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〜荒淫前夜
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分厚いなめくじのような舌が、生流のピンク色のペニスを上から横から這いずり回るように舐めしゃぶっていた。
舌先に唾液を絡めてまんべんなく塗りつけ、滑りをよくしておいてから剥き出しになった先端をジュルジュル音を立てて啜る。
鼻の痛みはいつの間にか消え去り、代わりに細胞の一つ一つがふつふつと沸き立つような、空気が触れただけで身体中の皮膚がブワッと波立つような気持ち良さが生流を包み込んでいた。
「ずいぶん感じてるじゃないか。ネンショウ上がりだと聞いてるが、ひょっとしてアッチのほうも経験済みかぁ?」
何をされているのか理解しながらも、頭が痺れて自分から跳ね避けることが出来ない。
それどころか、もっと触ってほしくて自然と腰が揺れる。身体中のいたるところが疼き、はち切れんばかりに膨れ上がったペニスが締めの甘い蛇口ように先走りをトロトロと伝い漏らす。
カリ首から竿、根元、睾丸にまで伝い流れた粘液を、田之倉のいやらしい舌が繰り返し舐め上げ、先っぽの口を舌の先で開いて絡め取る。舐められた部分が焼けるように熱い。ペニスがジンジン痺れ出す。
「吸っても吸ってもキリがねぇ。どんどん溢れてきやがる……」
普段は閉じている小さな口を尖らせた舌で無理やりこじ開けられ、内側から滲み出る汁を舌先でグニグニと揉まれながら舐め取られた。
頭がおかしくなりそうなほど気持ち良い。
ペニスも、乳首も、お尻の奥も。
「あああっ……はあぁッ……」
全身の性感帯が見えない糸で繋がってしまったかのように、触れられていない部分までもがゾクゾクと疼き出す。今ペニスを這い回っている舌が乳首に触れたなら。思った途端、たちまち乳首がピンと勃ち、触って欲しくてたまらない気持ちになった。
「ち……ちくびッ……ちッ……」
無意識に生流の口が動いていた。
「乳首? 乳首がどうかしたか?」
「ちくび……触って。ちくびィィッ!」
生流のもつれるような喘ぎ声に、田之倉の目が厭らしそうに歪む。
「まったく、スケベなガキだ……」
両方の乳首をキツく摘まれ、生流は、「ふわああぁぁッ」と奇声を上げて仰け反った。
「あああぁっ、イッ、イイッ、イイよぉッ、気持ちイッ……」
ペニスは田之倉にしゃぶられたまま、肩を押さえていた男たちが両側からそれぞれ左右の乳首を好きなようにいじくり回す。
手のひらでさすったり指先で転がしたり。乳輪ごと指で摘んで捻り上げたり、先っぽに爪を立ててグリグリ潰したり。
男たちの指が乳首の上を這い回るたび、生流の小さな乳首がへこみ、よじれて、潰される。
苛烈な愛撫にピンク色の乳首が乳輪の周りまで赤く腫れて見るからに痛そうだが、当の生流に全く痛みは無い。
鼻から吸わされた白い粉が、感じるはずの痛みを震えるような快感に変えていた。
「どうだ、気持ち良いか?」
「イイッ……きッ……きもちイッ、イイッ……」
吐きかけられる言葉さえもが卑猥な触手になって身体中を撫で回しているかのような錯覚に襲われる。
夢なのか現実なのか解らない。
味わったことない快楽が、生流の思考をことごとく奪っていた。
「乳首もなかなか良い具合だな」
「はい。小さくて色も良いですね」
「でっかくして喜ぶヤツもいるが、実際はこういう乳首の方がウケは良いからな。それにしてもたいしたよがりようだなぁ。見てるだけでアソコが勃っちまうぜ」
突然、「おい!」と呼ばれと思ったら、髪を掴まれ頭を起き上がらされた。
「乳首、いじられんの、そんなに好きか?」
答えるよりも先に、生流の顎がガクガクと頷いた。
「好きッ! すッ、好き……ですッ。好きいぃィィィッ……」
「そうか、そうか。もっといじってやろうか? あぁん?」
「いじってくださいッ……。乳首ッ……もっと……いっぱい……いじってぇッ……」
「どうやっていじって欲しい? 自分でやってみな……」
田之倉が生流の手をそっと握り、生流の白くて細い指を赤く膨れ上がった乳首の上に導く。
ジンジンと疼く先端に指先が触れた途端、生流の指が待ち切れないとばかり乳首を摘んで力任せに揉み始めた。
「あっ、ああっ……イイッ……乳首ィッ……きもちイッ……」
指の腹ですり潰すようにグニグニと揉み潰し、根元を挟んでキツく引っ張り上げる。先端に爪を立ててぎゅーっとめり込ませると、チクンとした痛みと痺れが乳首の先からお腹の奥へと突き抜けた。
「んんんっ……すごいぃぃッ、きもちイッ……よぉぉぉッ」
「自分で自分の乳首いじってやがる。なんというスケベなガキだ」
「んふっ、ふっ、んっ、すごッ……ここ、すっごく、すっごく、きもちいぃィッ」
「おいおい、そんなにしたら乳首が擦り切れちまうぜ?」
「いいのぉぉぉッ! 乳首ッ……切れてもっ……いいっっぁぁッ!」
「取り憑かれたようにいじってやがる。…こりゃ、スケベどころかたいした変態野郎だ」
掻き始めたら止まらない痒みのように、触れれば触れるほど内側から、もっともっと、と快楽が湧き上がる。
身体が快感以外感じない。
はぁはぁと息を荒げながら一心不乱に乳首を捏ね回していると、突然口を塞がれ、両方の鼻の奥に苦い粉を流し込まれた。
「ほら、ちゃんと吸え。もう一回だ!」
ものの一分と経たないうちに目の前が真っ白になり、突き抜けるような解放感が全身を覆い尽くす。
乳首の感度も異常なまでに高まり、生流が爪の先でカリカリと引っ掻くたびに、田之倉に握られたペニスがビクンビクンと跳ねて、はしたないほどの先走りを滴らせた。
「ずいぶんと効きが早いが、まさかニセモンじゃねぇだろうなぁ……」
「信頼できる筋からなんでそれはないです」
「ならいいが、蓋を開けたら覚醒剤とケタミンだったなんてオチじゃ目も当てられねぇぜ」
皮膚がぶるぶる震える感覚に歯を食いしばると、再び、鼻先にストローを突き付けられて、「吸え」と命令される。
無意識に息を止めるのは、これ以上吸ったらヤバいという身体からの本能的な警告だろう。しかし、いざ鼻の奥にツンとした痛みが走ると、たちまち頭がバン、と弾け、もうどうにでもなれという気持ちになった。
「こっちもスゲェな。こりゃもう、がまん汁じゃなくてションベンだ」
乳首をいじっている間もずっと扱き上げられていたペニスは、いつ射精してもおかしくないほどビンビンに反り返り、先走りがお尻の谷間まで滴り落ちている。
それを、「よく見せてみろ」と両脚を頭の方へ返され、お尻を真上に向けられたマングリ返しの状態で晒された。
冷たい外気が、先走りでぐっしょりと濡れたお尻の谷間をヒヤリとなぞる。さらに両側から尻の肉を掴まれ左右に開かれると、火照った粘膜に外気が流れ込み、内側の肉壁がゾワゾワと蠢き出した。
「ケツもヒクヒクいってんなぁ。可愛い顔して
こっちの方もしっかり経験済みとみえる」
「いやあぁッ……」
両膝が頭の横につくほど身体を折り返され、真上を向いて開かされた後孔を、さらに指で横にグイと引き伸ばされる。
「アッ!」と身体をビクつかせたのも束の間、田之倉のねっとりとした舌が後孔の窄まりをこじ開けて粘膜に侵入し、生流は、「はあぁぁぁッ!」と叫んで喉を仰け反らせた。
「ずいぶんと柔らかいが、ひょっとして自分でいじってたのか?」
「ちがッ……あはぁぁッ……」
悶える生流を面白がるように、田之倉が、矢じりのように尖らせた舌先を濡れそぼった窄まりにめり込ませる。
縁のシワを引っ掻きながら、舌先を穴の中に入れては出し入れては出し。入り口の浅い部分をほじくり返すような舌の動きに、お預けを食らったお尻の奥がヒクヒク疼き出す。
お尻の中が切なくてたまらない。今すぐにでも突っ込んで欲しい。あの、太くて硬いモノで、熱く火照った粘膜を隙間なくギチギチに埋め尽くして欲しい。
普段なら思わないような欲望が切実に込み上げ、生流は、自らねだるように後孔をヒクつかせた。
その、卑猥に蠢くピンク色の窄まりに、田之倉がスッと指を這わす。
「パクパクいって、今にも吸い付いてきそうだぜ……」
生流の心の変化に田之倉が気付いていないわけがない。
快楽の虜になった生流を弄ぶように、田之倉は、窄まりに這わせた指先を立て、わざと焦らすように穴の周りをチョンチョンと軽く突ついた。
「あぁん……」
「女みたいな声出して……。中に入れて掻き回して欲しいか?」
「してッ! 指、入れてッ! 掻き回してぇッ!」
追加された粉がどんどん身体に回り、喩えようもない快感となって生流を襲う。
先走りで濡れているとはいえ、ローションなしでいきなり指を入れるのは無謀と言えたが、今の生流にはその痛みすらも甘い刺激に思える。
痛みどころか、もっともっと刺激が欲しい。もっと身体の中をめちゃめちゃに掻き回して欲しい。今の自分なら、どんなモノでも受け入れられるような気がした。
「スゲェなぁ。初めてにしてもこりゃ効きすぎだろう。フィストファックも出来そうな勢いじゃねぇか……」
「今日は弛緩剤を持ってきてないんで無理ですよ」
「そうか。残念だ……」
何本入っていたのかも分からない指が抜かれると、また、鼻からクスリを吸わされる。
痛みと違和感でしかなかった吸引も、繰り返されるうちにすっかり慣れてしまった。
時間の感覚が無いので正確なことは解らないが、短時間に何度も吸わされているような気がする。
その度に、頭の中のごちゃごちゃしたものがバァーンと弾け飛ぶ。
何もかもがどうでも良い。わけもなく幸せで涙が出る。そして気持ち良い。
今もまた、頭が見事に弾け飛び、生流は、焦点の定まらない目を宙に泳がせた。
「シャブでも塗ってやりたいとこだが今日は我慢だな。……一応、アレを使ってやるか……」
少しの間の後、田之倉が生流の上に中腰になって跨り、指を抜かれてぽっかりと空いたままになっている後孔に男根の先端をあてがった。
そのまま生流の足首を持ち上げながら、中腰になってお尻の上に乗り上げ、上を向いたお尻から斜め下へと男根を突き入れる。
途端、お尻の奥に切ない疼きが走り、生流は、涙声にも似た甘い嬌声を上げた。
「あっはぁぁッ、はあぁぁッ、きっ、気持ちイッ……」
初めての体位。
恭平ともしたことがない。
お腹の感じと息苦しさから、いつもよりも深いところまで挿入されているのが解る。
挿入される前からすでに何度もドライオーガズムに達していた生流は、ひと突きされただけで直ぐにビクビクと肉壁を痙攣させた。
「中もイイ具合に締め付けてきやがる……。効き目を試すだけのつもりだったが、こりゃぁ思わぬめっけもんだったぜ……」
鳥肌が立つような快感が背筋を駆け上がる。
力任せにズンズンと腰を突き入れられ、生流の白い背中がゴム毬のように弾む。
押し潰された首が喉を圧迫して上手く息が出来ない。顔が熱い。こめかみがビリビリする。
「ああぁぁっ、やっ、あはぁっ、もっ、ダメぇぇッ、はぁぁあぁぁッ……」
田之倉はというと、生流の脚を左右に大きく開いた状態で足首を掴んで身体を支えながら、疲れた中年男の見てくれからは想像もつかないような逞しくいきり勃った男根を、生流の尻穴に向けてスクワットでもするかのようにガツンガツンと突き入れている。
その度に、生流の背中がしなり、もつれるような嬌声が上がる。
お腹の奥の深い部分を容赦なく突かれる感覚。
それなのに少しも痛くない。むしろお尻の中がムズムズと熱く疼く。
それが田之倉がコンドームに塗り付けた催淫効果のあるジェルの影響であることを生流は当然知る由もない。田之倉が怒張を抜き差しするたびに襲いかかる快楽に、生流はただ、上気した顔を振りたくって耐えるしかなかった。
「今まで何人ぐらいとヤッたんだ?」
「……てない。まだ……ひっ、ひとりしかぁッ、あッ……」
「ほう。てっきりネンショウで輪姦されまくってたのかと思ったがこりゃ意外だな。それともネンショウはムショと違ってそういうことはあんまり無ぇのかい?」
「あぁッ、んふッ、しっ、しらな……んんッ、んあぁぁッ、あッ」
田之倉の、気を紛らすための軽口さえもが甘い囁きとなって耳をなぞる。
頭も身体も、自分の全てが快楽だけに支配されている。
吸わされた粉やお尻の中に塗られた薬剤が、血液に乗って身体中に巡り、身震いするような快感となって生流を襲っていた。
「まぁいい。俺も使い込まれたユルマンより、お前さんみてぇな、綺麗なピンク色のケツマンが好きだからな……」
男根は、相変わらず真上から斜めに打ち下ろされ、肉壁をいたぶりながら後孔を往復している。
その、グリグリとした硬い先端が、ふいに向きを変えて生流の弱い部分を突いた。
「んあああぁぁぁっ!」
途端に、お尻の奥から背中、頭のてっぺんに電気が走ったような快感が突き抜けた。
「んははあぁぁぁッ、あッ、ああッ、はぁ、はッ、そこッ、だめッ、だめえぇぇぇッ!」
今までとは明らかに違う快感に生流の唇から絶叫が迸る。
同じ男根とは思えない。今までよりも一回りも二回りも硬く大きくなったように感じる田之倉の男根が、生流の感じる部分を凄まじい速さでグイグイ突きまくる。
いつの間にか身体は二つに折られ、天井に向いて伸びた膝を肩に担がれて更に深くまで腰を沈められると、快感と圧迫感が同時に生流を襲い、ペニスの先からダラダラと精液が溢れ出た。
「見ろ、トコロテンしてやがる。全くとんでもねぇエロガキだ」
「ひぃあぁぁぁっ、ひっ、ひぃぃっ、あっ、そこッ、すごっ、すごいィィッ、……」
ひと突きされるたびに、生流のペニスの先から白い精液がお腹の上にトロリと吐き出される。
いつもは射精すれば正気に戻るのだが、ドライオーガズムが長く続いていたせいか、射精しても全く興奮が冷めず、むしろ、もっともっと欲しくなる。
「犯して……」
自分でも信じられないような言葉がひとりでに漏れる。
「犯して……もっともっと……いっぱい……してッ……」
「言われなくてもそうしてやるよ。なぁ?」
身体を起こされたと思ったら、膝の上に後ろ向きに乗せられ、下から男根をズッポリと嵌められた。
再び強烈な突き上げ。
ぼんやりとした視界の先に田之倉の顔を見付け、今、自分を犯している男が田之倉でないことに気付く。
しかし、両側から頭を押さえられて無理やり男根を咥えさせられると、口の中に充満する雄臭さと息苦しさで意識が朦朧として何も考えられなくなった。
下からはお尻の奥を揺さぶられ、上からは喉の深い部分まで押し込まれる。
肉壁は休むことなく痙攣し、立て続けに男根を咥えさせられた結合部は、ローションと体液でグショグショに濡れ、白い泡を吹いている。
もう何度絶頂を迎えさせられたのかも解らない。
鼻からもどんどん苦い粉を吸わされる。
射精感が止まらない。昇りつめていく感じが延々と繰り返されている。
やがて男が、「イクッ! イクッ!」と、腰をビクビク震わせても、生流の肉壁は貪欲に男根を求め、逃がすまいと絡み付いた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
止まらない官能の衝動は、生流が意識を失うことでようやく終息した。
「危ない混ぜ物は入ってなさそうだ」
「メジャーな麻酔剤、といったとこでしょう」
「死人が出たら厄介だからな。……それよりも、このボウズは結構使えると思わんか?」
「パーティーに参加させますか?」
「俺は、面白そうだと思うんだが、お前さんはどう思う?」
「良いと思います。ちょうど若いキャストを調達しようと思ってたとこですし、この見た目なら中学生でも十分通用するでしょう」
「弱いモン虐めの好きな連中だからなぁ。ガキを泣かせて何が楽しいんだか……。まったく、金持ちの考えることは良く解ンねぇぜ……」
「同感です……」
ボソボソと呟く声に呼び起こされ、生流はぼんやりと目を開いた。
身体が異様に怠い。
いつもの、セックスをした後の気怠さとは全く違う。
お尻の奥が、熱湯をぶちまけられたようにジンジン熱く、お腹の中が内臓を引っ掻き回されたようにズキズキ痛む。
それよりも、全身を覆い尽くす喩えようもない怠さが生流を痛めつけていた。
頭の先から足の先まで、とにかく身体の全てが怠くて怠くて仕方ない。
身体中のエネルギーを吸い取られてしまったかのように、起き上がるどころか動こうという気力すら湧いてこない。
このまま動けなくなって死んでしまうのだろうか。
思いながら、天井に向けていた視線をぐるりと横に向ける。
すると、床の上に胡座を掻いた田之倉が、「よう、起きたか」と、スケべったらしいニヤケ顔を生流の方にぬうっと近付けた。
「無理に喋らんでいい。何本も咥え込んで疲れたろ? カリ首のリングも強烈だったからなぁ」
田之倉たちに身体を弄ばれたことは覚えていたが、何をどうされたのかまではよく覚えていなかった。
ただ、蕩けるような快楽の中で、気が狂いそうな絶頂が止まることなく押し寄せていたことははっきりと覚えている。
その快楽も、身体の怠さに押されてすっかり息を潜めていた。
まるで、天国から地獄へ突き落とされた気分。
舞い上がるような高揚感と胸の内側からふつふつと込み上げる幸福感、イク寸前の気持ち良さが延々と続いているような恍惚感から、いきなり重苦しいどろどろしたヘドロの沼に落とされた気分だ。
現実とのギャップに頭が追いつかない。
心と身体が混乱し、自分が世の中の全てから見捨てられてしまったような感覚に襲われる。
わけもなく悲しくて、苦しい。未だかつて感じたことのない喪失感。
「あんだけキマッた後じゃ身体もつれぇだろ。ちょいと味見するだけの筈が、お前さんがあんまりスケベな変態野郎になっちまったんで抑えが効かなくなっちまってなぁ。結局、ここにいる三人で輪姦しちまったってワケさ」
たいして好きでもない田之倉と、顔も知らない田之倉の仲間にさんざん犯され、ショック以外の何ものでもない筈なのに、一方で、田之倉たちとのセックスの興奮が脳裏に焼き付いて離れない。快感が甘い記憶となって身体中の至るところにへばり付いている。
好きでもないのに、あの時の快楽が忘れられない。
こんなことを思う自分は、田之倉の言う通り、スケベな変態野郎なのだろうか。
相反する欲求への葛藤と極度の疲労が、生流の思考を陰鬱な方向へと傾ける。
こんな変態野郎は消えてなくなればいい。消えたい。今すぐこの世から消えて無くなりたい。
やがてそれは自分自身への嫌悪感となり、生流の萎んだ神経をより脆弱にさせた。
一方、田之倉は、屍のように横たわる生流を、何もかも解っているというような物知り顔で見た。
「そんな悲しそうな顔をするな。心配せんでも、お前さんが気に病むようなことはなんも無ぇよ。今はただ疲れて頭が混乱してるだけだ」
言いながら、「こいつをやるから口を開けろ」と下唇を摘まれる。
反射的に口を引き結ぶと、「ただの安定剤だ」と無理やり口を開かされ、白い錠剤を舌の上に落とされた。
甘い。
鼻から吸わされた粉が強烈だっただけに、舌の上に転がる甘い錠剤に生流は微かな安堵を覚えた。
「これを舐めたらじきにラクになる……」
三十分ぐらいで効くと言われた安心感からか、舐め初めて数分足らずで、泣きたくなるような憂鬱な気持ちが徐々に和らいだ。
浅い呼吸がしっかりとした深い息になり、縮こまっていた手足が床の上に緩やかに伸びる。その間、田之倉は、生流の頭の上にずっと手を置いていた。
病気の子供の様子を見るように、頭の上にそっと手を置き、時折り、「大丈夫だ」とでも言うように手のひらをポンポンと弾ませる。
心細い時に見せられた優しさに、生流は、犯されたショックも忘れ、されるがままに身を任せた。
「どうだ、ラクになってきただろ? 気分がおかしくなった時はこれを舐めてりゃじきに落ち着く。余分に置いてってやるから、おかしいと思ったらすぐに舐めるといい」
それと、と、田之倉がふいに語気を強める。
「今日のことは光哉には内緒だ。残念だが光哉はこういうのが大嫌いでなぁ。いくら誘っても乗ってこないどころかあからさまに軽蔑の目で見てきやがる。お前さんだって、こんなことが知れて光哉に嫌われたくはないだろう?」
また。
と、生流の胸に嫌なざわめきが起こる。
また、これをネタを脅されるのだろうか。
波紋のように広がる不安を決定づけるように、田之倉が細い目をさらに細め、猫撫で声で囁いた。
「また連絡するから。それまで良い子にしてな」
汗ばんだ手が額にかかり、ゆっくりと瞼を下ろす。
閉ざされた視界の裏側に恐ろしい影を見たような気がして、生流は、閉じた瞼をさらにキツく閉じた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『ダチっつーか、弟に近い感じっすかね。なんか放っておけなくて……』
生流のことを話す光哉のしみじみとした横顔を、恭平は、つい今しがた見たことのように思い出していた。
生流を無理やりモノにしてしばらく経った頃、生流の、少年院上がりとはとても思えないスレていない内面と、年のわりに幼さすぎる反応に軽い衝撃を受けた恭平は、たまたま光哉と二人きりになったのをこれ幸いと、生流のことをあれこれ聞き出した。
『あいつ、ちょっとペースが遅いじゃないですか。おっとりしてるっていうか、鈍感っていうか……。話しててもテンポが合わないし、そもそも話しが通じないとこもあって。だから、騙されやすいっていうか、グループのメンバーからも、いじられたり、カモられたりしてて……』
話が通じる通じないはさておいて、騙されやすいタイプであることは、会ってすぐ二言三言話しただけですぐに気が付いた。
それだけに、最初は、こんな奴が本当に、このところ裏界隈でまことしやかに囁かれているコカイン密売ルートの開拓メンバーの一員なのだろうかと目を疑った。
それでも突然現れた新入りをやすやすと信用するわけにはいかない。なぜならそれが恭平に与えられた任務だからだ。
茅野恭平。
暴走族上がりのごろつきフリーターとして周りに認知されながら、その実体は、関東最大規模にして最強を誇る武闘派集団スティンガーの専属諜報員。普段は気ままなごろつきとして暮らしながら、任務が下ればスティンガーの敏腕諜報員へと姿を変える。
重要な役どころを担う一方で、決して表舞台には姿を表さない。雇用主であるスティンガーに於いてさえ、一部主要幹部にしかその存在を明かされていない隠密中の隠密要員だ。
その恭平に命令が下ったのは、今から三ヶ月ほど前のことだった。
調査依頼は、未だ確立されていないコカイン密輸ルートに関する怪しい動き。
首謀者は、スティンガーの後援団体である暴力団と因縁浅からぬ関係にある敵対勢力との噂で、表立っての交渉ごとは、傘下組織の幹部である田之倉という男が行っているらしいという情報までは掴んでいた。
『特殊詐欺でシノギを上げている』と評判の田之倉が、騙し取る相手から現金を受け取る“受け子”や、送金された金を引き出す“出し子”を求めて暴走族の集会や不良グループの溜まり場に頻繁に顔を出していたことは既に耳に入っていた。
恭平は、金に困っている暴走族上がりのニートを装い、田之倉に近づいた。
ヤクの密売に手を染めていることは、今回の密輸ルートの開拓に関わっている時点でほぼ確定している。何気に、『プッシャーの経験もある』と告げると、『パケを作ったことはあるか?』と聞かれ、トントン拍子に話がまとまった。
恭平は、田之倉の薬物密売グループの一員として迎え入れられ、光哉の住む“作業場”へと案内された。
光哉の第一印象は、日本人離れした、彫りの深い顔と浅黒い肌。
父親がブラジル人だと知り、背景を探ると、案の定、父方の祖父がブラジルの麻薬犯罪組織と繋がっていることが解った。ブラジルは、言わずと知れたコカイン密輸貿易の中継基地だ。
恭平の中で全てが繋がった。あとは決定的な証拠を掴み、さらにその上の繋がりを探って行く。
しかし、田之倉が取り扱う薬物は、覚醒剤や合成麻薬、かつては“脱法ドラック”と呼ばれ誰でも簡単に手に入れることが出来た幻覚剤や弛緩剤といったメジャーな商品ばかりで、肝心のコカインを取引きしている気配は無かった。
光哉も、取り扱うネタに手を出すことなく、黙々と働いている。
その働きぶりは、薬物密輸ルート開拓の主要メンバーというよりも、悪い大人に、捕まるリスクの高い役回りを言葉巧みに押し付けられた末端の使い捨て要員のようでもあった。摘発されたが最後、いの一番に足を切られる。
尻尾を掴んでやろうと意気込んで乗り込んだものの、光哉の真面目な働きぶりに、恭平は、いつしか光哉に対する見方を変えていた。
そうして二か月が過ぎた頃、今後は、突然、生流が現れた。
幼いお人形のような中性的な顔。華奢な身体。初対面の生流は、光哉の部屋の風呂場で、光哉の服の匂いを嗅ぎながらオナニーをしていた。
ーーーコイツがメンバーか?
見たところ、ただのひ弱なホモにしか見えない。
とは言え、此処に居るということは田之倉と繋がりがあるということだ。
人の本質が見た目で判断出来ないことは、これまでの潜入調査で身に染みている。いかにも強そうな人間が強いとは限らない。実際、虫も殺さないような顔をして、平気で他人を地獄に突き落とす人間を何人も見てきた。
猫を被っているのかもしれない。
ならば、手っ取り早く本性を暴いてやる。
『光哉をズリネタにしてシコってやがったのか?』
股間を押さえながら首を横に振って否定する生流を睨み付け、勃ち上がったペニスをもぎ取るように握り締めた。
逃げようする身体を壁際に追い詰め、足の間に膝を割り入れて動けなくしてから、これみよがしにペニスを扱き上げる。
屈辱を与えて揺さぶりをかけてやるつもりだった。
しかし、恭平の思いに反し、生流は、眉間に深いシワが寄るほどギュッと瞼を閉じ、白い顔を真っ赤にしながら、唇を真一文字に引き結んで快感に耐えている。
長い睫毛に滲んだ涙。泣き出す寸前のようにわななく唇。
まるで初めて痴漢に遭った女子高生のように身体を硬直させて喉を引き攣らせる生流の反応に、恭平は自分が抱いた疑惑が勘違いであったことにすぐに気が付いた。
それでも生流を離さなかったのは、ならばどうして此処にいるのだろうという単純な疑問と、生流に対する好奇心からだった。
勘違いであったと気付きながら、恭平は、生流のペニスを離そうとはせず、むしろ、さらに激しく扱いて手の中に射精させ、後孔にまで指を這わせて生流を未知なる快楽へと誘った。
どうしてそんなことをしたのか恭平自身にもよく解らない。ただ生流のウブな反応のひとつひとつが脳を直撃し、自分でも驚くほど興奮した。
翌日、生流をホテルに誘い出して強引に関係を持つと、それはさらに甘い衝撃となって恭平の脳に焼き付いた。
生流の、スレたところのない真っ新すぎるほど真っ新な内面は、汚れた世界に身を置く恭平の擦り切れた心をじんわりと温めた。
生流の素直さが恭平の内側を優しく柔らかく包み込む。
同時に、光哉を思う健気さに、なんとも言えない切なさも覚えた。
嫉妬、というのとはまた違う、泣きたくなるようなやるせない気持ち。
自分の中に芽生えた感情を整理しきれず、恭平は、答えを求めるように光哉に尋ねた、
『生流とはどういう関係なんだ?』
生流のことをどう思ってるんだ? とはとても聞けず、当たり障りのない言葉を選んだ。
光哉は、『弟みたいな存在です』と言った。
『アイツ、びっくりするぐらいチョロいから。誰かが見ててやんないと……』
『それで部屋へ呼んだのか?』
『行くとこない無いって言うし。それに、生流には借りがありますから』
『借り?』
『アイツ、ネンショウ上がりなんすけど、あれ、俺のせいなんです』
当時を思い巡らせるように、遠い目をしながらしみじみと光哉は言った。
『俺を逃すためにわざと囮になったんです。俺が捕まらないように、わざと俺から離れて警察を誘き寄せてくれて。アイツが横道に逸れなきゃ、たぶん俺も一緒に捕まってた』
『アイツが自分からそうしたんだろ?』
『そうだけど、アイツ……生流の場合は捕まったら絶対ネンショウ行きだって解ってたから……。保護能力、っていうんですか? 家庭環境がアレだから再犯率が高いとかで……』
再非行防止を重視した審査が行われる少年審判では、罪の度合いはもちろん、少年の交友関係や反社会勢力との繋がりの有無、更生の基盤となる家庭環境の問題等で、保護観察処分か少年院送致かに選択が分かれることがある。つまり、同じ罪を犯したとしても、更生出来る条件や環境が充分に整っていれば保護観察処分となり、そうでない場合は少年院送致となる。
光哉の口ぶりでは、生流は、どんな罪であれ後者になることが決定しているかのようだった。
『そう言えば、母親は一度も面会に来なかったと言ってたな……』
ふと口走ると、光哉が、『え?』と驚いたように目を丸めた。
『生流がそう言ってたんですか?』
『ああ』
おかしいな、と光哉が首を捻る。
『来なかったというか、行けなかったんすよ。アイツの母ちゃん、アイツが鑑別所に入ってる時に死んじまったから』
『死んだ?』
今度は恭平が目を丸める番だった。予想だにしない返事に思わず声が裏返る。
光哉は、あからさまに動揺する恭平を訝しげに見た。
『アル中で、そこらじゅう悪かったみたいだから……。解んねぇけど、アイツのことで警察が訪ねた時にはもう死んでた、って』
『アイツはそのこと知ってるのか?』
『さすがに知ってるでしょ。だから行くとこ無くて俺ンとこ来たんだと思います』
知っている人間が、わざわざ、『一度も面会に来なかった』と恨みがましく言うだろうか。生流が少年院に入る頃にはすでに死んでいた。どう足掻いても、絶対に来れるはずのない相手に対して。
まだ受け入れられないでいる、ということか。
恭平がそう結論付けるまでに時間は掛からなかった。
聞くんじゃなかったという思いと、聞いてしまったという思い、母親が面会に来なかったと訴えた時の、生流の、不貞腐れたような淋しそうな顔が脳裏を巡り、恭平は、『まいったな』と頭を抱えた。
『アイツはこの先どうなっちまうんだ……』
やりきれない思いを吐き出すと、隣で見ていた光哉が、間髪入れずに、誇らしげな様子で答えた。
『だから田之倉さんに頼んで雇ってもらったんです。今はまだ見習いだけど、ちゃんと出来るようになれば金も稼げるし、そしたら、この先一人でもなんとか生きて行けるでしょ?』
悪意のない言葉がますます恭平を憂鬱にさせる。
光哉に全く罪は無い。
光哉は、行く宛てのない生流を部屋に住まわせ、仕事を紹介した。生流が“一人”で生きて行けるように。
それは、光哉の生流に対する誠実な思いやりであり、生流にとっても現実的な救済だ。
ただ、紹介された田之倉はコカインの密売容疑の渦中の人物であり、光哉は、この先もずっと生流の側にいてくれるわけではない。
光哉は、生流が性的な意味も含めて自分を好きだということを知らない。おそらく、田之倉が、関東最大の武闘派集団スティンガーに毒針を向けられているということも。
光哉にとって、生流は、放っておけない大切な友達であり、自分を助けてくれた恩人。
光哉の誠意は生流の本当の願いには届かない。生流の願いは叶わない。
けれど、光哉にはやはりなんの罪もなく、もちろん生流にもなかった。
繰り返される日々の中で、恭平だけが全てを知っていて、何も出来ない自分に苛立つ。
その反動が、恭平をいつになく感傷的な気分にさせ、必要以上に生流を意識させた。
「マジで……重症だな、こりゃ……」
過去の記憶を頭の中から振り払い、陳列棚に並んだサンドイッチとおにぎりを適当にカゴに放り込み、ドリンクコーナーでペットボトルのお茶とスポーツドリンクを何本か追加した。
パウチタイプのゼリーと、口当たりのよいプリンも追加。
朝食用のパンを選びに行く途中、生流がいつも買うスナック菓子を見付けて二袋手に取った。
こんなことをしている場合でないことは解っている。
田之倉の容疑を決定付ける証拠も掴めず、スティンガーの総代の新庄からもついにカミナリを落とされた。
自分の本分は、田之倉の悪事を突き止め、現行犯で取り押さえて新庄に引き渡すことだ。
それでも、生流が体調を崩していると聞けば、恭平はこうして薬局やコンビニを巡り、生流のために必要なものを買い揃える。
潜入捜査のはずが、いつの間にか仕事場にかよう目的がズレてきている。
このままで良いわけがない。
思いながらも、恭平の意識は自然と生流に向かい、そういえば下着の替えは足りているのだろうかと商店街にまで足を伸ばす。
結局、パジャマの替えまで購入し、生流の元へ向かう頃には恭平の両手は生流のために買い求めた大きな買い物袋で塞がっていた。
ーーーまったく、どうしようもねぇ。
「生流~、生きてるかぁ~」
憂鬱を振り払い、田之倉に持たされた合鍵でドアを開け、居間の片隅で毛布に包まる生流の横にしゃがみ込んだ。
生流に会うのははぼ一日ぶり。
昨日、買い物帰りに偶然新庄に出くわしたすぐそのあと、恭平のスマホに、「連絡しろ」と新庄からメールが入り、クリスマスプレゼント用に買ったサンタブーツを自宅へ持ち帰るという言い訳をつけて生流と別れた。
いつもなら翌日の昼までには出勤する。今日は、家を出ようとした矢先、光哉から、生流の調子が悪いので作業を中止すると連絡が入った。
すぐに駆け付けるつもりでいたが、光哉に、「ゆっくり寝かせてやりたい」と言われ、光哉が仕事に出掛ける頃を見計らい、入れ替わりで生流に付き添うことにした。
生流は、毛布を頭までスッポリと被り、壁に向かって勾玉のように身体を丸めて眠っている。
毛布をめくり、汗ばむ額にそっと手を当てた。
発熱というほどの熱さではない。
額に置いた手を、前髪を持ち上げるようにして頭に移動させ、坊主頭の伸び掛けのモサモサ頭を優しく撫でる。
手を離すと、生流が、閉じていた目をパチリと開け、「ヒッ!」と肩をビクつかせた。
「おっと、わりィ。起こしちまったか。……てか、ンな驚くことねぇだろう?」
怯えた目。
寝ぼけているのだろうかと、顔が良く見えるよう真正面に向き直って、「俺だ」と笑いかけた。
「茅野……さん……?」
怯えた目が一瞬緩んで泣き出しそうに震えはじめる。
「茅野さんッ!」
あっ、と驚く間もなく、生流が、ガバッと起き上がって恭平の首にしがみ付く。
「なんだ、どおした?」
子供をあやすようにポンポンと背中を撫で、優しく引き剥がして生流の顔を覗き込んだ。
「どっか痛いのか?」
痛々しく見開かれた目と溢れそうな涙が生流の不安定な内面を映し出す。
体調が悪いから不安定なのか、不安定だから体調が悪いのか。色んな思いが頭を巡ったが、張り詰めた目で縋るように見る生流を見ていたら、そんなことはどうでも良くなった。
「わかった、わかった。俺がついててやるからゆっくり眠りな……」
悪夢に怯える子供のように震える生流の頭を鼻先で撫で、腕を掴む手を優しく剥がして腕ごと抱き締めた。
そのまま腕枕しながら布団に横になり、毛布を肩まで引き上げる。
その間も、生流は恭平から離れようとはせず、横になってからも恭平の身体に必死にしがみ付いた。
「茅野さんッ! 茅野さんッ!」
「今日はずいぶん甘えたさんだな……」
熱っぽい身体。湿った息。鼻先をくすぐる柔らかい髪。生流のいつになく甘えた態度が恭平の庇護欲を掻き立てる。腕の中にすっぽりと入りきってしまうサイズ感も恭平の胸を甘く疼かせていた。
腕枕をした手を引き寄せて生流の身体を脇の間に収めると、生流が自分から頭を起こして恭平の厚い胸板に頬をぐりぐりと擦り付けた。
「茅野さんッ……」
「大丈夫だから、大人しく寝てろ」
「茅野さんッ……俺から離れないで……」
「生流?」
か細い声に思わず聞き返す。
途端、生流が、トレーナーの脇をギュッと握って再び声を震わせた。
「俺から離れないで……ずっとそばにいて……」
一瞬、愛の告白かと胸が高鳴る。しかしすぐに弱っている時の人恋しさだということに気付き、恭平は、勘違いして胸をときめかせた自分自身に苦笑いした。
「ずっとついててやるから心配すんな」
「ホント?」
「ああ、本当だ」
笑顔で返し、寝返りを打ちながら、腕枕していないほうの手を生流の背中に回して胸の中に抱き込んだ。
「こうしててやるから安心しろ」
赤くなった瞼に口付けると、生流が眉間のシワをホッと緩め、前よりもさらに力を込めて恭平に抱き付く。
恭平もまた、仔猫のように甘える生流をさらにキツく抱き締めた。
密着しているにもかかわらず、少しも変な気分にはならない。
今はただ腕の中で眠る生流が愛おしい。抱き締めた体温の熱さと胸元から伝わる心臓の鼓動の心地良さ、だんだんと落ち着く生流の息づかいに安心しながら、恭平は、いつの間にかうとうとと眠ってしまった。
次に目を開くと、隣にいた筈の生流が忽然といなくなり、代わりに、身体の半分までしか覆えていなかった毛布が全身をすっぽりと包んでいた。
「生流?」と、起き上がって辺りを見回す。
姿こそ見えないものの、バスルームからぼそぼそと呟く声が聞こえる。
生流の声だ。
語尾が頼りなく萎む特徴から解る。
相手は光哉だろう。
飛ばし携帯しか持たない生流の電話相手はごく一部に限られている。
抱き締めて寝てやったのに薄情ないヤツだ。
苛立ちまぎれに毛布を蹴飛ばすと、バスルームのドアがガチャリと音を立てて開き、電話を終えた生流が浮かない顔で恭平のいる居間に戻って来た。
「光哉と話してたのか?」
恭平に気付くと、生流は一瞬、見ている恭平のほうが驚くほど身体をビクつかせ、しかしすぐに、「ああ、うん」と、誤魔化すように語尾を濁した。
「なんだ、光哉と喧嘩でもしたのかぁ?」
「え? いや、えっと、そんなんじゃ……」
「どうせ甘えたこと言って困らせたんだろ? 俺がいるってのに、全く凝りねぇヤツだよお前は……」
嫌味ついでに、生流のために買ったパジャマと下着の替えを買い物袋から取り出し、居間の入り口に立ち尽くす生流に差し出した。
「寝汗かいたろ。そのままじゃ風邪ひく」
ありがとう、と蚊の鳴くような声で呟く生流を背に、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出しキャップを外す。
生流に手渡し、「そんなことより具合はどうだ」と尋ねると、生流が俯いた顔をもじもじと上げて「平気」と答えた。
「本当か?」
「うん……。茅野さんがいてくれたから……」
「だから、“恭さん”だっつの!」
念のため、おでこに手を当てる。熱はない。
安心したら途端に空腹を感じ、ふと時計を見た。
午後10時を回ったところ。部屋を訪ねてから三時間近く寝ていたことになる。
生流に空腹かどうか尋ねると、「昨晩から何も食べていない」と言われ、生流が着替えるのを待ってから、コンビニで買ったサンドイッチとおにぎりで夕食を摂った。
お腹が満たされて気力が戻ったのか、夕食を、食べ終わる頃には、生流の表情にも少し明るさが戻った。
とは言え、いつもより落ち込んだ様子には変わりはない。
光哉が帰ってくるまでまだ時間がある。
気分転換になればと、風呂好きな生流のためにバスタブにお湯を張ってお気に入りの入浴剤を浮かべた。
「入るか?」と聞くと、生流がおどおどと睫毛を震わせて恭平を見る。
生流の、戸惑うような恥じらうような表情に、恭平は、自分が生流に、性的行為をしたいのだと勘違いされていることに気付き、慌てて弁解した。
「べ、べつに、そういう意味じゃねぇからッ!」
生流は一瞬黙り、やがて、睫毛の長い大きな目を瞬かせて恭平を伺うように見た。
「いいよ……。でも俺が、“いい”って言ってから入ってきて欲しい……」
「へ?」
「俺、汚いから……。俺が、“いい”って言ってから入ってきて欲しい……」
一晩くらい風呂に入らなかっただけで何を大袈裟な。
思ったが、生流の訴えるような視線に押され、言う通りに居間で待機することにした。
しばらくすると生流がバスルームのドアを開けて「茅野さん」と恭平を呼び寄せる。
躊躇うような小さな声に、恭平の胸がざわめき立つ。
脱衣所で服を脱いで中に入ると、バスタブの片側に膝を抱えて座る生流の上気した顔が目に入り、恭平はドギマギしながら空いたスペースに足を踏み入れた。
向かい合わせに座ろうと向きを変えると、たちまち生流が身を乗り出して恭平の股間に齧り付く。
予想だにしない生流の行動に恭平は思わず声を荒げた。
「お前、なにやってんだッ!」
生流は、恭平の男根を握り締めている。
恭平の股の間に跪き、睾丸に唇を這わせながら、まだ柔らかい男根を手のひらで包んで力強く扱き上げる。
滑らかな手のひらの感触に、恭平の男根が先端を大きく張り出しながら膨張する。
やがて反り返るほどに勃ち上がると、くっきりと浮き出た裏筋に指先を当て、シュッシュと素早く擦り上げた。
「き、今日は俺がやるからッ……」
言うなり、ヒクヒクと震える先端を真上から咥え込み、小さな口を舌の先でいじくり回す。
ネンショウ時代に仕込まれたという生流のフェラチオテクニックは、恭平の要求に忠実にカスタマイズされ、今ではすっかり恭平仕様に仕上がっている。ひとたび咥えれば、恭平の弱い部分を巧みに刺激し快感へと誘う。始まったが最後、拒絶する術はない。
自業自得とも言える事態に、恭平はタトゥーだらけの厳つい身体を情けなく捩りながら股間に貼り付く生流の頭を両手で掴んだ。
「おま……マジで……どうしちまったのッ!」
生流は取り憑かれたように恭平の男根を貪っている。
先っぽから根元までを一気に咥え込み、頬肉で挟んで味わうように吸い上げる。
最初はゆっくり、徐々にスピードを上げて。裏筋に舌を這わせ、唾液を塗り込み、上顎を伝う先走りを喉の奥に何度も流し込む。
「……てめ……マジで止めろってッ! ちょ……いづるッ! いづッ……」
身悶えるような射精感が湧き起こる。
あっ、と思った時には、目の前がブワッと白く光り、恭平は、腰を震わせながら生流の口の中に射精していた。
生流はそれを全て飲み干すと、唇の周りにこびりついた精液と先走りの混じった唾液を舌の先で舐め取りながら、ほんのりと上気した顔を上げた。
「茅野さん……気持ち良かった?」
「良かねーよ。てか、一方的にしてんじゃねぇ
よ」
いつもは自分の方が一方的に生流を押し倒すくせにどの口が言うと自分に呆れるが、こんなふうに一心不乱に奉仕されるのは、商売女を相手にしているようで嫌だった。
ましてや、光哉と電話していた後だけになおさらだ。
「茅野さん……?」
額に八の字を寄せながら見上げる生流の頬を両手で挟んで持ち上げ、子供を叱るようにキッと睨み付けた。
「してくれんのはすっげー嬉しいけど、こういうのは二人でしなきゃ意味ねぇんだ」
そのまま背中を丸めて顔を近付ける。唇に視線を落として顔を傾けると、生流の赤く濡れた唇が、触れ合うギリギリのところでフッと横に逸れた。
「生流……?」
「ごっ、ごめんなさい。俺、まだ心の準備がッ……」
「いまさらなんの準備だよ」
「そっ、それはッ……」
言い掛けた口を唇で塞ぎ、その先の言葉を押し戻すように舌を捻じ込んだ。
生流がビクッと舌を引っ込める。
縮こまった舌を舌の先ですくって上下左右に掻き回し、揉みくちゃに舐め回して吸い上げる。
「んんんッ……んぁッ、やッ……」
舌先に溜まった唾液が上顎を伝って喉の奥に流れ落ちる。
粘膜が熱を帯び粘りを増していく。絡み付く舌に、生流の舌が柔らかくほぐれていくのが解る。それが自分からトロリと寄り添ってくるのを待ち、湿った吐息が漏れ始めた頃、おもむろに唇を離した。
「まさかこれで準備できてねぇとか言わねぇよな?」
抵抗したところで身体の反応は誤魔化せない。
しかし、恭平が再び唇を近付けると、生流はイヤイヤと首を振った。
「だっ、だめッ! 今日は俺がするんだからぁッ……」
「さっきしてもらった。今度は俺の番だ」
「だっ、だめぇッ!」
生流の頑な反応に、恭平の我慢が限界を超えた。
「何がダメなんだ」
「だって、汚いし」
「汚なかねぇよ。こんな良い匂いさせてどこが汚ぇってんだ」
「だって……」
「だってじゃねぇッ! テメェはさっきから一体なにを言ってやがるッ!」
感情的になったものの、正面に向き直らせた途端目に飛び込んだ生流の怯えた表情に、恭平はハッと我に返った。
生流の、涙を含んだ大きな目が震えながら見上げている。
引き攣ったような、蒼ざめた顔。
吸い込まれるように見返すと、への字に曲がった唇が泣き出す寸前のように歪み、瞼に溜まった涙が瞬きと同時にプツンと弾けて頬を流れた。
「おま……なに、いきなり泣いて……」
恭平が慌てるのも無理はない。
「俺がキツい言い方したからか? それとも、光哉になんか言われたか?」
生流は大粒の涙を流しながらふるふると首を横に振った。
「なら、なんだ? まだどっか具合が悪りィのか?」
湯船に肩まで浸からせ、自分も同じように向き合って座り、生流の両腕をさすりながら、両目を手の甲で押さえて子供のようにしくしくと泣く生流の顔を覗き込んだ。
「泣いてちゃ解らねぇだろう? 俺に出来ることからなんでもしてやっから言ってみな」
生流はしばらくしゃくり上げ、やがて、「こわい」と、聞こえるか聞こえないかぐらいのか細い声で言った。
「怖い、って……なにが怖いんだ?」
「俺、どうなっちゃうの……?」
それはこの先の人生のことを言ってるのだろうか。問い正そうにも、生流は両手で涙を拭いながら忙しなくしゃくり上げるばかりでとても話せる状況ではなかった。
「とにかく落ち着け」
生流はただ泣いている。恭平の言葉も耳に入らない。
「もうヤダ……。俺……おかしくなっちゃう……俺、このままおかしくなっちゃったらどうしよう……」
「どうおかしくなるってんだ」
「わかんない。……けど、怖い。怖いよぉ……」
「いいから、落ち着いて、ゆっくり息をしろ」
泣きじゃくる生流を胸に掻き抱き、膝の上に乗せて顔を下から伺うように見た。
目尻に溜まった涙を親指の先で拭って目を開かせる。赤くなった白目に浮かぶ綺麗な黒目。
ネタに手を付けていないことは改めて確認するまでもない。
厳重に管理されているとはいえ、部屋の中に実物がある以上、絶対に手を付けないとは言い切れない。部屋を訪ねてすぐ、生流の情緒不安を目の当たりにした時、一瞬ネタを使ったのではないかと疑ったのも事実だ。
しかし、生流の瞳孔は正常な状態で虹彩に浮かび、覚醒剤をキメた時特有の鼻につく臭いも無かった。そもそも生流が自分から手を出すとは思えず、生流の独り立ちを願う光哉が、独り立ちどころか人生の足を引っ張るようなものをわざわざ生流に与えるとも思えなかった。
可能性があるとしたら、あとは、田之倉。
「いやいや」と、脳裏によぎった思いを慌てて振り払い、恭平は、自分の膝の上で背中を丸めて鼻を啜る生流の頬を撫でた。
今のところ、田之倉と生流の直接的な接点はない。仮にあったとしても、生流は、光哉が田之倉に頼んで雇ってもらったバイトだ。自分のところの覚醒剤を扱う人間をシャブ漬けにしたところで田之倉には何のメリットもない。ただの杞憂だ。
「心配しなくても、お前はどうもなりゃしねぇよ」
「でも、怖いよ……。俺……俺……」
「大丈夫だからもう泣くな」
わざと明るく笑いかけ、頭の後ろに手を回して肩の上に額をこてんと置いた。湿った吐息が肩先に熱く絡み付く。無造作に伸びた髪に鼻先を埋め、後頭部に置いた手を子供をあやすようにポンポンと弾ませながら、空いたほうの手でお湯をすくってうなじにかけた。
生流は恭平の肩口に顔を埋めながら声もなく泣いている。時折り鼻を啜り上げる音が、怖い、怖い、と言っているように聞こえる。
しばらく黙って繰り返していると、生流の呼吸が少しづつ落ち着き、やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「茅野さん……一緒にいてくれる?」
恭平は、生流の髪の匂いを嗅ぎながら「ああ」と答えた。
「いつまででも一緒にいてやる」
「ホント……?」
「ああ、ホントだ。今日はなんもしねぇでくっ付いて寝よう」
生流が泣き腫らした目を安心したように細め、再びコツンとおでこを肩口に付ける。
不安の理由は何も聞けないまま、恭平は、ただ生流の小さな背中を柔らかく撫でた。
舌先に唾液を絡めてまんべんなく塗りつけ、滑りをよくしておいてから剥き出しになった先端をジュルジュル音を立てて啜る。
鼻の痛みはいつの間にか消え去り、代わりに細胞の一つ一つがふつふつと沸き立つような、空気が触れただけで身体中の皮膚がブワッと波立つような気持ち良さが生流を包み込んでいた。
「ずいぶん感じてるじゃないか。ネンショウ上がりだと聞いてるが、ひょっとしてアッチのほうも経験済みかぁ?」
何をされているのか理解しながらも、頭が痺れて自分から跳ね避けることが出来ない。
それどころか、もっと触ってほしくて自然と腰が揺れる。身体中のいたるところが疼き、はち切れんばかりに膨れ上がったペニスが締めの甘い蛇口ように先走りをトロトロと伝い漏らす。
カリ首から竿、根元、睾丸にまで伝い流れた粘液を、田之倉のいやらしい舌が繰り返し舐め上げ、先っぽの口を舌の先で開いて絡め取る。舐められた部分が焼けるように熱い。ペニスがジンジン痺れ出す。
「吸っても吸ってもキリがねぇ。どんどん溢れてきやがる……」
普段は閉じている小さな口を尖らせた舌で無理やりこじ開けられ、内側から滲み出る汁を舌先でグニグニと揉まれながら舐め取られた。
頭がおかしくなりそうなほど気持ち良い。
ペニスも、乳首も、お尻の奥も。
「あああっ……はあぁッ……」
全身の性感帯が見えない糸で繋がってしまったかのように、触れられていない部分までもがゾクゾクと疼き出す。今ペニスを這い回っている舌が乳首に触れたなら。思った途端、たちまち乳首がピンと勃ち、触って欲しくてたまらない気持ちになった。
「ち……ちくびッ……ちッ……」
無意識に生流の口が動いていた。
「乳首? 乳首がどうかしたか?」
「ちくび……触って。ちくびィィッ!」
生流のもつれるような喘ぎ声に、田之倉の目が厭らしそうに歪む。
「まったく、スケベなガキだ……」
両方の乳首をキツく摘まれ、生流は、「ふわああぁぁッ」と奇声を上げて仰け反った。
「あああぁっ、イッ、イイッ、イイよぉッ、気持ちイッ……」
ペニスは田之倉にしゃぶられたまま、肩を押さえていた男たちが両側からそれぞれ左右の乳首を好きなようにいじくり回す。
手のひらでさすったり指先で転がしたり。乳輪ごと指で摘んで捻り上げたり、先っぽに爪を立ててグリグリ潰したり。
男たちの指が乳首の上を這い回るたび、生流の小さな乳首がへこみ、よじれて、潰される。
苛烈な愛撫にピンク色の乳首が乳輪の周りまで赤く腫れて見るからに痛そうだが、当の生流に全く痛みは無い。
鼻から吸わされた白い粉が、感じるはずの痛みを震えるような快感に変えていた。
「どうだ、気持ち良いか?」
「イイッ……きッ……きもちイッ、イイッ……」
吐きかけられる言葉さえもが卑猥な触手になって身体中を撫で回しているかのような錯覚に襲われる。
夢なのか現実なのか解らない。
味わったことない快楽が、生流の思考をことごとく奪っていた。
「乳首もなかなか良い具合だな」
「はい。小さくて色も良いですね」
「でっかくして喜ぶヤツもいるが、実際はこういう乳首の方がウケは良いからな。それにしてもたいしたよがりようだなぁ。見てるだけでアソコが勃っちまうぜ」
突然、「おい!」と呼ばれと思ったら、髪を掴まれ頭を起き上がらされた。
「乳首、いじられんの、そんなに好きか?」
答えるよりも先に、生流の顎がガクガクと頷いた。
「好きッ! すッ、好き……ですッ。好きいぃィィィッ……」
「そうか、そうか。もっといじってやろうか? あぁん?」
「いじってくださいッ……。乳首ッ……もっと……いっぱい……いじってぇッ……」
「どうやっていじって欲しい? 自分でやってみな……」
田之倉が生流の手をそっと握り、生流の白くて細い指を赤く膨れ上がった乳首の上に導く。
ジンジンと疼く先端に指先が触れた途端、生流の指が待ち切れないとばかり乳首を摘んで力任せに揉み始めた。
「あっ、ああっ……イイッ……乳首ィッ……きもちイッ……」
指の腹ですり潰すようにグニグニと揉み潰し、根元を挟んでキツく引っ張り上げる。先端に爪を立ててぎゅーっとめり込ませると、チクンとした痛みと痺れが乳首の先からお腹の奥へと突き抜けた。
「んんんっ……すごいぃぃッ、きもちイッ……よぉぉぉッ」
「自分で自分の乳首いじってやがる。なんというスケベなガキだ」
「んふっ、ふっ、んっ、すごッ……ここ、すっごく、すっごく、きもちいぃィッ」
「おいおい、そんなにしたら乳首が擦り切れちまうぜ?」
「いいのぉぉぉッ! 乳首ッ……切れてもっ……いいっっぁぁッ!」
「取り憑かれたようにいじってやがる。…こりゃ、スケベどころかたいした変態野郎だ」
掻き始めたら止まらない痒みのように、触れれば触れるほど内側から、もっともっと、と快楽が湧き上がる。
身体が快感以外感じない。
はぁはぁと息を荒げながら一心不乱に乳首を捏ね回していると、突然口を塞がれ、両方の鼻の奥に苦い粉を流し込まれた。
「ほら、ちゃんと吸え。もう一回だ!」
ものの一分と経たないうちに目の前が真っ白になり、突き抜けるような解放感が全身を覆い尽くす。
乳首の感度も異常なまでに高まり、生流が爪の先でカリカリと引っ掻くたびに、田之倉に握られたペニスがビクンビクンと跳ねて、はしたないほどの先走りを滴らせた。
「ずいぶんと効きが早いが、まさかニセモンじゃねぇだろうなぁ……」
「信頼できる筋からなんでそれはないです」
「ならいいが、蓋を開けたら覚醒剤とケタミンだったなんてオチじゃ目も当てられねぇぜ」
皮膚がぶるぶる震える感覚に歯を食いしばると、再び、鼻先にストローを突き付けられて、「吸え」と命令される。
無意識に息を止めるのは、これ以上吸ったらヤバいという身体からの本能的な警告だろう。しかし、いざ鼻の奥にツンとした痛みが走ると、たちまち頭がバン、と弾け、もうどうにでもなれという気持ちになった。
「こっちもスゲェな。こりゃもう、がまん汁じゃなくてションベンだ」
乳首をいじっている間もずっと扱き上げられていたペニスは、いつ射精してもおかしくないほどビンビンに反り返り、先走りがお尻の谷間まで滴り落ちている。
それを、「よく見せてみろ」と両脚を頭の方へ返され、お尻を真上に向けられたマングリ返しの状態で晒された。
冷たい外気が、先走りでぐっしょりと濡れたお尻の谷間をヒヤリとなぞる。さらに両側から尻の肉を掴まれ左右に開かれると、火照った粘膜に外気が流れ込み、内側の肉壁がゾワゾワと蠢き出した。
「ケツもヒクヒクいってんなぁ。可愛い顔して
こっちの方もしっかり経験済みとみえる」
「いやあぁッ……」
両膝が頭の横につくほど身体を折り返され、真上を向いて開かされた後孔を、さらに指で横にグイと引き伸ばされる。
「アッ!」と身体をビクつかせたのも束の間、田之倉のねっとりとした舌が後孔の窄まりをこじ開けて粘膜に侵入し、生流は、「はあぁぁぁッ!」と叫んで喉を仰け反らせた。
「ずいぶんと柔らかいが、ひょっとして自分でいじってたのか?」
「ちがッ……あはぁぁッ……」
悶える生流を面白がるように、田之倉が、矢じりのように尖らせた舌先を濡れそぼった窄まりにめり込ませる。
縁のシワを引っ掻きながら、舌先を穴の中に入れては出し入れては出し。入り口の浅い部分をほじくり返すような舌の動きに、お預けを食らったお尻の奥がヒクヒク疼き出す。
お尻の中が切なくてたまらない。今すぐにでも突っ込んで欲しい。あの、太くて硬いモノで、熱く火照った粘膜を隙間なくギチギチに埋め尽くして欲しい。
普段なら思わないような欲望が切実に込み上げ、生流は、自らねだるように後孔をヒクつかせた。
その、卑猥に蠢くピンク色の窄まりに、田之倉がスッと指を這わす。
「パクパクいって、今にも吸い付いてきそうだぜ……」
生流の心の変化に田之倉が気付いていないわけがない。
快楽の虜になった生流を弄ぶように、田之倉は、窄まりに這わせた指先を立て、わざと焦らすように穴の周りをチョンチョンと軽く突ついた。
「あぁん……」
「女みたいな声出して……。中に入れて掻き回して欲しいか?」
「してッ! 指、入れてッ! 掻き回してぇッ!」
追加された粉がどんどん身体に回り、喩えようもない快感となって生流を襲う。
先走りで濡れているとはいえ、ローションなしでいきなり指を入れるのは無謀と言えたが、今の生流にはその痛みすらも甘い刺激に思える。
痛みどころか、もっともっと刺激が欲しい。もっと身体の中をめちゃめちゃに掻き回して欲しい。今の自分なら、どんなモノでも受け入れられるような気がした。
「スゲェなぁ。初めてにしてもこりゃ効きすぎだろう。フィストファックも出来そうな勢いじゃねぇか……」
「今日は弛緩剤を持ってきてないんで無理ですよ」
「そうか。残念だ……」
何本入っていたのかも分からない指が抜かれると、また、鼻からクスリを吸わされる。
痛みと違和感でしかなかった吸引も、繰り返されるうちにすっかり慣れてしまった。
時間の感覚が無いので正確なことは解らないが、短時間に何度も吸わされているような気がする。
その度に、頭の中のごちゃごちゃしたものがバァーンと弾け飛ぶ。
何もかもがどうでも良い。わけもなく幸せで涙が出る。そして気持ち良い。
今もまた、頭が見事に弾け飛び、生流は、焦点の定まらない目を宙に泳がせた。
「シャブでも塗ってやりたいとこだが今日は我慢だな。……一応、アレを使ってやるか……」
少しの間の後、田之倉が生流の上に中腰になって跨り、指を抜かれてぽっかりと空いたままになっている後孔に男根の先端をあてがった。
そのまま生流の足首を持ち上げながら、中腰になってお尻の上に乗り上げ、上を向いたお尻から斜め下へと男根を突き入れる。
途端、お尻の奥に切ない疼きが走り、生流は、涙声にも似た甘い嬌声を上げた。
「あっはぁぁッ、はあぁぁッ、きっ、気持ちイッ……」
初めての体位。
恭平ともしたことがない。
お腹の感じと息苦しさから、いつもよりも深いところまで挿入されているのが解る。
挿入される前からすでに何度もドライオーガズムに達していた生流は、ひと突きされただけで直ぐにビクビクと肉壁を痙攣させた。
「中もイイ具合に締め付けてきやがる……。効き目を試すだけのつもりだったが、こりゃぁ思わぬめっけもんだったぜ……」
鳥肌が立つような快感が背筋を駆け上がる。
力任せにズンズンと腰を突き入れられ、生流の白い背中がゴム毬のように弾む。
押し潰された首が喉を圧迫して上手く息が出来ない。顔が熱い。こめかみがビリビリする。
「ああぁぁっ、やっ、あはぁっ、もっ、ダメぇぇッ、はぁぁあぁぁッ……」
田之倉はというと、生流の脚を左右に大きく開いた状態で足首を掴んで身体を支えながら、疲れた中年男の見てくれからは想像もつかないような逞しくいきり勃った男根を、生流の尻穴に向けてスクワットでもするかのようにガツンガツンと突き入れている。
その度に、生流の背中がしなり、もつれるような嬌声が上がる。
お腹の奥の深い部分を容赦なく突かれる感覚。
それなのに少しも痛くない。むしろお尻の中がムズムズと熱く疼く。
それが田之倉がコンドームに塗り付けた催淫効果のあるジェルの影響であることを生流は当然知る由もない。田之倉が怒張を抜き差しするたびに襲いかかる快楽に、生流はただ、上気した顔を振りたくって耐えるしかなかった。
「今まで何人ぐらいとヤッたんだ?」
「……てない。まだ……ひっ、ひとりしかぁッ、あッ……」
「ほう。てっきりネンショウで輪姦されまくってたのかと思ったがこりゃ意外だな。それともネンショウはムショと違ってそういうことはあんまり無ぇのかい?」
「あぁッ、んふッ、しっ、しらな……んんッ、んあぁぁッ、あッ」
田之倉の、気を紛らすための軽口さえもが甘い囁きとなって耳をなぞる。
頭も身体も、自分の全てが快楽だけに支配されている。
吸わされた粉やお尻の中に塗られた薬剤が、血液に乗って身体中に巡り、身震いするような快感となって生流を襲っていた。
「まぁいい。俺も使い込まれたユルマンより、お前さんみてぇな、綺麗なピンク色のケツマンが好きだからな……」
男根は、相変わらず真上から斜めに打ち下ろされ、肉壁をいたぶりながら後孔を往復している。
その、グリグリとした硬い先端が、ふいに向きを変えて生流の弱い部分を突いた。
「んあああぁぁぁっ!」
途端に、お尻の奥から背中、頭のてっぺんに電気が走ったような快感が突き抜けた。
「んははあぁぁぁッ、あッ、ああッ、はぁ、はッ、そこッ、だめッ、だめえぇぇぇッ!」
今までとは明らかに違う快感に生流の唇から絶叫が迸る。
同じ男根とは思えない。今までよりも一回りも二回りも硬く大きくなったように感じる田之倉の男根が、生流の感じる部分を凄まじい速さでグイグイ突きまくる。
いつの間にか身体は二つに折られ、天井に向いて伸びた膝を肩に担がれて更に深くまで腰を沈められると、快感と圧迫感が同時に生流を襲い、ペニスの先からダラダラと精液が溢れ出た。
「見ろ、トコロテンしてやがる。全くとんでもねぇエロガキだ」
「ひぃあぁぁぁっ、ひっ、ひぃぃっ、あっ、そこッ、すごっ、すごいィィッ、……」
ひと突きされるたびに、生流のペニスの先から白い精液がお腹の上にトロリと吐き出される。
いつもは射精すれば正気に戻るのだが、ドライオーガズムが長く続いていたせいか、射精しても全く興奮が冷めず、むしろ、もっともっと欲しくなる。
「犯して……」
自分でも信じられないような言葉がひとりでに漏れる。
「犯して……もっともっと……いっぱい……してッ……」
「言われなくてもそうしてやるよ。なぁ?」
身体を起こされたと思ったら、膝の上に後ろ向きに乗せられ、下から男根をズッポリと嵌められた。
再び強烈な突き上げ。
ぼんやりとした視界の先に田之倉の顔を見付け、今、自分を犯している男が田之倉でないことに気付く。
しかし、両側から頭を押さえられて無理やり男根を咥えさせられると、口の中に充満する雄臭さと息苦しさで意識が朦朧として何も考えられなくなった。
下からはお尻の奥を揺さぶられ、上からは喉の深い部分まで押し込まれる。
肉壁は休むことなく痙攣し、立て続けに男根を咥えさせられた結合部は、ローションと体液でグショグショに濡れ、白い泡を吹いている。
もう何度絶頂を迎えさせられたのかも解らない。
鼻からもどんどん苦い粉を吸わされる。
射精感が止まらない。昇りつめていく感じが延々と繰り返されている。
やがて男が、「イクッ! イクッ!」と、腰をビクビク震わせても、生流の肉壁は貪欲に男根を求め、逃がすまいと絡み付いた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
止まらない官能の衝動は、生流が意識を失うことでようやく終息した。
「危ない混ぜ物は入ってなさそうだ」
「メジャーな麻酔剤、といったとこでしょう」
「死人が出たら厄介だからな。……それよりも、このボウズは結構使えると思わんか?」
「パーティーに参加させますか?」
「俺は、面白そうだと思うんだが、お前さんはどう思う?」
「良いと思います。ちょうど若いキャストを調達しようと思ってたとこですし、この見た目なら中学生でも十分通用するでしょう」
「弱いモン虐めの好きな連中だからなぁ。ガキを泣かせて何が楽しいんだか……。まったく、金持ちの考えることは良く解ンねぇぜ……」
「同感です……」
ボソボソと呟く声に呼び起こされ、生流はぼんやりと目を開いた。
身体が異様に怠い。
いつもの、セックスをした後の気怠さとは全く違う。
お尻の奥が、熱湯をぶちまけられたようにジンジン熱く、お腹の中が内臓を引っ掻き回されたようにズキズキ痛む。
それよりも、全身を覆い尽くす喩えようもない怠さが生流を痛めつけていた。
頭の先から足の先まで、とにかく身体の全てが怠くて怠くて仕方ない。
身体中のエネルギーを吸い取られてしまったかのように、起き上がるどころか動こうという気力すら湧いてこない。
このまま動けなくなって死んでしまうのだろうか。
思いながら、天井に向けていた視線をぐるりと横に向ける。
すると、床の上に胡座を掻いた田之倉が、「よう、起きたか」と、スケべったらしいニヤケ顔を生流の方にぬうっと近付けた。
「無理に喋らんでいい。何本も咥え込んで疲れたろ? カリ首のリングも強烈だったからなぁ」
田之倉たちに身体を弄ばれたことは覚えていたが、何をどうされたのかまではよく覚えていなかった。
ただ、蕩けるような快楽の中で、気が狂いそうな絶頂が止まることなく押し寄せていたことははっきりと覚えている。
その快楽も、身体の怠さに押されてすっかり息を潜めていた。
まるで、天国から地獄へ突き落とされた気分。
舞い上がるような高揚感と胸の内側からふつふつと込み上げる幸福感、イク寸前の気持ち良さが延々と続いているような恍惚感から、いきなり重苦しいどろどろしたヘドロの沼に落とされた気分だ。
現実とのギャップに頭が追いつかない。
心と身体が混乱し、自分が世の中の全てから見捨てられてしまったような感覚に襲われる。
わけもなく悲しくて、苦しい。未だかつて感じたことのない喪失感。
「あんだけキマッた後じゃ身体もつれぇだろ。ちょいと味見するだけの筈が、お前さんがあんまりスケベな変態野郎になっちまったんで抑えが効かなくなっちまってなぁ。結局、ここにいる三人で輪姦しちまったってワケさ」
たいして好きでもない田之倉と、顔も知らない田之倉の仲間にさんざん犯され、ショック以外の何ものでもない筈なのに、一方で、田之倉たちとのセックスの興奮が脳裏に焼き付いて離れない。快感が甘い記憶となって身体中の至るところにへばり付いている。
好きでもないのに、あの時の快楽が忘れられない。
こんなことを思う自分は、田之倉の言う通り、スケベな変態野郎なのだろうか。
相反する欲求への葛藤と極度の疲労が、生流の思考を陰鬱な方向へと傾ける。
こんな変態野郎は消えてなくなればいい。消えたい。今すぐこの世から消えて無くなりたい。
やがてそれは自分自身への嫌悪感となり、生流の萎んだ神経をより脆弱にさせた。
一方、田之倉は、屍のように横たわる生流を、何もかも解っているというような物知り顔で見た。
「そんな悲しそうな顔をするな。心配せんでも、お前さんが気に病むようなことはなんも無ぇよ。今はただ疲れて頭が混乱してるだけだ」
言いながら、「こいつをやるから口を開けろ」と下唇を摘まれる。
反射的に口を引き結ぶと、「ただの安定剤だ」と無理やり口を開かされ、白い錠剤を舌の上に落とされた。
甘い。
鼻から吸わされた粉が強烈だっただけに、舌の上に転がる甘い錠剤に生流は微かな安堵を覚えた。
「これを舐めたらじきにラクになる……」
三十分ぐらいで効くと言われた安心感からか、舐め初めて数分足らずで、泣きたくなるような憂鬱な気持ちが徐々に和らいだ。
浅い呼吸がしっかりとした深い息になり、縮こまっていた手足が床の上に緩やかに伸びる。その間、田之倉は、生流の頭の上にずっと手を置いていた。
病気の子供の様子を見るように、頭の上にそっと手を置き、時折り、「大丈夫だ」とでも言うように手のひらをポンポンと弾ませる。
心細い時に見せられた優しさに、生流は、犯されたショックも忘れ、されるがままに身を任せた。
「どうだ、ラクになってきただろ? 気分がおかしくなった時はこれを舐めてりゃじきに落ち着く。余分に置いてってやるから、おかしいと思ったらすぐに舐めるといい」
それと、と、田之倉がふいに語気を強める。
「今日のことは光哉には内緒だ。残念だが光哉はこういうのが大嫌いでなぁ。いくら誘っても乗ってこないどころかあからさまに軽蔑の目で見てきやがる。お前さんだって、こんなことが知れて光哉に嫌われたくはないだろう?」
また。
と、生流の胸に嫌なざわめきが起こる。
また、これをネタを脅されるのだろうか。
波紋のように広がる不安を決定づけるように、田之倉が細い目をさらに細め、猫撫で声で囁いた。
「また連絡するから。それまで良い子にしてな」
汗ばんだ手が額にかかり、ゆっくりと瞼を下ろす。
閉ざされた視界の裏側に恐ろしい影を見たような気がして、生流は、閉じた瞼をさらにキツく閉じた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『ダチっつーか、弟に近い感じっすかね。なんか放っておけなくて……』
生流のことを話す光哉のしみじみとした横顔を、恭平は、つい今しがた見たことのように思い出していた。
生流を無理やりモノにしてしばらく経った頃、生流の、少年院上がりとはとても思えないスレていない内面と、年のわりに幼さすぎる反応に軽い衝撃を受けた恭平は、たまたま光哉と二人きりになったのをこれ幸いと、生流のことをあれこれ聞き出した。
『あいつ、ちょっとペースが遅いじゃないですか。おっとりしてるっていうか、鈍感っていうか……。話しててもテンポが合わないし、そもそも話しが通じないとこもあって。だから、騙されやすいっていうか、グループのメンバーからも、いじられたり、カモられたりしてて……』
話が通じる通じないはさておいて、騙されやすいタイプであることは、会ってすぐ二言三言話しただけですぐに気が付いた。
それだけに、最初は、こんな奴が本当に、このところ裏界隈でまことしやかに囁かれているコカイン密売ルートの開拓メンバーの一員なのだろうかと目を疑った。
それでも突然現れた新入りをやすやすと信用するわけにはいかない。なぜならそれが恭平に与えられた任務だからだ。
茅野恭平。
暴走族上がりのごろつきフリーターとして周りに認知されながら、その実体は、関東最大規模にして最強を誇る武闘派集団スティンガーの専属諜報員。普段は気ままなごろつきとして暮らしながら、任務が下ればスティンガーの敏腕諜報員へと姿を変える。
重要な役どころを担う一方で、決して表舞台には姿を表さない。雇用主であるスティンガーに於いてさえ、一部主要幹部にしかその存在を明かされていない隠密中の隠密要員だ。
その恭平に命令が下ったのは、今から三ヶ月ほど前のことだった。
調査依頼は、未だ確立されていないコカイン密輸ルートに関する怪しい動き。
首謀者は、スティンガーの後援団体である暴力団と因縁浅からぬ関係にある敵対勢力との噂で、表立っての交渉ごとは、傘下組織の幹部である田之倉という男が行っているらしいという情報までは掴んでいた。
『特殊詐欺でシノギを上げている』と評判の田之倉が、騙し取る相手から現金を受け取る“受け子”や、送金された金を引き出す“出し子”を求めて暴走族の集会や不良グループの溜まり場に頻繁に顔を出していたことは既に耳に入っていた。
恭平は、金に困っている暴走族上がりのニートを装い、田之倉に近づいた。
ヤクの密売に手を染めていることは、今回の密輸ルートの開拓に関わっている時点でほぼ確定している。何気に、『プッシャーの経験もある』と告げると、『パケを作ったことはあるか?』と聞かれ、トントン拍子に話がまとまった。
恭平は、田之倉の薬物密売グループの一員として迎え入れられ、光哉の住む“作業場”へと案内された。
光哉の第一印象は、日本人離れした、彫りの深い顔と浅黒い肌。
父親がブラジル人だと知り、背景を探ると、案の定、父方の祖父がブラジルの麻薬犯罪組織と繋がっていることが解った。ブラジルは、言わずと知れたコカイン密輸貿易の中継基地だ。
恭平の中で全てが繋がった。あとは決定的な証拠を掴み、さらにその上の繋がりを探って行く。
しかし、田之倉が取り扱う薬物は、覚醒剤や合成麻薬、かつては“脱法ドラック”と呼ばれ誰でも簡単に手に入れることが出来た幻覚剤や弛緩剤といったメジャーな商品ばかりで、肝心のコカインを取引きしている気配は無かった。
光哉も、取り扱うネタに手を出すことなく、黙々と働いている。
その働きぶりは、薬物密輸ルート開拓の主要メンバーというよりも、悪い大人に、捕まるリスクの高い役回りを言葉巧みに押し付けられた末端の使い捨て要員のようでもあった。摘発されたが最後、いの一番に足を切られる。
尻尾を掴んでやろうと意気込んで乗り込んだものの、光哉の真面目な働きぶりに、恭平は、いつしか光哉に対する見方を変えていた。
そうして二か月が過ぎた頃、今後は、突然、生流が現れた。
幼いお人形のような中性的な顔。華奢な身体。初対面の生流は、光哉の部屋の風呂場で、光哉の服の匂いを嗅ぎながらオナニーをしていた。
ーーーコイツがメンバーか?
見たところ、ただのひ弱なホモにしか見えない。
とは言え、此処に居るということは田之倉と繋がりがあるということだ。
人の本質が見た目で判断出来ないことは、これまでの潜入調査で身に染みている。いかにも強そうな人間が強いとは限らない。実際、虫も殺さないような顔をして、平気で他人を地獄に突き落とす人間を何人も見てきた。
猫を被っているのかもしれない。
ならば、手っ取り早く本性を暴いてやる。
『光哉をズリネタにしてシコってやがったのか?』
股間を押さえながら首を横に振って否定する生流を睨み付け、勃ち上がったペニスをもぎ取るように握り締めた。
逃げようする身体を壁際に追い詰め、足の間に膝を割り入れて動けなくしてから、これみよがしにペニスを扱き上げる。
屈辱を与えて揺さぶりをかけてやるつもりだった。
しかし、恭平の思いに反し、生流は、眉間に深いシワが寄るほどギュッと瞼を閉じ、白い顔を真っ赤にしながら、唇を真一文字に引き結んで快感に耐えている。
長い睫毛に滲んだ涙。泣き出す寸前のようにわななく唇。
まるで初めて痴漢に遭った女子高生のように身体を硬直させて喉を引き攣らせる生流の反応に、恭平は自分が抱いた疑惑が勘違いであったことにすぐに気が付いた。
それでも生流を離さなかったのは、ならばどうして此処にいるのだろうという単純な疑問と、生流に対する好奇心からだった。
勘違いであったと気付きながら、恭平は、生流のペニスを離そうとはせず、むしろ、さらに激しく扱いて手の中に射精させ、後孔にまで指を這わせて生流を未知なる快楽へと誘った。
どうしてそんなことをしたのか恭平自身にもよく解らない。ただ生流のウブな反応のひとつひとつが脳を直撃し、自分でも驚くほど興奮した。
翌日、生流をホテルに誘い出して強引に関係を持つと、それはさらに甘い衝撃となって恭平の脳に焼き付いた。
生流の、スレたところのない真っ新すぎるほど真っ新な内面は、汚れた世界に身を置く恭平の擦り切れた心をじんわりと温めた。
生流の素直さが恭平の内側を優しく柔らかく包み込む。
同時に、光哉を思う健気さに、なんとも言えない切なさも覚えた。
嫉妬、というのとはまた違う、泣きたくなるようなやるせない気持ち。
自分の中に芽生えた感情を整理しきれず、恭平は、答えを求めるように光哉に尋ねた、
『生流とはどういう関係なんだ?』
生流のことをどう思ってるんだ? とはとても聞けず、当たり障りのない言葉を選んだ。
光哉は、『弟みたいな存在です』と言った。
『アイツ、びっくりするぐらいチョロいから。誰かが見ててやんないと……』
『それで部屋へ呼んだのか?』
『行くとこない無いって言うし。それに、生流には借りがありますから』
『借り?』
『アイツ、ネンショウ上がりなんすけど、あれ、俺のせいなんです』
当時を思い巡らせるように、遠い目をしながらしみじみと光哉は言った。
『俺を逃すためにわざと囮になったんです。俺が捕まらないように、わざと俺から離れて警察を誘き寄せてくれて。アイツが横道に逸れなきゃ、たぶん俺も一緒に捕まってた』
『アイツが自分からそうしたんだろ?』
『そうだけど、アイツ……生流の場合は捕まったら絶対ネンショウ行きだって解ってたから……。保護能力、っていうんですか? 家庭環境がアレだから再犯率が高いとかで……』
再非行防止を重視した審査が行われる少年審判では、罪の度合いはもちろん、少年の交友関係や反社会勢力との繋がりの有無、更生の基盤となる家庭環境の問題等で、保護観察処分か少年院送致かに選択が分かれることがある。つまり、同じ罪を犯したとしても、更生出来る条件や環境が充分に整っていれば保護観察処分となり、そうでない場合は少年院送致となる。
光哉の口ぶりでは、生流は、どんな罪であれ後者になることが決定しているかのようだった。
『そう言えば、母親は一度も面会に来なかったと言ってたな……』
ふと口走ると、光哉が、『え?』と驚いたように目を丸めた。
『生流がそう言ってたんですか?』
『ああ』
おかしいな、と光哉が首を捻る。
『来なかったというか、行けなかったんすよ。アイツの母ちゃん、アイツが鑑別所に入ってる時に死んじまったから』
『死んだ?』
今度は恭平が目を丸める番だった。予想だにしない返事に思わず声が裏返る。
光哉は、あからさまに動揺する恭平を訝しげに見た。
『アル中で、そこらじゅう悪かったみたいだから……。解んねぇけど、アイツのことで警察が訪ねた時にはもう死んでた、って』
『アイツはそのこと知ってるのか?』
『さすがに知ってるでしょ。だから行くとこ無くて俺ンとこ来たんだと思います』
知っている人間が、わざわざ、『一度も面会に来なかった』と恨みがましく言うだろうか。生流が少年院に入る頃にはすでに死んでいた。どう足掻いても、絶対に来れるはずのない相手に対して。
まだ受け入れられないでいる、ということか。
恭平がそう結論付けるまでに時間は掛からなかった。
聞くんじゃなかったという思いと、聞いてしまったという思い、母親が面会に来なかったと訴えた時の、生流の、不貞腐れたような淋しそうな顔が脳裏を巡り、恭平は、『まいったな』と頭を抱えた。
『アイツはこの先どうなっちまうんだ……』
やりきれない思いを吐き出すと、隣で見ていた光哉が、間髪入れずに、誇らしげな様子で答えた。
『だから田之倉さんに頼んで雇ってもらったんです。今はまだ見習いだけど、ちゃんと出来るようになれば金も稼げるし、そしたら、この先一人でもなんとか生きて行けるでしょ?』
悪意のない言葉がますます恭平を憂鬱にさせる。
光哉に全く罪は無い。
光哉は、行く宛てのない生流を部屋に住まわせ、仕事を紹介した。生流が“一人”で生きて行けるように。
それは、光哉の生流に対する誠実な思いやりであり、生流にとっても現実的な救済だ。
ただ、紹介された田之倉はコカインの密売容疑の渦中の人物であり、光哉は、この先もずっと生流の側にいてくれるわけではない。
光哉は、生流が性的な意味も含めて自分を好きだということを知らない。おそらく、田之倉が、関東最大の武闘派集団スティンガーに毒針を向けられているということも。
光哉にとって、生流は、放っておけない大切な友達であり、自分を助けてくれた恩人。
光哉の誠意は生流の本当の願いには届かない。生流の願いは叶わない。
けれど、光哉にはやはりなんの罪もなく、もちろん生流にもなかった。
繰り返される日々の中で、恭平だけが全てを知っていて、何も出来ない自分に苛立つ。
その反動が、恭平をいつになく感傷的な気分にさせ、必要以上に生流を意識させた。
「マジで……重症だな、こりゃ……」
過去の記憶を頭の中から振り払い、陳列棚に並んだサンドイッチとおにぎりを適当にカゴに放り込み、ドリンクコーナーでペットボトルのお茶とスポーツドリンクを何本か追加した。
パウチタイプのゼリーと、口当たりのよいプリンも追加。
朝食用のパンを選びに行く途中、生流がいつも買うスナック菓子を見付けて二袋手に取った。
こんなことをしている場合でないことは解っている。
田之倉の容疑を決定付ける証拠も掴めず、スティンガーの総代の新庄からもついにカミナリを落とされた。
自分の本分は、田之倉の悪事を突き止め、現行犯で取り押さえて新庄に引き渡すことだ。
それでも、生流が体調を崩していると聞けば、恭平はこうして薬局やコンビニを巡り、生流のために必要なものを買い揃える。
潜入捜査のはずが、いつの間にか仕事場にかよう目的がズレてきている。
このままで良いわけがない。
思いながらも、恭平の意識は自然と生流に向かい、そういえば下着の替えは足りているのだろうかと商店街にまで足を伸ばす。
結局、パジャマの替えまで購入し、生流の元へ向かう頃には恭平の両手は生流のために買い求めた大きな買い物袋で塞がっていた。
ーーーまったく、どうしようもねぇ。
「生流~、生きてるかぁ~」
憂鬱を振り払い、田之倉に持たされた合鍵でドアを開け、居間の片隅で毛布に包まる生流の横にしゃがみ込んだ。
生流に会うのははぼ一日ぶり。
昨日、買い物帰りに偶然新庄に出くわしたすぐそのあと、恭平のスマホに、「連絡しろ」と新庄からメールが入り、クリスマスプレゼント用に買ったサンタブーツを自宅へ持ち帰るという言い訳をつけて生流と別れた。
いつもなら翌日の昼までには出勤する。今日は、家を出ようとした矢先、光哉から、生流の調子が悪いので作業を中止すると連絡が入った。
すぐに駆け付けるつもりでいたが、光哉に、「ゆっくり寝かせてやりたい」と言われ、光哉が仕事に出掛ける頃を見計らい、入れ替わりで生流に付き添うことにした。
生流は、毛布を頭までスッポリと被り、壁に向かって勾玉のように身体を丸めて眠っている。
毛布をめくり、汗ばむ額にそっと手を当てた。
発熱というほどの熱さではない。
額に置いた手を、前髪を持ち上げるようにして頭に移動させ、坊主頭の伸び掛けのモサモサ頭を優しく撫でる。
手を離すと、生流が、閉じていた目をパチリと開け、「ヒッ!」と肩をビクつかせた。
「おっと、わりィ。起こしちまったか。……てか、ンな驚くことねぇだろう?」
怯えた目。
寝ぼけているのだろうかと、顔が良く見えるよう真正面に向き直って、「俺だ」と笑いかけた。
「茅野……さん……?」
怯えた目が一瞬緩んで泣き出しそうに震えはじめる。
「茅野さんッ!」
あっ、と驚く間もなく、生流が、ガバッと起き上がって恭平の首にしがみ付く。
「なんだ、どおした?」
子供をあやすようにポンポンと背中を撫で、優しく引き剥がして生流の顔を覗き込んだ。
「どっか痛いのか?」
痛々しく見開かれた目と溢れそうな涙が生流の不安定な内面を映し出す。
体調が悪いから不安定なのか、不安定だから体調が悪いのか。色んな思いが頭を巡ったが、張り詰めた目で縋るように見る生流を見ていたら、そんなことはどうでも良くなった。
「わかった、わかった。俺がついててやるからゆっくり眠りな……」
悪夢に怯える子供のように震える生流の頭を鼻先で撫で、腕を掴む手を優しく剥がして腕ごと抱き締めた。
そのまま腕枕しながら布団に横になり、毛布を肩まで引き上げる。
その間も、生流は恭平から離れようとはせず、横になってからも恭平の身体に必死にしがみ付いた。
「茅野さんッ! 茅野さんッ!」
「今日はずいぶん甘えたさんだな……」
熱っぽい身体。湿った息。鼻先をくすぐる柔らかい髪。生流のいつになく甘えた態度が恭平の庇護欲を掻き立てる。腕の中にすっぽりと入りきってしまうサイズ感も恭平の胸を甘く疼かせていた。
腕枕をした手を引き寄せて生流の身体を脇の間に収めると、生流が自分から頭を起こして恭平の厚い胸板に頬をぐりぐりと擦り付けた。
「茅野さんッ……」
「大丈夫だから、大人しく寝てろ」
「茅野さんッ……俺から離れないで……」
「生流?」
か細い声に思わず聞き返す。
途端、生流が、トレーナーの脇をギュッと握って再び声を震わせた。
「俺から離れないで……ずっとそばにいて……」
一瞬、愛の告白かと胸が高鳴る。しかしすぐに弱っている時の人恋しさだということに気付き、恭平は、勘違いして胸をときめかせた自分自身に苦笑いした。
「ずっとついててやるから心配すんな」
「ホント?」
「ああ、本当だ」
笑顔で返し、寝返りを打ちながら、腕枕していないほうの手を生流の背中に回して胸の中に抱き込んだ。
「こうしててやるから安心しろ」
赤くなった瞼に口付けると、生流が眉間のシワをホッと緩め、前よりもさらに力を込めて恭平に抱き付く。
恭平もまた、仔猫のように甘える生流をさらにキツく抱き締めた。
密着しているにもかかわらず、少しも変な気分にはならない。
今はただ腕の中で眠る生流が愛おしい。抱き締めた体温の熱さと胸元から伝わる心臓の鼓動の心地良さ、だんだんと落ち着く生流の息づかいに安心しながら、恭平は、いつの間にかうとうとと眠ってしまった。
次に目を開くと、隣にいた筈の生流が忽然といなくなり、代わりに、身体の半分までしか覆えていなかった毛布が全身をすっぽりと包んでいた。
「生流?」と、起き上がって辺りを見回す。
姿こそ見えないものの、バスルームからぼそぼそと呟く声が聞こえる。
生流の声だ。
語尾が頼りなく萎む特徴から解る。
相手は光哉だろう。
飛ばし携帯しか持たない生流の電話相手はごく一部に限られている。
抱き締めて寝てやったのに薄情ないヤツだ。
苛立ちまぎれに毛布を蹴飛ばすと、バスルームのドアがガチャリと音を立てて開き、電話を終えた生流が浮かない顔で恭平のいる居間に戻って来た。
「光哉と話してたのか?」
恭平に気付くと、生流は一瞬、見ている恭平のほうが驚くほど身体をビクつかせ、しかしすぐに、「ああ、うん」と、誤魔化すように語尾を濁した。
「なんだ、光哉と喧嘩でもしたのかぁ?」
「え? いや、えっと、そんなんじゃ……」
「どうせ甘えたこと言って困らせたんだろ? 俺がいるってのに、全く凝りねぇヤツだよお前は……」
嫌味ついでに、生流のために買ったパジャマと下着の替えを買い物袋から取り出し、居間の入り口に立ち尽くす生流に差し出した。
「寝汗かいたろ。そのままじゃ風邪ひく」
ありがとう、と蚊の鳴くような声で呟く生流を背に、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出しキャップを外す。
生流に手渡し、「そんなことより具合はどうだ」と尋ねると、生流が俯いた顔をもじもじと上げて「平気」と答えた。
「本当か?」
「うん……。茅野さんがいてくれたから……」
「だから、“恭さん”だっつの!」
念のため、おでこに手を当てる。熱はない。
安心したら途端に空腹を感じ、ふと時計を見た。
午後10時を回ったところ。部屋を訪ねてから三時間近く寝ていたことになる。
生流に空腹かどうか尋ねると、「昨晩から何も食べていない」と言われ、生流が着替えるのを待ってから、コンビニで買ったサンドイッチとおにぎりで夕食を摂った。
お腹が満たされて気力が戻ったのか、夕食を、食べ終わる頃には、生流の表情にも少し明るさが戻った。
とは言え、いつもより落ち込んだ様子には変わりはない。
光哉が帰ってくるまでまだ時間がある。
気分転換になればと、風呂好きな生流のためにバスタブにお湯を張ってお気に入りの入浴剤を浮かべた。
「入るか?」と聞くと、生流がおどおどと睫毛を震わせて恭平を見る。
生流の、戸惑うような恥じらうような表情に、恭平は、自分が生流に、性的行為をしたいのだと勘違いされていることに気付き、慌てて弁解した。
「べ、べつに、そういう意味じゃねぇからッ!」
生流は一瞬黙り、やがて、睫毛の長い大きな目を瞬かせて恭平を伺うように見た。
「いいよ……。でも俺が、“いい”って言ってから入ってきて欲しい……」
「へ?」
「俺、汚いから……。俺が、“いい”って言ってから入ってきて欲しい……」
一晩くらい風呂に入らなかっただけで何を大袈裟な。
思ったが、生流の訴えるような視線に押され、言う通りに居間で待機することにした。
しばらくすると生流がバスルームのドアを開けて「茅野さん」と恭平を呼び寄せる。
躊躇うような小さな声に、恭平の胸がざわめき立つ。
脱衣所で服を脱いで中に入ると、バスタブの片側に膝を抱えて座る生流の上気した顔が目に入り、恭平はドギマギしながら空いたスペースに足を踏み入れた。
向かい合わせに座ろうと向きを変えると、たちまち生流が身を乗り出して恭平の股間に齧り付く。
予想だにしない生流の行動に恭平は思わず声を荒げた。
「お前、なにやってんだッ!」
生流は、恭平の男根を握り締めている。
恭平の股の間に跪き、睾丸に唇を這わせながら、まだ柔らかい男根を手のひらで包んで力強く扱き上げる。
滑らかな手のひらの感触に、恭平の男根が先端を大きく張り出しながら膨張する。
やがて反り返るほどに勃ち上がると、くっきりと浮き出た裏筋に指先を当て、シュッシュと素早く擦り上げた。
「き、今日は俺がやるからッ……」
言うなり、ヒクヒクと震える先端を真上から咥え込み、小さな口を舌の先でいじくり回す。
ネンショウ時代に仕込まれたという生流のフェラチオテクニックは、恭平の要求に忠実にカスタマイズされ、今ではすっかり恭平仕様に仕上がっている。ひとたび咥えれば、恭平の弱い部分を巧みに刺激し快感へと誘う。始まったが最後、拒絶する術はない。
自業自得とも言える事態に、恭平はタトゥーだらけの厳つい身体を情けなく捩りながら股間に貼り付く生流の頭を両手で掴んだ。
「おま……マジで……どうしちまったのッ!」
生流は取り憑かれたように恭平の男根を貪っている。
先っぽから根元までを一気に咥え込み、頬肉で挟んで味わうように吸い上げる。
最初はゆっくり、徐々にスピードを上げて。裏筋に舌を這わせ、唾液を塗り込み、上顎を伝う先走りを喉の奥に何度も流し込む。
「……てめ……マジで止めろってッ! ちょ……いづるッ! いづッ……」
身悶えるような射精感が湧き起こる。
あっ、と思った時には、目の前がブワッと白く光り、恭平は、腰を震わせながら生流の口の中に射精していた。
生流はそれを全て飲み干すと、唇の周りにこびりついた精液と先走りの混じった唾液を舌の先で舐め取りながら、ほんのりと上気した顔を上げた。
「茅野さん……気持ち良かった?」
「良かねーよ。てか、一方的にしてんじゃねぇ
よ」
いつもは自分の方が一方的に生流を押し倒すくせにどの口が言うと自分に呆れるが、こんなふうに一心不乱に奉仕されるのは、商売女を相手にしているようで嫌だった。
ましてや、光哉と電話していた後だけになおさらだ。
「茅野さん……?」
額に八の字を寄せながら見上げる生流の頬を両手で挟んで持ち上げ、子供を叱るようにキッと睨み付けた。
「してくれんのはすっげー嬉しいけど、こういうのは二人でしなきゃ意味ねぇんだ」
そのまま背中を丸めて顔を近付ける。唇に視線を落として顔を傾けると、生流の赤く濡れた唇が、触れ合うギリギリのところでフッと横に逸れた。
「生流……?」
「ごっ、ごめんなさい。俺、まだ心の準備がッ……」
「いまさらなんの準備だよ」
「そっ、それはッ……」
言い掛けた口を唇で塞ぎ、その先の言葉を押し戻すように舌を捻じ込んだ。
生流がビクッと舌を引っ込める。
縮こまった舌を舌の先ですくって上下左右に掻き回し、揉みくちゃに舐め回して吸い上げる。
「んんんッ……んぁッ、やッ……」
舌先に溜まった唾液が上顎を伝って喉の奥に流れ落ちる。
粘膜が熱を帯び粘りを増していく。絡み付く舌に、生流の舌が柔らかくほぐれていくのが解る。それが自分からトロリと寄り添ってくるのを待ち、湿った吐息が漏れ始めた頃、おもむろに唇を離した。
「まさかこれで準備できてねぇとか言わねぇよな?」
抵抗したところで身体の反応は誤魔化せない。
しかし、恭平が再び唇を近付けると、生流はイヤイヤと首を振った。
「だっ、だめッ! 今日は俺がするんだからぁッ……」
「さっきしてもらった。今度は俺の番だ」
「だっ、だめぇッ!」
生流の頑な反応に、恭平の我慢が限界を超えた。
「何がダメなんだ」
「だって、汚いし」
「汚なかねぇよ。こんな良い匂いさせてどこが汚ぇってんだ」
「だって……」
「だってじゃねぇッ! テメェはさっきから一体なにを言ってやがるッ!」
感情的になったものの、正面に向き直らせた途端目に飛び込んだ生流の怯えた表情に、恭平はハッと我に返った。
生流の、涙を含んだ大きな目が震えながら見上げている。
引き攣ったような、蒼ざめた顔。
吸い込まれるように見返すと、への字に曲がった唇が泣き出す寸前のように歪み、瞼に溜まった涙が瞬きと同時にプツンと弾けて頬を流れた。
「おま……なに、いきなり泣いて……」
恭平が慌てるのも無理はない。
「俺がキツい言い方したからか? それとも、光哉になんか言われたか?」
生流は大粒の涙を流しながらふるふると首を横に振った。
「なら、なんだ? まだどっか具合が悪りィのか?」
湯船に肩まで浸からせ、自分も同じように向き合って座り、生流の両腕をさすりながら、両目を手の甲で押さえて子供のようにしくしくと泣く生流の顔を覗き込んだ。
「泣いてちゃ解らねぇだろう? 俺に出来ることからなんでもしてやっから言ってみな」
生流はしばらくしゃくり上げ、やがて、「こわい」と、聞こえるか聞こえないかぐらいのか細い声で言った。
「怖い、って……なにが怖いんだ?」
「俺、どうなっちゃうの……?」
それはこの先の人生のことを言ってるのだろうか。問い正そうにも、生流は両手で涙を拭いながら忙しなくしゃくり上げるばかりでとても話せる状況ではなかった。
「とにかく落ち着け」
生流はただ泣いている。恭平の言葉も耳に入らない。
「もうヤダ……。俺……おかしくなっちゃう……俺、このままおかしくなっちゃったらどうしよう……」
「どうおかしくなるってんだ」
「わかんない。……けど、怖い。怖いよぉ……」
「いいから、落ち着いて、ゆっくり息をしろ」
泣きじゃくる生流を胸に掻き抱き、膝の上に乗せて顔を下から伺うように見た。
目尻に溜まった涙を親指の先で拭って目を開かせる。赤くなった白目に浮かぶ綺麗な黒目。
ネタに手を付けていないことは改めて確認するまでもない。
厳重に管理されているとはいえ、部屋の中に実物がある以上、絶対に手を付けないとは言い切れない。部屋を訪ねてすぐ、生流の情緒不安を目の当たりにした時、一瞬ネタを使ったのではないかと疑ったのも事実だ。
しかし、生流の瞳孔は正常な状態で虹彩に浮かび、覚醒剤をキメた時特有の鼻につく臭いも無かった。そもそも生流が自分から手を出すとは思えず、生流の独り立ちを願う光哉が、独り立ちどころか人生の足を引っ張るようなものをわざわざ生流に与えるとも思えなかった。
可能性があるとしたら、あとは、田之倉。
「いやいや」と、脳裏によぎった思いを慌てて振り払い、恭平は、自分の膝の上で背中を丸めて鼻を啜る生流の頬を撫でた。
今のところ、田之倉と生流の直接的な接点はない。仮にあったとしても、生流は、光哉が田之倉に頼んで雇ってもらったバイトだ。自分のところの覚醒剤を扱う人間をシャブ漬けにしたところで田之倉には何のメリットもない。ただの杞憂だ。
「心配しなくても、お前はどうもなりゃしねぇよ」
「でも、怖いよ……。俺……俺……」
「大丈夫だからもう泣くな」
わざと明るく笑いかけ、頭の後ろに手を回して肩の上に額をこてんと置いた。湿った吐息が肩先に熱く絡み付く。無造作に伸びた髪に鼻先を埋め、後頭部に置いた手を子供をあやすようにポンポンと弾ませながら、空いたほうの手でお湯をすくってうなじにかけた。
生流は恭平の肩口に顔を埋めながら声もなく泣いている。時折り鼻を啜り上げる音が、怖い、怖い、と言っているように聞こえる。
しばらく黙って繰り返していると、生流の呼吸が少しづつ落ち着き、やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「茅野さん……一緒にいてくれる?」
恭平は、生流の髪の匂いを嗅ぎながら「ああ」と答えた。
「いつまででも一緒にいてやる」
「ホント……?」
「ああ、ホントだ。今日はなんもしねぇでくっ付いて寝よう」
生流が泣き腫らした目を安心したように細め、再びコツンとおでこを肩口に付ける。
不安の理由は何も聞けないまま、恭平は、ただ生流の小さな背中を柔らかく撫でた。
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