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〜第十一章 メモリア・黒い天使〜
202話❅乗り越えなさい❅
しおりを挟む「パリィ殿?」
セルテアがぼーっとしているパリィに声をかけた。
「すみません
昔のことを……」
パリィが目を伏せるように言う。
「気にしないでください
パリィ殿は南方地域から多くの難民が
北方地域に向かっています
我らはベルスと戦う為に
難民の受け入れを
パリィ殿にお願いしたい」
セルテアが言う。
パリィは難民が北を目指して動いている話を以前から聞いてはいた、もしその難民がマルティア国に入国するのであれば、受け入れ態勢を整えないとならない、それと並行して戦の支度となれば遥かに国力が足りない。
パリィはそれを気にした。
「パリィ殿
戦の支度はまだ先にしても
構わないと思います
我らテリングは難民を北に送ります
テリングが戦場になる事はまだ
考えられますので……」
セルテアはベルスの兵達がどう動くか掴み兼ねていた、盗賊のように動くベルスの動きを探るのは簡単では無かった。
「それじゃテリングは?」
パリィはセルテアを心配していた。
「パリィ殿
良く考えて下さい
人は国の力だと言う事を……」
セルテアはそう言った。
パリィはセルテアの意図を理解した、難民を全てマルティアの民として受け入れ、開拓を急げば、人口の少ない極北地域でも相当な速さでかつての国力を取り戻せる。
その難民を活かすも殺すもパリィの器量次第である事を、セルテアは無言で伝えていた。
パリィは直ぐに指示書を書き始める。
冬を迎えれば北方地域は雪に閉ざされる、つまり雪解けと同時に難民がマルティア国に押し寄せる可能性がある。
その支度をしておかなければならない、極北地域のロディニナ地方への道にカロル川へ橋をかける指示まで細かく書き記して行く。
セルテアはそのパリィの姿を見て静かに微笑んでいた、パリィに愛する人がいる、それをセルテアは読み取っていた、パリィも親しくするがそれ以上は求めなかった。
セルテアの想いはあの時に決まっていた。
パリィを守る事、それが何故か離れ離れになる必要がある事も、あの抱きしめた時に悟っていた。
パリィはセルテアの思いに気付いていたが、触れる事でよけいに辛い思いをさせてしまうと思い触れようとはしなかった。
暫くしてパリィは指示書を書き終え、明日使いを出す事にした、まだ村は賑わっている、静かとは言えないがセルテアにはこの何も無いひと時で十分であった。
パリィはセルテアに挨拶をして、天幕を離れようとした時、ふと肌寒さを感じた。
雪だパリィの予想した通り初雪が降ったのだ、極北地域の秋は短い、無いと言っても過言では無い。
その秋をパリィは建国の為に忙しく過ごした。まだ冬にはなっていないが、すぐにそこまで冬がやって来ている。
パリィは天幕の外に出て暗い夜空を見上げた、雪雲に覆われたか星一つとして輝かない。
これからの世界を思わせる様で寂しさを感じさた、そこにセルテアがパリィの肩に優しく手を置いた。
「雪か……明日には帰らねばな
だが良かったパリィ殿と会えた……」
パリィはセルテアが何かを隠してる様に思えた、それはセルテアの瞳が寂しそうにパリィには見えたのだ。
「セルテア……」
パリィは何故か胸騒ぎを覚えた、そして思い出してセルテアに告げた。
『白獅子』と『オルトロス』戦いの夢を伝えた、セルテアはそれを聞いても驚きはしなかった。そっと雪の降る中で空を見上げるパリィに歩み寄り、後ろから優しく抱きしめた、パリィはドキッとしたが、慌てずに静かにしていた。
そしてパリィがそのまま、セルテアの顔を見ようとした時、セルテアは優しくパリィの唇にキスをした。
パリィは驚きはしたが、そっと瞳を閉じてその口づけを受け入れた。
それは何故か別れの様な気がした、冬の間に何かあっても、マルティアからテリングに援軍を送る事は出来ない。
パリィは永遠の別れにならない様に心から願った。
少しして二人は互いに微笑んで見つめあった、何も語らずに見つめあったが二人にはそれで十分であった。
「またあす……」
セルテアが言う。
「えぇ
雪の旅路は大変ですから
早く休んで下さいね」
パリィはそう言い、小さく手を振り自分の天幕に戻って行った、天幕には既にメーテリアが戻っていた。
「あれ?パリィ様今日は……」
メーテリアが聞いた。
「なぁに?」
パリィが聞く。
「いや
セルテア様と夜を
過ごすのかと思いまして」
メーテリアが顔を赤くして言う。
「あれ?
メーテリアはそれでいいの?」
パリィが言った。
「いや……その……」
メーテリアはなんて言っていいのか解らなかった。
メーテリアはそっとオドルの魔法でパリィの匂いを確かめる。
メーテリアのオドルの魔法は本当に近くの微細な匂いしか嗅ぎ分けられない、パリィは異常な嗅覚を持っている、そのため凄まじい長距離を嗅ぎ取る、メーテリアは普通の嗅覚なので、その位の効果なのだ。
「パリィ様
キスだけしました?」
メーテリアがそれに気付いた。
「もうメーテリアは……
メーテリアだってガイザスと一緒にいたでしょ!」
パリィもメーテリアの匂いを嗅ぎ取る、本当に近くにいただけの様だ。
「私はお話ししてただけです!
パリィ様はキスまでして
私から浮気ですか⁈」
メーテリアが激しく言う。
「浮気も何も付き合ってません!」
パリィはメーテリアを全否定する。
「じゃあキリングから浮気ですか?」
メーテリアは退かずにパリィに突っ込む。
「多分……
セルテアは何か隠してる
マルティアの為に……
お別れの様な気がしたの……」
パリィが思ったことを言う。
「えっ……パリィ様……
そうだったんですか……
すみません」
メーテリアが大人しくなる。
「もう……休みましょう」
パリィが静かに言った。
「はいパリィ様」
メーテリアが静かに返事をした。
メーテリアは自分の毛布に入ろうとしたが、パリィが静かに言う。
「メーテリア
こっち来ていいよ……」
「えっ……どうしたのですか?」
メーテリアが驚いてパリィを心配した。
「少しね……
変なことしないでね」
パリィが静かに言う。
「私がへんなことをした事が
ありましたか⁈」
メーテリアが聞いた。
「ない!」
パリィがそうハッキリ言うと、二人は明るい笑顔でクスクス笑った。
「おじゃましまーす」
メーテリアが元気にパリィの毛布に入った。
「はい」
パリィはメーテリアを誘った。
二人は仲良く眠りについたが、でもパリィの瞳にはセルテアの寂しそうな瞳が焼き付いて離れなかった。
「あの悲しみが……」
パリィは呟いていた、千年前の勝利は多くの悲しみや苦しみを生み出した。
それをパリィは思い出し、果たしてそれが本当に神々が求めるものなのか考えていた。
「最高神をお招きしても
恥ずかしくない国……」
またパリィが呟いた時、メーテリアがパリィに抱きついてきた。
「ちょっとメーテリアっ!」
パリィが慌てて抵抗しようとしたが、メーテリアはギュッとパリィだ抱きしめていた。
「パリィ様……
キリングの言葉をお忘れですか?
綺麗事じゃ国は出来ない
今の世の中はそうなんです
昔から変わっていません
美しいだけで国は出来ません……
千年前のマルティア国も
キリングが……」
メーテリアがそう話してくれた。
「キリングが……」
パリィは何か知らないことがあるのか気になりはじめた。
「起こってからでは遅いんです
ですからキリングは先に先にと……
パリィ様もこの前言われましたよね
キリングはいつも遅れてくるって……」
メーテリアが言う。
「えっ……」
パリィは心あたりが多すぎた。
「全部じゃないです
本当に遅刻してるとき
わざと遅刻してるとき
パリィさまにいつものことって
思って貰えるように
本当に大切なこと
でもパリィ様じゃ出来ないこと
それをキリングはしてくれてたんです」
メーテリアがパリィに優しく話し続ける、メーテリアはパリィの魂をこっそり覗いたのだ。
「ですから
パリィ様……
パリィ様は悪くありません
そんな世界が悪いんです
例えまた悲しみを生み出す
そんな戦いがあったとしても
あの戦いの様にパリィ様は
勝たなければなりません
千年前の最後の勝利のように
それはパリィ様にしか
出来ないことなんです……」
メーテリアがそう囁きながら言う。
パリィ達の天幕の前に、一人の女神が静かに姿を消していた、青いローブを身に纏い小太刀を腰に身につけていた。
(カナ……
それを乗り越えなさい
その先にある光を見つけなさい)
エレナがセディナの地下神殿から出て、パリィの様子を見に来ていた。
(ごめんね……)
エレナはそう呟き立ち去ろうとしたが、空に舞い上がった。
「エレナさん
どうしたのですか?」
空の上でエレナは声をかけられた。
「これはテンプス様……」
エレナが言った。
「珍しいですね
最高神のエレナさんが……
地上に来られたのは」
ユリナは他人行儀で話すのにいつまで経っても慣れてなかった。
(ユリナもまだまだね……
大丈夫かな……)
ユリナのぎこちなさを感じて、エレナはユリナを可愛く思いながら小さく微笑んだ。
ユリナはその微笑みに他人ではない、母の笑みと重なって見えた。
「私は忙しいので失礼します
テンプス様……
私の館にたまには来て下さいね」
エレナはそう言い天界に帰って行った。
(お母さん……?
まさかね……
でも誘ってくれたから
今度行ってみようかな)
ユリナはそう思い少しだが嬉しくなっていた。
「メーテリア
ありがとう……
でも……最後じゃないよ」
パリィはそう言いその後は何も言わずに眠りについた。
パリィには聞こえていたのである、エレナが言った。
(それを乗り越えなさい
その先にある光を見つけなさい)
その言葉だけが聞こえていたのだった。
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