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〜第十一章 メモリア・黒い天使〜

194話❅テンプス・ソルナ❅

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 パリィは何故か暗い世界にいた、夜なのだろうか、だが美しい月も星さえも無い世界の空に漂うようにいたのだ。


「あれは……何……」


 世界が混沌としている、全てが闇に支配されている、だがそれは闇ではなかった、無が世界を飲み込もうとしていたのだ。


 パリィが見下ろすと、地上では多くの種属が、暗闇から現れる黒い塊りと闘っているのが見える、混沌とした世界の北の地で、一人のエルフが七色に光輝いている、そしてパリィは別の光に飲み込まれた。

 パリィは静かに目を覚ました、夢を見ていたようだった。

「今のは……」

 パリィは初めてと言える程苦しい戦いを目の当たりにした。
 その戦いは、マルティア国とベルス帝国がぶつかった、グラキエスの戦いの比ではない、それ程絶望的な戦いであった。


 目が覚め、パリィが休んだ天幕の中では無いことに気づいた、辺りを見たがパリィは何処に居るのか解らなかった。


 そこは赤い泉の上で、赤い水はパリィを濡らすことはなく、触れると波紋だけが広がり、それは地上世界ではあり得ない現象であった。



「見たのか?
かつての世界を……」

 パリィの正面から、死の女神ムエルテがその赤い泉の上を歩いてくるが、ムエルテが歩いた跡に波紋は立っていない。


「ここは黄泉
そちが苦しみに耐えた黄泉であり……
妾の聖域である……」

 ムエルテは小さく怪しい笑みを浮かべながら、パリィがどこに居るのか教えてくれた。


「かつての世界?聖域……?」



「ふっ
そちが何故ここに来たかは解らぬが……
まだそちが来るところではない
帰るが良い」


 ムエルテがそう言い、右の手のひらをパリィに向けた、手のひらに六芒星が浮き上がりパリィは優しく何かに包まれる。

「ムエルテ様っ!
教えて下さいっ‼︎‼︎

過去の世界でっ
何があったのですか⁈⁈

キリングは
どうして過去の世界に行ったのですか⁉︎」


 パリィはそう強く叫び、心から地上世界に帰ることを拒絶した、それと同時に、凄まじい勢いで赤い泉に抵抗するパリィ中心に波紋が広がり始める。

 だがムエルテの力が、無理にでもパリィを地上に送り返そうとしたが、パリィが抵抗しはじめていた。

(だめ……
あんな戦い……
キリングだけじゃ生き残れないっ‼︎‼︎)

 パリィが冥界に無理やりでも踏み止まろうと、ムエルテからの神罰、そして死を覚悟し風の剣に手をかけた、魔力を注ぎ剣を抜いた時、風の剣の刀身に文字が浮かんでいた。


 古の大陸の文字で「テンプス・ソルナ」と言う文字が光り輝き、ムエルテの六芒星の力に強く抵抗し押し返し始めた。


(なんと……

テンプス・ソルナ
時の姉妹じゃと!

ユリナはカナに……
力を貸し与えたのかっ……)


 ムエルテの放つ六芒星の力は、古の大陸の六大神の力であり、ムエルテの第三の力である、パリィはそれを押し返し始めたのだ。


 パリィは真剣な眼差しで、ムエルテに風の剣を向けた時、天界で封印して来たはずの天使の翼がその背中に美しく現れた。


 そしてムエルテは、パリィの足元を見て気付いた、パリィが放っていた赤い泉の波紋がなくなっていたのだ。

 その赤い泉の波紋は、命の力に反応する、つまり生者がその泉に舞い降り、何かの動きをするとその波紋がたつのだ。


(パリィよ……
死を覚悟しておるな
それによって魂の力が解き放たれておる

仕方ないの……)


 ムエルテは波紋がなくなったことでそれに気付き、無理に押し返そうとするのを諦めることにした。

 ユリナがどれだけの力を貸し与えたのかも予想できない、そしてカナの姿ではないが、パリィの姿のまま天使の翼を得たパリィがどれだけの力を持つかも予想できない、仮にも最高神エレナの天使である、その力がどれ程なのかムエルテは予想出来なかった。


 パリィは真剣な眼差しで、風の剣をムエルテに向けている。


「パリィよ
この世界で妾に剣を向けることが
どれ程無謀なことか解らぬか?

まずは剣をおさめよ」


 ムエルテが静かに言いながら心で呟いていた。


(まぁ……
カイナをセクトリアに向かわせといて
正解だったの

あやつなら勝手に前に出かねないからの)


 パリィはムエルテから目を離さず、静かに風の剣を鞘におさめると、それと同時にパリィの天使の翼が消えていった。

(なるほど……

死を覚悟し風の剣に魔力を込めれば
ユリナの力が解放され
天使になれると言うことか

まぁ覚悟の度合いなのか
必要な時に限られるのか
まだ解らぬが……

ユリナめカナの護身用とは言え
なかなかの代物を与えたのぉ……

だが本人は
まだそれに気づいておらぬようじゃな)


 ムエルテは仕方なさそうにパリィに言う。

「パリィよ
キリングは鍵なのじゃ」


「…………」


 パリィがムエルテを真剣な眼差しで無言で聞いている。


「妾も知っておるが
あやつはあの世界で
多くの素晴らしい活躍をする」

 ムエルテが静かにそう言い、パリィは静かに頷く、キリングもマルティア国があった時代では軍の指揮はパリィの次に実力があり、謀略に関してはパリィを超える実力を持っていたが、パリィには心配事が一つあった。


「だがあやつは……
最も肝心な時に何も出来なかった」

 ムエルテは最後のニヒルとの戦いに、キリングが居なかったことをそう言った時、パリィは黙ってそっと目をふせて思った。

(やっぱり……)

 そしてムエルテは話し続ける。


「なぜあやつは肝心な時に
最も大切な場所におらんのだ……
あやつの力はこの世界の力
つまり過去の世界からすれば

未来の力と言うことになるのだ

それはあの戦いで
全てを消そうとしたニヒルにとって
脅威になったはずなのだ」


「いつものことです……
すみません……」

 パリィは思わず呟いてしまい、冷静にムエルテに謝り、そのパリィの言葉にムエルテは汗をかいた。


「わたしとの結婚式にも
キリングは遅れて来ました

他にも王宮の完成を祝う式典にも
来れませんでした。

毎回じゃ無いんですけど……
大切な時にキリングは居なかったり
遅れてくるんです……

ご迷惑をおかけして
本当に申し訳ありません……」

 パリィはさっきまで強い意志も、ムエルテが言ったことに申し訳なくなってしまい、恥ずかしくなり逆にお辞儀をしてお詫びしていた。


「…………

そ……そちが謝ることはない

だが……どのみち……

あやつがあの世界に居なければ
この世界は間違いなく無かっただろう」


 ムエルテはパリィの言葉と態度に流石に一瞬言葉を失いかけたが、どうにか言葉を繋いだのだが、その一瞬にパリィは気付いていた。


(神様でも
言葉を失いかけたなんて……

恥ずかしい……
素直に帰れば良かった……)

 パリィはそう心から思っていた、その気持ちはムエルテに丸聞こえで更にムエルテは汗をかいていた。


「まぁ良い……
とりあえずこの黄泉の国に
そちは長居しないほうが良い

送ってやるから
今度は抵抗するでない……」

 ムエルテはこのままパリィを地上に帰すことにし、手をパリィに向けて力を解き放つ。

 パリィは、丁寧なお辞儀をしたまま身を任せて静かに黄泉の国から消えていった。


「いつものことであったか……」


 パリィが帰ったあとムエルテはそう呟き、遥か遠くを眺めていた。



 パリィは素早く起き上がり、辺りを見回す。
 そこはパリィがメーテリアと泊まった天幕の中だった、隣でメーテリアがむにゃむにゃといつもの様に可愛い寝顔で寝ていた。

 そしてパリィは余程恥ずかしかったのか、素早く顔を隠すように毛布に潜り込んだ。



 パリィとメーテリアはマルトの街を出て更に東に向かっていた。
 マルトの街は、パリィからマルティアの旗を受け取り、使いの一行がセクトリアに向かってくれた、パリィの再興するマルティア国の一員として共に歩んでくれる事になったのだ。

 細かい事も少し話し合い、特産品と食料もセクトリアに運んでくれる事にもなった。
 そればかりか、周辺の小さな村にも呼びかけてくれる様で、パリィはマルトの街の神官サーサントにそれを任せて東に向かっていた。


 パリィはムエルテが言っていた。

 かつての世界、その世界で何があったのかを気にし始めた、今の世界に居ない種属までもが戦っていた。

抵抗していた。

足掻いていた。

抗っていた。

全てを投げ捨て死を覚悟して戦っていた。

 そして光り輝くエルフ、彼女は化け物に向かって手を向けて叫んでいた。

(一体何を……)

 パリィはそう考えたが、直ぐにあの戦いにキリングが参加していない事を思い出し、キリングが帰って来たら聞こうと心に決めた。



「おはよう御座います
パリィ様早いですね」
 メーテリアが起きて、パリィの毛布の中に顔を突っ込んで、暗い毛布の中でポゥと魔力で顔を照らした。


「……
メーテリア近い

あとある意味怖い……」

 メーテリアがパリィの顔のかなり近い距離で、急に現れたのだ。


 メーテリアはそれを言われ、しぶしぶと毛布から簡単に朝食の支度をはじめる。

 パリィは何かを忘れている、そんな気がしながら毛布から出てきた。

「どうされました?」
 メーテリアが魔法で火を起こして目玉焼きを焼きながら、聞いてきたので。


パリィは見た夢を一部始終を話した。


「パリィ様?
心配しすぎなんじゃないですか?」

 メーテリアが目玉焼きをお皿によそりながら言う。


「えっ?」

 パリィは驚いたがメーテリアが言う。


「だって
私達が今こうしているのです

じゃあ過去の世界で
キリングがちゃんと
役目を果たせてるんじゃないんですか?

そうじゃなかったら
私達も今いないんじゃないんですか?」

 メーテリアが最もな事を言う。


「そう言われれば……
そうだけど……」

 パリィは納得出来そうで、出来なかった。

 そしてパリィは極度に心配になり、黄泉にある記憶の扉に行きたくなったが、それは死を意味する。

 パリィは頭を抱えて涙を流しはじめる。


 天幕の前に死の女神ムエルテが立っていた、気配も影も消して悟られぬ様に、だが、パリィの心にいるエミリィは気づいていた。

「パリィ様
大丈夫ですよ
その世界で何があっても
私達の世界が今あるんです

きっと神々が救って下さったのです
心配要りませんよ」

 メーテリアがパリィの心配を和らげようとした。


「そんな
あれはそんな戦いじゃ無かった
神々が居なかった
地上の人々が絶望と戦っていた」

 パリィがムエルテの聖域で恥ずかしい想いをしたのも忘れ、メーテリアに叫んだ時、パリィの右目がエミリィの瞳に変わっていた。

 その瞳は姿を消し、気配も全て消しているムエルテの姿をとらえた。


「ムエルテ様……」

 パリィはハッとして呟いた、メーテリアも天幕の入り口を見るが、天幕の布にはムエルテの姿は写っていない。
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