14 / 116
02 第二公子宮殿での暮らし
5 ほうきはこんな生き物です
しおりを挟む彼をこうさせているのは、馬車でのリズの姿がよほど衝撃的だったからなのか。
公子の彼なら、人がひどい目に遭う姿をあまり見たことがないのかもしれない。
心配させないよう微笑みつつ、リズはアレクシスから離れた。
「大丈夫ですよ。それより皆さんは単に、魔女とほうきが怖いだけなんだと思います」
『魔女は悪魔の末裔』という認識が国中に広がっているので、仕方ないことだとはリズも理解している。
そんな噂に惑わされている人々を、処罰しているだけではキリがない。
まずは、本当の魔女がどういった存在なのかを、知ってもらうところから始めなければ。
それでも偏見や迫害をする者には、それなりの対処も必要だが。
「怖いという感情だけで仕事を放棄するような者には、宮仕えは務まらないよ。宮殿内の秩序を保つためにも、処罰は必要なんだ」
「ですが私はまだ、皆さんに魔女やほうきを知ってもらう努力をしていません。公子様は、そんな努力は必要ないとお考えかもしれませんが、少しだけ私に機会を与えていただけませんか?」
「リズが、そこまで言うなら……」
「ありがとうございます!」
納得はしていない様子だが、アレクシスはリズに任せてくれるようだ。リズは張り切ってソファから立ち上がると、「メルヒオールおいで」と相棒を呼び寄せた。
ふよふよと、リズの前まで飛んでくるほうきを見て、侍女達は再び恐怖に震えているようだ。リズは構わずに、侍女やアレクシスの侍従達を見回した。
「皆さんは、ほうきが動く原理をご存じないと思いますので、ご説明させていただきますね。この子はメルヒオールという名前なのですが、メルヒオールは元々『ただのほうき』だったんです。私のご先祖様が、彼に魔力を吹き込んだことで、メルヒオールは『魔法具のほうき』となりました。皆さんも、魔法具には馴染みがありますよね?」
その問いには、アレクシスも含めてこの場にいる全員がうなずいた。どうやら、魔女やほうきに恐怖しつつも、未知の存在に興味はあるようだ。リズは少し嬉しくなりつつ、続けた。
「通常の魔法具は、魔石を介して作動させますが、メルヒオールを見てください。彼には魔石が一つも装着されていないでしょう?」
メルヒオールは皆に見せるようにして、その場でゆっくりと回転する。感心したように、じっくりと眺める侍従に対して、侍女達は恐れるように身をのけぞらせた。
「や……やはり、おばけが操っているのですか?」
「ふふ、そうじゃないんです。メルヒオールは魔力を吹き込まれたことで、魔石がなくても空気中の魔力や、主人からの魔力を、自分で吸収できる能力を得たんです。この能力は、命を得たことと同義なんですよ」
魔力は命あるものだけが、扱うことができる。単なる魔力の結晶である魔石とは異なり、メルヒオールは自発的に魔力を吸収し、使う、『思考』を得たのだ。
「魔女様……、それでは他の物にも魔力を吹き込めば、メルヒオール殿のように動くのでしょうか」
興味深々の様子な侍従に問われて、リズはにこりとうなずいた。
「原理的には可能です。けれどメルヒオールのように、人間と同じような思考力を得るには、すごーく年月がかかるんです。年月の他にも、魔力を吹き込んだ者の血族から、定期的に魔力を吸収する必要があったりと、制約もあります」
魔女が魔力を吹き込んだ物が、世に出回らない理由はそこにある。魔女だけが持つほうきだからこそ、人々は怪しげな存在だと思うのだろうが、実際には単に、魔力の事情があるだけだ。
ちなみにリズの母が使っているほうきは、メルヒオールほど自在には思考しない。命令すればそのとおりに動くが、自発的に掃除をするような人間らしい思考を得るまでには、まだ数十年はかかるだろう。
一族に代々受け継がれたほうきは貴重な存在であり、本来ならば家の年長魔女であるリズの母がメルヒオールを受け継ぐはずだった。
しかし母は、リズの無事を願い、メルヒオールをリズに譲ってくれた。リズにとっては、かけがえのない唯一の宝物だ。
10
お気に入りに追加
485
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
交際7年の恋人に別れを告げられた当日、拗らせた年下の美丈夫と0日婚となりました
cyaru
恋愛
7年間付き合ってきた恋人のエトガーに遂に!遂に!遂に!求婚される?!
「今更の求婚」と胸を弾ませ待ち合わせのレストランに出向いてみれば求婚どころか「子供が出来たし、結婚する」と運命の出会いをしたという女性、アメリアを紹介された。
アメリアには「今度は言動を弁えろ」と言わんばかりのマウントを取られるし、エトガーには「借りた金は出産祝いでチャラにして」と信じられない事を言われてしまった。
やってられない!バーに入ったフライアは記憶を失うほど飲んだらしい。
何故かと言えば目覚めた場所はなんと王宮内なのに超絶美丈夫と朝チュン状態で、国王と王太子の署名入り結婚許可証を見せられたが、全く覚えがない。
夫となったのはヴォーダン。目が覚めるどころじゃない美丈夫なのだが聞けばこの国の人じゃない?!
ついでにフライアはド忘れしているが、15年前に出会っていて結婚の約束をしたという。
そしてヴォーダンの年齢を聞いて思考が止まった。
「私より5歳も年下?!」
ヴォーダンは初恋の人フライアを妻に出来て大喜び。戦場では軍神と呼ばれ血も涙もない作戦決行で非情な男と言われ、たった3年で隣国は間もなく帝国になるのではと言われる立役者でもあったが、フライアの前だけでは借りてきた猫になる。
ただヴォーダンは軍神と呼ばれてもまだ将軍ではなく、たまたた協定の為に内々で訪れていただけ。「すぐに迎えに来る」と言い残し自軍に合流するため出掛けて行った。
フライアの結婚を聞いたアメリアはエトガーに「結婚の話はなかった事に」と言い出すのだが…。
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★7月5日投稿開始、完結は7月7日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる