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〜第九章 メモリア・白き風〜

164話❅パリィの命❅

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「あれ?
オプス様……オプス様?」
 ユリナがそのパリィ達を見守りながら、距離を置きアイファスの一行を追っている時に、闇の神剣暗黒にオプスが居ないことに気付いた。

「どこに行ったのかしら……」
ユリナが呟いた。



 その頃、闇の女神オプスは漆黒の空間にいた、そして声が響く。


「珍しいな……
お前がここに来るとは……」
その声は過去の大陸を無に返そうとした者の声だった。

「ニヒル……」
オプスが呟く。

「どうした?」
漆黒の闇にニヒルの声が響く。

「今日はあなたに願いがあって来ました

ユリナさん……
いえっ‼︎
時の女神テンプスと同等である

絶対神無の神ニヒルにしか
叶えられない願いです‼︎」
 闇の女神オプスが気を強く持ちニヒルに叫ぶように言う。


「なんだ?
それは……
我にしか叶えられない願いとは……」
ニヒルが興味を持つように聞いた。

「これはテンプスも願うことです。

私は知っていましたが
テンプスにお伝えしていいのか

それも解りません

何よりもそれが正しいのかも解りません」
闇の女神オプスが静かに言う。


「ますます珍しいな……
そなたほど賢い女神が解らぬとは
なんだ?言ってみろ」
無の神ニヒルが言う。


「…………」


オプスが静かに口ずさんだ。


「なるほど……
確かに我ならそれは容易い

無は全てを生み出す
だがそうなった訳を
そちは知っておるだろ?」

ニヒルが言った。

「それは解ります
そうであった方が
多くの人々が、いえ……
全ての命が平等で
全ての人が多くを学べます

ですから
そうであるべきなのです

ですが……」
オプスが目を伏せながら言う。

「叶えたいのか?」
ニヒルが聞いた。

「叶うものなら……」
オプスが静かに言った。

「そちの瞳を我に返すか?」
ニヒルが聞いた。

 無論ただでは無いと言うことだ、何かを得る為に、何かを支払うその代価をニヒルが要求して来たのだ……。

 オプスは少し悩んだ、それは先ほどのニヒルの質問に応えきってない気がしたのに、代価を要求されたのだ、瞳を返すことはオプスにとっては迷いはないが、それが悩ませた。

(そうなる理由……
確かにその方がいい
新しい人生に過去のしがらみは
ない方がいい筈です……

なんでそんなことを……
なんでそんな質問をして来たの……)
オプスが考えていた。

「覚悟は出来ていないのだな……
オプスよ」
ニヒルが言った。

「いえっ!
この瞳を返してもいいっ‼︎

ですからっ!
私の願いっ‼︎

…………を叶えてくださいっ!」

 オプスが悩みを振り払ってニヒルに願う。


「瞳などいらぬ……
去るがよい」

 ニヒルがそう静かに言い、その漆黒の空間から追い出されるように、オプスは暗黒の中に戻されていた。

(ニヒル……)
闇の女神オプスが小さく呟いた。



 其れから二日間、雪が降り三日後からはよく晴れ予定より速く進み、六日後には後二日でグラキエス山脈を越える所に来た。
 少し離れた場所に朽ちた砦が見える、千年前のマルティアの砦だ。

 五千程の兵が立て篭れる砦で、千年前の戦いで陥落し破壊された砦である。
 マルティアを再建した場合、この辺りに砦を築く必要がある、この辺りは交易の為にも、防衛の為にも重要な場所だからだ。

 パリィは複雑な思いでその砦を見つめていた。

 その砦より先に暫く進んだ場所で、その日は夜営する事にした。
 その晩パリィは、眠る前に僅かな胸騒ぎがした。アイファスで夢を見た時にも感じていた胸騒ぎだ。

 この胸騒ぎがすると、何時も記憶に関わる夢を見ていた、パリィは場所が場所なだけに落ち着かなかった。

「パリィさん
落ち着かないのですか?」
テリアが気にしてくれた。
「ううん……大丈夫
明日も早いから休みましょう」
パリィはそう言い休みはじめる。



 やはり夢を見た……



 この辺り一面に兵達が陣を張っている、マルティアの軍だ。

「マルティア軍……
まさかグラキエスの戦い……」
 パリィが呟き空の上からマルティア軍を見ていた。

 見たところ六万程の軍勢で、マルティア全軍の七割を越える軍隊である事を直ぐに把握した。

 雪国最大と言っても自然が厳しい為に、人口は少しずつしか増えない、その為に国土の割には兵は少ないのである、それでも自然を味方につける戦いを、パリィが指揮する為に、少数でも十分だった。


 だがこの時はパリィは既に命を落としてしまっている、勝敗は見えていた。

 マルティア軍は守りを固め布陣しているが、ベルス帝国は十万を超えている。

 ベルス帝国の先鋒隊が突撃し、絶望的な戦いが始まった。


 初めてだろうか空から見た夢は、戦いの様子が手に取るように解る、マルティア軍の布陣は確かに良いが連携が取れていない、既に士気の低下が始まっていたのだ。

 隊長達は兵を鼓舞し防衛線を守ろうとしているが、簡単に押し込まれていく。

 次々とマルティアの兵は命を落としていく、広大な雪原が血でポツポツと赤く染まって行く、その様子を見てパリィは自分自身がマルティア国そのものだった事に気づく。


 マルティアは何度も苦しい防衛戦を戦い抜いて来た、側から見れば、守れない戦いも守り抜いて来た。
 その戦いで兵達は、絶望の色は一切見せないパリィの存在が、兵達にとっては希望そのものだった。

 だがこの戦いの夢は、兵達が苦闘し、絶望し敗走していく、一戦もせずに後退し撤退する部隊までいる。
 マルティア軍は崩れ、戦線を維持出来なくなり僅かな間で二万以上の兵が命を落とし、撤退しだした。


 パリィは悲しみを通り越して、声も出せずにいた。

 この地での敗退は、マルティア国の崩壊を意味する、極北地域の大軍を送れる唯一の入り口、ここは数で劣っても対等に戦える地形なのだ、誘導も何もせずに、敵は必ずここを通る、だがこの地を抜かれてしまえば極北地域に敵が幅広く攻め入ってしまう。

 この敗走を見てパリィは、これから一ヶ月以内にマルティア国が、滅亡した事を推測した、以前に見た夢で指揮官が言っていた。

「くそっ!女王様がご存命なら……」

その言葉を思い出した。


 パリィの命が、パリィ一人のものでは無い事を解ってはいたが、深過ぎる程に思い知らされ、それは今も同じだと言う事にも気付かされた。



 パリィは目を覚ますと、天幕の中にはテミアとテリアが居なく、既に起きている様で天幕から出ると日が登り始めている。


 パリィはそっと魔法の指輪から『風の劔』を出して、剣を振り始めた。


その剣技は美しく舞っている様にも見えた。


 だがパリィからすれば全く振れていない、雪に足が取られてしまい足の運びが上手くいかないのだ。
 この前のイエティとの戦いで、自分から走れない辛さが強くあった。


 相手が人や同じ様に足を取られる者なら、戦えるが巨大で足を取られない相手でも、馬に頼らず戦える様になりたいと、パリィは感じていた。

 命を落としてはならない。

 パリィはまず、今出来る事から鍛錬を始めた。


「俺が相手になろうか?」
不意にパリィは声をかけられた、セドだった。

 セドは今護衛団にいる、パリィに直接雇って貰いたいが、中々難しいと思いとりあえず護衛団に入ったのだ。

「足がまだ甘いぜ
深雪に慣れてないのか?」
そう言いながら寄って来た。

 パリィはいきなり何も言わずにセドに斬りかかった。
 斬るつもりは無く寸止めするつもりだったが、セドは素早くそれを払いパリィとの距離を詰めた。

 パリィは驚いた、あっという間に懐に入られてしまったのだ、これがアイファスの戦いであったらパリィ確実に斬られていた。


「俺はパリィと違って弓は使わない
剣しか使えないからな……
冬はいい練習になる
常に足を取られ満足に動けないからな」
セドがそう言いパリィは思い出した。

 セドの足捌きはパリィを超えている、あの時、剣を交えてパリィは足を払われ転倒した、それはセドの努力の力だった。


 パリィは黙ってセドに劔を向けた、セドは小さく口で微笑み構える。セドから斬りかかり二人は登る朝日照らされ剣を交えた。

 暫く続き何度もパリィは足を払われ、転倒し雪まみれになる。

「まだまだだな」

 セドが笑いながらパリィに言ったその時、セドの顔面に雪玉が直撃した。

パリィが雪玉を投げつけたのだ。

 パリィは立ち上がりセドを指差して笑った。

「このヤロー!」

 セドが剣を鞘に納め雪玉を投げ返す、パリィはそれをスッと躱した。

(意外と練習になるかも……)

パリィは少し笑いながらそう思った。

「テメェ動けるじゃねーか!」
セドが怒っている。
「女の子相手にムキになってる!」
パリィは笑いながらそう言い雪を投げ返した。

 そしてセドが追いかけようとした時、セドは後ろから雪玉を投げられ、後頭部に直撃した。
 テミアとテリアが来てセドに雪玉を投げつける。

「お前らー!」

 四人は暫く青空の下で雪を投げ合い、笑い声がグラキエス山脈に響き渡っていた。


 朝日もすっかり登り、朝食の支度も出来た様だ、パリィは息を切らしていた、散々深雪の中で走り回り雪合戦していたのだ。
 汗もかいていた、この旅に出て初めてだった、こんなに楽しんだのは。

「セド、また宜しくね」
パリィがセドに声をかけた。

「あぁ
いいぜ俺も剣は磨きたいしな……
ってっ!雇ってくれないのか?」


「えぇ、雇う気は無いわよ
でも……
マルティア国を再建出来たら
考えてあげる」
パリィは笑顔でそう答えた。

 セドの剣の腕はあの時から知っていた、それだけでは無く、彼が意外と努力家なのも知った、パリィがセドの事を見直した日でもあった。
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