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04 真夜中の約束

3 こんな時でも公子様は甘い

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 目が合ったアレクシスは、相変わらず優しい視線を向けてくれる。この世界で生まれ変わってから、これほどリズを気にかけてくれた男性は初めてのこと。リズは、自分の鼓動が早くなっているのを感じた。

「それじゃ、この荷物はもういらないね」
「えっ、あ……。そうですね……」

 アレクシスはリズの世話でも焼くように、メルヒールから荷物を下ろし、リズの頭から帽子を脱がせ、リズの背中を押しながら部屋の中へと入っていく。その動作があまりに自然だったので、リズは身を任せてしまったが、ローブを脱がされそうになったところで、ハッと気がつく。

(また、アレクシスのペースに呑まれてる!)

 苦虫を噛み潰したような顔でアレクシスを見つめると、彼は「寝間着までは脱がさないよ?」と微笑む。

「ばっ……、そうじゃないです……!」
「あぁ、そうだった。リズは、脱走したかったんだったね」

 身も蓋もない指摘をされて、リズは眉間にシワを寄せながらどう答えるべきか考えた。その様子が可笑しかったのか、アレクシスはくすくすと笑いだす。

「ごめんごめん。リズは結界を見たかったんでしょう。今から見に行っても構わないよ」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん。その代わり、僕もメルヒオールに乗せてくれると嬉しいな」

 アレクシスがいたとしても、結界を確認できれば今後の為になるはず。リズは喜んで、その提案を受け入れた。


 再びバルコニーへと出た二人と一本。今度はメルヒオールも素直に、リズを乗せてくれるようだ。ほうきに跨ったリズは、後ろにいるアレクシスに振り向いた。

「公子様もほうきに跨って、私の肩に掴まってください」
「こう、かな?」
「はい。バランスは私が制御しますので、気楽にしていてくださいね」

 リズの合図を受けたメルヒオールは、二人を乗せてふわりと空中に浮かび上がる。そして、公家宮殿の敷地を囲む結界へと向かって飛び始めた。

「どうですか、公子様?」
「不思議な気分だよ……。細いほうきに跨っているのに、不安定じゃないし、風の抵抗もあまり受けないんだね」
「魔力で制御している部分もありますが、公子様は初めて乗るのにお上手ですよ」

 魔力さえ使えば、いくらでも快適にほうきを乗りこなせる。しかし、それを長時間続けるとなると、魔力を大量消費することになるので、できることならほうきに乗るためのバランス感覚は、あったほうが良い。
 アレクシスはそのバランス感覚に優れているのか、リズの魔力補助はあまり必要ないようだ。

「そうなの? それならリズに、いろんな場所へ連れて行ってもらえるね」
「可能ではありますが、結界はどうするんですか?」
「それについては、任せて。とにかく結界へ行ってみよう」

 アレクシスには、結界の外へ出る策があるようだ。
 昼間ならば、今日の買い物のように門から外へ出られるようだが、今は夜中。公子といえども、こんな時間に門の外へ出るには、それなりの理由が必要だろう。
 どうやって外へ出るのだろうと思いながら、リズは結界へ向かった。

 遠くからでは結界などどこにも見えない状態だが、間近まで来ると薄っすらと幕が張っているのが、目視でも確認できた。

「これが、結界なんですね」
「そうだよ。宮殿を囲む城壁から、ドーム状に結界が張られているんだ。人が出入りできるのは、東西南北の門だけかな」

 リズは、結界に抜け穴がないか調べたかったが、それは骨の折れる作業であると、結界を目の前にして実感した。この結界は手で触れられるくらい近づかなければ、見えないようになっている。その程度の視野では、砂漠の中から針を探すようなものだ。

「……それじゃ、どうやって結界を抜けるんですか? まさか、こんな時間に門から出るつもりでは……」
「さすがにそれは、門兵に止められてしまう。これを使うんだよ」

 アレクシスは懐に手を入れると、鎖を引き抜いてリズにそれを見せた。

「公子の証のペンダント……?」
「これは、公家の実子に一定の権限を与えた証なんだけど、こんな使い方もできるんだ」

 アレクシスがペンダントを握りしめると、手の隙間から淡い光が放ち始める。

「この光……。魔力ですか?」
「うん。これは重要な場所へ出入りするための、鍵でもあるんだよ。結界を見てみて」

 アレクシスに促されて、結界に視線を向けたリズは目を丸くした。先ほどまで膜が張っていた場所に、ぽっかりと穴が開いたのだ。

「メルヒオール……」と呼ばれ、ほうきはゆっくりとその穴を通過する。
 何事もなくその穴を抜けられたことに驚きながら、リズは振り返ってアレクシスを見た。

「こんな重大な秘密を、私に話して大丈夫なんですか……?」
「リズは養女になるんだから、これくらい知る権利はあるんだよ」

 真剣な表情で、リズを見つめるアレクシス。それは『養女となることが、単なる王太子妃への通過点ではない』と、伝えたいように聞こえる。
 公女として、相応しい待遇を受けられる。だから、逃げるな。と……。

(小説のヒロインは、公家の誰にもそんなふうに受け入れられていなかった……)

 公王はヒロインに見向きもせず。アレクシスにとってもヒロインは恋愛対象だったので、公女としては見ていなかった。
 ヒロインはひたすら魔女としてしか扱われず、そんな境遇からヒーローが助けるストーリーのはず。

「……結界を抜けられましたし、どこへ行きましょうか?」

 話題をそらすようにリズがそう尋ねると、アレクシスはリズの頭をポンっとなでてから、やや寂し気に微笑む。

「魔女の森へ行ってみたいんだけど、遠いかな?」
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