにかく、ついてきてよ」
アレクシスは、いない間のリズのことまで考えていてくれたようだ。リズ胸の高揚を感じながら、兄の手を握って立ち上がった。
リズとアレクシス、それからローラントを乗せた馬車は、公宮の門を抜けて街の中心部へと向かう。
馬車の中では、三人で他愛もないおしゃべりに花を咲かせていた。今までのローラントなら、職務に専念すると言って御者台に乗っていたので、リズとしては少し不思議な感覚でもある。
しかしこの二人が幼馴染らしく会話している姿は、見ていて気持ちが良いものだ。
舞踏会を終えた、次の日。二日酔いに苦しむローラントに、リズがスープを作ってあげた際、ローラントは話してくれた。リズの後押しのおかげで、今まで抱えていた感情をアレクシスに伝えられたと。
伝えた言葉は、決して良い感情ではなかったけれど、アレクシスが受け止めてくれたことに感謝しているようだった。
ちなみに、アレクシスやリズに抱きついた件は、本人は覚えていなかったらしい。後から知って慌てる姿は、なかなか可愛いものであったと、リズは思い出して思わず微笑む。
「リズどうしたの? なにか、嬉しいことでもあった?」
「ううん。二人が仲良さそうに話しているから、舞踏会を思い出しちゃった」
「リゼット殿下……。あの日の俺のことは、どうか記憶から消し去ってください……」
ローラントは、がくりと項垂れると大きな手で顔を隠す。しかし、隠し損ねた耳が真っ赤だ。自分の護衛騎士は可愛いと、つくづく実感するリズだが、甘えている姿を忘れてほしいという気持ちは、実によくわかる。
「ごめんね。もう思い出しても、顔に出さないよう努力するから」
「リゼット殿下がまた、思い出してしまわれるかもと思うだけで、俺は死んでしまいそうです……」
(ええ……。そこまで?)
「公子殿下が羨ましい」と訴えてみたり、手を繋いでほしそうにしてみたりと、ローラントは元々、甘えたがりな性格に見えるが。それでもあの日の甘えは、本人的にはアウトだったようだ。
「もう思い出さないから、安心してよ。ローラント」
なだめるようにリズがそう伝えると、なぜか隣に座っているアレクシスが、リズの両肩を掴み、目を合わせてくる。
「そうだよ、リズ。あんなことを覚えておくなんて、記憶の無駄遣いだ」
(なんでアレクシスまで、忘れたがっているんだろ……?)
リズが首を傾げていると、馬車は目的地へと到着したようだ。
10
お気に入りに追加
485
あなたにおすすめの小説
転生令嬢シルヴィアはシナリオを知らない
黎
恋愛
片想い相手を卑怯な手段で同僚に奪われた、その日に転生していたらしい。――幼いある日、令嬢シルヴィア・ブランシャールは前世の傷心を思い出す。もともと営業職で男勝りな性格だったこともあり、シルヴィアは「ブランシャール家の奇娘」などと悪名を轟かせつつ、恋をしないで生きてきた。
そんなある日、王子の婚約者の座をシルヴィアと争ったアントワネットが相談にやってきた……「私、この世界では婚約破棄されて悪役令嬢として破滅を迎える危機にあるの」。さらに話を聞くと、アントワネットは前世の恋敵だと判明。
そんなアントワネットは破滅エンドを回避するため周囲も驚くほど心優しい令嬢になった――が、彼女の“推し”の隣国王子の出現を機に、その様子に変化が現れる。二世に渡る恋愛バトル勃発。
ヒロインがいない世界で悪役令嬢は婚約を破棄し、忠犬系従者と駆け落ちする
平山和人
恋愛
転生先はまさかの悪役令嬢・サブリナ!?
「なんで悪役!? 絶対に破滅エンドなんて嫌!」
愚かな俺様王子なんて、顔だけ良ければヒロインに譲ってあげるつもりだった。ところが、肝心のヒロインは学園にすら入学していなかった!
「悪役令嬢、完全に詰んでるじゃない!」
ずっとそばで支えてくれた従者のカイトに密かに恋をしているサブリナ。しかし、このままでは王子との婚約が破棄されず、逃げ場がなくなってしまう。ヒロインを探そうと奔走し、別の婚約者を立てようと奮闘するものの、王子の横暴さにとうとう我慢の限界が。
「もう無理!こんな国、出ていきます!」
ついにサブリナは王子を殴り飛ばし、忠犬系従者カイトと共に国外逃亡を決意する――!
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
【完結】触れた人の心の声が聞こえてしまう私は、王子様の恋人のフリをする事になったのですが甘々過ぎて困っています!
Rohdea
恋愛
──私は、何故か触れた人の心の声が聞こえる。
見た目だけは可愛い姉と比べられて来た伯爵家の次女、セシリナは、
幼い頃に自分が素手で触れた人の心の声が聞こえる事に気付く。
心の声を聞きたくなくて、常に手袋を装着し、最小限の人としか付き合ってこなかったセシリナは、
いつしか“薄気味悪い令嬢”と世間では呼ばれるようになっていた。
そんなある日、セシリナは渋々参加していたお茶会で、
この国の王子様……悪い噂が絶えない第二王子エリオスと偶然出会い、
つい彼の心の声を聞いてしまう。
偶然聞いてしまったエリオスの噂とは違う心の声に戸惑いつつも、
その場はどうにかやり過ごしたはずだったのに……
「うん。だからね、君に僕の恋人のフリをして欲しいんだよ」
なぜか後日、セシリナを訪ねて来たエリオスは、そんなとんでもないお願い事をして来た!
何やら色々と目的があるらしい王子様とそうして始まった仮の恋人関係だったけれど、
あれ? 何かがおかしい……
クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜
アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。
そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。
とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。
主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────?
「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」
「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」
これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる