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〜ユニオンレグヌス最終章 メモリア・ソロル〜

221話❅母の文字❅

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 あれから数日経ち、メトゥスとユリナはセディナの王宮の廃墟にいた。

 ユリナが手間のかかる守護神の儀式を行うよりも絶対神の力で手っ取り早く石板を作ろうとしていたのだ。

「これでいいかな?」

 ユリナがそう言い石板に書いたメトゥスの力を宿す文字を見ている。


「あの…テンプス様……
ちょっとお伺いして宜しいですか?」


 メトゥスが親しげに聞いてきた。

「ユリナでいいよ
あなたの方が神様として先輩なんだから
地上で気を使わないでいいよ」

 ユリナが言った。

「なら遠慮なくお聞きしますが
マルティア国って
どんな国になさりたいのですか?」

 メトゥスが聞いた。


「決まってるじゃない
神様に見せても恥ずかしくない国

優しく平等で
全ての人々が歌い踊る
綺麗な国をお姉ちゃんは
作ろうとしてるの
それは私のお母さんが描いて
叶わなかった国

この世界なら……
お姉ちゃんなら
本当に作れる
私はそう思ってるわ」

 ユリナがしみじみと過去の古の世界を思いながら言ったが、メトゥスが言う。

「それなら……
私が守護神になるのは
やめた方がいいと思います」

「どうして?
あなただって
あの世界を見てきたじゃない

あの悲劇を知ってるあなたなら
大丈夫よ」

 ユリナはメトゥスが守護神として自信が無いのかと思って言ったが、メトゥスは汗をかきながら言った。

「そうじゃないんです」

 メトゥスの言葉にユリナは、うん?と言う顔で聞く。

「マルティアの守護神に
既にムエルテ様がいらっしゃいます
ムエルテ様は命の女神としても居ますが
元は死の女神です

ですから私が……
マルティアの守護神になったら

死と恐怖を崇拝する
そんな国のイメージになりそうで……」

 メトゥスが困りながら言った。


 ユリナはハッっとしてすぐに石板の文字をその手でサッと消し、その石板を持って天界に慌てて飛んで言った。

「ユリナ…さん…どこに?」

 あまりの慌てかたにメトゥスは呆然と呟いた。

「一つしかなかろう
まったく誰がなんの神か忘れるとは……
先が思いやられるのぉ」

 ムエルテが様子を見ていたのかリンゴをかじりながら言った、ムエルテはメトゥスが気付かなかったらユリナを叱るつもりでいたのだ。

「ムエルテ様
なぜここにいらっしゃるのですか?
オプス様とお休みに行かれないのですか?」

 メトゥスが不思議に思って聞いた、今日からムエルテとオプスは少しの間だが、アイファスの近くにあるパリィが生まれた小屋に行くことになっていた、自然に囲まれ少し歩けば小川もあり、その小川を南に1時間ほど辿れば綺麗な湖もあり、休養には最適でもあった。

「妾もふと気付いて様子を見に来たのじゃ
エレナも壁画を描き終え
ここにはもうおらぬからな

ユリナもエルフとして
成長してから神に成れば良かったのだが
古の世界では
それは許されなかったからのぉ」

 ムエルテが天界に慌てて飛んで行くユリナを見て静かに言った。

「えっ……
じゃぁユリナさんは……」

 メトゥスが聞いた。

「そうじゃ
精神はまだ700歳の
若いエルフのままじゃ……
もうそれが育つ事はあるまい」

 ムエルテは時の女神を調べていくうちに、神格化の記述を見つけ、神格化したユリナの為についでではあるが調べていたのだ。

 ユリナは神として生まれたのではない、エルフとして生まれ未来を繋げる為に神となったのだ。

「それ故に
神としての振る舞いは
窮屈であろう
良く耐えておるな……」

 ムエルテがユリナを不憫そうに見ながら言った。

「だからですかね……」

 メトゥスが言った。

「なにがじゃ?」

 ムエルテが聞いた。

「正しいことは正しいって言える
相手が誰であっても

間違ってると感じたら
怖いもの知らずで退かずに
真っ直ぐに言えるじゃないですか」

 メトゥスが先程ユリナが言った「神様として先輩なんだから」と言う言葉から若さを感じて言った。

「そうじゃな……
そうでなくてはあのニヒルと
千年も渡り合えなかったかも知れぬな」

 ムエルテはこの世界が出来る前に、ユリナがニヒルと千年以上に渡り、無と時の狭間で戦い続けた事を知っていた。

 ユリナはあの時のニヒルが訴える事を全て理解していた、道理の上ではニヒルが世界を無くしてしまうことの方が正しい様に聞こえる、だがユリナは譲らなかった、ただ一つやり直す機会をニヒルからもらう為に、一切を譲らず戦い続けた。

 結果的にニヒルが大人として折れた様な形で、ユリナは勝ち取ったのだ。

 つまりニヒルはユリナがまだ子供であると言うことに、気付いた上でのことであった。

 純粋な一人の少女の気持ちであったからこそ、ニヒルが孤独ではないと言う事も伝わったのであろう、ユリナの想いはニヒルに全て届いていたのだ。

 二人の女神は慌てているユリナを優しく見守る様に見つめていた。


 ユリナは天界にまさに神速の速さで到着し、慌ててエレナの住む屋敷に駆け込んでいく。

「お母さんっ!
どこにいるのっ!」

 屋敷の中を探し回るユリナだが外から声が聞こえた。

「ここよ
何を慌ててるの?」

 エレナは庭で白いテーブルに石板を置いて、白い椅子に座りゆっくりと紅茶を楽しんでいた。

「お母さんっ!」

 ユリナはエレナの寝室からその声を聞いて、庭に面している窓から慌てて飛び降りた。

「お母さんお願いっ!
マルティアの守護神になってっ‼︎‼︎」

 ユリナが大きな声で言いながら走り寄る。

「本当に来たわね
もう出来てるわよ
これを持っていきなさい」

 エレナは微笑みながら言いその石板を手渡した。

「え?」

 ユリナは驚いてその石板を受け取り美しく書かれたエレナの文字を読んだ。

「なんで知ってたの?」

 ユリナが聞いた。

「ひ、み、つ……」

 エレナはユリナの母である、我が子がどんな忘れ物をするか、手にとる様に解っているように微笑んでそう言った。


「ありがとうっ!
お母さん大好きっ‼︎‼︎」


 ユリナはそう嬉しそうにお礼を言い、急いでエレナの屋敷を後にした、とても懐かしい本当の家族の温もりを感じユリナは元気に天界を後にした。

「ほんとうに
まだまだ子供ね……」

 エレナはそう呟き優しく微笑んでユリナを見送るが、その瞳には僅かに悲しみの色が滲み出ていた。

 そしてエレナは屋敷に入り、エルフの服に着替え静かに天界から地上に降りて行った。
 そのエレナが昼間であるにも関わらず、水色の光を放ち地上に舞い降りて行く姿をムエルテは見ていた。

「ようやくあやつも
動いてくれるか……」

 ムエルテはそう呟いた。

「エレナさんですね
南で何かあるのでしょうか?」

 オプスが聞いた。


 オプスとムエルテはパリィの生まれ育った小屋に向かい、姿を消し空を愛馬に乗って飛んでいた。

 ムエルテはタナトスが馬の姿に変化した骨だけの馬で、オプスは漆黒の馬、ナイトメアに乗っている。

 二人とも過去の世界では馬に乗らず、自らが支配していた世界でしか乗らなかった、何故ならば速く行動は出来るが二人とも馬上での戦いには慣れていなかったのだ。
 だが今回は旅行と言う事もある、そして過去の世界の様に天界と冥界が激しく敵対している訳では無い、オディウムもユリナがいる世界で時を止めれば即座にユリナがやって来るのを解っている。

 多くのことから判断し旅行のように移動していたのだ。

「我らが行く事はなかろう
あやつは真の英雄じゃからな」

 ムエルテが言った。

「そうですね
エレナさんなら
助けが必要な時は
すぐに呼んでくれますからね」

 オプスがエレナを信頼して言った。



 一方セクトリアでは。

「パリィ様本当に宜しいのですか?」

 バイドが不安そうにパリィに聞いた。

「どうしたの?」

 パリィが執務室で交易品書類に目を通しながら聞いた。

「いや…その……」

 バイドは聞きづらそうにした時、ユリナの明るい声が聞こえた。

「お姉ちゃんお待たせっ‼︎」

「おか……

ユ…ユリナ大丈夫?
だいぶ時間がかかった見たいだけど
メトゥス様からちゃんと刻印貰えたの?」

 パリィもユリナが妹と知りお母さんと呼ぶのはやめたが、まだお母さんと言いそうになってしまうが、姉として妹に話しかける方がとても話しやすかった。

 まだ違和感が残るが、本当の姉妹だったのだと実感し始めていた。

「あっ……
刻印の儀式をやろうとしたんだけど
違う神様の刻印が現れたの」

 ユリナは誤魔化そうとそう言いながら持っている石板をパリィに渡した。

 パリィはその石板を見て息を呑んで、静かに震え出した。

「パリィ様……
どうされましたか?」

 バイドが聞いた。

「……」

 パリィは静かに涙を溜めていた。

 その石板にはこう書かれていた。



 天界を統べる者として

 神聖なるマルティア国の繁栄を願い

 我が名をここに刻む

 アインズクロノス・エレナ



 そう美しい古の世界の文字で書かれていたのだ。

 ユリナは急いでいて気付かなかった、エレナが神の文字ではなく古の世界の文字で書いていた事に、この新しい世界の誰もが読むことが出来ない、古の世界を知る者しか読む事が出来ない文字であったが、パリィの魂をくすぐる様にその文字の記憶が蘇り読めていたのだ。

 そしてパリィはエレナと言う名前をこの世界で聞いたことがある、誰もが信仰する最高神の名前を、その文字で読んだ時、とても大切で懐かしくそして酷く甘えたい気持ちに駆られ涙を溜めていたのだ。

(お姉ちゃん……)

 ユリナは神の瞳でパリィを見て呟いた、パリィの心に今まで見ることが無かった、懐かしさを感じる綺麗な風景が溢れ出していた。

 それの風景は古の世界にあった、フロースデア家の屋敷の庭であった。


(お母さん……
まさか…お姉ちゃんのために……)


 ユリナは思った、失った記憶、時の流れに押し流されてしまった記憶でも、カナの魂に刻まれた大切な絆は流されていない。

 だがエレナは記憶を取り戻しその先に気付いていたのだ、自らが育んだ一番大切なものが一つ一つ繋がり結ばれて行き、記憶が蘇っていったことで、記憶を失ったのではない、記憶が砕かれ輝きを失ってしまったのだと。

 記憶は流されたのではない、断ち切られたのだと気付いていたのだ。


「バイドさん……」


 ユリナがバイドを部屋から連れ出し、パリィを一人にさせた。


「ごめんなさい
お姉ちゃんには大切なことなの
私の知ってるお姉ちゃんなら

マルティア国は……

絶対にベルスに
負けるはずがなかったと思う
だから……

今はそっとしてあげて……」


 ユリナがまるで千年前のグラキエスの戦いを知っているかの様に、まるでマルティア国の悲劇を全て見ていたかの様に話し、その様子を見てバイドはお辞儀をし、静かにパリィの屋敷の応接室で待つことにした。


「お姉ちゃん……」


 ユリナは呟き、パリィの執務室の扉に背中から寄りかかり天井を見上げていた。

 フロースデア・カナであれば、過去の世界のカナであったら、千年前の戦いの最中で自害などしないはずであった、それがどの様な理由があっても、民と兵の為に最後まで最善を尽くしたはずだとユリナはそう思っていた。

 戦場になり滅んでしまった村からエレナに救われ、戦で命を落とした者達の為に舞い続けた、あのカナならその様なことをするはずが無い、ユリナはそう思っていた。


「ユリナ……
カナをちゃんと見てあげてね
今はだけは甘えないで
あなたが支えてあげなさい」


 その様子をエレナは姿を消し屋敷の外から見ていた、南に行くつもりだったが二人の様子を見に来ていたのだ。
 パリィとユリナの様子が窓からちょうど良く見えエレナは小さく微笑みそう呟き、その場を去り南に向かって行った。


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