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〜第九章 メモリア・白き風〜

163話❅死者の村❅

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その日の晩……

「パリィ様、パリィ様……」

 パリィはバイトに起こされた、雪見の洞穴内でパリィとテミア姉妹の天幕を張り暖を取り、テミア達と休んでいた。

「どうしたのですか?
バイトさん」

「見張りが怪しい気配を感じる様ですが
探索しても、何も居ないのです。
パリィ様の嗅覚でも何か感じませんか?」

 そうバイトに言われ、パリィは護衛を連れて外にでて意識を集中させてみる。

 早春の冷たい風が肌を冷やす……。
冷たい空気を吸い込み何も臭いは感じない、だが何かの気配は離れた所に感じた。

 空を見上げると、その夜空はまだ冷たい早春の空気によって澄み切っていて、満天の星々が美しくその気配を忘れさせる程だった。

 パリィは警戒を怠らない様に伝え、念の為に魔除のまじないを洞穴周辺に施し、洞穴内の天幕に戻り、静かに休んだ。

 その夜は何事も無く、翌朝全員が食事を済ませ出発した。
 見張りの報告によると、一晩中気配はしたが明け方にはいつの間にか、気配は消えていた様だった。

 グラキエス山脈を迂回すると言っても完全に迂回してる訳ではない、山脈東側は切り立った厳しい山がなく、いつ頃からか解らないが使われなくなった街道がある、その街道を使い低い山を超えて行くのだ。


 パリィはその街道を良く知っていた、マルティア国が極北地域と北方地域の交通の要として、パリィがマルティア国をあげて元々あった道を整備したのだ、その名残が今でも残っているのをパリィは時折見かけていた。


「バイトさん
この先にあるテンタルトの村で
少し休みましょう」
パリィが言う。

「パリィ様
残念ながら……
テンタルトはベルス帝国の侵攻により
村人の殆どが殺されてしまい
一部の者が逃げましたが
冬のグラキエス山脈で凍えてしまい
一人も生き残れなかった様です……」

 バイトは重い表情でそう伝えた、パリィも顔を曇らせる、パリィが極北地域に向かう目的はマルティアを再建するだけでは無い、その為に、バイトは包み隠さず知っている事をパリィに伝えた。


 パリィが命を絶ってしまった後のマルティアの記憶を知る為でもある。それはパリィがマルティア国に近くにつれて苦しい記憶を知って行くことになる。
 覚悟していたが、やはり胸を切り裂かれる思いがしていた。


「パリィよ……
よく知るが良い

妾がなぜそなたをかくまいながらも……

罰したか

その意味を知るがよい……」
ムエルテが寂しそうに空の上で呟く。


 ムエルテは黄泉の国でパリィをかくまうために連れて行った、それはパリィの魂の母と言える最高神となったエレナの怒りを、最大の罪とエレナが定めた、子殺しをパリィが犯してしまい、エレナの怒りをかってしまったからだ。
 エレナはパリィが、エレナの前世の娘カナだと言うことを忘れてしまっている、エレナがカナの魂を消し去ってしまうかも知れない、その様な悲しすぎる悲劇を起させないように、ムエルテが支配する黄泉の国にパリィをかくまったのだ。

 だがムエルテはパリィを別のことで罰した。


 そして、暫く進みテンタルトの村があった場所を見下ろせる場所についた。
テンタルトは街道より低い位置にあり、街道から分かれ道を下って行く……
その分かれ道は誰も使ってなく、雪が降り積もり寂しさを物語っている。


「そ……そんな馬鹿な……」
バイトが目を見開きテンタルトを見下ろし、驚きの声で言う。
パリィが見下ろし驚いた表情をした。

 昔のままのテンタルトがあり、子どもが遊んでいる。

 パリィも目を疑ったが、今朝の護衛の報告を思い出した。
 バイトがテンタルトに人を送り様子を見て来させようとしたが、パリィは何も言わずに手だけでそれを止めた。


 風がテンタルトの方から吹いている……
だが……人の匂いがしない……。

 それどころか、家の煙突から煙が出ているが、煙の匂いもしなければ、幾ら耳を澄ませても、火を燃やす音も無い。


 そう見えているだけで、人の……いや生者の発する温もりが一切ないのだ。

死者の村だ……

「静かに……行きましょう……
テンタルトはありません
先を急ぎましょう」
パリィは深く深く悲しみ、そう指示をだした。



「そなたの前世……

フロースデア・カナであれば
あの様な過ちはおかさなかったろうに

記憶を失うとは
ふびんでならぬものよの……」
ムエルテが呟いた。

 ムエルテが罰したのは、パリィが女王としての役目を果たせなかったことであった。

 ただの女王であれば、ムエルテも罰さなかっただろう、だがパリィが女王でなく女としての死を選んでしまった、その死はマルティア国の数万の民に死を齎した、それどころかペルス帝国を止められる大国、マルティア国が滅んでしまった為に、世界中に凄まじい災がもたらされたように、とてつも無い数の死が齎されてしまった。

 ムエルテは死の女神であるが、命の女神でもある、ムエルテが守り抜き、この世界に導いた、あまたの命が奪われてしまったのだ、ムエルテはそれをパリィの罪とし、パリィを罰したのだ。


 幾度かエレナにその罰が軽く無いかと言われたが、ムエルテはそれを退け続け、パリィをかくまいつつ、パリィにその罪の重さを伝える為に罰したのだ。


「ムエルテ様?
オルトロスが動いているようです
私が少し南を見て参ります」

 カイナが、ムエルテの手に描かれた六芒星から現れて言う。

「かまわぬ行って参れ
じゃがオディウムがいたら手を出すな
妾はそちの死を許さぬ……

よいな?」

ムエルテが言う。

「はい……
では、行って参ります」
カイナはそう答え、南の方に飛び去って行った……。


「カイナ……
そなたはあの時……
妾が救えた唯一の者
死は許さぬぞ……」

 ムエルテは優しい瞳でカイナの飛んで行く姿を見て呟いていた。




 パリィは溢れる涙が止まらなかった、最後にキリングが言っていた様に、あの千年前にキリングが言ってた様に、ベルス帝国に従えば良かったのか?。

 ベルス帝国の皇帝は、何十人の美しい女性を欲望の為に集めたと言われている、子も多すぎる程に増え、正室と側室以外の女性と子は闇に葬ったと言われる程、獣の様な男だった。

 その昔、パリィはそれに従う筈がなかった、そしてキリングはパリィを皇帝に渡さない為に、そして人々を守ろうとした。

 その答えが反乱を起こし、愛するパリィの命をせめてキリングの手で取り、誰かを王に即位させ、ベルス帝国に服従し民を守ると言う答えだった。


 パリィはあの時、まだ魂が肉体に残っていた時に、キリングが悲しみ不器用でも必死愛してくれていたことを、キリングがパリィの亡骸を抱きしめてくれので知る。

 その時にパリィは、キリングの魂の手を取り、キリングの記憶を垣間見る。

 キリングが何故反乱を起こしたか、深く深くパリィを愛し守ろうと必死になって苦悩したが手がない事に絶望した。


時代と言う嵐に
時代と言う激流に
全てが吹き飛ばされ
押し流されてしまう

その計り知れない
苦しみと悲しみを考え抜いて
導いた答えだったのだ……。


 パリィの魂はキリングの魂と手を取り合い、それを知り深い愛を知り涙を流し、心からキリングを許し、深い愛のこもった口づけをした、その一度の口づけだけで二人の魂は全てを語り合えていた。


 だがその時、凄まじい悲しさをたたえる闇がパリィの魂の背後に現れ、二人を引き裂く様にパリィを吸い込もうとした。

 それがムエルテの力であることを二人は知らない……。

 キリングはパリィの腕を掴み引き戻そうとし二人の魂は吸い込まれ、黄泉の世界で離れ離れになってしまったのだ。


その時の事をパリィは思い出している。


(何も悩むな前に進めパリィ……
お前のために)

 キリングの魂を写した手鏡から、キリングの声がパリィの心に響いた。
 そして溢れ出す涙を拭い、テンタルトの村に冥福を祈り、パリィはその場を後にした。


 そしてその晩、パリィ達は街道に夜営を張った雪馬車を上手く利用して天幕を大きく張る。

 パリィは一人外に出て星に祈っていた。

 テンタルトの人々の魂達が早く天に登れる様に祈り、次に月に向かい月の女神ルーナに、世の平穏を願い祈りを捧げた。
 瞳を瞑り一人、夜空に向かい祈りを捧げるパリィは月の光を受け、この世を忘れさせる程に美しく幻想的であった。


 その時、そっと北風が吹き静寂の中で、静かな風の音に紛れて小さく声が聞こえた。


「お姉ちゃん
ありがとう……
祈ってくれて」


 幼い子供の声だった、パリィは静かに瞳を開くと、目の前に少年が居た。
 アイファスの者ではない、テントリアの子だ。

 その姿は半透明で生者でない事が一目で解った、人間の子でまだ十か十一程の歳の子だった。

 パリィは悲しくなった、悲しみが溢れどうしようも無いくらいに、自分が死んでしまった為に、女王としての生涯を閉じなかった為に、この幼い子が殺されてしまったかと思うと、最大の罪と言われる子殺しの罪、その訳を深く深く知った。

 光あり夢や希望に溢れた幼い子達の未来が奪われる、其れを親が奪う事、どれ程罪深いことかをパリィは思い知らされた。


 その時、凄まじい激痛が下腹部を襲った、あの時の痛みだ、パリィが自ら命を経つ前にお腹の子を殺す為に自ら刺した時の痛みだ。


「お姉ちゃん大丈夫?」

 幼い子どもの魂がパリィを心配し声をかけて来た、その子の優しい眼差しが更に痛みを強めて行く。

 それは肉体的な痛みではない、精神的な痛みが肉体に現れているのだった。

 苦痛に耐えパリィは必死になって笑顔を見せる。
「大丈夫だよ
お姉ちゃん調子悪いの
もう休むから村にお帰り」
パリィが痛みに耐え、苦痛の色を僅かにこぼしながら優しく言う。


「うん、解った!
お姉ちゃん早く元気になってね!」

 そう言うとその子は夜の闇の中、明るい笑顔で村に向かい走って行くが、ふいに振り向きパリィに向かい大きな声で言った。


「女王様、おかえりなさーい!」


 その子はパリィを知っていたのだ、あれから千年テンタルトの村人は、死後もパリィが帰ってくる事を知っていたのだろうか、その少年は明るい笑顔で手を振り、パリィも手を振り少年を見送った。
 少年はまるでパリィを出迎える様に、村に寄って欲しかったかの様に、その少年の声は明るくて温かかった。

 まるでマルティアの民はパリィを怨んでいないように、暖かい声であった。


 気づけば腹部の痛みは引いていた。パリィは嬉しくもとても悲しく、複雑な気持ちで涙を流していた。
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