50 / 116
09 舞踏会の目的
4 公王との交渉2
しおりを挟むけれど、新しい名前を付けてもらえることに、リズはほっとした気持ちになる。
リズは、生まれた瞬間から前世の記憶を持っていたが、母と意思疎通できるまでには、普通の子供と同じくらい時間がかかった。前世の記憶について、やっと母に打ち明けられた後、母は『エリザベート』と名付けたことを悔やんだのだ。「せめて名前だけでも、運命から変えてあげたかった」と。
(お母さんが聞いたら、きっと喜ぶだろうなぁ)
母にこのことを早く伝えたいとリズは思ったが、残念ながら改名はすんなりとは決まらないようだ。アレクシスの提案に、貴族達は再び驚き、ざわめき始める。
しかし、彼が公子の証を所持している事実と、公王が耳を傾けている事実。この二点があるために、面と向かって反対の声を上げられる貴族はいないようだ。
そんな中で、その二点を鑑みても、発言できると思った者が一人だけいた。
「国花の名を、魔女に授けるなんて……。兄上は少し、冷静になるべきです。国民の心情もお考えください」
ランベルトは、貴族の気持ちを代弁するように発言する。そんな第一公子を、公王はギラリと睨みつけた。
「ランベルト。お前に発言を許した覚えはないぞ。私や兄に意見したければ、それに見合った技量を身に付けよ」
「申し訳ございません……。父上」
(本当に、公子の証を身に着けていないと、聞く耳を持ってもらえないんだ……)
公王は厳しい人のようだ。そんな人に認めてもらえるのかと、リズはヒヤヒヤしながら様子を伺う。
公王は再びアレクシスへと視線を戻した。
「しかしながら、貴族もランベルトと同様の意見のようだ。国花の名を授けるには、それなりの理由付けが必要となるが、どうするつもりなのだアレクシスよ」
「彼女は国民から感謝されるべき、功績を残しております。『魔女の万能薬』と言えば、すぐにお分かりでしょう。国としても今、お困りではございませんか?」
万能薬の供給が減っていることはすでに、多くの貴族が知っているようだ。会場は一気に、動揺するような雰囲気に包まれる。公王も顔を曇らせ、壇のすぐ下にいる者へと視線を向けた。
「宰相よ。万能薬の供給は、まだ回復しないのか?」
「はい……。今後は二年前までのように、不安定な状況が続く見込みだそうです……」
それを聞いて、ついに貴族達は声を上げ始めた。
「やっと各家門にも供給されるようになったのに、逆戻りなんて嫌よ!」
「うちの親は、定期的に万能薬が必要なんだぞ!」
「俺は毎日、薄めて飲んでいたのに、疲れが取れなくなるじゃないか!」
「お前みたいな奴がいるから、供給不足になるんだ!」
会場は貴族の苦情で、大騒ぎとなった。どうやら万能薬は、緊急を要する使い方から、そうでないものまで、さまざまな方法で貴族達に重宝されていたようだ。
(それなのに、魔女を虐げていたなんて……)
作り手がいてこその万能薬だということを、彼らはまるで認識していないようだ。それとも作り手を、使い捨てできるとでも思っているのか。
リズの人生は小説の設定によって作られたもので、理不尽な扱われ方をしても『設定だから』と思えば、気楽にやってこられた。
けれどリズの母は違う。リズが生まれる前から万能薬を作り、それで生計を立てていた。母はいつも「万能薬を必要としている人がいるから」と、魔力をすり減らしながら万能薬を作り続けてきたのだ。
(こんな人達のために、無理をしていたと知ったら、お母さんが悲しむよ……)
貴族達の態度に耐えられなくなり、リズがぎゅっと瞳を閉じた瞬間。
会場内に、ドン!っと何かを打ちつけるような音が響き、貴族達が静まりかえる。
リズが驚いて目を開けると、公王が王笏を床に突き立てながら、リズに視線を向けていた。
「万能薬の分配については、再検討する必要がありそうだ」
(あれ……。今、私をかばってくれたのかな?)
リズはそう感じたが、公王はすぐにリズから視線をそらして、アレクシスへと向ける。
「アレクシス。その娘が、万能薬づくりに関わっていたのか?」
「父上のお考えどおりです。万能薬は彼女の家に代々受け継がれている、秘術だそうです。彼女の母親は身体が弱く、薬を多くは作れません。安定供給されるようになった二年前から、彼女が薬作りを受け継いだのです」
公王は「ふむ……」と、あご髭を弄びながら考える素振りを見せる。
「証拠はあるのか? 娘の婚約に反対した魔女達が結託し、供給量を抑えている可能性もある」
「この件に関しては、万能薬の取引を一手に請け負っている、バルト男爵がお詳しいでしょう」
アレクシスに目で合図されたバルト男爵は、アレクシスの隣へと進み出てくる。
彼は、リズが薬を売りに行っていた商会の商会長。万能薬はいつも、商会長が自ら取引をおこなっていたので、リズにも馴染みがある顔だ。
「バルト男爵よ。第二公子の発言はまことか?」
「事実でございます、公王陛下。わが商会では長年にわたり、そちらの魔女様の一族と万能薬の取引をおこなっております。供給量を増やそうとして、他の魔女にも声を掛けたことがありますが、秘術はその一族のみに伝わるものなので作れないと、断られました」
商会長とは顔なじみではあるが、いつも代金のことで言い合いになるので、親しいとは言い難い仲だ。それにも関わらず、商会長はリズを擁護するためにこの場へ進み出てくれたらしい。
どうしてだろうとリズが考えていると、リズの視線に商会長が気がついたようだ。ニヤリと微笑みながら、任せろと言わんばかりに親指を立ててみせる。
(なによ……。私達そんな、仲良しじゃないよね?)
10
お気に入りに追加
485
あなたにおすすめの小説
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
晩餐会の会場に、ぱぁん、と乾いた音が響きました。どうやら友人でもある女性が婚約破棄されてしまったようです。
四季
恋愛
晩餐会の会場に、ぱぁん、と乾いた音が響きました。
どうやら友人でもある女性が婚約破棄されてしまったようです。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
〖完結〗残念ですが、お義姉様はこの侯爵家を継ぐことは出来ません。
藍川みいな
恋愛
五年間婚約していたジョゼフ様に、学園の中庭に呼び出され婚約破棄を告げられた。その隣でなぜか私に怯える義姉のバーバラの姿があった。
バーバラは私にいじめられたと嘘をつき、婚約者を奪った。
五年も婚約していたのに、私ではなく、バーバラの嘘を信じた婚約者。学園の生徒達も彼女の嘘を信じ、親友だと思っていた人にまで裏切られた。
バーバラの目的は、ワイヤット侯爵家を継ぐことのようだ。
だが、彼女には絶対に継ぐことは出来ない。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
感想の返信が出来ず、申し訳ありません。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる