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いじめっ子に将来まで束縛されるいじめられっ子の話

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 秋も深まってきた十月の午後の休み時間、僕はその日配られた二回目の進路希望調査票を机の上に置いてシャープペンシルを滑らせていた。一回目は進学希望か就職希望かしか記入欄が無かったけれど、二回目のこれには具体的な進学先を記入する欄が設けてある。その上の理系に丸をつけた僕は、続けて隣県の大学名を書こうとした。が、途中まで書いたところで横からグッと手が伸び、僕の手を握り込む。驚いて顔を上げると、思った通り、そこには屋敷がいた。

「違うだろ? 聡司」

 柔らかく握り込んだ手で僕の右手を紙の上から退けると、彼は反対の指で、途中まで書きかけた大学名をトントンと叩いた。

「え?」
「お前が目指すのは、東都大学。ほら、書き直せ」

 ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら、彼は空いていた僕の前の席に座る。長い足を組み、肘を僕の机につくと、はぁーっと大袈裟なため息をついた。呆れたようなそれに、僕は体をこわばらせてしまう。でも僕は自分の行きたい大学を書いただけだ。それは僕に保障された自由であり、別に屋敷を怒らせるようなことじゃ無い。
 と心の中では思っているのに、実際の僕の手は消しゴムを握り、懸命に大学名を消していた。彼はそれを見て、満足げな笑みを見せる。

「……? 聡司、何しまってんだよ?」

 紙を折り畳み、机の中に仕舞おうとした僕を彼が咎める。僕は視線を下に向けたまま、早口で答えた。

「えっと、あの、……家で書いて、明日だそうかな、って。……提出、今週末までだし、その」
「いま」
「……っ」
「ここで書けよ。そんで帰りに出しに行こうぜ。ついて行ってやるから」

 嫌だった。
 屋敷が言った東都大というのは東京にある国立大学で、偏差値もすごく高い大学だ。僕にとっては目指せないこともないけれど、受かる可能性はそんなに高くない大学だった。そしてそれ以上に、進路希望調査票に書きたくない理由がある。

「……早く書けって」
「…………」
「屋敷ぃ、何してんの?」

 うつむいたまま、どうやってこの状況から逃げ出そうかと考えていたとき、横から能天気で軽そうな声が聞こえてきた。彼と同じバスケ部のクラスメイトだ。

「ああ、聡司がさ、受ける大学決めかねてるから、俺と同じところ受けようって説得してるとこ」

 僕に対する物言いとは違い、少しくだけた優等生といった印象の言いかたで屋敷はクラスメイトにそう返した。少しの変化だけれど、屋敷は相手によって話しかたや声の調子を変えている。この調子の良さそうなクラスメイトには、同じ調子で接することにしているようだった。

「え。お前と同じとこって、めっちゃ頭良いとこだろ?」
「はは。目指すだけなら自由だから」
「げー、ヨッユー。……でも、ま、中野なら頭良いし、屋敷と一緒に合格できんじゃね?」

 無責任なクラスメイトと屋敷の会話はしばらく続いた。それを無言で聞きながら、僕は再び紙をしまおうとする。ところが屋敷は僕に視線を向けて言った。

「ほら、聡司。垣内もこう言ってくれてるんだからさ。一緒に頑張ろう?」
「え、あ、あの……」
「そうだって。中野もさ、折角屋敷が仲良くしてくれてんだしさ、一緒に大学目指すくらいしてみたら良いじゃん」

 見下したような垣内の言いかたに内心、怒りを覚える。恐らく彼は、僕のような地味で目立たない人間が、人気者の屋敷に気に入られていることが気に入らないのだろう。僕と屋敷のことを何も知らないくせに。

「俺も受験するの、一人だと不安だから、聡司が一緒だと助かる」

 胡散臭い爽やかな笑顔を向けて屋敷は僕の手を取り、調査票に大学名を書くように促した。垣内はそれを笑いながら見ている。同じ部活の友人のために僕を説得してやった、と自慢げな顔つきだ。吐き気がする。
 けれど、そんなことを思いながらも、僕は何も言えず、ただシャープペンシルを握りしめて小声でこう言うことしか出来なかった。

「い、家から通えるところでないと、そのっ、……仕送りとか、大変だから……」
「え、中野ん家、ビンボーなんかよっ」

 垣内が大袈裟に驚いたような声を出した。流石に何か言い返そうと顔を上げると、屋敷が垣内を嗜めるところだった。

「お前さ。良い加減にしろよ。失礼すぎっだろ」
「……っ。ご、ごめん」

 僕以外には滅多に見せない低い声と冷たい目つきに、垣内はビクッと肩を震わせる。

「聡司はさ、俺の大事な親友なんだよ。お前に馬鹿にされると腹が立つ」
「馬鹿にしたわけじゃ」
「謝っとけよ、俺じゃなくて聡司に」
「……ごめん、中野」

 垣内が僕に向かって頭を下げる。本当はそんなことしたくないはずだ。腿に当てた手が震えている。垣内は屋敷に嫌われるのが怖くて僕に謝罪しているのだ。
 僕たちの周囲はいつの間にかシンと静まり、僕と垣内は注目を浴びていた。目に入る教室中のクラスメイトが僕を見つめている。そのことは僕を痛いほど緊張させた。

「……聡司は優しいから許してやるよな?」

 固まっている僕に助け舟を出すが如く、屋敷がそう促す。情けないがそれに縋る形で僕は頷き、垣内はホッとした笑顔を見せた。周囲の緊張も解けていく。再びザワザワとし始めた教室に、屋敷を褒めそやす言葉が溢れた。いわく、友達を馬鹿にされて怒る屋敷くんは格好良い。謝罪を受け入れてあげるように促す屋敷くんは素晴らしい、だそうだ。
 屋敷は結局、何でも自分の評判が上がるように話を持っていくのが上手い。口数が少ないうえに口下手な僕が敵うはずなんてない。

「聡司」

 名前を呼ばれて顔を向けると、屋敷が笑っていた。
 怖い。
 彼に笑顔を向けられて、そんな風に感じる人間なんて僕しかいないのだろう。けれど、その笑顔を無視するのはもっと恐ろしいのだ。
 僕は屋敷の目から視線を外せないまま、必死に偽物の笑顔を作って笑いかけた。



 僕はいつから彼の親友になったんだろう。
 体育館のフロアの端に座り込んでバスケ部の練習を眺めながら、僕は考えていた。夏に三年生が引退し、秋になった今は二年生に部長が引き継がれている。意外なことに、屋敷は部長にならなかった。顧問にも部員にも推薦されたらしいけれど本人が断ったらしい。代わりに別の二年生が部長になり、屋敷は副部長の座に収まっている。
 そういう役職なんて屋敷は好きそうなのに。
 僕は彼をそういう人間なのだと思っていた。本性を隠して周りを騙し、人の上に立ったり支配するのが好きな、傲慢な人種。けれど彼は部長にならなかった。何なら副部長でさえも断ろうとしていたのだ。結局押し切られる形で引き受けたものの、そのあと二人きりになったときに不機嫌な顔をしていたから、本当に引き受けるつもりは無かったのだと思う。そのとき僕は、屋敷でも思い通りにならないことがあるのか、と少しだけ気分が良くなったものだった。
 目の前のコートでは、部員を二チームに分けての練習試合が行われていた。ゼッケン有りとゼッケン無しに別れているうち、屋敷はゼッケン有りのほうに振り分けられている。自然と彼を目で追った僕は、自分が彼のことを好きで付き纏っていると噂を立てられた頃を思い起こしていた。あの噂はまだ消えたわけじゃ無い。親友だという屋敷の言説よりも、未だに僕が彼を一方的に好いているという噂のほうが大きい。僕が彼を好きでしつこく付き纏い、優しい彼はそんな僕を可哀想に思って親友扱いしてやっている、というのが今の噂のトレンドらしかった。だからこそ垣内も、屋敷に憐れまれている僕を馬鹿にしたのだろうか。その不躾な態度が屋敷に利用されているということに気付きもせず。

「聡司」

 考えごとをしていたせいで視線を宙に彷徨わせていた僕は、呼びかけながら隣に座ってきた屋敷の存在に驚いた。

「あ、な、なに、どうした……の?」
「交代で休憩。……途中から上の空だったよな? 何考えてた?」

 他の部員たちは皆コートを挟んで向かい側に集まって休んでいる。彼は一人でわざわざ僕のところに来たらしい。それに加えて練習とは言え試合中なのに僕のことを気にしている屋敷は相当おかしいと思う。そう思いながらも、僕は曖昧な笑顔を浮かべて答えた。

「や、屋敷く……昴くんのこと考えてた」

 これは嘘じゃ無い。

「ふーん……。俺とのセックスのことでも考えてた? やらしいな、聡司は」
「ち、違うっ」

 気色ばむ僕をニヤニヤと笑いながら見つめる彼は、周りに部員がいないのを良いことに、楽しそうに言葉を続ける。

「この間、初めてメスイキして気絶したこと、思い出してたんだろ? 気持ち良すぎて気、失ったもんな。かわいかったぜ、あのときの聡司」

 親の帰りが遅いからと、僕の家でセックスしたことを屋敷は嬉しそうに語った。僕が気を失ったあと、どういう順番で体を洗ったか、僕の尻の中の精液を掻き出すのにいかに苦労したか、裸のまま部屋まで運んで服を着せたこと、そのときに僕の体を隅々まで触ったこと。

「ケツと足の付け根の間にさ、ホクロあんの、お前。エロいよな」

 僕の知らない自分の体について彼が語る。こうして僕と話すときの彼の顔は楽しそうに歪み、口調も粗雑で乱暴なものになる。顔を僕のほうに向けて部活のメンバーや顧問からはほぼ見えないからそうしているのだろうけれど、彼らにはとても見せられたものじゃ無い。これが彼の素顔なんだろうか。

「メスイキ、気持ち良かった?」

 その顔のまま屋敷は僕に聞いてきた。僕は答えに詰まり、顔を赤くしてしまう。あのときのこと、そう、彼に命令されて自分から足を開き、キスをねだって達してしまったことを思い出したからだ。あのときの僕はおかしかった。屋敷の機嫌を損ねたく無かったのと、それと、……気持ちが良すぎて頭が真っ白になり、何も考えられなかったのだ。

「…………」

 黙ったまま答えない僕を屋敷はじっと見つめている。怖い。何か答えないと、彼が気に入る答えを返さないと酷い目にあう。けれど何を答えれば良いのか分からなかった。まさか、頷いて気持ち良かっただなんて答えられるわけがない。
 間近で見つめられているため、目線を逸らすのも怖かった。少し開けた唇は言葉を紡げないまま震えている。

「……ま、いいか」

 屋敷はそんな僕を見つめると、僕の頭にポンと手のひらを置いて少し撫でた。触れた瞬間、ビクリと震えた僕の様子に目を細め、満足そうに笑ってみせる。

「戻るわ」

 何に満足したのか僕には分からないまま、彼は立ち上がって部活の仲間のもとへと帰っていった。



 部活が終わると、僕は校門に移動して屋敷が出てくるのを待つ。進学校のため運動系の部活は十七時半に終わると決められているので、その時間になれば校門付近にはこれから帰宅する生徒たちがゾロゾロとやって来る。「屋敷に付き纏っている」僕は、彼らにジロジロと見られることに耐えながら屋敷を待っていた。この視線の山に耐えるほうが、彼に逆らうより怖くはないのだ。とは言っても、嫌なことには変わりない。
 門の陰に隠れて立っているのに、それでも通りすがりにチラチラと視線を感じる。それをまともに受ける自信もなくて、僕は俯きながら、ただひたすら屋敷を待つこの時間が大嫌いだった。
 そうして十分ほど待っていると、部活の友人らと共に屋敷がやって来た。彼を中心に、五、六人の友人が笑いながらゆっくりと歩いて来る。そんなに楽しそうなら、僕のことなんて放っておいてくれて構わないから、彼らと帰れば良いのに。もしくは僕に気づかず、そのまま通り過ぎて帰ってはくれないか。毎日、そんな叶わないことを思いながら、僕はここで待たされている。先に帰れば、屋敷を信頼している親に連絡されるうえ、次の日のセックスの内容が酷いものになるのは経験済みだから、大人しく待っているしかない。

「聡司」

 まだかなり距離がある時点で僕を見つけた屋敷は、友人たちに別れを告げてこちらに歩いて来た。

「待たせたな」
「……ううん。……あ、あの、と、友達と帰るなら僕……」
「帰んねぇよ。俺はお前と帰んの」

 勇気を出して言いかけた言葉はあっさりと否定される。

「……ご、ごめんなさい」

 声に少し苛つきが混ざっているのを感じ取った僕は、咄嗟に謝りの言葉を口にした。彼を怒らせたくない。顔を伏せたまま少しだけ目線を上げると、彼は唇を笑みの形に歪めて僕を見下ろしている。僕が謝罪したことで苛立ちは解消したらしい。

「お前さあ、何回か言って来るよな、それ」
「え?」
「友達と帰るなら僕は別々で帰る、ってやつ。なに? 俺と帰りたくないわけ?」

 当たり前だ。屋敷なんかと帰りたいわけがない。部活が定時で終わった日は彼の部屋に連れ込まれ、セックスを強要されるのだから。そうじゃない日だって、彼と話すことなんて無いのだから、どちらにせよ僕は一人で帰りたいのだ。
 そんなことも理解していない屋敷に向かって、しかし僕は僅かに首を横に振ってしまう。帰りたくないわけじゃない、という意思表示。ただ彼の機嫌を損ねたくないがための行動。
 そんなことをしているから、いつまでたっても彼の支配から抜け出せないのだ。そんなことは分かっている。けれど今更逆らったところで、一種のルーティンのように決まってしまった生活から抜け出せるとは思えなかった。逆らうなら、もしくは抜け出すなら、もっと早い段階でするべきだった。自慰の様子を撮られたり、屋敷と伊藤と箱崎の三人に犯された、あの日よりも前に。

「だよな。聡司は俺のこと、……」

 肩に手を回され、横から顔を覗き込まれる。試すようなその視線に、僕は今日も屈した。

「す、好き……僕はす、昴くんが、好き、だから」

 仲の良い友人、というには違和感を覚える距離で彼は笑った。その背後を、彼がさっき別れたばかりの友人たちが通り過ぎて行く。またな、とか、明日な、と声を掛けながら去っていく彼の友人たち。僕は彼の親友という設定になっているらしいけれど、本当の友人たちに比べてその扱いは随分と違う。
 屋敷は友人たちに手を振ったあと、僕の肩に回した手に力を入れて僕を引き寄せ、耳元付近でこっそりと囁いた。

「今日は優しく抱いてやるよ。恋人エッチ、な?」



 古いけれど手入れされた感のある大きな門を潜り、塀に囲まれた敷地内に入る。屋敷の実家は、街を見下ろせる小高い丘の上にあった。門から続く石畳は真っ直ぐ母家に続いているが、そこへは向かわず、屋敷の足はいつものように途中で右へと向かう。そのまま少し歩き、彼に続いて僕は、生垣に囲まれた平家に入った。この平家が彼の部屋になっている。母家にも自分の部屋があったそうなのだが、中学入学時にここを使っていた叔父が一族の経営する会社の東京支社に勤務するために出ていき、それじゃあ入学祝い代わりにと、屋敷がここを欲しいと言ったらしい。入学祝いにしてはモノが大きすぎるが、金持ちは常識が違うのかもしれない。
 この平家には屋敷の部屋だけじゃなく、バスルームやキッチンまで完備されていて、ここだけで生活できるような作りになっていた。玄関の鍵をかけておけば他人に侵入されることもなく、誰かを連れ込んでセックスをするにはうってつけだとも言える。

 彼の部屋に入るなり、僕の口は彼の舌に犯された。肩にかけた鞄も下ろさないまま抱きしめられ、閉じていた唇を開かされる。唾液で滑った舌に自分のそれを絡めないと彼が怒るから、僕は急いでそれをした。唾液の湿った音をさせながら、彼は僕の鞄を手に取り、床へと落とす。その手はそのまま僕のシャツをスラックスから引き出し、中に着ていたシャツをも捲り上げて素肌に触れた。その感触にビクリと震える僕を、彼は嗤う。唇を合わせたままだったから、その声はくぐもっていた。
 手は腹を撫でて上へと滑り、乳輪をつまんでくる。フニフニと柔らかく揉まれ、それがくすぐったかった僕は思わず体をくゆらせた。

「ん、ふっ……」

 唇が離れ、僕は息を漏らす。

「気持ち良いだろ?」

 指先で乳首を転がすように刺激しながら彼が言った。僕の反応を見て上機嫌な彼は返事を待たず、人差し指と親指で僕の乳首をつまんで軽く引っ張る。そうされると、僕の中に快楽の火種がポッと点いた。意図せず甘い声が開いたままだった口から漏れ出てしまう。

「あ、んっ……!」
「良い声出すじゃん」

 乳首を引っ張られた状態でコリコリと指で捏ねられると快感の火が大きくなった。痛みを感じるほど強くひねられて、目に涙がジワリと滲む。けれど痛みの中に快感が潜んでいるのを、僕は既に知っていた。こんなことをされて、嫌なのに、痛いのに、僕の体はおかしくなってしまった。それを自覚すると目に溜まった涙が更に盛り上がり、耐えきれずにポロリと流れ落ちる。

「ハハ。泣くほど気持ち良いって?」

 屋敷はもう一度僕に軽く唇を落とすと、僕の腕を引っ掴んでベッドへと引きずり、押し倒した。

「お前がそんなだからさ、……俺も勃ってきたわ。責任とれよ?」

 シャツのボタンを上から順番に外され、脱がされる。アンダーシャツも制服のスラックスも、余計なものだと言わんばかりに性急に脱がされ、ベッドの下へと投げ捨てられた。

「もう濡れてんじゃん」
「ひっ……!」

 下着一枚になってベッドに転がる僕の股間を、無遠慮に屋敷が握ってくる。下着は前の部分が膨らみ、滲んだカウパーのせいで生地の色が変わっていた。これでは感じていないなんて言い訳は通らないだろう。僕の絶望した顔を見下ろした屋敷は楽しそうに笑っている。

「……んな顔すんなよ。大丈夫だって。今日は優しく抱いてやるっつっただろ? 恋人みたいにさ……って、付き合ってんだけどな」

 屋敷は柄にもなく少し照れたように言うと、今度は自分の制服のベルトを外し、スラックスの前をくつろげた。そして押し倒されたままの僕の胸の上に跨り、下着から出したペニスを僕の口元になすりつける。

「咥えろ」

 ついさっき、付き合っていると言った口で、屋敷は僕に命じた。恋人だなんて思ってもいない僕は、素直にそれに従う。慣れたにおいのするそれを、大きく開いた口に迎え入れた。歯が当たらないように気をつけて喉まで咥え込み、ジュルジュルと吸うように頬を狭めて舌で裏筋を舐める。何度も強要されるうち、屋敷の弱いところは覚えた。そこを責めれば早く済ませられるからだ。
 口に入れられるのも、アナルに挿れられるのも、ただ粘膜が擦り合わされるだけの行為だ。僕は無理に思い込み、そう思うことで無心になって屋敷のペニスに専念する。

「あー、気持ち良いっ」

 屋敷が背筋をのけぞらせながら呟いた。そうして指を僕の尻へと伸ばす。

「はぁっ……、膝立てて、足……広げろ」

 本当に気持ちが良いのか、喘ぐような息遣いで屋敷は僕に告げた。鈴口を舐めながら僕は膝を曲げ、足を開く。後ろに回した屋敷の手がいつの間にか用意していたらしいローションを垂らし、僕の尻を割り開いて、太く長い指が入ってきた。一本目の指が根本までズブズブと入ると、間髪入れず二本目と三本目が入れられる。遠慮なんてない。昨日もヤッたのだから、僕のそこはまだ柔らかいままだった。

「う、ふぅっ……」

 僕は頭の下のクッションを掴み、快感をやり過ごそうとする。中を擦られると腹の奥に切なさを感じてたまらない。それを分かっているのか、彼は面白そうな笑い声をたてると、僕の中で三本の指を好き勝手に動かし始める。僕は思わず頭をのけぞらせてしまい、そして屋敷の体勢が変わったこともあって、ペニスが口から離れてしまったけれど、それを気にする余裕は失われていた。

「あ、あぁっ」

 自分でも嫌になる程甘い喘ぎ声が口から漏れる。嫌なのに止められない。今すぐにでも屋敷の指を引っこ抜いて足を閉じたいのに、命令されたせいでそれも出来なかった。こんな状況になってもまだ、僕の中には屋敷の命令に反抗することに恐怖を感じるのだ。本能的に嫌だと思うこと以上に彼のことが恐ろしいだなんて、僕にとって屋敷という存在は、自分を押し殺してでも従うべき人間なんだと感じているのだろうか。
 自分のことなのに、自分のことが分からない。
 僕は混乱し、喘ぎながら泣いた。

「……聡司? どうした?」

 屋敷は僕の上から退いて横へと移動すると、アナルに指を挿れたまま反対の腕で僕を抱きしめてきた。声は優しい。けれど、僕の中を弄る指は前立腺を刺激してくる。何度もセックスしたから覚えられてしまったその場所は、僕の気持ちなんて全く関係なく、ただ押され、指で挟まれただけで甘い快感を伝えてきた。

「あ、あっ、そ、それ、や…やめてっ、ん、んぁっ」
「なんで泣いてんだよ? お前はこうやって、気持ち良いことだけ感じてれば良いんだから。余計なことは考えるな」
「ちが、ちがうっ」
「……あ?」

 思いやりに溢れた、と自分では思っているらしい屋敷の言葉に異をとなえると、彼は不機嫌さを隠しもしない返答をぶつけてきた。それで僕が萎縮してしまうのを知っているからだ。彼は優しいんじゃない。僕を自分の好きなように扱うために優しいふりをしてみただけだ。
 そこまで理解しているのに、僕の体は一瞬で固まり、震え、頭で考えるよりも先に口からは謝罪の言葉がこぼれ落ちる。

「ごめ、なさい……っ」
「……いいよ」

 あっさりと謝罪を受け入れた屋敷は、僕の唇に軽くキスをした。

「お前が悪かったって分かってんなら、いい」

 念を押すように言う。彼の言うことを否定した僕が悪い、と断言されたのに、それよりも彼の怒りが収まったのが嬉しくて、僕は作り笑いで微笑んだ。それを見た屋敷の顔も笑顔の形に歪む。その顔のまま、彼は再び僕に口付けた。今度は唇を割って舌が入ってくる。さっきまで屋敷のペニスを含んでいたそこを、彼は丁寧に舌で舐めねぶった。僕は彼の機嫌を取るように自分から舌を絡める。怖い。怒らないで欲しい。アナルを指でかき回されながら口の中も犯されている僕は、ただそれだけを願っていた。

 何度もキスをされ、前立腺を指でこねられる。僕はその度に体を震わせ、彼にしがみついた。

「出そう?」

 愉快そうな色を含んだ声にコクコクと頷くと屋敷は指の動きを止めてしまう。必死に目を閉じて快感に耐えていた僕は、安堵して良いはずなのに、物足りなさを感じてしまい、そろっと目を開けた。目の前に屋敷の顔があり、その目はじっと僕だけを見つめている。驚き慄いた僕の様子に微笑んだ彼は、ネットで得たらしい知識を僕に披露した。

「メスイキするにはさ、出さねーほうが良いんだって」
「……そう、なんだ……」

 僕にとって何の得にもならない情報に対し、僕は笑顔を作って答える。無理に力を入れて引き上げた頬が引き攣って震えたけれど、屋敷はさして気にしていないようだった。

「だからさ」

 彼は僕を離して体を起こし、ベッドサイドのチェストの引き出しから二つのものを取り出して、それらを僕に見せる。

「どっちが良い?」

 不意にそう聞かれた僕は体を起こし、彼の持つ物体に目を向けた。屋敷の右手には袋に入ったままの太さが異なる数本の細い棒が、左手には一部が欠けたシリコン製らしき丸いリングが握られていた。その二つは初めて見るもので、何をするものなのか、僕には全く分からない。

「特別に選ばせてやるよ。……恋人だしな」
「…………え?」
「まあ、俺としてはコックリングのがオススメかな。尿道プラグはさ、消毒とか色々面倒だし」
「……あ、あの」
「早く選べよ」

 意味が分からず戸惑い、狼狽えてまともに返答が出来ない僕を正面から見下ろした屋敷は、いつものように冷たい声で傲慢さを隠そうともせず、僕に選択を迫る。彼を苛つかせるのが怖くて焦った僕は、お勧めだと言われたほうを指差した。

「こ、こっちが、良い……です」
「ハハ、やっぱり? 俺たちやっぱ好みが合うな」

 屋敷は嬉しそうにそう言うと、右手に持っていた袋をチェストに放り投げ、コックリングだと説明した左手のリングを僕の股間に近づける。

「お。萎えてんじゃん……ま、いいか。そのほうが付けやすいし」

 彼は独り言のように呟きながら、力を失った僕のペニスを片手で持ち、リングの中に通した。

「痛くねえ?」

 根本までリングを通したあと、屋敷は再度僕の体を押し倒し、ペニスをゆるゆると扱き始める。慌てて頷いた僕の唇にキスをし、屋敷は当然のように舌を絡めた。下になった僕の口の中に屋敷の唾液が落ち、僕はそれを飲み込む。そうするとキスをしたまま嬉しそうに微笑まれ、僕はそれに安堵を覚えた。
 チュッと音を立てて唇が離れる。今度は首筋に舌を這わされ、ゾワゾワとした感触に僕の体は勝手に震えた。その反応に屋敷はまた笑い、存外に優しげな声で囁く。

「お前、俺とキスすんの本当に好きだよな。すぐにチンポが濡れるしさ」
「ご、ごめんなさ……っ」
「怒ってねえよ。かわいいってこと」

 反射的に身をすくませて謝罪した僕の言葉を遮り、屋敷はもう一度僕にキスをする。それから彼は僕のペニスから手を離し、ローションで濡れたままのアナルへと指を挿れた。

「あっ、ああ、んんっ」
「反応良いな。気持ちいい? 俺にこうされんの好きなんだろ?」
「うんっ、好き、好きッ」
「……はー……マジでかわいい」

 自分から膝を曲げ、足を開いた僕は先ほどのように間違えたりはしなかった。屋敷がしたいこと、僕にすることを否定せずに受け入れる。目を見てそれを好きだと言い、少しでも苛つかせないように努力するのだ。そうすることが僕にとって一番楽で、負担が最も少なくなることだから。
 逆らうのも争うのも、逃げ出すことも僕にはハードルが高い。何もせず、ただ我慢して嫌なことが自分の上を通り過ぎるのを待つことだけを願う。なるべく酷いことをされないように機嫌を取り、時には媚びるような真似だってする。情けないけれど、僕にはそれが精一杯だった。

 屋敷は僕のアナルの中で指を動かし、前立腺を捏ねるように刺激する。そうされるうちに僕のペニスは簡単に芯を持って勃った。でも根本にリングを通されているため、少し痛い。外して欲しいけれど、屋敷にそれをお願いするのは憚られる。彼は僕に射精をさせないがため、このリングを嵌めたのだろうから。

「気持ち良いな、聡司?」

 いつものように確認されるから、僕はコクコクと頷いた。屋敷はそれを確認すると指を抜き、手近に置いていたタオルでローションを拭うと、僕の両足を持って左右に広げる。腰の下にクッションを入れられ、僕は自分の勃起したペニスが視界に入ってしまう格好をとらされた。リングで堰き止められているのか、カウパーもそれほど出ていない。

「おねだり。して見せろよ」

 これもいつものことだ。僕に恥ずかしいことを言わせるのが好きらしい屋敷の趣味だ。こんなことでは何も感じない。そう思い込むようにした僕は、躊躇せず自分のアナルに指をかけ、そっと開く。

「昴くんの……おちんちん、こ、ここにください」
「ハハッ。いいぜ」

 間をおかず言えたのが良かったらしく、屋敷は笑顔を見せると、その表情のまま僕のアナルにペニスを押し付けた。

「う、うぅっ……」
「力、抜いてろよ……?」

 腰を上げた姿勢のため、屋敷のペニスが上から押し込まれる。いつもとは違う角度に苦しさを感じて僕は呻き声を漏らした。けれど屋敷は気にせず、グイグイと強引に奥へと進みたがる。クッションを握りしめただけでは逃せない痛みに、僕は思わず声を上げた。

「い、いたいっ」
「嘘つけ」
「……っ」

 ニヤついた声で返された言葉に、僕は口をつぐむ。そうだった、本当のことを言っても屋敷には通じないのだった。何を言っても彼は自分の都合の良いようにしか受け取らないし、都合の悪いことはそもそも事実として受け取らない。
 涙が溜まり始めた目で見上げると、興奮した表情の屋敷が僕を見下ろしていた。

「お前、勃起したまんまじゃん。痛いわけねーだろ。ナカも具合良いしさ」

 言いながらズブズブと僕の中へ侵入してくる。

「ほら。お前のナカ、すげートロフワ。俺に挿れて欲しかったって言ってるみたいだぜ?」
「あ、あっ」

 屋敷のペニスに前立腺を擦られ、僕は喉を仰け反らせ喘いだ。痛いのに。本当に痛いのに、何故同時に気持ち良さを感じているんだ。痛みに耐えるため閉じてしまった目では見えないけれど、自分の腹に落ちる熱さを感じる。それを感じてうっすらと目を開けた。屋敷に酷いことをされているのに、リングで堰き止められなかったカウパーが僕のペニスからトロトロと滴り落ちている。屋敷のものを挿入されたことで僕のペニスは萎えるどころか、ますます固く反り返っていた。

「ひ、ひぅっ、あっあっ」

 目の前のそれにショックを受ける間も無く、屋敷が腰を揺らせて僕の中へと侵入する。腰を掴まれ、乱暴に揺さぶられて、僕は悲鳴ににた喘ぎ声をあげた。

「いー声。かわいい、ホントかわいくてたまんねぇ」

 僕の中にある屋敷のペニスが大きくなる。元々大きくて長いのに、僕を苦しめるためにワザとそうしたのか、とあまり働かなくなってきた頭で考えた。苦しい。けれど、気持ち良い。体が感じている苦しさとは違う快感の証拠が僕の目の前で頭をもたげている。射精したいのにできない苦しさが、本当に苦しいのかどうかさえ分からなくなってきた。
 屋敷は僕の両手に指を絡め、ベッドの上に拘束する。そしてそのまま上体を倒して僕の唇を自分のそれで塞いだ。舌がねっとりと僕の口内を舐め、歯は下唇を甘噛みする。僕の体はその行為に反応してビクンと大きく跳ねた。それに満足した屋敷は唇を合わせたまま笑い、腰使いを大きくする。密着した体位のせいで更に奥深くまで穿たれ、それが気持ち良くて僕の腰は屋敷の律動に合わせて勝手に揺れ始めた。

「ん、んっ、んっ、んっ」

 塞がれた唇から自分の声が漏れる。それは高く、鼻にかかって甘いものだった。屋敷は角度を変えて更に奥深くまで舌を差し入れ、腰の動きを早くする。小刻みに浅く抜き差しされ、僕の前立腺は擦られ、奥の行き止まりの部分に何度も亀頭を押し付けられる。
 何度もそうされたあと、満足したのか屋敷は唇を離して上体を起こし、僕の腰を掴んでペニスをギリギリまで抜いた。そして一気に奥まで突き入れる。

「……っ、ぃ、ぁあっ」
「なあ、どっちがいい? ……コッチと、」

 再び抜けそうなくらい腰を引かれ、そのすぐあと、ガツンと奥深くまで貫かれた。

「ひっ、……っ」
「……コッチ」

 結腸の手前で止めたペニスを、今度は先ほどのように小刻みに動かされる。入って欲しくないそこをノックするように、屋敷は亀頭で刺激してきた。

「あ、あっ、あっあっ」

 僕の口からは壊れたおもちゃのように喘ぎ声が続く。
 どっちと聞かれても僕には選べなかった。何故なら、射精出来るならどちらでも良かったからだ。どっちも気持ち良い。けれど、どちらを選んでも、嵌められたリングを取り外してもらえない限り僕は射精出来ないのだ。

「選べよ、ほらっ」

 また奥まで抉られる。僕の目から涙が溢れた。

「んー? もしかして、どっちも好きってことかよ? ん?」
「ん、あっ、んっ、んっ、んっ」
「どっちもして欲しい?」
「んっ、んんっ、んっ」
「そっかそっか、ハハハ、分かった」

 返事を返さない僕を見つめながら、屋敷は上機嫌に笑う。それを見た僕の胸は安堵で満ちた。良かった、僕は彼を怒らせていない。

「好きだぜ、聡司」

 屋敷はそう言うと、再びギリギリまで引いた腰を一気に奥まで突き入れてきた。閉じている奥に亀頭が当たり、僕の腹に何とも言えない快感が走る。いつもなら射精しているはずなのに、リングのせいで出来なかった僕の体は敏感に快感を伝えてきた。
 頭がおかしくなりそうなほどの快感の嵐の中、屋敷は小刻みに奥へのノックを繰り返す。トントン、トントン、と、これまで何度か入ったことのある場所へ、もう一度入れろと強要してくる。

「お前の奥、……ここ、すげぇ吸い付いてくる。気持ち良い」

 荒い息の中、知りたくもない事実を屋敷は僕に伝えてきた。けれど僕はそれに何も答えを返すことはできず、馬鹿みたいにただ口を開けて喘ぎ声をあげるのみだった。

「挿れるな?」

 宣言のように言うと、屋敷は一旦動きを止め、それからゆっくりと体を奥に進めた。直腸の終わりが押され、僕の体がずり上がる。

「ん、んうぅぅっ」

 内臓が押される苦しさに涙が溢れる。なのに屋敷は僕の肩を両手で掴むと、もう一度僕のアナルに腰を押し付けた。奥の閉じた部分を力任せに押されて苦しいのに、屋敷に肩を掴まれているため逃げることもできない。

「すば、すばるくっ、やめて、うぅっ、んうぅっ」
「こら。力抜けって。結腸まで挿れてやるってんだからさ」

 僕の必死の願いをアッサリと切り捨てた屋敷は、力任せに体を進めた。

 グプン。

 本当にそんな音がしたかどうか分からない。けれど彼の長くて太いペニスが僕の腹の中まで到達したのが分かった。僕は声も出せず、目を見開いて大きく口を開き、息をするだけで精一杯だった。

「やっと入った。はは。気持ち良いだろ」

 聞いたのは屋敷なのに、やはり僕の返事などはどうでも良いようで、彼はゆるゆると腰を動かし始める。ペニスをそこから抜き、また押し付けるようにして無理矢理開く。グポグポと何度も何度も出し入れされる。窄まったそこをそうされることで、僕の体は勝手に快感を伝えてくる。感じたく無いのに気持ち良い。こんな、内臓を無理矢理犯す行為なんて痛いはずなのに、どうしてこんなに気持ち良いんだ。
 ゆっくりだった屋敷の動きは、彼の興奮とともに激しくなり、揺さぶられた僕の目からは次々に涙が零れ落ちる。この涙も彼にとってはきっと、快楽からくるものと捉えられているのだろう。違うのに。……いや、違わないかもしれない。現に僕の視界に嫌でも入ってくる自分のペニスは、根本にリングを嵌められているのにもかかわらず、ずっと勃起しているのだから。
 視線を上にあげると、屋敷と目があった。僕を支配する彼は、予想していたのとは違う色を持った目で僕を見下ろしている。揺さぶられ、奥までペニスで貫かれながら、僕は視線を外せなくなった。

「聡司」

 名前を呼ばれる。彼が名前を呼ぶのは僕だけだ。親しい友人も、今まで付き合ってきた恋人たちも、ずっと苗字でしか呼ばなかったらしい彼が。
 屋敷の顔が近づいてくる。ペニスを奥まで挿れられたまま、僕は彼の唇を受け入れた。自分から口を開けて舌を絡ませる。気持ち良い。チュプチュプと唾液の混じる音をさせ、結腸に挿れられたままのペニスを小刻みに動かされると、もうそれだけでたまらない。僕の足は屋敷の腰へと勝手に絡みつき、腰はねだるように前後に動いた。
 もっと気持ち良くして欲しい。
 自分を犯し、今もずっと犯し続ける相手に対して、こうせざるを得ない自分の情けなさを直視したく無い。
 自宅の洗面所で抱かれたとき、鏡に写った自分の姿は、あれからずっと僕を苛んでいた。嫌なはずなのに、屋敷を受け入れることを喜んでいるようにしか見えなかった、上気した顔。悔しさからじゃない涙のたまった目。そして誘うように半開きになった口。
 今もきっと同じような顔をしているのだと思う。唾液の糸を引きながら離れていく屋敷の顔を見つめながら、僕はそう確信していた。

「ちょっとキツくするな?」

 承諾の返事を待たず、屋敷は僕の腰を掴んで激しく腰を打ちつけ始める。骨と骨が当たってガツガツと音がしそうなくらい激しいそれは、僕の中にたまらない快感を生み出した。

「あっ、ああっ、ああっ、イ、イクッ、イクッ……!」

 舌を噛んでしまいそうなほどの律動のなか、僕は喘ぎ、絶頂を迎える。

「っひ、は、あぁ……っ」

 その最中も彼の動きは止まらず、奥を突かれるたびに僕はイキ続けた。薄く開いたままの目には、勃ちあがったままの自分のペニスが映る。リングの効果があったのか、僕は射精できないまま何度もイッた。波が去る前に次の絶頂が来て、ずっと気持ちが良い状態が続く。射精したときとは違い、脱力感が来ないため、何度も何度も強制的に絶頂を迎えさせられているような状態だった。

「あああっ、いや、や、めて、も……イクのいやだぁっ」

 懇願するような言葉を吐いた途端、屋敷は僕の唇を自分のそれで再び塞ぐ。そうしたうえで、僕の体のさらに奥を抉るように突いた。
 そんなことをされても気持ち良いと感じてしまう浅ましい体に絶望する。犯されて、心では嫌だと感じているのに、もう体は言うことを聞かない。僕は、屋敷に対して完全に屈していた。
 一番激しい波に飲み込まれ、僕の意識は一気に遠くまで攫われる。体は僕の意思に関係なく勝手に屋敷のペニスをギュウギュウと締め付け、彼の精液を体の奥に感じながら僕は意識を手放した。



 ベタついた体が気持ち悪い。
 シーツが絡まった足を動かすと、体の奥から精液が流れ出すのを感じた。

「…………っ」

 目を開けると、僕は屋敷の部屋のベッドの上にいた。彼とセックスをして気を失い、そのまま寝ていたらしい。窓の外はまだ明るく、気を失ってしまってから、そんなに時間は経っていないらしかった。

「ん? 目、覚めた?」

 ベッドの端に腰をかけ、一枚のプリントを手にしていた屋敷が僕に気づいて声をかける。

「ご、ごめんなさい、僕……寝てしまって、その」
「寝たって。ハハ。気持ち良すぎて気ィ失ったんだろ? 言ってみ?」
「…………っ」
「聡司」

 そんなことを言いたくなくて黙っていると、屋敷は優しい声で僕の名前を呼んだ。その声に苛つきは無い。なのに、僕の体は彼に逆らってはならないと緊張で固くなる。

「き、気持ち…良くて、よ、良すぎて、気を失って、ご、ごめんなさい……」
「……ん。可愛かったから許してやるよ。……今までで一番良かったよな、さっきのセックス。お前もメスイキしまくって、俺のことギューって締め付けて。もうちょっと持たせるつもりだったのに、暴発したのなんて久しぶりだったわ」
「ご、ごめんなさい」

 屋敷は手にしたプリントをベッドの上に置くと、僕の体を起こして抱きしめた。そして耳元で囁く。

「何回もヤッてれば、そのうちリング無しでもメスイキできるようになるから、一緒に練習しような」

 優しい声に、戸惑いつつも僕は頷く。折角彼の機嫌が良いのだ。今日はこのまま、イラつかないでいて欲しい。たとえここで嫌だと言っても彼に僕の言葉は届かないのだから、僕に選択権はない。それに、何を答えても結果が同じなら、機嫌を損ねない返事のほうが良いに決まっている。
 僕は屋敷に抱きしめられながら、彼がベッドへと無造作に置いたプリントに目をやった。

「…………」

 それは僕の進路調査票で、消すように言われて従ったから空欄のはずの志望校の欄には、大学名が記載されている。

 東都大学。

 そこには屋敷の綺麗な字でそう書かれていた。一緒に提出しに行こうと言ったことを彼が忘れていると思っていた僕は甘かった。彼に限って、そんなことはあり得ないのだ。家に帰ってから書いて、明日、朝イチで提出しに行こうと考えていた浅はかな僕の計画はアッサリと潰えてしまった。

「やっぱ俺さ、お前のこと手放せねーわ」
「…………」
「すげー好き。……こんなに好きになったの、初めてだ、ハハッ」

 嬉しそうに笑う屋敷は僕を抱きしめる腕を緩め、僕の体を自分の正面に移動させる。肩を掴まれ、彼が顔を近づけたから、僕は顔を上向かせて目を閉じた。唇が重なり、離れ、もう一度角度を変えて押し付けられる。気持ち悪い、と以前は感じていたけれど、今の僕はもう何も感じなくなっていた。勿論、嫌だと感じる心はある。しかし、出来ればやめて欲しい、と思う程度で、吐きそうなほどの嫌悪感は無かった。

「高校卒業したら同棲しような? お前の親にはさ、俺の親通してもう承諾とってるから。……ま、ルームシェアだって言ってあるんだけどさ」

 屋敷が嬉しそうに言う。
 優しい声だったから、彼を苛つかせていないことが嬉しくて、僕はコクリと頷いた。僕の体だけじゃなく、この先の将来まで奪おうとする彼に、もう抗う気力なんて残っていない。何をしても無駄なのだ。僕にこんなことをしておいて、僕の一番の味方である僕の親にさえ気に入られている屋敷に、僕ができることは何もない。全ては無駄なのだ。

 どうでも良い。
 心の底からそう思ったのは初めてだった。
 屋敷にいじめられて、抱かれて、それも高校を卒業するまでだと自分に言い聞かせているうちにメスイキなんてものをするまでに開発されて、挙げ句の果てには卒業後も逃げられないことを知らされた。僕の人生なのに、屋敷の思い通りにしかならない。
 僕が僕である意味なんてあるのだろうか。
 そんなことがふと頭に浮かぶ。

「嬉しいだろ、聡司」

 屋敷がそう聞くから、僕は考えるのを止めた。そして上手くできなかったかもしれない笑みを顔に浮かべて頷く。なるべく嬉しそうに見えるように。

「うん、嬉しいよ。ぼ、僕、昴くんが好きだから……」

 頬が引き攣る感覚を覚える。なのに屋敷はそんな僕を見て、嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った。

「愛してる、聡司」

 そんな呪いの言葉を吐きながら。
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