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第四話〜永久に咲く花
しおりを挟む蜜羽と引き離された翌日、一睡もできないまま朝を迎えた久一は、長屋の裏庭で一心不乱に木刀を振っていた。
握り締めた根付の感触がまだ手の中に残っている。
葵と最後に過ごした日、久一が葵に渡した、二輪の花が寄り添うように彫られた木製の根付。それを蜜羽が持っていたことで、久一の胸にくすぶっていた蜜羽が葵なのではないかという疑惑は確信に変わった。
蜜羽は葵だ。
葵は生きている。
けれど、久一の心は前にも増して騒ついていた。
蜜羽は自分が葵だと認めようとはしなかった。
夢にまで見た葵との再会が、まさか、こんな形で終わるとは思いもしなかった。
金剛に引きずられている間、久一はずっと葵の名を叫んでいた。
しかし、蜜羽が答えることは無かった。蜜羽はただひどく悲しそうな顔をして久一を見送るだけだった。
自分はこんなにも求めているのに、葵は求めるどころか離れようとしている。
久一には、葵の拒絶が理解できなかった。自分は、葵の形見を肌身離さず身につけ思い出していたというのに、葵は忘れてしまったのだろうか。
消化しきれない思いが久一の胸をギリギリと締め付ける。じっとしていたらどうにかなりそうで、久一は、思いを振り払うように木刀を振った。
奇しくも、攘夷過激派討伐の沙汰があったばかりだけに、久一の行動は士気を高めるための自己鍛練だと受け取られ、不審がる者は誰もいなかった。
皆それぞれ胸に想いを抱えながら来るべき時を待っていた。
ひとしきり素振りをした後、汗をかいた身体を洗おうと井戸に近付いた時だった。背後に人の気配を感じ、久一は振り向いた。
立っていたのは同部屋の及川だった。
「悪い、起こしちまったか?」
及川は、いいや、と小さく首を振り、ゆっくりと久一に近付いた。
「喉が渇いたので、水を飲もうと思ってな」
助太刀の話しがあって以来、及川は夜も眠れず、食事も喉を通らず、始終死んだような顔で思い詰めていた。
とくに、昨晩、まとめ役の武官に呼び出されてからの憔悴ぶりは、普段軽口を叩き合う間柄の久一でさえ声を掛けるのをためらうほどだった。
もとが繊細な印象の無い血気盛んな男気溢れる男だっただけに、及川のこの憔悴は、今回の任務の過酷さを暗に匂わせ、久一たちの部隊に緊張を走らせた。
「水では腹は膨れん。ちゃんと飯を食え」
「食欲がないのだ」
「それでも食わねば。腹が減っては戦は出来ぬというだろう」
「お前は強いな……」
果たしてそれを強いと言うのかどうか。しかし、たとえ命掛けの任務になろうとも、絶対に生きてやるという意地のようなものが久一の胸の内側にふつふつと湧き上がっているのは確かだった。
このまま死ぬわけにはいかない。生きて戻って、蜜羽にもう一度会って確かめなければいけない。その思いが皮肉にも久一を奮い立たせ、出撃への不安や緊張を麻痺させていた。
及川は久一を見て口元だけを微かに緩めて笑うと、井戸水を汲み上げる久一に、「ひとつ、聞いてもいいか?」と、唐突に尋ねた。
「お前はどうして蜜羽を葵だと思ったんだ」
「なんだいきなり……」
「別に……。ただ、皆の中ではもうとっくの昔に死んでしまっているのに、どうしてそんなふうに思うのか不思議だったんだ」
またその話か、と、久一の口元から、フッ、と、嘲笑めいた笑いが漏れた。
「理由なんてないさ。けど、俺の中の何かが、これは葵だ、って叫んでたんだ……」
口にするたびイカれてるだの頭を冷やせだのと馬鹿にされ、もう誰かに理解してもらおうなどという気もすっかり失せてしまったというのに、性懲りもなくまだムキになっている自分に、久一は自分自身でケッと唾を吐いた。
「笑いたきゃ笑え。だが、誰がなんと言おうと俺にとってはあいつは葵なんだ。……」
及川は、「笑わないさ……」と静かに呟いた。
「笑わないさ……。誰が笑えるものか……」
及川の予想外の反応に、久一は、桶に浸した手を止めて及川を振り返った。
「及川……お前……」
及川は、渇いた艶のない瞳でぼんやりと久一を見ていた。
今にも死んでしまいそうな顔だった。
まるで、絶望の淵に立たされているような、ぎりぎりまで追い詰められ、もはや生と死の境い目にかろうじて立っているような思い詰めた顔だった。
久一は、及川の尋常でない様子に不安を覚えた。
しかし、これといってなす術もないまま事態は急展開を迎え、久一は、及川とともに屋敷の広間に集められ、このところ江戸で起きている騒乱の首謀者として目を付けていた薩摩領に対し、公儀より正式に討ち入りの命が下ったことを知らされた。
これを受け、部隊はその日のうちに配置を言い渡され、明日未明には持ち場につくよう指示された。
久一たちの部隊は、突撃隊の攻撃を逃れた敵方の浪士を討ち取る役目を与えられ、島津家上屋敷を包囲する部隊の更に後方に待機した。
夜のうちに移動し、明け六つにはいつでも応戦出来るよう守備を整えた。
しばらくして、地響きがするような大砲の音が響き、辺りがにわかに騒がしくなった。
及川の姿が見えないことに気付いたのは、屋敷から逃げ出した浪士たちが雪崩れ込んで来た時だった。
打刀で応戦しながら見渡すと、持ち場とは逆方向へ走り去る及川の後ろ姿が見えた。
「花街の方じゃないか……」
及川の様子が気になっていた久一は、騒動に紛れて及川の後を追った。
及川は桔梗屋へ向かっていた。予め決まっていたのだろう。花街の門をくぐると、他の茶屋には目もくれず、一目散に桔梗屋を目指し店の前で立ち止まった。
陰間茶屋の立ち並ぶ界隈は、朝帰りの客を見送る色子の姿も引き、夜の賑わいが嘘のような閑散とした佇まいを見せている。
いまだ眠りから覚めていないような風景に溶け込むように、久一は物陰に隠れて様子を伺った。
しばらくすると店の通用門が開き、中から肩に大きな荷物を担いだ金剛が姿を現した。
いつも蜜羽とともにいる金剛だ。
金剛は及川に何かを告げると、今来た道へと引き返す及川の後ろに続き、入り口の門へと歩き始めた。
その異様な光景に、久一の胸がぞわぞわと波を立てる。
金剛の肩に担がれた荷物、人が一人すっぽりと入りそうな南京袋に肩の上でしんなりと二つ折に折れ曲がる形、あれは人の形のようには見えないか。
思った途端、戦慄にも似た悪寒が背筋を駆け抜けた。
久一は、発作的に飛び出し、金剛に掴みかかった。
不意をつかれた金剛が体勢を崩し肩の荷物が崩れ落ちる。その拍子に袋の紐がとけ、隙間から覗いた黒髪に久一は一瞬にして凍りついた。
「葵!!」
奪い返そうとする金剛を交わし、胸元に手繰り寄せて袋を剥ぎ取った。
葵だ。
身体を縛られ、猿ぐつわをかまされた状態で、葵は、長い睫毛に涙を滲ませながら目を閉じていた。
病的に白い蝋のような顔、血色の悪い青紫色の唇。息をしていないのではないかと疑うほどの有り様に、思わず葵の唇に自分の顔を近付けて呼吸を確認し、弱々しいが、確かに頬にかかる吐息に安堵した。
しかしそれも束の間、体勢を立て直した金剛と異変に気付いて駆けつけた及川に囲まれ、久一は、葵を膝の上に抱えて地べたに座り込んだまま、打刀を及川に向けた。
「及川、これは一体何の真似だ!」
及川も久一に向かってすぐさま刀を構えたが、その顔は青ざめ、柄を握りしめる手は傍目にも解るほど震えていた。
「すっ、すまない久一。殿の御命令なのだ……」
「殿の? どうして殿が……」
「解ってくれ久一。死んだ人間が生きていては困るのだ。こやつには、どうしても死んでもらわねばならんのだ」
「及川!」
強面の顔を今にも泣き出しそうな悲愴な顔に歪め、及川は、久一を真っ直ぐ見下ろした。
「そうだ……。お前の言う通り、そいつは葵なのだ……。俺だって信じられんよ。だが、本当に葵なのだ。葵は生きていたのだ。だから殺さねばならない。葵は死んだことになっているのだ。生きていてはならない。葵は死んでいなければならないのだ」
「だからこの騒ぎに乗じて殺そうと言うのか!」
「これしか方法がないのだ。今頃、薩摩の屋敷は火の手がかなり回っている。浪士どもは町に火をつけて逃走中だ。殺して火の中に放り込んでしまえば、葵は跡形もなく消えて無くなる……。そうしなければおさまりがつかんのだ。頼む。解ってくれ、久一。俺だって本当はこのようなことはしたくない。全ては殿のご意志なのだ……」
及川の言葉は、心の底から懇願するような、まるで、久一に必死で許しを乞うような悲痛な叫びとなって久一に訴えかけた。
金剛もまた、己の不甲斐なさを嘆くような厳しい顔付きで久一を見下ろしていた。
「お願いだ、久一。このままではお前まで斬らねばならなくなる。俺はお前を斬りたくは無いのだ。頼むから、葵をこちらへよこせ」
久一は、咄嗟に葵を抱き抱え、及川に向けた打刀を構え直して更に突き付けた。
「冗談じゃない! 人の命をなんだと思ってる! 葵は殺させない! 葵は誰にも渡さない!」
大声で怒鳴り、及川が怯んだところを打刀を構えた腕を突き出して及川の太ももを斬りつけ、隣に並ぶ金剛の腕と脚を斬りつけた。
及川と金剛が地べたに崩れる隙を狙い、葵の身体を縛る縄を切り、背中におぶって門の外へと走った。
「もう二度と死なせない! 死なせるもんか!」
強く押し迫る思いを胸に、久一は、混乱のさなかにある城下を駆け抜けた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
懐かしい匂いが鼻先に優しく絡み付いていた。
触れた部分から伝わる温かさ、昔から知っているような心地良い感覚。
身体中の力が抜けてしまいそうな微睡みの中、葵、葵、と名前を呼ぶ声が繰り返し響いていた。
最後にそう呼ばれたのはいつだっただろう。思いながら、葵は、過去の記憶へと意識を巡らせた。
『葵! 葵!』
呼んでいるのは久一だった。
『葵の全てが欲しい』
途端、囁かれた時の記憶が鮮明に蘇り、久一に触れられた時の感触があの時の熱さのまま全身をザァッと駆け上がった。
久一に打ち明けられた時、葵は、咎なくして死んでいく自分の運命を初めて受け入れることが出来た。
死を前にしなければ決して伝えることの無かった久一への想い、久一からの告白もまた普通に生きていれば決して聞くことの無い、おそらく胸に秘めたまま記憶の片隅に永遠に葬り去られたであろう想いに違いなかった。それをお互いに伝え合えたということだけでも、葵は、自分の人生は充分価値のあるものであったと思えた。
だからこそ、葵は久一と結ばれたことを最初で最後の綺麗な思い出にしたかった。
痺れるような熱さと甘い痛み、久一の情熱を受け止めた痕跡が、身体の奥で確かな実感として疼いていた。
その疼きの中で葵は死んで行きたかった。
しかし、運命は葵の望みを聞き入れはしなかった。
葵を待っていたのは死ではなかった。
葵を待っていたのは別の人生だった。
『今日からお前は蜜羽として生きるのだ』
唐突な命令は、葵の美しい思い出を奪い、葵を立ち直れないほど汚し、辱めた。
幸福な人生から一転、四六時中身体をいじられ、もてあそばれ、男を喜ばす方法をこれでもかと教え込まれる。それは葵にとって死よりも辛い地獄だった。
『よいか。そなたは蜜羽として生まれ変わり、我が領内の安泰のため御公儀様にお仕えするのだ』
葵は、見えない陰謀によって絶望という名の地獄に叩き落とされた。
久一が好きになってくれた葵はどこにもいない。今の自分は、男のモノを咥え男に股を開く淫獣だ。
こんなのは葵じゃない。
久一が好きな葵はいない。
久一が愛してくれた葵の身体はもうどこにも無い。
葵は、自分の中の葵を捨てた。
それなのに、誰がこんなにもその名を呼ぶのだろう。
『葵! 葵!』
だんだんと声が鮮明になる。
頭の奥に流れ込む力強い声に、葵はうっすらと目を開けた。
「葵!!」
声と同じ、強い感情のこもった視線が目前に迫り、葵はいっぺんに目が覚めた。
「気付いたか! 良かった! 本当に良かった!」
「久一……どうして……」
反射的に呟き、しかしすぐに素の自分に戻ってしまっていることに気付き、慌てて久一を振り払った。
「離せ! 俺は蜜羽だ! 葵じゃないっ!」
起き抜けに不意打ちを喰らい油断していた。
久一から離れようと身体を起こし、自分が久一の膝の上に抱かれていることに気付いた。
起き上がった拍子に久一の羽織が滑り落ちる。肌襦袢しか身に付けていない。どうりで身体が凍えそうに寒い筈だ。
事態が飲み込めず呆然としていると、久一が、滑り落ちた羽織を葵の身体に被せ、上から温めるように抱き締めた。
「大丈夫だから、じってしてろ……」
久一の吐く息が薄暗い部屋の中を白く流れる。
事態が飲み込めず、葵は、久一の腕の中に抱かれたまま辺りを見渡した。
小さな小屋のようだ。建て付けの悪い壁板の隙間から冷たい風が吹き込んでくる。
周りがやけに騒がしく、罵声や悲鳴、慌ただしく駆けて行く足音やガラガラと物が崩れる音があちこちで飛び交っていた。
「ここは……」
「品川沖だ……」
「品川沖? どうしてそんなところに」
「逃げるんだ……」
ふと、葵は、昨夜、滋養に良いという煎じ薬を金剛に飲まされた後、深い眠りに落ちたことを思い出した。
滅多なことでは顔色を変えない金剛が、珍しく沈んだ顔をしていたことに気付いた時にピンと来るべきだった。
役目を終えた密偵がどうなるか。庄右衛門に言われた時、葵は、自分がこの先どうなるのかも、それが、そう遠くない未来に起こることも解っていた。
公儀の御庭番でもない、思いつきで選ばれた行きずりの密偵の行く末など、口封じ以外なにも残されていないことなど容易に想像はつく。
しかし、久一を巻き込むことになるとは夢にも思っていなかった。
「なに言ってるんだ……」
葵は咄嗟に久一の着物の襟に掴みかかった。
迫ったものの、頭が混乱して上手く言葉が出てこない。上手く伝えられない自分に苛立ちを感じながら、葵はただ、瞳で訴えるように久一を睨み付けた。
久一は、葵の頑なな気持ちをほぐすように、胸元を掴む葵の手に自分の手を重ねて握り、優しく微笑んだ。
「俺と一緒に逃げよう、葵。周りが静かになったら小舟で沖へ出て、どこか二人だけで暮らせるところへ行こう……」
「なに馬鹿言って……俺は葵じゃない、俺は蜜羽で……」
「もういいんだ、葵」
「良くない! 俺は殺されるんだ。こんなことをしたら久一まで殺される。俺なんかほっといて早くここから逃げて!」
久一はしかし毅然と首を横に振った。
「そんなことは出来ない。ようやく取り戻したんだ。もう二度と離さない……」
「久一!」
激しくかぶりを振りながら、葵は、久一の襟元にすがりついて訴えた。
「頼むよ久一。俺は葵じゃない! お前がそんなにまでして守るような人間じゃないんだ! 俺といたらお前まで死ぬことになる。これは殿の命令だ。逃れられるわけがないんだ!」
堪えきれない涙が頬を伝い、久一の羽織りの上に伝い落ちる。
久一を救いたい気持ちが溢れる一方で、久一から伝えられる言葉が涙が出るほど嬉しく、このまま刻が止まってしまえば良いとさえ思う。
突き放してくれ、と訴える一方で、離さないで、と叫ぶ自分がいる。二つの想いが胸の内側でひしめき合い、葵は、声を上げて泣きたい気持ちになった。
「久一、お願いだから、俺を追手に引き渡してくれ。お前まで死なせたくないんだ。俺は大丈夫だから、早く俺を……」
すると、
「何が大丈夫なんだ!」
ふいに、久一が葵の腕を掴んで身を乗り出した。
「久一……」
「だから何だ! そうやってお前はまた俺を置いて死んで行くのか!!」
「そん……なっ……んふぅ」
葵の声は言葉にはならなかった。
突然、久一に激しく唇を奪われ、葵は、声を上げることも出来ないまま身体を強張らせた。
「んんんっ……」
痛いほど唇を押し付けられ、食い尽くされそうなほど強く吸われる。舌先にうながされて唇を開くと、生温かい舌がぬるりと滑り込み、口の中をめちゃくちゃに掻き回した。
「やぁ……んぁっ……んんっ……やめ……」
舌先を乱暴に引っ張り出したかと思ったら、内側の柔らかい部分を優しくなぞる。
息も出来ないほど深く舌を絡ませ合い、溢れる唾液を啜った後、久一は、ようやく唇を離した。
「あの頃だろうが今だろうが、お前は葵だ……」
「違うっ! 俺は汚れてしまったんだ。俺はもう久一が好きになってくれた俺じゃない」
「この馬鹿野郎!」
耳元で怒鳴られ、葵は、ビクリと肩を竦めた。
見たこともない久一の顔が目の前にある。恐ろしく尖り、今にも憤慨しそうなほど厳しく、それでいて、悔しそうで恨めしそうで悲しそうな、なんとも言えない顔をした久一が、葵の瞳を瞬きもせずに見詰めていた。
「それ以上言ったら承知しない」
絞り出すように言うと、久一は、襟元を掴んだ葵の両手を掴み、覆い被さるように地べたへ押し倒した。
「お前が何を言おうが関係ない。葵だろうが蜜羽だろうが、そんなことはもうどうでもいい。俺にとってはお前は目の前のお前ただ一人なんだ。だからもうお前を一人で死なせたりしない。死ぬ時は俺と一緒だ」
「久一」
堪えていた感情がせきを切ったように溢れ出し、込み上げた涙が葵の瞳を目蓋の中で溺れさせる。
熱いのは涙のせいばかりではなかった。久一の唇が、頬に伝い落ちる涙を優しく吸い取り、短い口付けを繰り返しながら、さりげなく顎から喉へと降りていく。熱を持った舌先が粘りながら喉の曲線をなぞり、鎖骨の窪みに差し掛かると、今度は、指先が迷うことなく葵の肌着の合わせ目を開き、うっすらと隆起した胸を撫でた。
「んぁっ……」
最初は優しく表面に触れるように、次第に指の腹で押し揉むように撫で、硬く盛り上がった乳首を親指と人差し指で摘んで擦り合わせるように揉み潰す。
一瞬こそ身体をビクつかせたものの、葵が力を抜いて身を任せると、それが合図のように、久一が葵の襦袢の腰紐を解き、葵の白くなよやかな肌を露わにした。
「綺麗だよ……葵……」
触れられた部分が熱風に煽られたように熱く火照り、心臓がドクドクと音を立てて身体中に血を巡らす。
速まっていく鼓動に呼応するように、久一が、葵の一糸纏わぬ裸体に覆い被さり、胸元に佇む硬く膨らんだ乳首を舌の先ですくって口の中に引き込んだ。
「あぁっ、やっ、あっ……」
敏感な乳首を口の中で揉みくちゃに潰され、身体の奥にビリビリとした甘い痛みが走る。
堪らずに腰をくねらせると、久一の手が下腹に伸び、葵の硬くなり始めた陰茎を握り、扱き上げた。
「あっ……だめっ……あぅんんっ……」
抗う気持ちは無かった。
そうすることが当たり前のように、葵は久一に身を任せ、久一に促されるまま片膝を立てた。
久一は、それを更に開かせると、葵の股の間に身を屈め、手の中で硬く張り詰めた竿を舌の先で舐め上げた。
「あぁぁっ、やぁっ、あぁっ……」
濡れそぼった竿を舌の先でぐるりと舐め、唇を尖らせて側面を細かく吸いながら下から上へと上がって行く。
久一の動きに合わせるように、肉付の薄い腰が、ひとりでに、ねだるように浮に上がる。
蜜羽として暮らした日々の中ですっかり色狂いになってしまった自分を卑下しながらも、襲いくる快楽には勝てず、真上からすっぽりと口に含まれ上下に吸い上げられる頃には、葵は竿の先端から甘い汁を垂らしながら身悶えていた。
「も……やだっ……これ……いやぁ……」
我を忘れてしまいそうなほど乱れる葵とはうらはらに、久一は、葵の感触を身体に刻み付けるように葵の身体に黙々と愛撫を施して行く。
その、丁寧だが、狂おしく求める情熱的な愛撫に、葵は堪らず目を閉じた。
ーーーあの時と同じだ。
あの夏の日。不器用にぎこちなく結ばれたあの時。久一は、壊れ物を扱うように繊細に、それでいて焼け付くような情熱を迸らせながら葵を抱いた。
あの時の感覚が、今再び葵を包み込んでいた。
『葵の全てが欲しい』
言葉が優しい風となって流れ込み、幸せな記憶が、今再び現実となって繰り返される。
泣きたいような、もう死んでも良いとさえ思えるような幸福の中、久一の指が、身体の内側を柔らかく解きほぐし、震える脚を左右に開く。
堪えられないのは葵の方だった。
腰を掴まれ、両脚を担ぎ上げられ、剥き出しになった後孔に、久一のはち切れんばかりに硬く反り勃つ男根が押し当てられる。
焼け付くような熱さを感じた瞬間、久一への狂おしい想いが突き上げ、言葉がひとりでに唇から溢れ出た。
「久一が欲しい……」
久一は、一瞬驚いたように目を丸め、しかしすぐに葵を見て泣き出しそうに目を細めた。
「俺もお前が欲しいよ……」
トクン、と心臓が音を立てたのが先か、久一が覆い被さるように身を乗り出し、ゆっくりと腰を突き入れる。
「んあぁぁっ、あんっ、んぁっ」
少しづつ肉壁を掻き分けて奥へと押し進み、根元まで入れたところで葵の体内に浸るようにじっと動きを止め、それから、おもむろに前後に揺り動かす。
久一が腰を動かすたび、後孔に隙間なく埋まった男根が肉壁を擦り上げながら分け入り、絡みついたヒダごとズルリと引き戻る。内臓ごと持っていかれそうな刺激に声を上げると、埋め込まれたままの男根がググッと反りを増し、肉壁を更に押し広げた。
「あぁぁっ、久一! 久一! も、だめ……」
喘ぎ声は泣き声に変わり、鳥肌が立つような快感が、お尻の付け根から頭の先へと駆けて行く。身悶えるような快楽と久一への恋しさが同時に突き上げ、何かにしがみついていないと崩れ落ちてしまいそうで、葵は、宙に浮いた両脚を折り曲げて久一の背中を挟み、首に両腕を回して抱き付いた。
「久一、好きだよ……。好き……」
「葵……」
止まっていた時が動き出す。
互いに見つめ合い、葵と久一は、どちらかともなく顔を近付け、口を小さく開いて唇を重ねた。
舌と舌を深く絡め合い、抱き締め合って腰を揺り動かす。身体と身体を繋げ合い、互いに溶かし合いながら、永遠を誓うように、「好きだ」と繰り返し囁き合った。
「好き……。久一が好き……」
「俺……葵が大好きだ」
過去でも未来でも無い。ただ、今、この時だけが、結ばれた二人を固く包んだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「この寒さじゃどうせ凍え死んでいる……」
水面に浮かぶ隊服の羽織を見詰めながら、つい昨日まで金剛と呼ばれていた男が呟いた。
及川は呆然と佇んでいた。
脚には包帯が巻かれている。久一に斬り付けられた傷は案外と浅く、多少の痛みはあるものの歩行にも大きな影響は無かった。
島津家上屋敷襲撃の余波は城下町にも広がり、逃げ出した浪士たちが放った火が町家を焼き、船着場には舟を奪われた船頭の罵声が飛び交っていた。
太ももを斬り付けられてから、及川は、金剛のつてで手当てを受け、久一と葵の捜索に当たった。
舟での脱出を予測しなかったわけではなかったが、屋敷から逃げ出した浪士との応戦に追われて思うように動けず、やっとの思いで辿り着いた品川沖は、捕縛対象の浪士が小舟を求めてごったがえし、まともに動ける状態では無かった。
結局、久一の捜索が出来たのは日暮れ間近になってからだった。
久一の羽織は、捜索して間もなく、船着場の先端の支柱に引っ掛かっているところをいとも簡単に発見された。
そこに至るまでが大変だっただけに、この久一の羽織りのあまりに呆気ない発見は、返って及川を感傷的な気持ちにさせた。
「入水か……」
「さぁ。ただ、運良く船に乗れたとしても部外者として始末されるのがオチであろう」
金剛の言葉に、及川は、放心したように立ち尽くした。
正確には、男は、陰間茶屋の金剛ではなく、公儀に仕える江戸城の小姓頭取で、名を長谷川といった。
長谷川もまた、数奇な巡り合わせによって、身分を偽り蜜羽に付いていたのだった。
長谷川はぽつりと呟くと、隣で、波にさらわれては戻る久一の鳶色の羽織をまんじりともせず見詰める及川に視線を移した。
及川は、怒るわけでも嘆くわけでもなく、ただ、純朴そうな瞳を深い悲しみに曇らせながら、遠い目で久一の羽織が揺らめくさまを眺めていた。
「どうしてこんなことになったのだ……。何も悪いことなどしていないのに……。よりもよって久一まで……」
「そのようなことを言ったところで今更なにも変わるまい。ただ生かすだけなら他にも道はあった。だが、蜜羽がそれを望まなかったのだ。もちろん、あの男とて当然望むわけがない」
だから仕方ないのだ、と言わんばかりに、長谷川は厳しい表情で溜め息をついた。
蜜羽が近江庄右衛門に身請けされるという噂は及川の耳にも入っていた。あのまま蜜羽が庄右衛門のもとへ行っていれば、及川は、蜜羽が葵だということも知らされず、蜜羽を殺害しろと命令されることも無かった。
しかし及川は、久一の葵に対する頑なな想いを知っている。
久一の不器用なまでの一途さを目の当たりにしていた及川は、たとえ命が助かったとしても、葵が他の男に囲われて生きて行くことを久一が受け入れるとは到底思えなかった。
生きても地獄。死んでも地獄。ならば共にいることを選べた二人は本望なのか。
「だが、これで良かったとは思えない。こんなのはあまりにも理不尽だ……」
眉間に深いシワを作り、及川は、悔しそうに唇を曲げながら吐き捨てるように言った。
長谷川は、困っているような悲しそうな顔でフッとため息を吐き、及川の言葉には敢えて何も答えず切り出した。
「どちらにせよ、これ以上の捜索は無用だ。上様には、蜜羽は炎に焼かれて死んだと伝える。お前も水野様にそう伝えよ」
「久一は……」
「あやつは蜜羽とは一緒にいなかった。あやつ……市田久一は浪士を追って沖へ向かったのだ。生きていれば戻るし、死んでいれば戻らん……」
生きていれば戻る。
言葉が冷たい風になって及川の頬を切る。
久一の羽織りを揺らす海は、日中の騒動が嘘のように物悲しく凪いでいた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
それから三回目の夏。
黒船から始まった動乱は大きな戦争のあとようやく終息し、世の中は武士の世から民の世に一新されていた。
刀に脅かされることの無い、誰もが自由に暮らし自由に学ぶことの出来る太平の世。
そんな、平穏無事なとある午後、蜩の鳴き盛る寺の境内に、子供達のはしゃぐ声が響いていた。
「先生~! もうすぐ出来るってぇ~!」
振り向いたのは、色白の端正な顔だった。
凛とした眉、艶やかな瞳、目尻の切れ上がった目蓋、筋の通った鼻、小さな口。まるで美人画から抜け出たような美しい顔が、子供たちの声に、すっきりと整えた衿足から伸びる白いうなじをひねり、長い前髪を揺らしながら振り返る。
その涼しげな目線の先にいるのは大工姿の青年だった。
年の頃なら二十半ば。印半纏にねじり鉢巻、足元に真新しい大工道具を広げ、子供たちに囲まれながら、木片に釘を打ち付けている。
最後の釘を打ち付け木屑を払うと、青年は、額から滴る汗を肘で拭い、出来上がったばかりの小さな椅子を高々と持ち上げて、振り返った顔を、満面の笑みで見詰め返した。
その、屈託の無い得意げな笑みに、周りに群がっていた子供たちが一斉にはやし立てる。
「あー、ひさやんが、またデレデレしてるー」
「あお先生が綺麗だからってあんま得意になんなよな!」
「顔、真っ赤!」
「照れてる、照れてる~」
止めに入ったのは、あお先生と呼ばれる美しい男だった。
「ほらほら、君たちのために作ってくれたのだからちゃんとお礼を言いなさい」
ちぇっ、と不貞腐れる子供たちの横で、青年が、ざまぁ見ろと言いたげにフフンと笑う。
それが合図のように、子供たちが青年の腰に一斉に飛びつき、押し合いへし合いのじゃれ合い相撲が始まる。
身体を避けた弾みで胸元から何かがこぼれ落ちる。小さな袋だ。これと同じ袋を、あお先生もまた、いつも首からぶら下げていることを子供たちは知っている。
海にほど近い小さな湊町。手習所の案内書とともに突然現れた二人連れを今更詮索する者は誰もいなかった。
ただ、あお先生の手ほどきは解りやすく、ひさやんの大工としての腕は子供たちの役に立った。
なにより、二人は絶えず仲睦まじく、見ている者を暖かく幸せな気持ちにさせた。
それは、太平の世の素晴らしさを、皆の心に伝えるかのようだった。
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天下泰平の江戸の片隅で、一人の陰間と、二人の男の間で垣間見た、四季を巡るうつつの夢。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
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