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〜第十章 メモリア・セディナ〜

181話❅二人の最高神❅

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「アインズクロノス様……

セディナの地下神殿に何かあるのですか?」

サクヤが聞いた。



「それはそう遠くない未来で
パリィ達と共に知ることが出来ます

その時まで知る必要はありません。」

エレナが静かに言う。


 エレナとサクヤは、地下への暗い階段を降りて行く、松明もなくエレナは神の瞳で全てを見渡している、サクヤも死霊のために灯りを必要としない。

 暗い闇の中二人は降りて行き、エレナは考えていた。

(この階段は間違いなく
人の手で作られたものじゃないわ

神々の手で作られている

この世界で生まれた神じゃない……

私は一度だけパリィに……
カナに街の図面を授けた
あの時にセディナに来たけど
感じなかったわ……

でもオディウムじゃない
いったい誰が……)

エレナはひたすら考えている。


「アインズクロノス様つきました」
サクヤが静かに言う。


「ありがとう
あなたは戻っていいわ
この先は神の領域かも知れないから」

 エレナがそう言ったのは、エレナの神の瞳で扉に刻まれている何かをはっきりと見ることが出来なかったからだ、最高神アインズクロノス・エレナでも見れない何かが描かれている。


 そして自らの額に何かうっすらと、浮き上がった様に思えたのだ。


 それを聞いたサクヤは、丁寧なお辞儀をして王宮へ戻っていった。



 そしてエレナは右手を前に上げ、手のひらを開き神の力を使い光の球を出して灯りを灯す。

 すると目の前に石の扉があり、その扉に刻まれた紋章に驚いた。

「この六芒星は……
ただの六芒星じゃない……

六大神の紋章
この世界になぜ……」

 エレナは呟きそっとその扉に手を触れると、通り抜けられることに気づいた、それは誰でも通り抜けられるのではないのにも同時に気づく、最高神であるエレナだから通り抜けられるのだ……。


(なぜ……)

 エレナはそう思いながら、その扉を通り抜け中に入る。


(ようやく来たか……)


 偉大で威厳のある声がエレナの頭に響いた……。

 エレナは当たりを見回すが姿はない、その中は一本の巨大な通路であり、柱は無く幅は大人が十人ほどが手をめいいっぱい広げて並んだ程であろうか、広く長い通路が奥へと続いている。

(奥に進むがいい……)

 また声が頭に響いた。

 エレナは気を張りめぐしながら、奥に進んで行く、敵意は感じられないが、この空間に入り生きている者ではない気がしたのだ。

 暫く奥に進み、その声の主だろうか先に人影が見えたが、エレナは立ち止まる。


「なっ……
首が……ない……」


 エレナは最高神ではあるが、驚き戸惑う、それはその首のない者が放つ力が、首の無いアンデット、デュラハンの比では無いからだ……。

 エレナが、焦りを隠しながらも立ち止まっり良く見ていると、その首の無い者の後ろ姿であることに気付く、そしてその者は奥へと歩き出した、まるでエレナを導く様に……。

 そして奥に進むと巨大な二体の石像が、通路の両脇に一体づつ見えて来る、その石像を見てエレナはすぐに何の石像かを知る。


 一体は野獣の姿をしたニヒルであり、一体は神となる前のユリナの像である、両者が戦っている石像であった。

 そしてその石像の間を通り、更に奥に進み、再び二体の石像が見えて来た、その石像はやはり野獣のニヒルと、女神への覚醒が始まったユリナが、エレナを救う為に時を止め、時を逆光させようとし手をニヒルに向けている姿であった。


「あなたは何者なのですかっ!
テンプス様の過去を知る者は
この世界に限られた者しか居ないはずっ!

それをあなたは知っている‼︎‼︎

いったい何者なのですか⁈⁈」

 エレナは気を強く持ち、そのアンデットに叫ぶように聞いた。


 静かにその者は背を向けたまま、立っている、良く見ると右腕に頭を抱えてる様である。


(さ……去る…が……良い……)


 その者の声がエレナの頭に響いた。

「えっ……」

 エレナはその言葉を疑う、わざわざここまで導き、去れと言われたのだ、それならエレナがこの空間に入ることを拒めばいいはずだからだ。

(我が……わ……れが……)

 その者はそう震えた声で言いかけた時、いきなり振り返りエレナに襲いかかって来た。

 その者の剣の刀身には、古の神の文字で、無の破壊と無の創造、そう書かれているのにエレナは気づいた。

 エレナがそのアンデットの放つ斬撃を躱し、クリスタルの小太刀を抜き反撃に出ようとしたが、そのデュラハンが持つ首を見て驚愕した。

 古の神、最高神の一人、破壊神クロノスがアンデットと化していたのだ。


 クロノスはあの戦いでニヒルに殺され、その遺体をカイナがアンデットとして操り、ニヒルと再び戦ったのだ。


「そんな……
クロノスが……」

 エレナがそう呟いた時、クロノスは再び襲いかかって来る。


 その斬撃はかつての最高神を語るにはふさわしく、とてつもない速さと重さを兼ねそろえ、エレナの神剣と変わった細身のクリスタルの小太刀では、普通には受け止められないことが容易に解り、素早く躱して行くが数回躱しから距離を取らなければ躱しきれない程であった。

 エレナは僅かな隙を見て距離を取り、素早くクリスタルの小太刀を振り、水の刃を三度放ちその後に続きクロノスと距離を詰め反撃に出る。


(クロノス……
カイナがアンデットに変えた神

ユリナの時の流れに抵抗したと言うの?

そうでなければ
あの石像は作れないはず

でもどうしてここに……
まさかっ‼︎

カイナからはぐれてしまったの⁈⁈)

 エレナがそう考えながら、クロノスの斬撃を躱し、カウンターを入れる様にクロノスの左脇に一太刀入れるが、痛みを感じないのだろうか凄まじい速さで蹴り飛ばされる。

 エレナは飛ばされ、口内を勢いで噛み僅かに口の中に血の味が広がるが、神としての身体能力だろうか、素早く体勢を立て直し叩きつけられそうになった壁に足をつき、素早く壁を蹴って飛びそのままクロノスに斬りかかる。

 その斬撃は躱されてしまい、クロノスは素早くエレナに斬りかかるが、エレナは着地と同時に、全ての力をクリスタルの小太刀に注ぎ、クリスタルの小太刀が光り輝きそれを受け止めた。


 一瞬、神と神の力がぶつかり合い、凄まじい輝きが二本の神剣から放たれ、その衝撃は地上にまで届き大地が大きく揺れた。



 セクトリアにいたパリィ達は、その地震に襲われるが、テミアとテリアは落ち着いていたが……。


「なっ地震……」

 メーテリアが呟いた瞬間、一瞬でテーブルの下に隠れる、そしてパリィの足を掴んで怯えている。


「メーテリア大丈夫よ
それにしてもなんだろう……

この揺れ……あったかい……」

 パリィはそう呟いた、母であるエレナの力を感じたんだろうか、そう呟いた。



(これは……
エレナが何者かと戦っておる……)


 セクトリアでパリィ達を見守っていた、ムエルテがそれに気付いた、そしてその揺れがセディナの地下から起きたことも察して素早く、セディナに向かった。


「なぜこの様な時に
ユリナはいつもおらぬのじゃっ‼︎‼︎

あの阿呆がっ‼︎‼︎」

ムエルテはそう叫んでいた。




「クロノス様っ!
どうされたのですかっ‼︎

先程私に語りかけて下さったのは
クロノス様ではないのですかっ‼︎‼︎」

 エレナがクロノスの、重い斬撃に耐えながら叫ぶように聞いている。


「…………」

 クロノスのアンデットからはなんの反応も無い、ただアンデットとして破壊と殺戮をしようとしているようであった。


「ウァァァァァァァッ‼︎」


 エレナは声をあげ渾身の力で一度押し返し、凄まじい速さと正解さでクロノスのアンデットが繰り出す斬撃を逸らしながら剣を撃ち合い始める。


(間違いない……

アンデットとして不安定なんだ……
自らの理性を保ててないっ‼︎

自然にアンデットになったなら
クロノス程の力を持つ者なら
理性を保ち続けることが出来るはず

でもクロノスはカイナの手で
アンデットになった……

呪術は完璧でも
クロノスの力が強すぎるから

完全に理性を定着出来ていない……)

 エレナは最初と今とのクロノスの変貌ぶりに、なぜそうなったのか気付いていた。



(倒さなければ……地上が危ないっ‼︎‼︎)



 エレナは気付いた、もしクロノスが暴走したまま地上に出て仕舞えば、破壊を繰り返すことが目に見えていた、それはパリィのマルティア国の再建どころの話ではない。

 それに乗じてオディウムまでもが現れれば、最高神となったエレナでも一人だけでは止められないことが見えていた。


(そちの剣の強さ……
それは守る強さじゃ
つみびとを罰する剣では無いっ‼︎)

ムエルテの言葉がエレナの頭をよぎる。


(守る強さ……)

 エレナはそう心で呟き、いまエレナにしか出来ないことに気付く、そしてその一瞬のエレナの隙をついて、クロノスが剣に力を込め、離れたまま素早く振り抜く、すると一瞬だけ目に写った光と共に、稲妻がエレナに放たれた。


 だがエレナはクリスタルの小太刀に、体の動きだけで魔力を込め剣を振った。


 それはかつての世界で、全てと一体になった。


『神のしぐさ』と言われる現象であった。


 その剣から水の刃が放たれ、クロノスが放った稲妻を受け止めた……。


「クロノス様……
あなたの刃は
私には届かないっ‼︎‼︎

私には守るべきものがあるからっ‼︎‼︎」



 エレナは守る為に剣を振り始めた。



 例えクロノスが理性を取り戻しても、倒さなければならない、エレナは精神的な苦しみを覚えるが、かつての英雄だった時のように目を鋭くし戦い始めた。


「ハァァァァァァァッ」


 エレナが声を出し自らを奮い立たせ斬り込んでいく。

 クロノスはその斬撃を、ことごとく受け止め、凄まじい斬撃を放ち続ける、上からも横からも完璧に放たれる剣技を、エレナは躱しつつも、時に弾き、時に受け止め凄まじい攻防が続けられた。




「エレナ……
どこにおるのじゃっ‼︎

この王宮は
なんと言う作りをしておるのだっ!
妾でも探れぬとはっ‼︎‼︎」

 ムエルテがセディナの朽ちた王宮でエレナを必死に探していた、それはエレナがかけた六芒星の目眩しの力が、ムエルテの神の瞳の能力を阻害していたのだ。

 カイナは王宮の中で、エレナを探し回るムエルテの中にいながら、サクヤを含む死霊達に気付くが、あえてムエルテに伝えることは無かった、エレナが張った六芒星の魔法陣に気付いていた、カイナは死霊達を読み解き、ムエルテに伝えた。


「ムエルテ様っ地下です!

玉座の間

玉座の後ろの通路に階段がありますっ!」

 カイナが伝え、ムエルテは急いで玉座の間に行き奥の通路を見つけ、階段を降りていった。



 地下神殿では、エレナが死闘を繰り広げている。


 クロノスの斬撃を、エレナが体を捻り躱し、そのまま体全体の反動を利用し神速とも言える速さで、クリスタルの小太刀を振り抜き、下腹部を切り裂く。

 だが痛みが無いのか、クロノの頭を持つ左腕が振られ、なんと自ら頭を使い殴りかって来た。

 エレナはその頭部の一撃を頭に受け、まるで強烈な頭突きを受けたように、よろめくとクロノスは、後ろ回し蹴りを放ちエレナは躱すことが出来ず、そのまま直撃を受け吹っ飛ばされてしまう。

 クロノスは追撃する様に、猛烈な速さで飛ばされたエレナを追う。




(負けられないっ

ユリナに託された
この世界と

カナ……
あなたの未来の為に‼︎‼︎)


 エレナは気を失いそうな、痛みに耐え、空中でクリスタルの小太刀を振り、追撃してくるクロノスに向け水の刃を放つ。

 クロノスは、その水の刃を剣で全て受け斬り裂き、飛ばされているエレナに追いつき、魔力を込め貫き殺そうとした。


 エレナは空中で体を捻り、それを躱しそして着地と同時に走り、クリスタルの小太刀に力を込める、すると一瞬でクリスタルの小太刀がクリスタルの弓に変化し、矢も持たずに狙い、矢を放つ動きをすると、光の線が走りクロノスの右足を、その光の線が射抜く、神弓である。


 クロノスは体勢を崩した。


(クロノス……
あなたはそれで強くなったのね……

でも……)

 エレナはクロノスの暗い瞳の奥を、神の瞳で見て知った、クロノスは深く深く誰よりもアインを愛していた、クロノスは冥界の神と争い、世界を無に返さない術を考え出していた。


 それは無の力に頼らないこと。


 無の力に頼ればニヒルの絶対的な力を、借りることが出来る、だがそれは自らの力では無い、時を操るはずだったクロノスは、その力をニヒルに奪われ、無の力を操る剣を授けられたが、自らの神の肉体を更に鍛え上げ、近接戦を極めようとした。


 本来の自らの力を失った神が、それでも大切な者を守ろうとし、クロノスが勝ち得た力であった。


 エレナには解ったのだ。


 自らと同じ守る剣であった、神の瞳で一瞬見たクロノスの秘密であった。


 同じ守る剣であり、神の肉体を更に鍛え上げ、そしてアンデットと化したクロノスの近接戦能力は凄まじく、エレナのそれを上回っていたのだ。


(でもっ……
何を守っていると言うのっ‼︎‼︎)


 エレナは解っていた、今のクロノスに守るものは何も無いはずだ。
 守る剣の本当の強さは、守ろうとするものがあってこそ最大の力を発揮する。


 だがクロノスの力は、守る剣の力を発揮している。


(なぜっ‼︎‼︎)


 エレナは次々と神弓を放つが、クロノスアンデットはその凄まじい剣で、弾き返し突っ込んで来る。

 
「あれは……
クロノス……
アンデットとなっても
あの流れに抵抗したのかっ‼︎」

 ムエルテが扉の外から中を覗き、エレナが苦戦している姿と、エレナの表情に僅かな死相が見えてしまう。

「くっ……
妾は入れぬ

最高神の扉……

エレナに死相が……」

 ムエルテが表情を暗くして言った、それはエレナの額に僅かに浮かび上がっている、死の印であり、ムエルテはそれを古の時代から、段階的に見分けることが出来るのだ。


(エレナ様に死相が……)


 カイナがあり得ないと思うが、僅かに不安を覚えた、その辺の魔道士が言ったのではない、死を司るムエルテが言ったからだ。


「まさか……」

 ムエルテは六芒星に手を当て、唱えるように言う。


「我は黄泉を統べし

死と命を司る神……

我が声を最高神に届けんっ!」

 神としての地位を重んじ、ムエルテがそう唱え丁寧に礼をとるが、その自らの姿に気付いた。


(なんと言う屈辱じゃ

妾がクロノスにしかもアンデットに
礼をとるなど……

あってはならぬ

あってはならぬ

あってはならぬ
あってはならぬ
あってはならぬ
あってはならぬ
あってはならぬ
あってはならぬ……)

 ムエルテはとてつも無い怒りを覚え、しだいにその綺麗な顔の額、そして手の甲に血管が浮き出ている、エレナに死相が見えたことはムエルテにとって、その屈辱より小さかった。

「あってはならぬのじゃぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」


(プ…プライド…たっ…たかすぎ……

エレナ様は大丈夫なんですか⁈)


 カイナは、ムエルテが誇り高い女神だとは知っていたが、ここまで高いとは思っていなかったので思わず焦って呟いてから聞いた。


(案ずるな
死相はまだうっすらと見えただけじゃ
死に近づいているだけで
まだ死ぬとは決まっておらぬ……)

 ムエルテがそう言い、カイナは少し安心するが……。


(それよりも……
ゆっ許さぬぞクロノスっ‼︎‼︎)
ムエルテは怒りをあらわにした。


(やっぱりそっちなのですね⁈⁉︎)
カイナは強くそう思った。


 ムエルテは怒りを乗せて叫んだ。


「エレナっ‼︎

なにをしておるっ!

剣を使えっ‼︎


そやつはそちに世界を守れるのか
試しておるのじゃっ‼︎‼︎

そちの守るべき者の為に
剣を触れっ‼︎‼︎

そしてそやつを黄泉に送れぇぇぇぇ‼︎‼︎」


 ムエルテは死を司る、クロノスのアンデットとしての姿ではなく、死んでいる者の魂を全て見極めることも出来るのだ。


「そんなっ‼︎‼︎」


 エレナがその声を聞いて、ムエルテの怒りに一瞬戸惑ったが、クロノスを理解した。

 クロノスはエレナの剣が、守る剣あることを知っている、クロノスはエレナの想いを測っているのかも知れない、かつてアインを愛し磨かれた守る剣を、エレナの守る剣が超えられるのか……。


「ムエルテが
ここまで怒るなんて

何があったの……

でも……いいわ……
それならっ‼︎‼︎」

 エレナは一瞬で、弓をクリスタルの神剣に変え、向かって来るクロノスに、自らも向かって行った。

 走りながらクロノスアンデットは、上から下に剣を振り下ろす、エレナはそれを躱し素早くその腕を斬り落とそうとしたが、クロノスアンデットが持ってる頭部でエレナを再び殴りつけて来た。

 素早くエレナはそれを躱し、その頭部を蹴り返すと、クロノスアンデットがよろめく。

(……)

 エレナは直ぐに頭部に狙いを定め、剣を振り始める。


(勝てる……でも……)


 エレナの情が僅かに後ろ髪を引いていた。


 クロノス、それは光神ルーメン、エレナが愛したアルベルトの父であり、同様にあの優しい闇の女神オプスの父である。

 そしてかつての世界で、最後まで世界をニヒルから救おうとした偉大な最高神である、ユリナからも、記憶の棚で救う術を探し続けているクロノスの話は聞いていた。

 今も神であれば、教えて欲しいことは山ほどある存在であった、そしてエレナの死相が色濃くなり始めていた。


(最高神の扉……)

 その色濃くなったエレナの死相をみたムエルテは扉の外でそう呟き、顔をひくつかせながら、その扉から一歩離れた。


「背に腹は変えられぬ
致し方ないっ!」

 ムエルテがそう叫び、瞳をつぶり何かを唱え始める。


「我……
黄泉を統べ
死と命を育む者なり

絶対神
時の女神テンプスに認められし者なり

我がこの時に
全ての力を明かさん……」


 そしてムエルテは力を瞳に込めて見開いた、ムエルテのローブが鮮やかな紺色に変わり始め、そして美しい輝きを放ち最高神の扉に手を触れた。


 その頃、エレナは戦いながら感じていた。

(記憶が……私を……

止めようとしている……)

 エレナは感じていた、ニヒルに記憶を戻されなかったら恐らく違和感程度にしか感じなかったのだろう、エレナはそうも思い始めた。

 エレナはクロノスの頭部を狙いながら、剣を振るが迷いが生じていた、それはこの様な戦いでは命取りになりかねない、それは解っていたのだが、強く強く後ろ髪を引かれてしまいたった今、倒せる瞬間を逃してしまった。


 エレナの死相が一気に強く輝きだす、その光はムエルテにしか見えない、死の輝きがエレナを包み込んでいく。

 エレナは葛藤し始め、剣が鈍り始めた時、クロノスの剣が確実にエレナを捉えた。

 もはや躱すことも弾くことも受け止めることは出来ない、エレナは僅かに後ろに飛び、少しでも傷を浅くしようと飛ぼうとした時。


「このっ愚か者がっ‼︎‼︎」


 その声がエレナの背後から聞こえ、エレナの前に黒い影が飛び込み、その刃をその身で受けた……。


 死と命の女神ムエルテだった。


「くっ!」

 ムエルテは声を出し、赤く黒い血が噴き出す……。

「ムエルテッ‼︎‼︎」

 エレナが叫ぶ。

 ムエルテはその深い傷を負いながらも、次の斬撃を大鎌で受け止めた。

「案ずるな……妾は死じゃ……」

 ムエルテが静かに話し出す。

「よく考えよ

そしてよく見よ……

これが妾でなく

カナだったらどうじゃ……」


 ムエルテの白い肌を、口から一筋の血が静かに流れている。


「かつてのユリナだったらどうじゃ……

あやつらなら……

神となる前でも

同じことを間違いなくするであろう

それが何を意味するかっ
考えるが良いっ‼︎‼︎」

 ムエルテは力を振り絞り力強く言い、クロノスの剣を力強く押し返したが、膝をついてしまう。

 ニヒルの力が宿った剣は、ムエルテを殺すことは出来なくても、戦えなくするには十分な神剣であった。

 エレナは忘れていた訳ではない、かつての世界でも多くの代価を支払い守って来た、だがユリナはそれ以上の代価を支払い、この世界に繋げてくれていた。


 そしてそのユリナに託されていることが、頭に鮮明に浮かんでいた。


 クロノスの剣が、膝をつき動けないムエルテに、振り下ろされようとしている。

 ムエルテはその刃を睨み、決して力に屈さない姿を示していた、かつての天界と敵対していた、冥界の支配者らしく潔く誇り高い神の姿がそこにあった。


 その刃が横から弾かれる、その弾いたエレナの剣はそれと同時に、死相が放つ輝きを切り裂いていた。


「私に神は務まりませんね……」

 エレナが静かに言う、その姿はかつて力、ドラゴンナイトの姿をしていた。


「やはりな……
思い出しておったか……」


 ムエルテが小さく口だけで笑い呟く、クロノスが更に襲いかかろうとしたが、凄まじい水圧のある水の壁が現れ、クロノスから二人を守り、エレナが手を向けると凄まじい勢いで水の弾丸が放たれクロノスは吹き飛ばされる。


「えぇ……」


 エレナは小さな声で答え、すぐにクロノスを追撃し斬りかかる、その瞳には悲しみが輝くが情を振り払い、迷いを微塵も感じさせ無かった。


「たしかに……
そちには英雄の方が
似合うかも知れぬのぉ……」

 ムエルテの傷は既にほぼ塞がりはしているが、まだ少し苦しそうに微笑みながら言う、それはエレナが自ら死相を振り払っていたからだ。

 ムエルテはかつての大陸で、エレナが何度も死相を乗り越えて来たのを見て来ていた、無論エレナだけではない、他にも英雄と呼ばれた者で死相を乗り越えた者は居たが、エレナはそれを超える度に飛躍的に成長して来たのだ。


 最高神でありながら古の力、ドラゴンナイトとなったエレナがクロノスに襲いかかる、立ち上がろうとしたクロノスを、エレナは左手に持った剣で、上から斬り裂こうとした、狙いは左腕、頭部を持っている腕だが、クロノスは右手に持っている剣を使い防いだ。

 エレナの利き腕は右手であるが左手を使っていた。

 エレナは凄まじい速さで、右手の爪でクロノスの頭を狙い、竜の爪で貫こうとした様に見えた。

 クロノスはそれを腕を振って頭を守るように躱したが、エレナの狙いは頭ではなかった。

 その爪でクロノスの右腕を狙い貫いた……。

 そしてその爪から凄まじい水流を放ち、その水圧で右腕を吹き飛ばした。

 そしてエレナは素早く伸ばした爪を戻し、クロノスを蹴り体勢を崩した、片腕を失ったクロノスの体勢は崩れやすかった。


 そしてクロノスが体勢を立て直した時、エレナは既にクロノスの頭を確実に捉え狙っていた。


(二度はない……)

「あなたの時代は
もう終わりました……

偉大なる我が父クロノス……

やすらかに……」


 エレナがそう心で囁き静かに言い、その想いでクロノスの頭部に、向け速く正確な最高の剣技で突きを放った。

 その切っ先からは美しい水色の輝きが放たれ、エレナの情が涙を流させる、その想いを全てクリスタルの剣に乗せている。


 その刃はクロノスの頭を見事に貫き、素早くエレナは剣を抜いた。
 そしてアンデットとなったクロノスの体は音を立てて倒れる。

 クロノスは戦い始めてから、一度も語ることも無く、魔物のアンデットの様に戦っていた、ムエルテが言ったのは嘘なのかも知れない、エレナが思ったように自らを安定させる事が出来なかったのかも知れない。

 エレナはそれを考えたが、どちらかとは判断は出来なかった。

 ただムエルテが解っているのは、エレナが再び、死相を乗り越えたと言うことだった。


「ムエルテ様
申し訳ありません……

傷は……」

 エレナが歩み寄り詫びてムエルテに聞いた。

「妾は死……
気にするで無い……

にしても何故クロノスが
ここに居たのかそちは解るか?」

ムエルテが気を使わせないように聞いた。



「それは……」

 エレナが考えるが全くそれが解らなかった。

「あの石像を見れば解るであろう
こやつは記憶を残そうとしたのじゃ……

後はそちが考えるが良い……」

ムエルテが静かに言い、少しあたりを見回している。


 ムエルテはなぜ記憶が戻ったのかなど、とやかく聞く気にはならなかった。


 それはムエルテの助けがあったとは言え、死相を斬り裂き生き残ったエレナに、この神殿をどうするのか、ムエルテの考えなどなくエレナの思うようにさせて見たかったのだ。


 既にクロノスの遺体は力を失い、塵となり崩れて行く。


 エレナは静かに立ったまま、涙を流していた、クロノスの頭を貫いた瞬間、クロノスがここに何を作りたかったのか、その想いが剣を伝い流れ込んで来ていたのだ。

 それはムエルテが言ったことであった、エレナもそれは必要で大切なことだと解っていた。

 エレナの頭にニヒルが言ったことが過る。


(いっときだけでも

思い出すがよい……)

 その言葉によりエレナは決意する。


「ムエルテ様

この神殿は私が使わせて頂きます」

エレナが言う。

「好きにするが良い

あやつが作った神殿など
妾には要らぬのでな……

それにしてもクロノスの魂め
どこに行きおったのだ……」

 ムエルテはそう言いながら、屈辱を晴らしたいのだろうか、クロノスの魂を探っていたが見当たらないようであった。

 それを見てエレナは小さく微笑んでいた。

「それにしても何に使うのじゃ
この神殿は……
パリィも知っておるかも知れんが

人など来ぬぞ……」
ムエルテが言う。


「えぇ……
ですから
ちょうど良いのです

私の記憶を描いていきます」

エレナが静かに言う。


「記憶を……
なにゆえじゃ……」

ムエルテが聞いた。


「…………」

 エレナは寂しそうな表情をして僅かに沈黙してしまう、少ししてから静かにし言う。


「女神として
伝えなければなりません

多くの神々に

かつての過ちを……

そしてそれを軽く見て
ニヒルの怒りをかってしまいました

取り返しのつかない……
取り返しようがない……

あの様な戦いを
この世界に招いてはなりませんから」


 エレナが悲しそうに言う、本当は母として多くの想い出を描きたいはずだと、ムエルテは思ったが、エレナの瞳は先を見ていた。

 もし本当に記憶がいつか消えてしまうなら、この世界の神として必要なことをしなければならない。

 ユリナに記憶が戻ったことは伝えるべきではない、そうも考えていた、もしまた忘れてしまったら、再び悲しい想いをさせてしまう、ユリナに気付かれるまで黙っていることにした、そしてニヒルが記憶を戻してくれたことも伝えるべきではない……。


 それはユリナなら、ニヒルに訴えに行きかねない、力づくでもカナの記憶を戻させようとしかねないと、エレナは一瞬で頭に描いていた。

 エレナはそれを想像し、クスクスと笑いながら神殿の奥に歩いて行く。


「エレナ……」

ムエルテが小さくエレナを呼んだ。

「ムエルテ様
このことはユリナには絶対に
秘密にして下さいね」

エレナが言う。

「なぜじゃ……
ユリナはそちの記憶を戻す方法を
探し続けておるぞ」

ムエルテが言う。

 ムエルテはエレナとカナとユリナが、三人で他人行儀で話して、その後でユリナが悲しんでいる姿を見ていた。

 その為に早く再会させてやりたいと、強く思っていたのだ。


「私の記憶を少し見ればわかります」


 エレナがそう言い、心の中の記憶の扉を僅かに開き、ムエルテは神の瞳でそれを見た、そしてエレナと同じ事を想像した。


「それは……
厄介じゃの……
二人の性格を考えれば

長い間揉めそう……」


 そうムエルテが言った時、ムエルテは気付いた、時の流れに多くの記憶が押し流された、それは何故と、何かあるのかも知れないと。

 その為にユリナは多くを失った、もしそれが何かしらの代価だとしたら、それを取り戻すことで、何か良からぬことがあるのではないかと、ムエルテは考えた。


「ムエルテ様
解って頂けましたか?

出来ればムエルテ様に
お願いしたいのです

時の力に誓約があるのでしたら

それを調べて頂きたいのです

私が調べられれば一番いいのですが……」


エレナが目を伏せて言う。


「良かろう……

そちは記さなければならないからのぉ」


ムエルテが優しい顔で言う。


「ありがとうございます

本当に本当に
ありがとうございます」


エレナはムエルテに深く礼を言う。


 エレナは母としてユリナの為に、してあげたいと思っていたのだが、世界の為に過去の世界の記憶を記さなければならない、それは最高神としての役目であった。

 憎悪の神オディウムが、表立って天界を攻めようとしないのは、今の天界の善行にある。


 実は、かつての世界と今の世界の天界の作りは同じであった、かつての世界は地上世界への冥界の侵攻を度々許してしまっていた。

 それはニヒルが天界を作る時に、天界が過ちを犯すと、天界の力が弱まるように作ったのだ、その天界にエレナ達は降り立ち、今の地上世界を作り上げた。


 エレナは最高神として、娘より世界を見なければならない、今、それを両立出来れば幸せなのだが、記憶を記すこともそうだが、記憶を本来の形で取り戻し、もし時の力に誓約があるとしたら、ユリナに何が降りかかるか解らない、エレナは母として迂闊なことも出来ないのであった。


 エレナはそう想い涙を流しながら、ムエルテに深く礼をとっている。



「まったく……

立派に神として
役目を果たしておるではないか

涙を流す必要など
どこにあろうか……

しばし辛きは忘れ

記憶を記すが良い

妾が調べて来てやるゆえ
待つが良い……」


 ムエルテはそう言い、その神殿を後にした。

 エレナは去って行くムエルテの姿が、見えなくなるまで礼をしつづけてから、ゆっくりと顔をあげる。


「ムエルテ様……
あなたも黄泉を支配する
最高神の一人だと言うに……

その力は利用しても
その立場に立とうとされませんね


ユリナが考えていた世界

破壊と創造を私が
命と死をあなたが紡ぐ世界……」

 エレナは静かに呟いていた、ムエルテが一度エレナを救う為に、最高神の力を解放したと言うことに気付き、そう呟いていた。


 過去の世界からムエルテは死を司り、地上を気にしていた神であった、それはムエルテの力が死である為に、地上が栄え、多くの命が生み出されれば、死も多く生み出される、それを知っていたムエルテは地上の繁栄を気にしていたのだ。

 無論、今の世界もムエルテにとっては同じであるが、今は命も預かっているので、地上の命が幸せになることも考えている。


 ユリナは光だけが収める、そんな世界にしたくは無かった、その為にムエルテの気付かないうちに、誰もが恐れる死の女神ムエルテに命を与えた。


 エレナにさえやっと解った、ユリナが考えたバランスに気付いて、微笑んでいた。


 エレナにとって、いや……ユリナにとっても、そしてパリィにとっても、ムエルテは頼れる神であった、エレナはムエルテがいてくれて良かったと心から感じていた。





~第十章 セディナ~完
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