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初夜
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「あ……ああ。ん、うっ……」
「きつ……う、ああ、ごめん。早く擦りたい……」
「ん、ん……来て、くださ……い。あ、ああ」
朔哉の息が整う前に、秀一郎は腰を打ち付ける。朔哉の下腹部に己をぶつけるような勢いだった。
朔哉は唇を噛み締めた。しかし繰り返される抽送に感じてしまい、声を上げてしまう。
秀一郎は抜き挿ししながら、喘ぐ朔哉を見下ろしている。
見つめ返そうとしたが、できなかった。
痛みで視界が滲んでくる。秀一郎が涙を拭ってくれた。その手を取り、朔哉は指を絡ませた。
「きみは……従順だね……く、う……。犯したら気持ちいいかなって、思ってたけど……予想以上だ……はあ、もっと……ゆっくり教えたかったのに。中に出したくてたまらなくなる。たくさん、出したくなる……」
「はい……あ……中に、僕の中に……秀一郎さまのものを注いでください」
意識が遠くなっていく。
貫かれるときは、力を入れない方が良いと知っていた。いざ抱かれると、力むことなんてできない。
絶え間ない波のように襲ってくる愉楽に、身を任せるしかなかった。
下腹で蠢く秀一郎のものが、さらに硬くなっている。先走りが出てきたのだろう。秀一郎が動くたびに、水音が聴こえる。
「ん、んーーう……」
秀一郎が尻を震わせた。そのときが来ると本能でわかって、朔哉は唾を飲み込んだ。
ふと、亡き父の言葉が浮かんだ。
『決して心は盗まれるな』
できない……こんなにも激しい快楽を与えられたら、情が移ってしまう。
怖い。怖いのに、秀一郎のすべてが欲しい。
朔哉は全身で、秀一郎を求めていた。
「あ……ああ、ん……」
秀一郎のものが奥まで入ってきたと思った瞬間、中が濡れるのを感じた。あまりの熱さに逃げようとしたら、腰を掴まれる。
秀一郎は己を朔哉に押しつける。残滓までも朔哉の中に注ごうとしているようだった。
朔哉は目を閉じて、秀一郎の精を受け入れた。
「はあ、朔哉くん……」
秀一郎の躯が覆い被さる。朔哉は秀一郎の背中を撫でた。
「まだ朔哉くんがイってないね……」
「ん」
秀一郎は躯を起こすと、自らのものを引き抜いた。朔哉自身に手を伸ばす。
「あ……」
抱かれた直後の躯には、ゆるやかな動きも充分な刺激だった。
「朔哉くん。いい顔してる。……見つめていたら、また……」
朔哉は起き上がり、秀一郎のそこに触れた。放ったもので濡れていて水音が響く。すぐに力強くなっていった。
反対の手で秀一郎を抱き寄せる。汗ばんだ秀一郎の額にかかる、髪を上げた。額に唇を落とす。
「秀一郎さま。夜ははじまったばかりです。もっと愉しみましょう」
その言葉が合図だったかのように、ふたりで互いの唇を貪った。
躯の仕組みを確かめるように幾度も抱き合ったあと、何も着ないで、ふたりでベッドに横になった。
息が乱れる朔哉を秀一郎が抱きしめている。
秀一郎の腕のなかにいると、自分がどんな風に抱かれたか一瞬、一瞬、浮かんでくる。
肌を滑る唇。ゆるやかだけど確実に朔哉を追い込む手の動き。
朔哉の中で押し進む昂りの逞しさ。
火照る躯を冷まそうと、大きく息を吐いた。秀一郎を見ると、音を立ててキスをしてくれた。
「朔哉くん。大丈夫?」
「はい。落ち着いてきました」
「それじゃあ、話すね。俺が暁宏と交わした約束のこと」
秀一郎は朔哉の背中を撫でた。
「朔哉くんにはもっと広い世界を見せたいって、暁宏は言っていたんだ。俺は、大学の近くで喫茶店を営んでいる。朔哉くんに俺の店で働かせようかと話していたんだ。もちろん館にいても、いろんな客人はやって来るから刺激にはなる。でも、きみと歳の近い子はいないだろ。もしきみがその気なら大学に通ってもいい。どうかな?」
どう答えようか迷っていると、頬にキスされた。
「いきなりきみを抱いて、信用ないだろうな。暁宏の前では、約束は守らないと言ったし。俺は早くきみを手に入れたくて、咄嗟に嘘をついた。昨日、庭園に立つきみを見て、こんなにも凛々しいのに誰のものにもならずに生きてきたんだと思ったら、すぐにでも自分のものにしたかった……俺は、きみの掟を利用したんだ……朔哉くん。酷だけど、きみに伝えなくてはいけないことがある」
強く抱きしめられる。秀一郎の瞳が揺れている。
「暁宏は、きみを抱くつもりはない。一生。彼は女性しか愛せない」
「……はい。わかっていました」
一年前のあの日に拒まれたというのに、朔哉はずっと夢を見ていた。
現実を認めれば道を失うことになる。父が歩いた道、祖父が歩いた道、昔から西川家の男たちが歩んできた道から朔哉だけが外れていく。
生まれてきてから躯に刻まれた教えを捨て去ることなど、できなかった。
いままで築き上げてきた自分そのものを崩していくような行為だからだ。
「抱かれるなんていう願いは永遠に叶わない……そう思うと、きみが不憫でたまらなかった……。早くこの手で教えたかった。肌の温かさを。愛される悦びを。朔哉くん……きみがまだ俺を愛していないのはわかってる。だけど俺といっしょに来てほしい。ここにいたら、暁宏のそばにいたらきみはつらい思いをする。暁宏は……近いうちに婚約する」
「え……」
「一年くらい前からだ。儀式があった日には、暁宏には好きな人がいたんだ」
「暁宏さまが僕を拒んだのは……僕が、かわいそうだからじゃなかったのか……」
「朔哉くん。それはちがうよ。愛情がないのに抱き合うのはおかしいって、暁宏はちゃんとわかっていたんだ。朔哉くん。きみはあのとき、心から抱かれたかったのか?」
朔哉は首を振った。
二十歳になれば暁宏に抱かれる。
それは朔哉にとって何の疑問も持たない当たり前のことだった。
……あの日を過ぎても、暁宏と通じ合うことを考えていたけれどそれも本当に心からの願いだったんだろうか。
何も言わずにいる朔哉を秀一郎は見つめた。優しくていねいに朔哉の髪を梳く。カーテンの隙間から、白い朝の光が入り込んでくる。
「秀一郎さまは、儀式についてすべてわかっているんですよね?」
「ああ。俺がいっしょに行く。暁宏の代わりに」
朝焼けのうちに向かう場所がある。
西川家の墓標へ。
躯を清めて着替えてモーニングコートを羽織ると、秀一郎と共に墓地に向かった。早朝の墓地には、誰もいなかった。
「本来なら緒方家と西川家に花を手向けるんですが、秀一郎さまが相手でしたので、両方とも西川家に供えましょう」
「わかった」
秀一郎は西川家の墓標の前にしゃがみこむと、白薔薇の花束を手向けた。
西川家の墓標は、緒方家のものの隣にある。緒方家のよりひとまわりちいさいそこには、父も母も眠っている。
秀一郎が立ち上がり、数歩後ろに下がる。朔哉が進み、墓標の前に膝をついた。白薔薇を手向ける。
「ここまでお守りくださりありがとうございました。儀式は滞りなく……う……」
崩れ落ち、墓碑に手をつく。決まり切った文句を言おうとして言葉に詰まった。
「……ゆ、許して……父さん。僕を、僕を許してください……」
『決して心は盗まれるな』
父を喪っても、教えは鋭く刺さったままだ。
そう思っていたのに。気づいてしまった。
『おまえの心は暁宏さまのものだ』
秀一郎に抱かれて、やっとわかった。暁宏への気持ちは恋なんかではなかった。
父が朔哉に施した呪縛だった。何もわからずに二十一年生きてきた。
「僕の心は暁宏さまに捧げられない……僕は、執事失格です」
反対の手で口を覆った。嗚咽が止まらない。
「朔哉くん!」
後ろからきつく抱きしめられた。
朔哉の強張っていた躯から力が抜けていく。しかし朔哉は振り向かなかった。一夜を共にした相手だけど、泣き顔を彼に見せたくない。
「秀一郎さま。僕は卑怯だ……まだ気持ちが完全に動いていないのに、あなたに頼るなんて……」
「朔哉くん。きみが誰かを好きになるまで俺はそばにいる。その誰かが俺でなくてもいいんだ。きみは雪弥さんのような人生を歩かなくていいんだよ」
「秀一郎さま……ありがとう」
振り返り、秀一郎の胸に飛び込んだ。
唇を重ねると、涙の味がした。
「俺に愛されることを恐れないで、朔哉くん」
朔哉は何度も頷いた。
これから、歩いていく。
朔哉だけの道を。父から教えられたことは道標にはならないだろう。
それでも、歩いていく。秀一郎に手を引かれながら。
朔哉の人生は、今日からはじまる。
朝焼けがふたりを照らしていた。
【終】
「きつ……う、ああ、ごめん。早く擦りたい……」
「ん、ん……来て、くださ……い。あ、ああ」
朔哉の息が整う前に、秀一郎は腰を打ち付ける。朔哉の下腹部に己をぶつけるような勢いだった。
朔哉は唇を噛み締めた。しかし繰り返される抽送に感じてしまい、声を上げてしまう。
秀一郎は抜き挿ししながら、喘ぐ朔哉を見下ろしている。
見つめ返そうとしたが、できなかった。
痛みで視界が滲んでくる。秀一郎が涙を拭ってくれた。その手を取り、朔哉は指を絡ませた。
「きみは……従順だね……く、う……。犯したら気持ちいいかなって、思ってたけど……予想以上だ……はあ、もっと……ゆっくり教えたかったのに。中に出したくてたまらなくなる。たくさん、出したくなる……」
「はい……あ……中に、僕の中に……秀一郎さまのものを注いでください」
意識が遠くなっていく。
貫かれるときは、力を入れない方が良いと知っていた。いざ抱かれると、力むことなんてできない。
絶え間ない波のように襲ってくる愉楽に、身を任せるしかなかった。
下腹で蠢く秀一郎のものが、さらに硬くなっている。先走りが出てきたのだろう。秀一郎が動くたびに、水音が聴こえる。
「ん、んーーう……」
秀一郎が尻を震わせた。そのときが来ると本能でわかって、朔哉は唾を飲み込んだ。
ふと、亡き父の言葉が浮かんだ。
『決して心は盗まれるな』
できない……こんなにも激しい快楽を与えられたら、情が移ってしまう。
怖い。怖いのに、秀一郎のすべてが欲しい。
朔哉は全身で、秀一郎を求めていた。
「あ……ああ、ん……」
秀一郎のものが奥まで入ってきたと思った瞬間、中が濡れるのを感じた。あまりの熱さに逃げようとしたら、腰を掴まれる。
秀一郎は己を朔哉に押しつける。残滓までも朔哉の中に注ごうとしているようだった。
朔哉は目を閉じて、秀一郎の精を受け入れた。
「はあ、朔哉くん……」
秀一郎の躯が覆い被さる。朔哉は秀一郎の背中を撫でた。
「まだ朔哉くんがイってないね……」
「ん」
秀一郎は躯を起こすと、自らのものを引き抜いた。朔哉自身に手を伸ばす。
「あ……」
抱かれた直後の躯には、ゆるやかな動きも充分な刺激だった。
「朔哉くん。いい顔してる。……見つめていたら、また……」
朔哉は起き上がり、秀一郎のそこに触れた。放ったもので濡れていて水音が響く。すぐに力強くなっていった。
反対の手で秀一郎を抱き寄せる。汗ばんだ秀一郎の額にかかる、髪を上げた。額に唇を落とす。
「秀一郎さま。夜ははじまったばかりです。もっと愉しみましょう」
その言葉が合図だったかのように、ふたりで互いの唇を貪った。
躯の仕組みを確かめるように幾度も抱き合ったあと、何も着ないで、ふたりでベッドに横になった。
息が乱れる朔哉を秀一郎が抱きしめている。
秀一郎の腕のなかにいると、自分がどんな風に抱かれたか一瞬、一瞬、浮かんでくる。
肌を滑る唇。ゆるやかだけど確実に朔哉を追い込む手の動き。
朔哉の中で押し進む昂りの逞しさ。
火照る躯を冷まそうと、大きく息を吐いた。秀一郎を見ると、音を立ててキスをしてくれた。
「朔哉くん。大丈夫?」
「はい。落ち着いてきました」
「それじゃあ、話すね。俺が暁宏と交わした約束のこと」
秀一郎は朔哉の背中を撫でた。
「朔哉くんにはもっと広い世界を見せたいって、暁宏は言っていたんだ。俺は、大学の近くで喫茶店を営んでいる。朔哉くんに俺の店で働かせようかと話していたんだ。もちろん館にいても、いろんな客人はやって来るから刺激にはなる。でも、きみと歳の近い子はいないだろ。もしきみがその気なら大学に通ってもいい。どうかな?」
どう答えようか迷っていると、頬にキスされた。
「いきなりきみを抱いて、信用ないだろうな。暁宏の前では、約束は守らないと言ったし。俺は早くきみを手に入れたくて、咄嗟に嘘をついた。昨日、庭園に立つきみを見て、こんなにも凛々しいのに誰のものにもならずに生きてきたんだと思ったら、すぐにでも自分のものにしたかった……俺は、きみの掟を利用したんだ……朔哉くん。酷だけど、きみに伝えなくてはいけないことがある」
強く抱きしめられる。秀一郎の瞳が揺れている。
「暁宏は、きみを抱くつもりはない。一生。彼は女性しか愛せない」
「……はい。わかっていました」
一年前のあの日に拒まれたというのに、朔哉はずっと夢を見ていた。
現実を認めれば道を失うことになる。父が歩いた道、祖父が歩いた道、昔から西川家の男たちが歩んできた道から朔哉だけが外れていく。
生まれてきてから躯に刻まれた教えを捨て去ることなど、できなかった。
いままで築き上げてきた自分そのものを崩していくような行為だからだ。
「抱かれるなんていう願いは永遠に叶わない……そう思うと、きみが不憫でたまらなかった……。早くこの手で教えたかった。肌の温かさを。愛される悦びを。朔哉くん……きみがまだ俺を愛していないのはわかってる。だけど俺といっしょに来てほしい。ここにいたら、暁宏のそばにいたらきみはつらい思いをする。暁宏は……近いうちに婚約する」
「え……」
「一年くらい前からだ。儀式があった日には、暁宏には好きな人がいたんだ」
「暁宏さまが僕を拒んだのは……僕が、かわいそうだからじゃなかったのか……」
「朔哉くん。それはちがうよ。愛情がないのに抱き合うのはおかしいって、暁宏はちゃんとわかっていたんだ。朔哉くん。きみはあのとき、心から抱かれたかったのか?」
朔哉は首を振った。
二十歳になれば暁宏に抱かれる。
それは朔哉にとって何の疑問も持たない当たり前のことだった。
……あの日を過ぎても、暁宏と通じ合うことを考えていたけれどそれも本当に心からの願いだったんだろうか。
何も言わずにいる朔哉を秀一郎は見つめた。優しくていねいに朔哉の髪を梳く。カーテンの隙間から、白い朝の光が入り込んでくる。
「秀一郎さまは、儀式についてすべてわかっているんですよね?」
「ああ。俺がいっしょに行く。暁宏の代わりに」
朝焼けのうちに向かう場所がある。
西川家の墓標へ。
躯を清めて着替えてモーニングコートを羽織ると、秀一郎と共に墓地に向かった。早朝の墓地には、誰もいなかった。
「本来なら緒方家と西川家に花を手向けるんですが、秀一郎さまが相手でしたので、両方とも西川家に供えましょう」
「わかった」
秀一郎は西川家の墓標の前にしゃがみこむと、白薔薇の花束を手向けた。
西川家の墓標は、緒方家のものの隣にある。緒方家のよりひとまわりちいさいそこには、父も母も眠っている。
秀一郎が立ち上がり、数歩後ろに下がる。朔哉が進み、墓標の前に膝をついた。白薔薇を手向ける。
「ここまでお守りくださりありがとうございました。儀式は滞りなく……う……」
崩れ落ち、墓碑に手をつく。決まり切った文句を言おうとして言葉に詰まった。
「……ゆ、許して……父さん。僕を、僕を許してください……」
『決して心は盗まれるな』
父を喪っても、教えは鋭く刺さったままだ。
そう思っていたのに。気づいてしまった。
『おまえの心は暁宏さまのものだ』
秀一郎に抱かれて、やっとわかった。暁宏への気持ちは恋なんかではなかった。
父が朔哉に施した呪縛だった。何もわからずに二十一年生きてきた。
「僕の心は暁宏さまに捧げられない……僕は、執事失格です」
反対の手で口を覆った。嗚咽が止まらない。
「朔哉くん!」
後ろからきつく抱きしめられた。
朔哉の強張っていた躯から力が抜けていく。しかし朔哉は振り向かなかった。一夜を共にした相手だけど、泣き顔を彼に見せたくない。
「秀一郎さま。僕は卑怯だ……まだ気持ちが完全に動いていないのに、あなたに頼るなんて……」
「朔哉くん。きみが誰かを好きになるまで俺はそばにいる。その誰かが俺でなくてもいいんだ。きみは雪弥さんのような人生を歩かなくていいんだよ」
「秀一郎さま……ありがとう」
振り返り、秀一郎の胸に飛び込んだ。
唇を重ねると、涙の味がした。
「俺に愛されることを恐れないで、朔哉くん」
朔哉は何度も頷いた。
これから、歩いていく。
朔哉だけの道を。父から教えられたことは道標にはならないだろう。
それでも、歩いていく。秀一郎に手を引かれながら。
朔哉の人生は、今日からはじまる。
朝焼けがふたりを照らしていた。
【終】
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