10 / 116
02 第二公子宮殿での暮らし
1 やっぱり虐めルートはあるんですか?
しおりを挟む
まずは、しっかりと眠ったほうがよい。とアレクシスに勧められたが、リズがベッドへ潜りこんだ頃には、長かった夜も明けようとしていた。
いつもは、夜更かししすぎると目が冴えてしまうが、昨日は働き詰めの末に逃亡失敗、馬車での惨事でさすがに疲れてしまった。
ベッドへ入るなり、ぐっすりと眠りについたリズだったが。数時間後、部屋のカーテンは乱暴に開けられた。
「魔女様、お目覚めの時間ですわよ! 起きてくださいまし!」
「うぅ……眩しい」
完全に熟睡していたところへの、突然の日光。リズは休眠状態の身体をなんとか動かしながら、日光から逃げるようにうつ伏せになる。すると、辺りからはクスクスと、嫌な笑い声が聞こえてきた。
熟睡中に起こされただけれも気分が悪いのに、それがどうやら『いじめ』であると理解したリズは、眉間にシワを寄せ、唇をむにっと湾曲させながら、声が聞こえるほうへ顔を向ける。
ベッドの横には、侍女のような雰囲気の若い女性が三名。使用人という立場ではあるが、公家に仕えているならば、貴族に連なる者達だろう。綺麗にまとめた髪と、整った服装は、庶民とは明らかに異なる気品が伺える。
そんな彼女らは、庶民を見下すような視線をリズに向けている。
しかしリズと視線が合った途端、危機を感じたように硬直した。
ヒロイン補正のおかげで、そこいらの美少女よりも格段に整った顔立ちのリズが、不機嫌に顔を歪めて怒っているのだ。なまじ、貴族屋敷の女主人よりも迫力がある。
(あれ、どうしたのかな?)
しかしリズは、単に寝起きの機嫌が悪いだけで、意図してヒロイン補正を利用したわけではない。
侍女達の反応が気になってこてりと首を傾げるが、今さら可愛い仕草をしたところで、第一印象が変わるはずもなかった。
「まっ……魔女様、おはようございます。昨夜は騎士が失礼をしたようで……。よろしければ、朝食の前に湯浴みなど……いかがでしょうか」
「わぁ……! そうさせていただきますね」
喜んだリズを見た侍女達は、怖い魔女の逆鱗に触れずに済んだと安堵しながら、互いの顔を見合わせた。
リズにとっては、初めての本格的なお風呂。自然と弾んだ足取りになってしまう。
浴室へ到着すると侍女達は、ひそひそと言い合いを始めた。どうやら入浴の世話を誰がするかで、揉めているようだ。
魔女には、さまざまな噂が付きまとう。おおよそ、魔女に触れたら穢れるなどという、迷信でも信じているのだろう。
「あの、大抵のことなら私一人でできますので、お気遣いなく」
「そっそうですか? では、着替えのご用意をさせていただきますわ。湯浴みが終わり次第、食堂へどうぞ」
リズに浴室の使い方を説明した侍女達は、そそくさと逃げるようにしてその場を後にした。
(こっちとしても、一人のほうが気が楽だわ)
人に世話されるのは、前世も含めて慣れていないリズとしては、他人に身体を洗われるなんて正直遠慮したい。
気楽にくつろげる状況を喜びながら服を脱いだリズは、リネンを体に巻きつけて浴槽へと向かった。
ホカホカと湯気が上がっている浴槽の横には、身体を洗うための道具などが美しく配置されている。宮殿の中は、浴室ですら豪奢な作りだ。
(前世の記憶にあるお風呂とは少し印象が違うけど、これはこれで楽しめそう)
リズはずらりと並んでいる香油の中から、ライラックの香りを選び、浴槽に数滴垂らした。
湯気を伝ってライラックの香りが浴室全体に広がると、急に魔女の森が恋しくなってしまった。
初夏になると、村周辺にはライラックの花がこんもりと咲き誇る。慣れ親しんだ香りだけれど、もうあの村へは帰れないかもしれないと思うと、寂しさがこみ上げてくる。
前世の記憶があるリズは、いずれ魔女の森を出なければならないと覚悟はしていたし、準備もしてきた。
できることなら逃亡に成功し、ほとぼりが冷めたら村へ戻りたかったけれど……。
リズは考えを消すように、大きく首を左右に振った。長い髪の毛がぶわっと広がる。
(小説では、王太子と婚約するまでに一年の準備期間があったはず。それまでに、なんとか『火あぶりエンド』を回避する方法を考えなきゃ!)
改めて決意したリズは、勢いよくリネンを剥ぎ取ると、浴槽へと体を静めた。
何とも言えない心地よさのせいで、『何とかなる』という、実に不確かな考えがよぎるのだった。
いつもは、夜更かししすぎると目が冴えてしまうが、昨日は働き詰めの末に逃亡失敗、馬車での惨事でさすがに疲れてしまった。
ベッドへ入るなり、ぐっすりと眠りについたリズだったが。数時間後、部屋のカーテンは乱暴に開けられた。
「魔女様、お目覚めの時間ですわよ! 起きてくださいまし!」
「うぅ……眩しい」
完全に熟睡していたところへの、突然の日光。リズは休眠状態の身体をなんとか動かしながら、日光から逃げるようにうつ伏せになる。すると、辺りからはクスクスと、嫌な笑い声が聞こえてきた。
熟睡中に起こされただけれも気分が悪いのに、それがどうやら『いじめ』であると理解したリズは、眉間にシワを寄せ、唇をむにっと湾曲させながら、声が聞こえるほうへ顔を向ける。
ベッドの横には、侍女のような雰囲気の若い女性が三名。使用人という立場ではあるが、公家に仕えているならば、貴族に連なる者達だろう。綺麗にまとめた髪と、整った服装は、庶民とは明らかに異なる気品が伺える。
そんな彼女らは、庶民を見下すような視線をリズに向けている。
しかしリズと視線が合った途端、危機を感じたように硬直した。
ヒロイン補正のおかげで、そこいらの美少女よりも格段に整った顔立ちのリズが、不機嫌に顔を歪めて怒っているのだ。なまじ、貴族屋敷の女主人よりも迫力がある。
(あれ、どうしたのかな?)
しかしリズは、単に寝起きの機嫌が悪いだけで、意図してヒロイン補正を利用したわけではない。
侍女達の反応が気になってこてりと首を傾げるが、今さら可愛い仕草をしたところで、第一印象が変わるはずもなかった。
「まっ……魔女様、おはようございます。昨夜は騎士が失礼をしたようで……。よろしければ、朝食の前に湯浴みなど……いかがでしょうか」
「わぁ……! そうさせていただきますね」
喜んだリズを見た侍女達は、怖い魔女の逆鱗に触れずに済んだと安堵しながら、互いの顔を見合わせた。
リズにとっては、初めての本格的なお風呂。自然と弾んだ足取りになってしまう。
浴室へ到着すると侍女達は、ひそひそと言い合いを始めた。どうやら入浴の世話を誰がするかで、揉めているようだ。
魔女には、さまざまな噂が付きまとう。おおよそ、魔女に触れたら穢れるなどという、迷信でも信じているのだろう。
「あの、大抵のことなら私一人でできますので、お気遣いなく」
「そっそうですか? では、着替えのご用意をさせていただきますわ。湯浴みが終わり次第、食堂へどうぞ」
リズに浴室の使い方を説明した侍女達は、そそくさと逃げるようにしてその場を後にした。
(こっちとしても、一人のほうが気が楽だわ)
人に世話されるのは、前世も含めて慣れていないリズとしては、他人に身体を洗われるなんて正直遠慮したい。
気楽にくつろげる状況を喜びながら服を脱いだリズは、リネンを体に巻きつけて浴槽へと向かった。
ホカホカと湯気が上がっている浴槽の横には、身体を洗うための道具などが美しく配置されている。宮殿の中は、浴室ですら豪奢な作りだ。
(前世の記憶にあるお風呂とは少し印象が違うけど、これはこれで楽しめそう)
リズはずらりと並んでいる香油の中から、ライラックの香りを選び、浴槽に数滴垂らした。
湯気を伝ってライラックの香りが浴室全体に広がると、急に魔女の森が恋しくなってしまった。
初夏になると、村周辺にはライラックの花がこんもりと咲き誇る。慣れ親しんだ香りだけれど、もうあの村へは帰れないかもしれないと思うと、寂しさがこみ上げてくる。
前世の記憶があるリズは、いずれ魔女の森を出なければならないと覚悟はしていたし、準備もしてきた。
できることなら逃亡に成功し、ほとぼりが冷めたら村へ戻りたかったけれど……。
リズは考えを消すように、大きく首を左右に振った。長い髪の毛がぶわっと広がる。
(小説では、王太子と婚約するまでに一年の準備期間があったはず。それまでに、なんとか『火あぶりエンド』を回避する方法を考えなきゃ!)
改めて決意したリズは、勢いよくリネンを剥ぎ取ると、浴槽へと体を静めた。
何とも言えない心地よさのせいで、『何とかなる』という、実に不確かな考えがよぎるのだった。
10
お気に入りに追加
485
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
交際7年の恋人に別れを告げられた当日、拗らせた年下の美丈夫と0日婚となりました
cyaru
恋愛
7年間付き合ってきた恋人のエトガーに遂に!遂に!遂に!求婚される?!
「今更の求婚」と胸を弾ませ待ち合わせのレストランに出向いてみれば求婚どころか「子供が出来たし、結婚する」と運命の出会いをしたという女性、アメリアを紹介された。
アメリアには「今度は言動を弁えろ」と言わんばかりのマウントを取られるし、エトガーには「借りた金は出産祝いでチャラにして」と信じられない事を言われてしまった。
やってられない!バーに入ったフライアは記憶を失うほど飲んだらしい。
何故かと言えば目覚めた場所はなんと王宮内なのに超絶美丈夫と朝チュン状態で、国王と王太子の署名入り結婚許可証を見せられたが、全く覚えがない。
夫となったのはヴォーダン。目が覚めるどころじゃない美丈夫なのだが聞けばこの国の人じゃない?!
ついでにフライアはド忘れしているが、15年前に出会っていて結婚の約束をしたという。
そしてヴォーダンの年齢を聞いて思考が止まった。
「私より5歳も年下?!」
ヴォーダンは初恋の人フライアを妻に出来て大喜び。戦場では軍神と呼ばれ血も涙もない作戦決行で非情な男と言われ、たった3年で隣国は間もなく帝国になるのではと言われる立役者でもあったが、フライアの前だけでは借りてきた猫になる。
ただヴォーダンは軍神と呼ばれてもまだ将軍ではなく、たまたた協定の為に内々で訪れていただけ。「すぐに迎えに来る」と言い残し自軍に合流するため出掛けて行った。
フライアの結婚を聞いたアメリアはエトガーに「結婚の話はなかった事に」と言い出すのだが…。
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★7月5日投稿開始、完結は7月7日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる