十七歳の青い微熱

瀬楽英津子

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〜大人の男と両脚の間の奥の切ない疼き

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最悪な初対面以降、茅野恭平かやのきょうへいは連日のように光哉みつやの部屋に入り浸っていた。
 もっとも、仕事仲間なのだから“入り浸る”という表現は適切ではない。茅野恭平は真面目に職場に通っているにすぎず、後から転がり込んだ生流いづるがどうこういう言える問題では無かった。
 生流には避けたい相手でも、光哉にとっては大切な仲間。
 仕事の上では光哉の方が先輩だが、十歳近く歳上なせいもあり、面倒見のよい兄貴的存在として、光哉に“恭さん”と呼ばれて慕われている。
 それでも頑なに“茅野さん”と呼ぶのは、初対面での破廉恥行為以降、光哉への想いをネタに何かと性的なちょっかいをかけてくる恭平への、生流なりのささやかな反抗心からだった。

「こっち、出来ましたよ、茅野さん」

「だから、“恭さん”って呼べっつってるだろが。全く、可愛げねぇったら……」

 ピアスの目立つを眉を顰めて言うと、恭平は、生流の前に並べられた小さな透明の粒の入ったビニール袋を電子計りの上に乗せ、「誤差の範囲内だな」と、トレー代わりに用意した菓子箱のフタの裏に置いた。
 同じように全て計り終えると、今度は袋の端を細長い鉄のヘラで挟んでライターの火で炙って封を閉じる。
 恭平がライターがカチッと点火するたびにビニールの焼け焦げる臭いが辺りに充満する。いかにも身体に悪そうな臭いを鼻先に纏わり付かせながら、生流は再び作業台に向い、目の前に置かれたステンレスのバットに入った乳白色の細かな粒を耳かきですくって電子計りに乗せ、0、25gづつ量って筒状のビニール袋に入れた。
 さっきから延々同じことの繰り返し。
 これが生流に与えられた仕事だ。

 光哉のところへ身を寄せて十日になる。
 恭平に自慰行為を見られ身体を弄ばれたそのすぐ翌朝、「出直すのも面倒だから」と、そのまま光哉の用意した毛布に潜り込んで寝てしまった恭平を警戒しながら、結局一睡も出来ないまま朝を迎えた生流は、出先から戻った光哉に見覚えのある男を紹介された。
 それが田之倉たのくらだった。顔はよく覚えていなかったが、頭に乗せたハンチング帽は覚えていた。
 田之倉は生流と光哉が所属していた不良グループの溜まり場にたまに顔を出す気の良いおっちゃんで、来るたびに炭酸飲料やコンビニスイーツを差し入れてくれた。
 生流自身は直接的な関わりは無かったが、色々な方面に顔が利くらしく、メンバーの中には、田之倉の紹介で割りの良いバイトにありつき荒稼ぎしている者もいた。
 光哉が生流を紹介すると、田之倉は、『ああ、あのチビちゃんかぁ』と目を糸のように細めて笑った。
 その後、田之倉の反応を見た光哉が、『良かったな』と生流の背中をポンと叩き、生流は、何が良かったのかもよく解らないまま仕事仲間として迎えられた。
 仕事内容は、月に二回ほど光哉が持ち帰る“ネタ”と呼ばれる半透明の塊りを細かく砕いて小さな袋に小分けする作業で、一回あたり400袋近くを数日間に分けて作る。
 数日間で、と考えるとたいした数には感じられないが、もともと100g程度しか入っていない手のひらサイズの袋の中身を400等分して更に小さな袋に詰め替えていく作業は、イライラするほど細かく根気の要る作業だ。
 そうして出来上がったものを、光哉が一袋1万円で売る。
 正確には、田之倉が75万で仕入れたネタを、400等分して田之倉の代わりに光哉が一袋1万で売り捌く。
 そのうちの2千円が光哉の取り分で、全て売り捌けば光哉の取り分は2千円×400で80万。
 つまり売上の20パーセントが光哉の懐に入る計算になっている。
 400と聞くと途方もない数字に感じるが、たいていのユーザーは一度に四、ないし五袋は買っていくので90人に売れば完売となる。
 これが月に二回、ないし三回。月平均で言えば百五十万、多い時は二百万を超える月もある。
 
 袋の中身は言うまでもない。
 最初は怖気付いておっかなびっくり作業していたが、光哉や恭平があまりにも平然と扱うので、生流もすぐに慣れてしまった。
 ただ、恭平からは、『間違っても“やってみたい”と思うな』と口を酸っぱくして言われている。
『コイツは売りモンであって使うモンじゃねぇ。そいつを忘れんな』
 言われなくとも、恭平が眼を光らせている状況下ではくすねられるはずもなく、内緒で買おうにも肝心の金が無かった。
 
「ほら、手が止まってんぞ、生流ちゃんッ!」

「ちゃん付けやめてください」

「ひえ~。生流ちゃんに怒こられちったぁ~」

 隣でふざける恭平を無言でやりすごし、今日の分のノルマの最後の一袋にネタを入れる。
「はい、出来ました」と恭平の前に突き出してそそくさと席を離れると、途端に「可愛くねぇ!」と声が飛ぶ。

 居間では光哉が仮眠を取っている。
“パケ”と呼ばれる小袋を作るのは生流と恭平の仕事で、売るのは光哉の仕事。受け渡しは夜間から明け方にかけてが圧倒的に多いため、昼間はたいていこうして眠っている。

 ーーー凛々しい寝顔。
 
 ラテン系の血が混じっているせいか、彫りが深く睫毛も黒く長い。同じ二重目蓋と長い睫毛を持ちながら、自分とは全く印象が違って見えるのは、光哉のワイルドな浅黒い肌と贅肉のないシャープな輪郭のせいだろう。
 光哉に、「ぷにぷにしてる」とほっぺを突つかれるのは嫌いでは無かったが、光哉とは真逆の白い肌と、『童顔男子』と女にまでバカにされる幼い輪郭の自分の顔は嫌いだった。
 身長が高ければ少しはサマになったのだろうが、170そこそこの痩せ型では、下手をすれば今どきの女よりよっぽど小柄に見える。
 せめて、隣に並んでも引け劣らないくらいの男になりたかった。

 ーーー光哉が、一緒にいて恥ずかしくないような。

 光哉の隣に膝を抱えて座り、睫毛の影の落ちた頬骨を指でなぞる。
 高い鼻に、一文字に結ばれた形の良い薄い唇。この唇で、光哉はどんな口付けをするのだろう。
 ふと思い、辺りをそっと見回す。
 恭平は、奥の作業場でビニールの焼け焦げる臭いを漂わせている。
 今なら、と、生流の本能が騒ぎ立てた。
 身を屈め、端正な寝顔にそっと顔を近付ける。
 光哉の寝息が鼻先にかかる。
 あと少し。
 すると、唇が触れ合おうとしていたまさにその時、光哉のジーンズのポケットに入ったスマホがブゥンと鳴り、生流は慌てて顔を離した。

「あっ……いえ……大丈夫です。はい。分りました……」

 バタつく心臓を落ち着かせる生流とはうらはらに、光哉は、寝起きとは思えない機敏さで電話に出ると、勢いよく起き上がって恭平のいる作業場の引き戸を開けた。

「田之倉さんからですけど、恭さん、いつもの頼めますか?」

 中から、「あいよ」と返事が戻り、作業を終えた恭平が、床を蹴散らすような大股歩きで作業場から出て来た。

「終わりついでに今から行ってきてやるよ。ほらいくぞッ!」

 頭を小突かれ、生流は、「痛てッ!」と両手で頭を押さえた。

「なんすか、いきなり」

「うっせー。お前も一緒に来んだよッ! いいだろ? 光哉」

 有無を言わさず外へ連れ出され、生流はムッスリと頬を膨らませた。
 恭平は、生流の不機嫌などお構いなしに、駅横の公園の公衆トイレに向かい、洋式便器の裏に貼り付けられた鍵を取って駅に向かった。

「73番、73番っと……」

 鍵番号のロッカーを探し、鍵を開ける。
 茶封筒に入った荷物を取り出し中身を確認する。
 スマホだ。
 
「セブンか。ま、しゃあねぇな」

 チッ、と舌打ちすると、恭平は、「ほらよ」と、剥き出しのスマホを生流の胸に押し付けた。

「え……俺?」

「田之倉のおっさんからだ。言っとくが、ゲームとか動画は無しだ。あと、アドレスも勝手に追加すんな」

 事態はよく飲み込めなかったが、スマホを貰えたことは嬉しかった。

「あ、ありがとう……」

「礼なら田之倉のおっさんに言えよ。それよかさっさと行くぞ。早くしねぇと時間が無ぇ……」

 喜びに浸ったのも束の間、いきなり肩を抱き寄せられて早足で歩かされる。
 必要以上にくっ付かれているせいでかえって歩きにくい。離れて歩いた方が早く歩けるのは百も承知だが、前に指摘したら頭を小突かれたので言わないようにしている。

 行き先はいつものラブホテル。
 野郎同士で、しかもまだ日も高いうちからそんなところに行くのに抵抗を感じないわけではなかったが、恭平の周りの目を気にしない堂々とした態度を目の当たりにするうちに、生流の中にあった抵抗や羞恥心も徐々に薄れていった。
 薬局でビデを買うのにもずいぶん慣れた。
 ローションやコンドームはラブホの自販機で買えるが、さすがにビデまでは置いてない。
「別に、俺は全然気にしねぇけどぉ?」と恭平は言ったが、最初に恭平にお尻の中を洗われた時に粗相をしてしまったことが軽いトラウマになっている生流は、行為の前は、必ずトイレで自分で綺麗にするようにしている。その後、結局恭平に洗われるのだから二度手間と言えば二度手間だが、予め洗っておくことで最悪の事態は免れた。

「ほら、もっと脚広げてケツ突き出して」

 恭平に言われ、生流は、シャワールームの壁に両手をついてお尻を突き出した。
 尻たぶをまさぐっていた手が割れ目を滑り、指先が後孔の入り口に触れる。
 ボディソープ代わりのコンディショナーのヌメリが指先を円滑に動かし、窄まりのシワをほぐしながら入り口の浅い部分をくるくると円を描くように回し広げていく。ほんの指先だけで中をいじり、こちょこちょと表面を撫でる。奥へ進みそうで進まない、ある意味、がっつり入れられて掻き回されるより下半身にくる。
 入り口を柔らかくするのが肝心なんだと恭平は言うが、わざとじらして生流の反応を見ているのは明らかだった。

「も……そこばっか、しつこ……いッ……」

「だって、こうしないとお前、痛がんじゃん……」

「だからそんなふうに……あッ、あぁんッ……」

「だから何だ? 早く奥もやれってか? なら、ちゃんと自分で言ってみな」

 恭平とセックスをするのはこれで五回目。もっともホテルに来るのが五回目というだけで、行為自体はその倍以上はしている。
 とはいえ、フェラチオをするにも一苦労するほどの恭平の巨根を受け入れるのは生流にとっては至難の業で、『痛い』と騒いでは恭平を白けさせていることは自覚していた。
 スムーズなセックスをする為には入り口を柔らかくしておくことが重要なのだということも理解出来る。
 しかし、さんざん焦らされ、恥ずかしい言葉を浴びせられ、更におねだりまでさせられるのは我慢ならなかった。恭平の言葉が痛いところを突いているだけになおさら。

「どうすんの? 奥、やるの? やらねぇの?」

 揶揄うように入り口の縁を弾く指先に、生流の腰がひとりでに揺れ始める。
 奥歯を噛み締めて快感に耐えるものの、身体の奥にくすぶり始めた火が消えることは無い。
 挿入前にはどうせまたローションを使ってしつこくほぐすにもかかわらず、洗う段階からこんなにも入念にほぐす必要があるのかと疑う気持ちも無くはないが、アナルセックスはもちろん、お尻の中を洗われるのも恭平が初めてなので、『こういうものだ』と言われれば、生流は信用するしかなかった。

「どうせ奥も洗うんでしょッ?」

「洗わなくて良いなら洗わねぇさ。お前のケツが汚れてようが、俺はちーっとも気にならねぇ。なんなら、お漏らししたって構わないんだぜ?」

「やだよ、バカぁッ!」

 涙声で訴えると、恭平が、「仕方ねぇなぁ」と入り口をいじっていた指先をズブズブと中に埋め、生流の弱い膨らみをクイッと引っ掻いた。

「んあァんッ!」

「んだよ。こうして欲しかったんじゃねぇの?」

 恭平の折れ曲がった指が、肉壁の裏側の感じる部分をグリグリと擦り上げる。
 繰り返される刺激に、肉壁が呼応するように収縮する。
 生流の意思とは関係なく、肉壁が恭平の指を欲しがるようにはしたなくヒクついているかのようだった。

「はぁぁあぁッ、やめ……はぅうッ、ぅぅッ……」
 
「お前がやれっつったんじゃん?」

「はぁぁ……いや……いやだッあ、あ、あッ……」

「やれっつったり、やめろっつったり勝手なヤツ……」

 色白の頬を紅潮させて泣き悶える生流を横目に、恭平は、なおもしつこく感じる部分を擦り上げ、もう片方の手を会陰に当てて指先をグッと押し込んだ。

「やぁッ、なにッ……」

「この奥、気持ち良いとこと繋がってんだわ。ど?」

 後ろ孔に埋めた指をグリグリと動かしながら、会陰に当てた指を押す。違う角度からの二点責めに、生流の口から、堪えきれない喘ぎが迸った。

「んあぁぁッ」

 ゾワッとした快感が背筋を駆け上がり、身体の中がビクビク震える。脚をピンと張って快感に耐えていると、恭平の指がふいに動きを止めた。

「あれれ。ひょっとしてメスイキしてんのか?」

 揶揄うような言い方に悔し涙が込み上げる。ギュッと目を瞑って飲み込むと、恭平の、「可愛いなぁ」という声が吐息とともに耳の中に流れ込んだ。

「お前、マジで感度良いのな。ヤベェ。最高」

 ビクッと身体を震わせる暇もなく、無理やり後ろを向かされ唇を奪われる。

「お前見てっとすぐギンギンになっちまう。……これ、解ンだろ?」

 恭平の熱くて硬いモノがお尻に当たっている。触れただけでかなりな質量と解る男根をグイグイと押し付けながら、恭平は、

「このままここで入れちゃダメか? ちゃんとローション持ってくるし……」

 会陰に当てていた指を乳首に移し、爪の先で先端をコリコリいじりながら、耳たぶに口付けた。

「なぁ、ダメ?」

 拒否する選択肢など最初から用意していないくせに、恭平は、わざと問いかけ、生流が答える前に、洗ったお尻の中をシャワーを当てながら指先で描き出すように洗い流す。
 強めのシャワーと指の刺激が敏感になった肉壁を容赦なく責め立て、膝がガクガク震える。
「待ってろな」と、恭平がシャワーを止めてバスルームから駆け出して行く頃には、生流は、抵抗する気力をすっかり失い、半ば放心状態で言われるままに壁に手をついて待っていた。

「痛くねぇように、たっぷりつけっから……」

 生流の後孔にローションを塗り付けると、恭平は、股の間からにょっきりと勃ち上がった自身の男根にもたっぷりローションを垂らし、生流に聞かせるかのようにわざとグチュグチュと音を立てて大袈裟に扱いて馴染ませた。
 そのローションまみれの手が生流の尻たぶを開き、ヌメッた先端を後孔の入り口に押し当てる。
 生流がビクッと背中を震わせると、動かないようお尻の肉をギュッと掴み、掴んだ肉を更に左右に開きながら、下から持ち上げるようにして男根をめり込ませた。

「キッつぅーーー」

 想像以上の質量が生流の肉壁を割り裂きながら侵入する。
 思わず奥歯を噛み締めると、「力を抜け」と叱られた。

「我慢せずに声出せ。その方が力が抜ける」

「あッ……ああぁぁぁッ」

 声と一緒に息を吐くと、恭平が、「ウッ」と唸り、男根が更にググッと奥へ食い込む。

「一番……太いとこ……入ったぁ~」

「あ……ッ、痛ぁあッ、はぁっ……やあッ……」

「しっかり息しろ~。いきなり奥まで突っ込んだりしねぇから安心しな。……まずは、浅いとこ気持ち良くしてやっから……」

 フンッ、と、恭平が角度を変えて先端を腸壁へと突き立てる。
 途端、ピリッとした熱が下腹を襲い、生流の口から鼻にかかった甘い声が漏れた。

「はあぁぁんッ! そこッ、やだッ、だめぇッ!」
 
 恭平の、カリ首の段差のあるカリ高の亀頭は、何もしなくてもただ孔の中を滑らせるだけで生流の感じる部分を絶妙に擦り上げる。
 恭平自身も自覚している恭平の武器だ。もちろん、どんなふうに動かせば相手を喜ばせられるのかも十二分に理解している。

「ここ、好き? 気持ちイイか?」

「んあぁっっ、そんな……強く、しないでぇッ!」
 
 感じる部分に向かって挿入し、肉壁にごしに、カリを擦り付けるようにしながらゆっくりと引き戻す。
 突いては戻し、突いては戻す。
 指とは違う太さと熱さ、繰り返しもたらされる快感に、生流の身体が、生流の意思とは関係なく勝手に腰を揺らして快楽を貪った。

「少しづつ奥に入れっからなぁ~」

 生流の腰を自分の方へ引き寄せると、恭平は、引き戻した男達を、体重を掛けながらゆっくり挿入した。

「あんッ、やぁあぁッ……」

 根元まで入れたところで男根を後孔の粘膜にしっかりと馴染ませ、そこから、カリ首で肉壁を掻きだすように引き戻す。
 最初はゆっくり、だんだんスピードを上げて抜き差しし、生流の喘ぎが高まった頃合いを見計らい、脇腹から手をくぐらせてペニスを握った。

「すっげぇカチカチ。大人のチンコ……」

「言わないでよおッ……ッあッ……」

 高められた快感に、まだ完全に剥けていない生流の幼いペニスが、ピンク色の亀頭をしっかりと露出させながら勃起する。
 恥ずかしさに涙が込み上げるが、恭平の手が剥き出しになった先端部分をすっぽりと手の中に収めて扱き上げると、それは愚図り泣くような喘ぎに変わった。

「なんかネバネバしたの出てきた。これなに? 生流ちゃん……」

「しらな……ぁひッ……」

「自分のチンポなのに知らねぇの? ほら、これ、ネバネバ……」

 言いながら、鈴口を指の先でグリグリ撫で回す。

「やッ……それやだッ、やめ……やあぁッぁぁ」

 恭平の執拗な愛撫に、生流が、色白の頬を真っ赤に紅潮させながら首を振る。
 苦しげに顰めた眉。もつれるような喘ぎ声。やがてそれが湿った涙声に変わると、生流のペニスをいじり回していた恭平の手がふと止まり、生流のうなじに、こてん、とおでこをつけた。

「だから、なんだってお前はそうやってさぁ~」
 
 囁いたのも束の間、生流のペニスを握り締めたまま、肩幅に開いた脚を更に開かせ、後孔に埋めた男根を身体の奥に叩きつけるように腰を突き上げた。

「んぁッ、なにっ、いきなり……やあぁッ!」

 これまでとは打って変わった激しい突き上げに、生流の口から、自分の声とは思えない甲高い悲鳴が迸る。
 一方、恭平は、生流のペニスを扱きながら、後孔の奥へと腰を突き上げている。
 パン、パン、パン、と、肉と肉がぶつかり合う音がバスルームの壁に反響こだまする。

「すっげぇ締め付け……ヤバッ……」

「あはぁ、やッ、やあぁあぁッ、いいぃッやぁッ、やめてよぉぉぉッ!」

「ここでやめれるか。ガキの時間はお終いだ。ガンガン行くからしっかり踏ん張っとけ」

「そんな……あッひいぃッ!」
 
 恭平の猛り勃った男根が勢いよく肉壁を突き上げ、抉るように中を掻き回す。
 剥き出しにされたペニスは敏感な裏筋をこれでもかと擦り上げられ、中からの刺激と合わさって悶え泣くような痺れを湧き上がらせる。
 痛みが切ない快感に変わり、鼻から漏れる涙声が止められない。
 否が応でも高まる射精感を首を振って紛らすと、恭平のペニスを握っていないほうの手が生流の顎を掴んで強引に振り向かせた。

「こっち、舌出せよ……」

「んっ、んんっ……」

 無理な姿勢で舌を吸われ、噛み付くように唇を奪われる。
 忙しなく絡む舌がピチャピチャと淫らな水音を上げる。

「はぁ……可愛いなぁ、いづる……」

「んんんッ、苦し……はなし……」

 イヤイヤをして逃れると、顎を掴んでいた恭平の手が胸元に滑り乳首を乱暴に摘み上げた。

「ぁひぃィッ!」

 少年院でさんざん舐めしゃぶられていたせいで、生流の乳首は、すでに完成された性感帯として快感に打ち震え、ほんの少しの刺激で薄桃色の膨らみを硬く尖らせる。
 それが引き金となり、堪えていた射精感がゾクゾクと背筋を駆け上がった。

「ああぁッ、だめッ、そんなしたらイッちゃうううぅぅッ!」

 押し寄せる快楽の大波に、生流のお尻の奥がビィィンと疼く。
 喘ぎは縋り付くような嬌声に変わり、唇をわななかせて喘ぐ生流の切羽詰まった表情に、たまらないとばかりに恭平の腰の動きが加速する。

「んあぁぁッ、もッ、ダメッ、イクッ! いっちゃ……ッ、いッ、ちゃうよぉぉぅッ!」

「待てッ……俺も、イクから、もうちょっと……」

「あぁッん……も……無理ッ! ……イクッ、あッ、イッ、イッ、クぅぅぅッ!」

 容赦のない突き上げに、噴き出すような絶頂感がお腹の底からペニスを駆け抜ける。
 直後、背筋をビクビク波立たせ、生流は両膝をガクンと折って精液をぶちまけた。
 しかし、恭平は止まらない。むしろ、前よりも深く激しく、イッたばかりの痙攣の止まない肉壁をメリメリと擦り上げる。

「待ってろ、っつったのに……」

「やぁッ! ちょッ! まっ……だめぇッ……」

「あとちょっとだから辛抱しろ」

「ふあぁぁっ……無理ッ、もう無理ッ! お願い、許してぇぇッ!」

 生流の叫びを蹴散らすように、恭平は、生流の両脚が浮き上がるほど激しく腰を打ち付けると、ふいに一番奥に男根を突き入れ、ウゥッと、痙攣したように身体を震わせた。

「わりィ、出ちまった……」

 引き抜かれた男根の先から恭平の精液が伝い落ちる。
 青臭い匂いを鼻先に感じながら、生流は、床の上にへたりこんだ。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 
 ベッドに移動して二回目のセックスを終える頃には、90分のショートタイムも残り僅かとなっていた。
 備品の入浴剤の匂いが気に入り、行為の後、バスタブに入れてゆっくり浸かるのを楽しみにしていたが、中出しした後、お尻の中に残った精液を洗い流すのに時間を取られてしまい、結局、シャワーをザッと浴びただけで慌ただしく部屋を出ることになった。
 恭平とホテルへ来る時の唯一の楽しみだっただけに、生流のテンションは一気に下がった。
 手加減無しに突かれたお尻の奥も痛い。初対面から僅か十日間で、立て続けにもう二桁は抱かれている。回を増すごとに痛みは感じなくなっているものの、行為を終えた後の骨に響く痛みだけはどうしようもなかった。
 痛いのとがっかりしたのとで不貞腐れて歩いていると、ふいに、目の前を歩く恭平が、いつもの帰り道とは違う路地を曲がり、生流は慌てて後に続いた。

「しゃーねぇから入浴剤買ってやるよ。ーーったく、風呂入れなかったぐれぇで面倒臭ぇ」

 首を左右に曲げながら言うと、恭平は、少し行った先にあるディスカウントショップの入り口をくぐった。
 買って欲しかったわけでは無かったが、断って機嫌を損ねるのも嫌なので、言われるままに入浴剤を棚から取り出し、手渡した。
 恭平がレジに並んでいる間、入り口すぐに陳列されているスマホケースを見ていると、お会計を済ませて戻ってきた恭平が、「欲しいのか?」と生流に声を掛けた。

「欲しいなら買ってやる」

「……いいの?」

「いいから、俺の気が変わらねぇうちにさっさと選べ」

 並んでるケースは最新機種のものばかりで生流に与えられた機種に合うケースは数えるほどしかなかった。
 その中の一番安いケースを手に取ると、恭平が、「こっちにしとけ」と、生流が選んだデザインと同じ透明の、それよりも値段の高いケースを陳列のフックから取り外した。

「見た目、一緒なんだから文句ねぇだろ?」

 言うなり、再びレジへ引き返し、お会計から戻るなり、「ほらよ」と生流の胸に入浴剤とスマホケースの入ったレジ袋を押し付けてスタスタと店を出る。
 恭平の行動に呆気に取られながら、生流は、ろくにお礼も言えないまま恭平の後を追った。

 スマホケースを買ってもらったことで、下がりっぱなしだった生流のテンションはようやく浮上した。
 部屋につくのを待ちきれず、歩きながらパッケージを外していると、それを横目で見ていた恭平が、「単純だな」と笑った。

「スマホ一つで何がそんなに嬉しいんだ」

「だって久しぶりだから。……前のは捨てちゃったし……」

「捨てた?」

「ああ、うん。ネンショウ行く前、警察サツに追いかけられた時……」

 スマホをいじりながらあっけらかんと言う生流を、恭平が横目でチラと見る。

「そういやお前、ネンショウ行ってたんだよな。なんで行ったんだ?」

警察サツに捕まって……?」

「そういうことじゃなくて、どんなことして捕まったのか、って聞いてんだ。一年も食らってたんだから相当だろ」

「それは……」

 ふと考え、生流は首をひねった。 
 正直なところ、生流は、どうして自分がこんなにも長い間少年院に入っていたのかよく解っていなかった。
 罪状は、窃盗罪。
 しかし、実際に生流が盗み出したわけではない。生流はただの見張り役で、いつも光哉と二人でダーゲットとなる工事現場の現場事務所や閉店後の携帯ショップなどの表を見張り、見つかりそうな気配があればすぐに中のメンバーに報せる役目だった。
『表を見張れ』
 リーダーからはそれ以上のことは何も聞かされていない。窃盗行為の背後に警察がマークしているハッキング集団や暴力団などの闇の勢力が関わっていることを知ったのも逮捕されてからで、警察は、生流と組織との関係をしつこく追及したが、生流に全く心当たりは無く、関係を決定づけるような証拠も見つからなかった。
 とはいえ、グループでの計画的犯行で極めて悪質と判断され、主犯格の二人は実刑判決。生流は少年院へ送られた。
 他にも何人か仲間が一緒に捕まり、生流は、彼らも少年院に来ているはずだと院内レクリエーションや職業訓練の時間にそれとなく探したが、結局誰一人見付けることは出来なかった。
 返答に困っていると、恭平は、大袈裟に眉を吊り上げ、「そんなことも解らねぇのか」と目を丸めた。

「自分のことなのに呆れたヤツだ……」

 生流は、言い返す言葉が見つからず項垂れた。恭平は、こんなことぐらいでしょぼくれる生流を呆れ顔で見、しかしすぐに、はたと思い出したように言った。

「そんでも、ネンショウ出たばかりっつったら保護観察中だろ? そんな時に家出なんかしたらヤバいんでねーの?」

 保護施設の担当職員からは、月に一度、保護司の家で面談を受けるよう言われている。
 本当ならそろそろ訪ねなければならない頃だが、保護司の家には、退院式の後、職員に連れられて一度行ったきりで場所も解らず、連絡先も解らなかった。
 なにより、ここからでは遠すぎる。
 生流は、項垂れていた顔を起こし、「知らない」と答えた。

「そんなの知らない。もしもヤバいことになったとしても今更どうしようもないよ……」

 それよりこれ見て、と、設定したばかりのアニメキャラの壁紙を見せて話しを逸らす。
 途端に、ウェブからダウンロードしたことに気付いた恭平が、「てめッ! ネットはすんなっつったのにッ!」と声を荒げ、しんみりした空気は何処かへ吹き飛んだ。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 田之倉から与えられたスマホは、俗に言う“飛ばし携帯”で、端末本体の識別番号が改ざんされており使用者が特定されない仕組みになっている。
 それでも発信場所は記録されてしまうため、同じ端末を同じ場所で使い続けるのは使用者の居場所を特定される恐れがある。それを避けるために短いスパンで交換する必要があり、生流のスマホも一ヶ月後には新しいものと交換されるだろうと恭平は説明した。

「せっかくケース買ってもらったのに、勿体なかったね……」

「別にいいさ。欲しいもんは欲しい時に手に入れてこそ意味があんだ」

 得意満面に言うと、恭平は、昼間作ったパケを光哉のボディバックの内ポケットに20袋ほど入れ、光哉のモッズコートの左右の胸ポケットにそれぞれ5袋づつ入れた。
 そうしている間も、床の上の光哉のスマホがひっきりなしにメールの受信を知らせている。
 メールの内容はパケの注文で、受け渡しをする夜間に向けて昼間は睡眠時間に当てる昼夜逆転生活を送る光哉に変わって恭平が注文を紙に書き出してまとめている。
 その作業を理由にいつも遅くまで光哉の部屋に居座る恭平に、わざわざ光哉の部屋でしなくとも、自分の家で注文を取ってメールで知らせればいいじゃないかと嫌味を言ったことがあるが、客との取引きは光哉のスマホ一本と決められているらしく、それも足が付かないようにするための対策だと言われたら生流には返す言葉が無かった。

『足が付けば、お前はまたネンショウに逆戻り。光哉もただでは済まない』

 光哉との時間を邪魔されるのは腹立たしいが、そんなことにでもなったらそれこそ光哉に顔向け出来ない。

 客層は会社経営者から専業主婦まで幅広く、中でも三十代後半から四十代の中堅クラスのサラリーマンの姿が目立った。
 こういうものを買うのはイカれたヤンキーかチンピラだろうと決め付けていた生流は、どこにでもいる普通のサラリーマンが客の大半を占めていることに驚いた。
 その誰もが定期的に同じ量を注文する。同じ量を同じ間隔で注文するということはそれだけ自己管理がしっかり出来ているということだ。そういう客は摘発されるリスクも低く、一度に大量買いする客よりよほど信用できる。
 売れれば誰でも良いというのは素人考えで、彼らのように周りにバレることなく定期的に購入してくれる客の方が、大量買いする客より息も長く売上げも掴みやすい。
 特に、実際にネタのやり取りをする“プッシャー”と呼ばれる光哉のような売人には、彼らのようなヘビーリピーターは安心して取引き出来る有り難い存在だった。

「今日は移動が激しいなぁ。光哉一人で行けんのかぁ~?」

 メールで受けた注文を解読不能な暗号文字でメモ用紙にまとめる恭平を横目に、生流は、電気ポットでお湯を沸かし、部屋の隅に置かれた折り畳みテーブルの上にホテル帰りにコンビニで買った弁当やおにぎりを並べた。
「ご飯だよ」と、壁を向いて胎児のように背中を丸めて眠る光哉の耳元で囁く。
 一緒に暮らしていても、生流が起きている間、光哉は殆ど寝ている。
 少年院時代の早寝早起きの習慣が抜けない生流と違い、光哉は、夕食を終えた7時頃から支度を始め、近くのコインパーキングに駐めた中型バイクで指定された取引き場所へと向かう。
 捕まるリスクの少ないデリバリー形式での取引。デリバリー料は別途請求なので経費はマイナスにはならないが、要望次第では遠方まで届けなければならず、明け方近くに戻る日もある。生流が光哉を思いながら眠りにつく時、光哉はたった一人でバイクを走らせクスリを売り捌き、生流が光哉の気配に気付いてぼんやり目を覚ます時、光哉は深い眠りの中にいる。
 側にいるのに触れ合えない淋しさに胸が騒めく。
 それでも、「生流が手伝ってくれるお陰で寝る時間が増えた」と笑顔で言われると、生流は、光哉をもっとぐっすり寝かせてやりたいという気持ちになり、自分からは極力話しかけないよう注意した。
 生流が光哉と触れ合えるのは、光哉を起こす時と、光哉の方から話しかけてくれる時。わざと小さな声をかけるのは、疲れている光哉への気遣いはもちろん、このささやかな触れ合いのひとときを少しでも長く引き伸ばしたいという下心の現れでもあった。

「ねぇ、起きてよ光哉。ごはんだよ?」

 囁きながら、毛布からはみ出た腕をさする。
 長袖Tシャツの上からでも筋肉の盛り上がりのハッキリと分かる腕。眠っているせいか体温が高い。手のひらを押し返す硬い感触を確かめがながら二、三度さすり上げると、ふいに後ろから頭を小突かれ、生流は、「痛ッ!」と背中を跳ね上げた。

「ベタベタ触ってんじゃねーよ。この痴漢ヤロウが」

 作業部屋から出てきた恭平が、仁王立ちで生流を見下ろしている。鼻先を見るように目を細める憎らしい表情に、生流は思わずムッと唇を結んだ。

「触り方がいちいちヤラシイんだよテメェは。普通に起こせ、普通にィッ!」

 別に、あんたを触ったわけじゃないだろう。
 言いたい言葉を飲み込み、その場から逃れるように立ち上がってキッチンへ向かう。
 恭平が光哉を叩き起こす声を背中で聞きながら、三人分のコップにお茶を注いでテーブルに運ぶと、起きたばかりの光哉が眠そうに目を擦りながら「おはよう」と笑った。

「毛布掛けてくれたの生流だろ? ありがと」

「ああ、うん。冷えてきたから……」

 隣で恭平が、「デレデレしやがって」と小声で囁く。
 金髪ピアスの見るからに厳つい見てくれをしておきながら、拗ねた子供のように口を尖らせる。 いい歳をして大層な“かまってちゃん”であることはこの十日間ですでに認識済みだったが、さっきの今だけに相手をするのも癪に触り無視してやり過すと、恭平は、チッ、と舌打ちしをしてテーブルの上の弁当をひったくるように掴み取った。

「早いもん勝ちだかんな!」

 光哉が続いて揚げ物の入った弁当を手元に手繰り寄せる。
 生流はというと、もともと食が細いのに加え、恭平に突かれまくったお尻とお腹の奥がズキズキと痛み、とても食事をする気分ではなかった。
 後で食べようと、弁当には手をつけずお茶だけ啜っていると、コーナーに座る光哉がふと箸を止めた。

「食わねえの?」

「え? ……ああ、うん。まだあんまお腹減ってないから後で食べようと思って……」

「ならいいけど、体調悪かったらちゃんと言えよ」

 光哉の、白目と黒目のコントラストのハッキリした眼が心配そうに生流を見詰める。
 些細な気遣いが生流には嬉しい。
「うん」と、口元が緩むのを誤魔化しながら答えると、光哉が安心したように笑う。
 光哉の笑顔を見るだけで、どんよりとした気分が晴れていく。
 再び箸を持ち上げる光哉を幸せな気持ちで眺めると、隣に座る恭平が、やってられないとばかり、ケッ、と吐き捨てる。
 いつもはムカつく行動も、不思議と全く気にならなかった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「すんません恭さん。生流のこと頼みます」

 光哉がいつものように言って仕事に出掛けると、部屋の中は生流と恭平との二人だけになる。
 光哉の部屋なのに、恭平といる時間の方がずっと長い。単に恭平がダラダラと長居しているだけだが、弱みを握られている手前追い出すわけにもいかず、恭平が自分から帰って行くのを待つしかなかった。
 今日はホテルで二回やったのでこれ以上お尻を使われることは無い。
 こんな男でも最低限のマナーはわきまえているらしく、光哉の部屋でセックスはしない。やるのはもっぱらラブホかせいぜい風呂場で、風呂場でやった後の排水溝の掃除もきちんとする。
 力強いセックスで散々責めておきながら、セックスした後、生流を先に風呂から上がらせ、タトゥーだらけの背中を窮屈そうに丸めて排水溝を丁寧にブラシで擦り洗いする姿は滑稽だったが、それを生流にやらせず自分でやる姿勢には好感が持てた。
 少年院で生流を女代わりにしていた男は、自分の精液すら生流に掃除させ、お陰で月に一度支給される生流のチリ紙はあっという間に無くなり、毎月のように追加を申告しては先生に怪しまれていた。
 もっとも、恭平にはあの男以上のことをされているわけだから一概には比べられないが。

「片付けるからそこどいて」

 ビニール袋を片手に、テーブルの前で胡座をかく恭平を追い払い、置きっぱなしになった弁当の空容器やゴミやらを片付けた。
 台拭きでテーブルの上を拭いていると、恭平が、床に脱ぎ捨ててあった派手なブルゾンを拾い上げ、片袖を通す姿が視界に入った。
 長居をするとばかり思っていた生流は、恭平の予想外の行動に驚き、とっさに振り向いた。

「帰るの?」

「あ? いや、ちょっとコンビニ行ってくる」

 答えるなり、もう片方の袖を通し、そそくさと部屋を出る。
 そのまま自分の家に帰ってしまえば良いのに。
 生流の願いも虚しく、恭平は、十分と経たずに部屋に戻り、コンビニの袋を生流に突き出した。

「なにこれ」

「食欲ねぇんだろ? それなら食えんだろ……」

 パウチタイプの栄養ゼリー。

「俺に? わざわざ?」

「ちげーよ。誰がわざわざ買うか。ついでだ、ついで!」

 袋の中にはゼリー以外何も入っていない。
 訝しげに見ていると、「いいからさっさと食え!」と怒鳴られ、生流はしぶしぶ封を開けた。

「どうだ、うめぇか?」

 なんてことない、知ってる味。それでも、息を切らす恭平の真剣な顔を見ていたら、だんだんいつもより美味しく感じてきた。

「うん。美味しい」

 生流が答えると、恭平は、見たこともない笑顔で、「そうか」と答えた。


 しばらく二人で歌番組を見、エンドロールが流れ始めた頃、お風呂のお湯をはり始めた。
 少年院時代まともに入浴出来なかった反動からか、バスタブにのんびり浸かるのが病みつきになってしまった。
 今日は入浴剤があるのでなおさら心が弾む。
 恭平に買ってもらった発泡タイプの入浴剤は大きな箱に十二個も入っていた。
 ホテルに置いてあるものと同じ匂いを探していたら、『面倒臭ぇからコレにしろ』と問答無用で選ばされた。大雑把な性格には呆れるが、気前の良さには憧れも覚える。
 二十六歳。九つ歳上。性格に関してだけで言えば、生流が恭平を大人だと思うことはあまりない。しかし、ホテルやコンビニ、ふらりと入った家電量販店やアパレルショップなどで、欲しいものを躊躇いもなく買う姿を見る時、生流は恭平を大人だと思う。
 欲しいモノを欲しい時に買える金回りの良さはもちろん、他人に奢ってやれる気前の良さにも大人の余裕を感じる。
 もちろん、時折り見せる自分への気遣いにも。

「なに悩んでんだ?」

 何を入れるか種類を決めかねていると、恭平が、パッケージと睨めっこする生流を横からひょいと覗き込んだ。

「たくさんあるから迷っちゃって。茅野さんはどれが良い?」

「は? なんで俺に聞くんだ」

「だって決められないし……」

「だからって俺に聞かんでも。別に……俺が入るわけでもねぇのに……」

「入らないの?」

 珍しいこともあるものだと思わず聞き返すと、間髪入れずに恭平が、「へ?」と目を見開いた。

「お前、調子悪いんだろ? 一人の方がゆっくりできるんじゃね?」

「俺が?」

 キョトンとしながら見詰めると、恭平が生流に釣られるようにキョトンと見詰め返した。

「だってお前、食欲ねぇ、って……。今日は中出ししちまったし……」

 ああ、と、生流はようやく恭平の言葉の意味を理解した。
 同時に、恭平が、ただお腹が減ってなくて食欲がないと言ったのを、身体の調子が悪くて食欲がないと勘違いしていたことを知り、なんともいえないバツの悪い気持ちになった。

 ーーーだから、あんなに大急ぎでコンビニに行ってくれたのか。

 息を切らして戻った恭平を思い出すと、気まずいような奇妙な緊張が全身を包む。
 誤解を解かなければと思う反面、いまさら本当のことを言うのも気が引けた。

「べ、別に、茅野さんが入らなくて良いって言うならいいけど……」

 迷った末に答えると、今度は恭平が、

「入らなくて良いとは言ってない」と不貞腐れたように呟く。

「俺は、一人だったら入らなくて良いっつーか。一人なら自分ンちで入るし……」

「はぁ」

「はぁ、って何だよ。お前は一人の方がいいってのか」

 いいも何も、自分が、『一人の方がゆっくり出来る』と言ったのに。
 思ったが、口答え出来るような雰囲気ではなかった。

「べつに……俺は、茅野さんと一緒でもいいけど……」

 半ば誘導されるように答えると、途端に、恭平が、「しょうがねぇなぁ」と笑い、示し合わせたように風呂の湯張りブザーが鳴った。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 
 恭平の指がまだ完全に剥けていないペニスの皮をつまんで根元の方に引っ張ると、つるり、とデリケートな皮がカリ首まで剥け、綺麗なピンク色の亀頭が完全に顔を出した。 

「あんま見ないでよぉ…」

「恥ずかしがることねぇよ。お前んくらいの歳の奴ぁ皆んなこんなもんさ」

 剥き出しになった亀頭を横から舐めしゃぶり、舌先を尖らせて裏筋を舐める。いつになく軽快に動く恭平の舌が、生流の弱い部分を執拗に責める。
 入浴剤入りのお湯に浸かるのもそこそこに、バスタブの縁に座らされ、しゃぶりやすいよう足を開けと言われた。
 ホテルに行った日は、こうしてお風呂の中でお互いの身体を触り合い、抜き合うのが定着しつつある。
 お互いと言っても、触れるのはもっぱら恭平の方で、生流はさながら奉仕を受けるご主人様のようでもあった。
 今夜も恭平は、生流の足の間に嵌り込むようにして洗い場の床にひざまずき、生流のペニスを美味しそうに頬張っている。
 舌先を丸めて唾液を絡み取りながら、ペニスに沿わせてヌルリと舐め上げる。
 茎の部分は舌を広げてネットリと、カリの部分は舌の先端でチロチロと。
 やがて、生流のペニスが完全に勃ち上がると、膨れ上がったカリを真上から咥え、先っぽの溝を舌先でこじ開けた。

「あはぁッ、やぁッ!」

 敏感な部分を責められ続けた生流のペニスは、完全に勃ち上がって間もないうちから、充血した先端から熱い先走りを滴らせている。
 その噴き出し口でもある先っぽの溝を、恭平がチューブ入りのアイスを啜るように直接唇を付けて吸い上げる。
 チュッ、チュッ、チュッ、と、淫らに響く水音が生流の羞恥心を高めていく。
 ゾクゾクするような快感に足をピンと張ると、恭平がクスッと笑って顔を上げた。

「ホント、ここ、弱ぇよな?」

「解ってるなら、そこばっかしないでよぉ……っあッ……」

 離れた唇が再びペニスに戻り、カリの部分をすっぽりと口に咥える。

「あひッ!」

 そのまま上顎と舌を使って二、三度吸い上げ、そこから一気に根元まで咥え込む。
 湿った舌を絡ませて喉の奥で締め付けると、今度は生流の太ももの両側に手を付き、頭をゆっくり上下に動かした。

「あぁああんッ、これはダメだってぇぇッ!」

 口での刺激に慣れていない生流のペニスを弄ぶように、恭平の舌が亀頭を転がし、竿をしゃぶり上げる。

「んはあぁぁッ、あぁぁっ……ぅあぁぁッ……やめッ……」

 舌、唇、上顎、喉。口の中の粘膜を余すことなく使いこなした絶妙なテクニックに、生流の腰が自然と浮き上がる。
 高まる射精感を必死で堪える生流とはうらはらに、恭平は、生流のペニスを咥えながら、自分の男根を片手で扱いている。
 ジュルジュルとペニスを啜る音に、男根を扱くクチュクチュという音が混じり合う。
 淫靡な音に触発されたように、恭平のしゃぶり上げるスピードがどんどん速まっていく。
 容赦なく高まる射精感に、生流は、バスタブの縁を掴む両腕を突っ張らせ、背中を仰け反りながら、ビクビクと何度も精液を吐き出した。

「たくさん出たな……」

「そ……ゆこと、言わないでよぉっ……」

 下腹部を痙攣させながら荒い息を吐く生流を見上げると、恭平は、ふいに生流の腕を掴んで身を乗り出した。

「俺、まだイッってねぇんだ……。お前の手でイカせてくんね?」

 言いながら生流の手を取り猛り勃った男根を握らせる。
 自分のものとはまるで違う恭平の逞しい男根に、生流の手が怖気付いて一瞬止まる。しかし、重ねられた恭平の手に扱き上げるよう誘導され、生流は為すがままに従った。

「いづるの手、冷たくてヤベェ……」

 恭平の猛り勃った男根が手の中でドクドク脈を打つ。
 太くて硬くて逞しい、エラの張ったカリ首や血管の筋の浮いた竿、自分と同じ男性器とは思えない大人の男根が熱く鼓動しながら手のひらに絡み付く。
 圧倒的な力強さに、いつの間にか、生流の手が誘導なしで自ら扱き始める。

「もっと……裏っかわの繋ぎ目んとこ指先でいじくって……」

「こう……?」

「そ……じょうずッ……」

 いつになく艶っぽい恭平の表情に、生流の心臓がキュンと鳴る。
 睫毛の短い、一重瞼の、目尻の切れ込んだ横幅の長い目。僅かに端の下がった眉。その縁を挟むように上下に並んだピアス。すっきりと伸びた鼻筋、小さめの小鼻、両端の上がった悪戯そうな唇。そこにはやはり様々な大きさのピアスが光っている。
 光哉とは全くタイプの違う、しかし、野性味溢れるという点では同じ雄の顔。
 獣のような、荒々しくもうっとりと潤んだ瞳で見詰められ、生流は、痺れたように目が離せなくなった。

「そんなに見んなよ。イッちまうじゃねぇか」

「そっちが見るから……」

「“そっち”じゃなくて、“恭さん”だろ? ーーったく、いやらしい顔しやがって……」

 いやらしい顔をしてるのはそっちだろ。
 言い掛けると、恭平が、肩の上に置いていた手を頬に移し、生流の両頬を包んで顔を近付けた。

「手、休めんなよ?」

 囁きとともに唇を塞がれ、忙しなく舌を差し込まれる。
 荒々しく掻き混ぜる舌の熱さに頭が痺れ始めた頃、恭平が、唇を重ねたまま、ウッ、ウッ、と呻き、生流の手の中の男根がビクビクと跳ねて生暖かい精液がみぞおちに飛んだ。

「キスしながらイクのって、すんげぇエロイのな……」

 もつれるように呟く恭平の吐息を唇に受けながら、生流は、恭平の悩ましく細めた目をぼんやりと見詰めた。
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