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〜第十章 メモリア・セディナ〜

179話❅奇跡を摑み取れ❅

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 パリィの祈りの儀式に、ムエルテとメトゥスが行っていた時、天界に住むエレナの屋敷に珍しい者が訪ねて来ていた。

 エレナとその者は屋敷の庭にいた、白いテーブルと白い椅子が二つあり、その椅子に座りながら話している。


「珍しいですねニヒル様……
絶対神の一人であられるニヒル様が
私に何か話でもあるのですか?」

 最高神となったエレナがニヒルに紅茶を入れながら話す。

 今のニヒルは怒りも治り、かつての獣の様な姿ではなく、長く白い立派な髭を蓄えた老人の姿をしている。


「今日来たのは
なんということはない

一つ頼まれて来ただけだ……」
ニヒルが言う。


「頼まれた?
ニヒル様に祈りを
届かせる程の人間が
地上にいるのですか?」


 エレナはもてなしはするが、なぜかニヒルと親しくする気は無かった、何故か心の底から怒りだけが静かに湧き出している、だが神として理由も無く怒りをぶつける訳にはいかないが、エレナの魂が何かを訴えようとしているのだ。


「エレナよ
そちは古の大陸をしっておるか?」
ニヒルが聞いた。

「古の大陸……
聞いたことはありますが
わたくしは詳しくは知りません」
エレナが静かに言う。


「そちはその大陸で英雄であった
数万を超える兵を操り
この私を止めようとした程のな……」
ニヒルが静かに言う。


「私が?ニヒル様を……
いったい
古の大陸で何があったのですか?」
エレナが聞いた。


「かつての神々……
いや最高神の一人アインは愚かであった
過ちを犯しそれを見ず

過ちを繰り返しておった

そちはその様なことはせぬな……」
ニヒルが言う。


「過ちは誰にでも訪れます
ですがそれを受け止めなければ

神であっても堕落してしまいます
わたくしはそれを見ているだけです」
エレナが静かに言う。


「ならばそちが
カナを消し去ろうとしたことも
そちの過ちであると言うことは解るか?」
ニヒルが静かな面持ちで言う。


 エレナは理解できなかった、カナがパリィとして犯した罪は、この世界で最大の罪、子殺しの罪……それを裁くことがなぜ過ちなのか理解できなかった。

「ムエルテは賢い……
世界を治めるそちを
止めおった……

感謝するがよい……」

ニヒルが言う。

(なぜ……
カナは確かに私に支えて来た天使

でも罪を犯せば
それは平等に裁かなければ
秩序が保てない
最高神である私だからと言って
それは同じこと……

いえ……最高神であるからこそ
そこは厳しくしなければならない……)

 エレナは考えていたが、やはりエレナの中では答えが出ていた、かつての記憶を失っているエレナには到底理解出来なかった。


「やはりオプスの言う通りか……

いっときだけでも

思い出すがよい……」

 ニヒルがそう言いエレナに手を向ける、ニヒルの手には月が描かれた紋章があったが、その月が月蝕のように闇に覆われていく、そして月が全て闇に覆われた時……。


 突如エレナを激しい頭痛が襲った。


 その頭痛は激しく凄まじい勢いで、かつての記憶が心から溢れ出してくる。


 多くの戦い、そしてエレナが号令を発する姿。

 カナを助け救った記憶。


 カナが養女となり娘としてエレナを支えてくれた記憶。


 やがてアルベルトと出会いユリナが生まれた記憶。


 ニヒルが世界を滅ぼそうとした記憶。


 そしてユリナが世界を繋ぐ決意をして、エレナにお別れを言った記憶。

 更にカナがユリナを支えようと手を引くように勇気づけ、時には怒りながらも、守ろうとしていた記憶が鮮明に蘇っていく。


「これは……」

 エレナが頭を押さえ、激しい頭痛に耐えながら呟く、その表情はどれだけの苦痛を味わっているのかが良くわかる程、苦しい表情をしていた。

 エレナとユリナ、そしてカナはエレナにとってかけがえの無い家族だったのだ、エレナは頭が割れるほどの痛みの中で悟った。

 エレナがカナの魂を消せば、自らが子殺しの罪を犯してしまう事に等しいことを、それは世界に大きな歪みが生まれることを意味する。

 それは天界が敵対する、憎悪の神オディウムに、天界を倒す力を与えてしまう可能性も秘めている。

 そして何よりも、エレナが最も大切にしていた愛娘を自らの手で殺してしまうことであった。

(それは出来ぬな
子殺しをした者……
黄泉で罰せねばならぬ

それは定めであり
世の理じゃ……

そう決めたのはそちではないか
それを最高神である
そち自らが破られるおつもりか?)

 エレナはムエルテが以前に、エレナに言った言葉を思い出した。

(だから……
ムエルテは私を止めてくれたの……)

 エレナはそう思い涙を流した、それは頭の痛みでは無い、心の痛みから溢れた涙であった。

 そしていきなりニヒルが、アルベルトの剣を持っている記憶が蘇った。
 ニヒルが世界を滅ぼそうとした時、光神ルーメンであったアルベルトを殺し、エレナの前に現れた時である。

 エレナは凄まじい殺意を放つ、そして記憶の力、ドラゴンナイトに姿を変える。

「ニヒル……
なぜこの記憶まで……」
エレナが頭を押さえ下を向いたまま呟く。


「全て戻さねば
そちが苦悩する……

記憶とはそう言うものだ……」

ニヒルが静かに言う。

 それを聞いたエレナは凄まじい勢いでニヒルに飛びかかる。

 ドラゴンナイトの爪を瞬時に伸ばし、躱そうともしないニヒルを貫く、だがニヒルは動じない……。


「そちの気持ちも理解は出来る」

ニヒルが静かに言う。


「だが何故
最高神としてでは無く
かつての力を使ったのだ……」
ニヒルが聞いた。


「それは……
ユリナに頼まれたから……

間違えないでねって……」
エレナが涙を流しながら言った。


 それは今、最高神としてエレナがいるのは全てユリナが導いたからである。

 その力を使い絶対神に刃を向けるのは、あってはならないことであった。

 エレナはかつての力、祝福の力、今は存在しない過去の者としてニヒルを貫いたのだ。

 せめて一太刀、かつて歯が立たなかったニヒルに一撃でも浴びせなければ、エレナのその怒りは抑えることは出来なかった。


 静かな時が訪れ、ただ悲しむエレナの僅かな声が聞こえる。

 エレナがニヒルの体からドラゴンの爪を抜き、立ち尽くしている。

「見るがよい……」
ニヒルがそう言い、エレナが再びニヒルを見た時、ニヒルは今まで包み隠していた自らの心の扉を開いていた。


 その記憶をエレナは見て驚くしか無かった。


 ユリナが漆黒の闇の中、虹色に輝き暗黒を放つ獣と戦っている。

 闇の神剣暗黒を振り、邪悪とも言える巨大な悪魔の様な獣と戦っている、それは長く長く百年、二百年と続く、両者は休む事なく、寝ることもなく戦い続ける。

 そしてエレナは、ユリナがその魔物に語り、訴えながら剣を振っているのに気付いた。

「一人じゃないから……

あなは一人じゃない……


あなたがディアボルスとして
オプス様の元に行ったのは……
世界を……
滅ぼそうとして行ったんじゃないっ!

そうなんでしょっ⁈⁉︎」

ユリナが聞いている。


 その獣は叫ぶ。

「うるさいっ

我は罰しに行ったのだっ!

あの神と言えぬ者が神としっ!
のうのうとする世界をっ‼︎‼︎」


「ちがう……

それならなんで……
オディウムだけを倒したの?

二度目の戦いで
他の冥界の神も倒せたはずっ!!」

 ユリナが叫びながら聞いている。


「いえっ
それよりも前にっ!
あなたは滅ぼせたはずっ!

なぜオディウムだけを滅ぼしたのっ⁈」


 ユリナは解っていた、光と闇は共存するが、多くの感情神が差別され冥界を作り、最初の冥界の支配者は、憎悪の神オディウムであった、それを居場所を探し求めて来た、死の女神ムエルテが力でオディウムからその座を奪った。

 そう……ムエルテはオディウムが支配してはならない物に気付いていた、憎しみを司る神であるオディウムが世界を支配する、それはあってはならないことであった。


 ユリナが戻って来るのが遅かったのは、世界を再び作り直すために、過去の世界がなぜ保たれたのかを知りたかったのだ、それを調べる為に過去の世界の冥界の隅々まで調べようとしていた、そしてある時……。

 冥界で、赤く美しい豪華な椅子の前で、オディウムに鎌を向けるムエルテが言った。

「そちにその椅子は似合わぬ……

赤い血の様に美しいこの椅子は
死を表していると思わぬか?
そう……
妾にこそふさわしい……

冥界を去れとは言わぬ
だが……
大人しく妾に譲が良いっ!」

 ムエルテがオディウムに強く力で奪おうとしている、ユリナが見てきた記憶をニヒルが知り、その記憶をエレナは見ていた。


「お前……
この俺を甘く見てるだろ?
貴様の様な神など

俺から見ればくだらない神に過ぎない」

 オディウムがそう言い、憎悪の力を解き放ちムエルテの顔面をいきなり殴り飛ばした、その速さはムエルテが目で追えない程であった。

 その一撃で、ムエルテの首が吹き飛ばされ、その体は力なく倒れる。

「この世界は
憎しみに溢れているんだぜ?

愚かな神々のおかげでな
その憎しみの力の前に……」

 オディウムがそこまで言った時、ムエルテの首を失った体が、音も無く立ち上がる。


「愚かな……

妾は死じゃ……

死を殺せるとでも思っておるのか?」


 ムエルテの首が、そう言いながら静かに飛んで来て自らの体と繋がる……。
 それを見たオディウムは、恐れもせずに静かにその場から立ち去った、ムエルテの本質を見抜いたのだ。

 ムエルテが感情神でも現実神でもない、全く別の神であると。


「憎悪……
やつは世界を滅ぼすことしか
考えておらぬ……

面倒なやつじゃ……」

ムエルテが小さく呟いていた。


 ニヒルがオディウムだけを倒したのは、世界に争いを振り撒く存在であったオディウムを、滅ぼし少しでも世界を守ろうとしたのだ、だがその異形をアインは見抜くことが出来なかったのだ……。

 エレナはそれを聞き、太古の昔からムエルテが世界を気にしていたことを知る、そしてその上で天界に復讐をしようとしていたこと、そしてオプスは天界で唯一、地上をこよなく愛し世界を守ろうとした女神、この二人の気が合うのは当然のことであった。


「私は知ったのだ……
私だけではなかったことを

神々の中で
形は違えど
過ちを罰しようとした神がいたことを

そして時と言う友が
私のそばに居たことも……
私は一人ではなかったのだ……」

 ニヒルがそう言い立ち去ろうとした時、庭の入り口に一人の老婆がいた、その老婆は丁寧にお辞儀する、黄泉の国に居た老婆だ。

 その老婆がエレナに向かい優しく微笑むと光り輝き、姿が変わりだし光の中で言う。

「エレナさん……
気を落とさないで下さい

あなたが言い続けた言葉を
忘れないで下さいね」

 その者が優しい、若い女性の声でそう言い姿が現す。

 全身が赤と黒のバラを、包まれるようにまとっている、花と破滅の女神、フローディアがそこにいた。

「フローディア様……」

 エレナが自らのフロースデア家の始祖にあたるフローディアの名を呟いた。

「やめて下さい
あなたは既に最高神です
私のことは
フローディアと呼んでください」

フローディアが微笑みながら話す。

「私が言い続けた言葉……」
エレナはそう言い、自らの号令を思い出した。

「奇跡を……摑み取れ……」

 エレナが呟いた時、過去の世界で出来る確信の無いものを、ひたすら追いかけていた自らの姿が脳裏に鮮明に浮かびあがって来ていた。

 ユリナはあの後一千年に渡り、ニヒルと戦い続けた、無が支配する世界でも戦い、そして時が支配する世界でも戦い、エレナが言い続けた、奇跡を掴み取ろうと戦い続けたのだ。

 エレナを最高神にするためにニヒルを認めさせる為に……。


 時を戻すだけでは終わっていなかったのだ。


出来るか解らない!
出来るとは言えないが!
出来なくはない‼


解るか!戦わなくては勝てない!
戦わなければ滅びる!
勝たなければ!我ら一族が滅びる!
皆よ!奇跡を摑み取れ‼︎‼︎


 エレナが言ったその言葉がユリナを支え続けていたのだ。
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