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03 公子様は当て馬

1 気を遣ってくれる公子様

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「公子様、どちらへ行かれるんですか?」
「宝物庫だよ。リズのドレスを探そうと思って」

 馬車に乗せられたリズは、アレクシスと二人で公宮の敷地内を移動している。ちなみにメルヒオールは、掃除がしたいようなのでお留守番。宮殿内は広くて掃除のし甲斐がありそうなので、メルヒオールにとっては宝の山のように見えるようだ。

「ありがとうございます。できれば露出度が少なくて、動きやすいドレスだと嬉しいです」
「僕が、リズにぴったりの可愛いドレスを選んであげるね」

 アレクシスの話によると、普段使わない衣装や家具、美術品やら宝石に至るまで、公家の所持品をなんでもかんでも保管してある場所らしい。
 リズが着ているドレスも、侍女がそこから探してきたようだ。

「一階は家具類、二階は衣類や小物類、地下は宝石や希少価値があるものが保管されているんだ。一階と二階のものは、自由に使って良いから」
「助かります」

 宝物庫へ入ったアレクシスは、説明をしながら二階へとリズを案内する。ドレス室と書かれた部屋に入ると、大きな室内にずらりとドレスが並んでいた。

「わぁ……。たくさんありますね」

 リズは歓喜ではなく、疑問を感じながら声をあげた。この国の成り立ちを考えると、ドレスの数が多すぎるのだ。
 その様子に気がついたアレクシスは、「建国して十年の国にしては、多すぎると思った?」と尋ねる。

「あっ……、はい」
「この宝物庫にあるものの大半は、ドルレーツ王国からの寄贈品なんだ」

 ここベルーリルム公国は、十年前にドルレーツ王国から統治権を与えられた属国だ。公王は国王の弟で、この小説のヒーローとアレクシスは、従兄弟同士に当たる。

「国王陛下はよほど、公王陛下を大切になさっているようですね」
「国まで与えてしまう、困った伯父だよ。まぁ……そのおかげで、僕は公子なんだけどね」

 困ったように、アレクシスは微笑んだ。アレクシスについての事情は、この国の者なら誰でも知っている。

 アレクシスの父はかつて、男爵家の娘と恋に落ちた。男爵令嬢はアレクシスを身籠ったが、身分差の問題で結婚は許されず。アレクシスの父は泣く泣く、公爵令嬢と政略結婚した。

 しかし、男爵令嬢を忘れられなかったアレクシスの父は、側室として男爵令嬢を迎え入れたいと思うようになるが、ドルレーツ王国では側室を認めていない。
 次第に塞ぎ込むようになった弟を見ていられなかったドルレーツ王が、『ならば自分の国を作って、側室を認めれば良い』と提案した。

 弟を溺愛するあまり、国中から非難されかねない安易な提案をしたドルレーツ王だが、国民はそれを手放しで喜んだ。
 なぜなら、アレクシスの父が所有していた領地には、『魔女の森』があったから。
 国にとって目の上のたんこぶのような存在だった魔女が、国から消える。国土が減ることよりも、国民は魔女がいなくなるほうを選んだのだ。

 そんな経緯でアレクシスは、十歳の時に母とともに公家の一員となり、第二公子の地位を与えられた。
 公王と正妻の間に生まれた公子は、アレクシスよりも二歳下だが、アレクシスが第一公子の地位を与えられなかったのは、側室の子だからだと言われている。

「公子様が公子になってくれたおかげで、私は助けてもらえたんですね」
「リズは優しいね」
 
 アレクシスが公子の権限を行使しなければ、昨夜のリズは本当に危険だった。リズは素直に感謝の気持ちを口にしてみたが、アレクシスはそれを慰めと受け取ったようだ。ありがとうと言いたげに、リズの頭をなでた。

(きっと、小説では語られなかった苦労が、アレクシスにはあるのね)

 侍女達も、アレクシスの事情について気を遣っている様子だったし、副団長に至っては『下賤の分際』などと、あからさまに蔑むような態度を取っていた。
 貴族の間でも、アレクシス親子については意見が割れていることが伺える。

(それにしても、『下賤』はひどすぎるよね)

 下位貴族の男爵家といえども、貴族は貴族だ。副団長のほうが爵位が上だからといって、今現在は公子であるアレクシスを侮って良いはずがない。
 今になって怒りがこみ上げてきたリズは、ぶすっと頬を膨らませた。

「どうしたの? リズ」
「あっ……、いえ。昨夜のことを思い出したらつい」

 リズが慌てて笑顔で取り繕った直後、ドレス室の入口から「殿下。昨夜の魔女様護衛についての、報告書が到着いたしました」と声が聞こえてきた。
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