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05 第二公子宮殿の使用人

3 イケメンと才能は別もの

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 そんな話をしながら迷路の庭を進んでいると、突然に生垣に囲まれた広い空間へとたどり着いた。花壇には、びっしりと敷き詰めるように植えられた、ピンクのバラ。リズは、秘密の花園にでも迷い込んだような気分になる。

「わぁ……! 綺麗なところね」
「こちらは『リゼットの庭』と呼ばれております」
「もしかして、あのバラがリゼット?」
「はい。ご覧になるのは、初めてですか?」
「そうなの。実物を見るのは初めて」

 このバラは、品種名を『リゼット』と言う。ドルレーツ王国建国時に活躍した聖女――つまりリズの魂のために作られた品種だ。エリザベートの愛称を取り、リゼットと名がついた。
 リゼットの品種改良はこの地でおこなわれたので、今では公国の国花としても親しまれている。

 小説ではロゴの飾りとしても使われており、リズにも馴染みがあるバラだ。
 しかしリゼットは、貴族の邸宅や公宮でしか植えられていないので、魔女のリズとして実物を見るのは初めて。
 小説のファンとしては、是非とも近くで見ておきたい。リズは花壇の前でじっくりと観察を始めた。

「全体はピンクの花びらだけど、所々に白い花びらも混ざっているのね。綺麗……」
「それが、リゼットの特徴となっております。リズ様のように、お美しいバラです」
「ふふ。ローラントは、お世辞が上手だったのね」
「本心ですよ。――少々、お待ちください」

 ローラントはポケットからナイフを取り出すと、リゼットを一本切り落としてから、棘や葉を取り除い、茎を短く整えた。

「リズ様の髪に飾らせていただきたいのですか、お許しいただけますか?」
「あ……うん」

 ローラントは、器用にリズの髪の毛へリゼットを挿すと、「良くお似合いですよ」と微笑みを浮かべる。

(イケメンが、イケメンなことをしている……)

 エスコートまでは照れたリズだが、ここまでくると現実味がない。イケメンの行動力には、ただただ驚くばかりだ。小説では陰の薄かったローラントだったが、彼もイケメンであることには変わりなかったようだ。

「よろしければ、お部屋に飾るリゼットも後ほど用意させましょう」
「ありがとう。ローラントには、親切にしてもらってばかりね」
「俺にとっては、大切なご主人様ですので」
「それじゃ私も、主人としてお返ししないと――」

 ローラントが喜びそうなことはなんだろうと、リズが考えていると、メルヒオールの姿が目に入る。

「そうだ! 旅には出られないけど、ほうきに乗る練習にはとことん付き合うよ」

 髪に挿したリゼットに見惚れていた様子のローラントだったが、リズの提案を受けて少年のような表情が戻ってくる。

「よろしいのですか?」
「うん! ここなら、人目にも付きにくそうだし、練習にはちょうど良さそうじゃない? メルヒール、お願い」

 それからリズは、手取り足取りほうきの乗り方を教えたが、ローラントはアレクシスほどほうきに乗る才能はないようだ。イケメンだからといって、全てが万能ではないらしい。
 この庭への散歩は日課になりそうだと、リズは覚悟した。





 夕方。リズは、アレクシスの執務室へと向かっていた。先ほど自室へ戻った際、侍女達がそれぞれ考えてくれたコーディネートを見せてくれたが、どれも素敵だったのでリズには決められなかった。そもそも、リズに似合うものばかりをアレクシスが厳選したので、どう組み合わせてもそれなりに完成度が高い。
 そこで、衣装の購入者であるアレクシスにも意見をもらおうと思ったのだ。

「こちらが、公子殿下の執務室です」
「ありがとう、ローラント」

(確か、気軽に入って良いって言ってたよね)

 宮殿内を案内してくれた際に、アレクシスはそんなことを言っていたと、リズは思い出す。気軽に、いつでも、何度でも、訪問して良いのだとか。要は妹に、遊びに来てほしいらしい。

 リズはノックをしてから扉を開けて、「アレクシス。今、忙しい?」と室内を覗いてみる。
 すると、正面の執務机に座っているアレクシスは、文官らしき人物と話をしているところだった。

「すみませんっ……。出直してきます」

 タイミングが悪かったようなので、リズは退室しようとしたが、アレクシスはガタっと椅子から立ち上がると「待って!」と、リズを呼び止めた。

「すぐに終わるから、座って待っていてくれる?」
「うん……」

 室内で待っていても邪魔にはならないようなので、お言葉に甘えてリズは、手前にあるソファへと腰を下ろした。
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