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10 舞踏会のダンス
1 嬉しいのですか……?
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舞踏会は、リズとアレクシスのダンスから始まった。貴族達が見守る中を二人だけで踊るというのは、リズにとっては心臓が張り裂けそうなほど緊張する行為だ。
当日までは、貴族達の反応が気になって緊張していたが、今はもうその心配はない。この会場では誰一人として、リズとアレクシスを非難する者などいないのだから。
リズはひたすら、アレクシスの足を踏まないように専念すれば良いだけ。
「わぁっ、ごめんっ」
「緊張している? いつもより踏む回数が多いね」
ただそれだけのはずだったが、リズは緊張しすぎてアレクシスの足を踏みっぱなしだった。
アレクシスの優雅なリードにより、ダンスは滞りなく進んでいるが、今までの練習の意味がなかったと思えるほどに、リズのダンスは落第点だ。
「だって、アレクシスを見ていると緊張するんだもん……」
イケメンで、優しくて、頼りになる兄が、公王や貴族に魔女の存在を認めさせようと、あれほど頑張ってくれたのだ。今のアレクシスは、いつもの何倍もかっこよく見える。
しかし本人に、その自覚はないらしい。不思議そうな表情を、アレクシスは向けてくる。
「なぜ僕を見ると、緊張するの?」
「公王陛下を相手に、あれだけの要求を呑ませちゃったんだよ。アレクシスが、雲の上の人みたく思えちゃうよ」
「僕にとっては、リズのほうが女神にみえてしまうよ。リズがいるだけで、僕には無限の力が湧いてくるんだから。いっそのこと、リズを崇める宗教でも開こうか」
「……それは止めて」
アレクシスらしい残念な発言を聞いて、リズはやっと肩の力が抜けてきた。難しいステップを、アレクシスの足を踏まずにこなせたことを安堵する。
「今日はアレクシスのおかげで、小説の展開から大きく変わることができたよ。本当にありがとう」
「これくらい、大したことではないよ。今日は、『リズを支持する』という体面を整えたに過ぎない。これからもっと、リズが国民に愛されるよう努力していくよ」
「アレクシスにばかり、頼っていられないよ。私も公女になれたし、これからは自分でもできることがあるよね?」
「うん。これからは一緒に、運命を変えていこう。――リズは嫌な事も半分にできると喜んでいたけれど、僕はリズと嬉しい事を共有していきたいんだ。これからもずっと、僕の隣でその笑顔を向けていてほしいな」
(わぁ……。今のって、告白みたい……)
輝いて見えるほどのイケメンスマイルで、そんなことを言われてしまえば、多くの女性が勘違いをしてしまうだろう。イケメンは得だなと、リズが思った瞬間。
再び、アレクシスの足を踏んでしまう。
「足……、痛くない?」
「リズに踏まれるのは、幸せでしかないよ」
(その発言は、問題ありだよ……)
正式な義兄となった彼に、特殊な嗜好が開花してしまわないか、リズは心配になる。もう絶対に踏まないと意気込んでいると、「ところで」とアレクシスは話題を変える。リズは必死にダンスしているというのに、アレクシスは随分と余裕があるようだ。
「僕はこれからも、『リズ』って呼んでも良いかな? リゼットの愛称はリズでもあるし」
「うん。別に、改まって聞かなくても良いのに」
「これからリズという名は、愛称になるんだ。気安く、誰にでも呼ばせてはいけないよ」
「あ……そっか」
庶民が、生まれの名を口にしないように、貴族も庶民の名である愛称は口にしない。許可なく愛称で呼ぼうものなら、庶民扱いされているとして、侮辱されたと判断さてしまうからだ。
貴族が愛称を許すのは恋人か家族だけだと、リズはバルリング伯爵夫人から教えてもらった。
(アレクシスはお兄ちゃんだから、愛称で呼んでも問題ないってことだよね)
そこでふと、リズはアレクシスの生まれを思い出す。
「もしかして、アレクシスにも庶民の名があったの?」
「もちろんあったよ。僕は『アル』って呼ばれていたんだ」
「へぇ! アルも素敵な名前だね」
「そう言ってくれると嬉しい。リズは僕にとって特別だから、愛称で呼んでも構わないよ」
「えっ? あっ……!」
家族ではなく、特別と言われたことに反応したリズは、やはりアレクシスの足を踏んでしまう。
「リズ可愛い」
「妹で遊ばないで!」
ダンスが終了すると、会場からは大きな拍手が起こる。
入場した時は、このように貴族から受け入れられるとは、リズは夢にも思っていなかった。
先ほどまでのやり取りなどなかったかのように、リズのお披露目をお祝いしてくれる貴族達。本音はどうか知らないが、とにかく彼らは、リズを公女として認めてくれたのだ。
「やっと、今日の役目を終えたね。疲れただろう? 少し休もうか」
貴族達がダンスの準備を始めると、アレクシスはそう提案しながらリズを連れて移動しようとする。しかしリズは「あっ!」と思い出す。
「ごめん、アレクシス。次はローラントと、踊る約束をしているの。先に休憩していて!」
バルリング伯爵夫人の教えによると、舞踏会では多くの家門の人と踊って、人脈を作ると良いらしい。その話をローラントにしたところ、バルリング家代表としてダンスを申し込みたいと、リズに約束してくれたのだ。
リズにとっては、公女としての初任務みたいなもの。
「…………」
張り切った様子でローラントの元へと向かう妹を、引き留める術がないアレクシスは、ただ見守るしかできなかった。
どれほど頑張っても、妹は自分だけのものにはならない。アレクシスは満たされない気持ちで、バルコニーの外へと出た。
当日までは、貴族達の反応が気になって緊張していたが、今はもうその心配はない。この会場では誰一人として、リズとアレクシスを非難する者などいないのだから。
リズはひたすら、アレクシスの足を踏まないように専念すれば良いだけ。
「わぁっ、ごめんっ」
「緊張している? いつもより踏む回数が多いね」
ただそれだけのはずだったが、リズは緊張しすぎてアレクシスの足を踏みっぱなしだった。
アレクシスの優雅なリードにより、ダンスは滞りなく進んでいるが、今までの練習の意味がなかったと思えるほどに、リズのダンスは落第点だ。
「だって、アレクシスを見ていると緊張するんだもん……」
イケメンで、優しくて、頼りになる兄が、公王や貴族に魔女の存在を認めさせようと、あれほど頑張ってくれたのだ。今のアレクシスは、いつもの何倍もかっこよく見える。
しかし本人に、その自覚はないらしい。不思議そうな表情を、アレクシスは向けてくる。
「なぜ僕を見ると、緊張するの?」
「公王陛下を相手に、あれだけの要求を呑ませちゃったんだよ。アレクシスが、雲の上の人みたく思えちゃうよ」
「僕にとっては、リズのほうが女神にみえてしまうよ。リズがいるだけで、僕には無限の力が湧いてくるんだから。いっそのこと、リズを崇める宗教でも開こうか」
「……それは止めて」
アレクシスらしい残念な発言を聞いて、リズはやっと肩の力が抜けてきた。難しいステップを、アレクシスの足を踏まずにこなせたことを安堵する。
「今日はアレクシスのおかげで、小説の展開から大きく変わることができたよ。本当にありがとう」
「これくらい、大したことではないよ。今日は、『リズを支持する』という体面を整えたに過ぎない。これからもっと、リズが国民に愛されるよう努力していくよ」
「アレクシスにばかり、頼っていられないよ。私も公女になれたし、これからは自分でもできることがあるよね?」
「うん。これからは一緒に、運命を変えていこう。――リズは嫌な事も半分にできると喜んでいたけれど、僕はリズと嬉しい事を共有していきたいんだ。これからもずっと、僕の隣でその笑顔を向けていてほしいな」
(わぁ……。今のって、告白みたい……)
輝いて見えるほどのイケメンスマイルで、そんなことを言われてしまえば、多くの女性が勘違いをしてしまうだろう。イケメンは得だなと、リズが思った瞬間。
再び、アレクシスの足を踏んでしまう。
「足……、痛くない?」
「リズに踏まれるのは、幸せでしかないよ」
(その発言は、問題ありだよ……)
正式な義兄となった彼に、特殊な嗜好が開花してしまわないか、リズは心配になる。もう絶対に踏まないと意気込んでいると、「ところで」とアレクシスは話題を変える。リズは必死にダンスしているというのに、アレクシスは随分と余裕があるようだ。
「僕はこれからも、『リズ』って呼んでも良いかな? リゼットの愛称はリズでもあるし」
「うん。別に、改まって聞かなくても良いのに」
「これからリズという名は、愛称になるんだ。気安く、誰にでも呼ばせてはいけないよ」
「あ……そっか」
庶民が、生まれの名を口にしないように、貴族も庶民の名である愛称は口にしない。許可なく愛称で呼ぼうものなら、庶民扱いされているとして、侮辱されたと判断さてしまうからだ。
貴族が愛称を許すのは恋人か家族だけだと、リズはバルリング伯爵夫人から教えてもらった。
(アレクシスはお兄ちゃんだから、愛称で呼んでも問題ないってことだよね)
そこでふと、リズはアレクシスの生まれを思い出す。
「もしかして、アレクシスにも庶民の名があったの?」
「もちろんあったよ。僕は『アル』って呼ばれていたんだ」
「へぇ! アルも素敵な名前だね」
「そう言ってくれると嬉しい。リズは僕にとって特別だから、愛称で呼んでも構わないよ」
「えっ? あっ……!」
家族ではなく、特別と言われたことに反応したリズは、やはりアレクシスの足を踏んでしまう。
「リズ可愛い」
「妹で遊ばないで!」
ダンスが終了すると、会場からは大きな拍手が起こる。
入場した時は、このように貴族から受け入れられるとは、リズは夢にも思っていなかった。
先ほどまでのやり取りなどなかったかのように、リズのお披露目をお祝いしてくれる貴族達。本音はどうか知らないが、とにかく彼らは、リズを公女として認めてくれたのだ。
「やっと、今日の役目を終えたね。疲れただろう? 少し休もうか」
貴族達がダンスの準備を始めると、アレクシスはそう提案しながらリズを連れて移動しようとする。しかしリズは「あっ!」と思い出す。
「ごめん、アレクシス。次はローラントと、踊る約束をしているの。先に休憩していて!」
バルリング伯爵夫人の教えによると、舞踏会では多くの家門の人と踊って、人脈を作ると良いらしい。その話をローラントにしたところ、バルリング家代表としてダンスを申し込みたいと、リズに約束してくれたのだ。
リズにとっては、公女としての初任務みたいなもの。
「…………」
張り切った様子でローラントの元へと向かう妹を、引き留める術がないアレクシスは、ただ見守るしかできなかった。
どれほど頑張っても、妹は自分だけのものにはならない。アレクシスは満たされない気持ちで、バルコニーの外へと出た。
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