174 / 234
〜第九章 メモリア・白き風〜
163話❅死者の村❅
しおりを挟むその日の晩……
「パリィ様、パリィ様……」
パリィはバイトに起こされた、雪見の洞穴内でパリィとテミア姉妹の天幕を張り暖を取り、テミア達と休んでいた。
「どうしたのですか?
バイトさん」
「見張りが怪しい気配を感じる様ですが
探索しても、何も居ないのです。
パリィ様の嗅覚でも何か感じませんか?」
そうバイトに言われ、パリィは護衛を連れて外にでて意識を集中させてみる。
早春の冷たい風が肌を冷やす……。
冷たい空気を吸い込み何も臭いは感じない、だが何かの気配は離れた所に感じた。
空を見上げると、その夜空はまだ冷たい早春の空気によって澄み切っていて、満天の星々が美しくその気配を忘れさせる程だった。
パリィは警戒を怠らない様に伝え、念の為に魔除のまじないを洞穴周辺に施し、洞穴内の天幕に戻り、静かに休んだ。
その夜は何事も無く、翌朝全員が食事を済ませ出発した。
見張りの報告によると、一晩中気配はしたが明け方にはいつの間にか、気配は消えていた様だった。
グラキエス山脈を迂回すると言っても完全に迂回してる訳ではない、山脈東側は切り立った厳しい山がなく、いつ頃からか解らないが使われなくなった街道がある、その街道を使い低い山を超えて行くのだ。
パリィはその街道を良く知っていた、マルティア国が極北地域と北方地域の交通の要として、パリィがマルティア国をあげて元々あった道を整備したのだ、その名残が今でも残っているのをパリィは時折見かけていた。
「バイトさん
この先にあるテンタルトの村で
少し休みましょう」
パリィが言う。
「パリィ様
残念ながら……
テンタルトはベルス帝国の侵攻により
村人の殆どが殺されてしまい
一部の者が逃げましたが
冬のグラキエス山脈で凍えてしまい
一人も生き残れなかった様です……」
バイトは重い表情でそう伝えた、パリィも顔を曇らせる、パリィが極北地域に向かう目的はマルティアを再建するだけでは無い、その為に、バイトは包み隠さず知っている事をパリィに伝えた。
パリィが命を絶ってしまった後のマルティアの記憶を知る為でもある。それはパリィがマルティア国に近くにつれて苦しい記憶を知って行くことになる。
覚悟していたが、やはり胸を切り裂かれる思いがしていた。
「パリィよ……
よく知るが良い
妾がなぜそなたをかくまいながらも……
罰したか
その意味を知るがよい……」
ムエルテが寂しそうに空の上で呟く。
ムエルテは黄泉の国でパリィをかくまうために連れて行った、それはパリィの魂の母と言える最高神となったエレナの怒りを、最大の罪とエレナが定めた、子殺しをパリィが犯してしまい、エレナの怒りをかってしまったからだ。
エレナはパリィが、エレナの前世の娘カナだと言うことを忘れてしまっている、エレナがカナの魂を消し去ってしまうかも知れない、その様な悲しすぎる悲劇を起させないように、ムエルテが支配する黄泉の国にパリィをかくまったのだ。
だがムエルテはパリィを別のことで罰した。
そして、暫く進みテンタルトの村があった場所を見下ろせる場所についた。
テンタルトは街道より低い位置にあり、街道から分かれ道を下って行く……
その分かれ道は誰も使ってなく、雪が降り積もり寂しさを物語っている。
「そ……そんな馬鹿な……」
バイトが目を見開きテンタルトを見下ろし、驚きの声で言う。
パリィが見下ろし驚いた表情をした。
昔のままのテンタルトがあり、子どもが遊んでいる。
パリィも目を疑ったが、今朝の護衛の報告を思い出した。
バイトがテンタルトに人を送り様子を見て来させようとしたが、パリィは何も言わずに手だけでそれを止めた。
風がテンタルトの方から吹いている……
だが……人の匂いがしない……。
それどころか、家の煙突から煙が出ているが、煙の匂いもしなければ、幾ら耳を澄ませても、火を燃やす音も無い。
そう見えているだけで、人の……いや生者の発する温もりが一切ないのだ。
死者の村だ……
「静かに……行きましょう……
テンタルトはありません
先を急ぎましょう」
パリィは深く深く悲しみ、そう指示をだした。
「そなたの前世……
フロースデア・カナであれば
あの様な過ちはおかさなかったろうに
記憶を失うとは
ふびんでならぬものよの……」
ムエルテが呟いた。
ムエルテが罰したのは、パリィが女王としての役目を果たせなかったことであった。
ただの女王であれば、ムエルテも罰さなかっただろう、だがパリィが女王でなく女としての死を選んでしまった、その死はマルティア国の数万の民に死を齎した、それどころかペルス帝国を止められる大国、マルティア国が滅んでしまった為に、世界中に凄まじい災がもたらされたように、とてつも無い数の死が齎されてしまった。
ムエルテは死の女神であるが、命の女神でもある、ムエルテが守り抜き、この世界に導いた、あまたの命が奪われてしまったのだ、ムエルテはそれをパリィの罪とし、パリィを罰したのだ。
幾度かエレナにその罰が軽く無いかと言われたが、ムエルテはそれを退け続け、パリィをかくまいつつ、パリィにその罪の重さを伝える為に罰したのだ。
「ムエルテ様?
オルトロスが動いているようです
私が少し南を見て参ります」
カイナが、ムエルテの手に描かれた六芒星から現れて言う。
「かまわぬ行って参れ
じゃがオディウムがいたら手を出すな
妾はそちの死を許さぬ……
よいな?」
ムエルテが言う。
「はい……
では、行って参ります」
カイナはそう答え、南の方に飛び去って行った……。
「カイナ……
そなたはあの時……
妾が救えた唯一の者
死は許さぬぞ……」
ムエルテは優しい瞳でカイナの飛んで行く姿を見て呟いていた。
パリィは溢れる涙が止まらなかった、最後にキリングが言っていた様に、あの千年前にキリングが言ってた様に、ベルス帝国に従えば良かったのか?。
ベルス帝国の皇帝は、何十人の美しい女性を欲望の為に集めたと言われている、子も多すぎる程に増え、正室と側室以外の女性と子は闇に葬ったと言われる程、獣の様な男だった。
その昔、パリィはそれに従う筈がなかった、そしてキリングはパリィを皇帝に渡さない為に、そして人々を守ろうとした。
その答えが反乱を起こし、愛するパリィの命をせめてキリングの手で取り、誰かを王に即位させ、ベルス帝国に服従し民を守ると言う答えだった。
パリィはあの時、まだ魂が肉体に残っていた時に、キリングが悲しみ不器用でも必死愛してくれていたことを、キリングがパリィの亡骸を抱きしめてくれので知る。
その時にパリィは、キリングの魂の手を取り、キリングの記憶を垣間見る。
キリングが何故反乱を起こしたか、深く深くパリィを愛し守ろうと必死になって苦悩したが手がない事に絶望した。
時代と言う嵐に
時代と言う激流に
全てが吹き飛ばされ
押し流されてしまう
その計り知れない
苦しみと悲しみを考え抜いて
導いた答えだったのだ……。
パリィの魂はキリングの魂と手を取り合い、それを知り深い愛を知り涙を流し、心からキリングを許し、深い愛のこもった口づけをした、その一度の口づけだけで二人の魂は全てを語り合えていた。
だがその時、凄まじい悲しさをたたえる闇がパリィの魂の背後に現れ、二人を引き裂く様にパリィを吸い込もうとした。
それがムエルテの力であることを二人は知らない……。
キリングはパリィの腕を掴み引き戻そうとし二人の魂は吸い込まれ、黄泉の世界で離れ離れになってしまったのだ。
その時の事をパリィは思い出している。
(何も悩むな前に進めパリィ……
お前のために)
キリングの魂を写した手鏡から、キリングの声がパリィの心に響いた。
そして溢れ出す涙を拭い、テンタルトの村に冥福を祈り、パリィはその場を後にした。
そしてその晩、パリィ達は街道に夜営を張った雪馬車を上手く利用して天幕を大きく張る。
パリィは一人外に出て星に祈っていた。
テンタルトの人々の魂達が早く天に登れる様に祈り、次に月に向かい月の女神ルーナに、世の平穏を願い祈りを捧げた。
瞳を瞑り一人、夜空に向かい祈りを捧げるパリィは月の光を受け、この世を忘れさせる程に美しく幻想的であった。
その時、そっと北風が吹き静寂の中で、静かな風の音に紛れて小さく声が聞こえた。
「お姉ちゃん
ありがとう……
祈ってくれて」
幼い子供の声だった、パリィは静かに瞳を開くと、目の前に少年が居た。
アイファスの者ではない、テントリアの子だ。
その姿は半透明で生者でない事が一目で解った、人間の子でまだ十か十一程の歳の子だった。
パリィは悲しくなった、悲しみが溢れどうしようも無いくらいに、自分が死んでしまった為に、女王としての生涯を閉じなかった為に、この幼い子が殺されてしまったかと思うと、最大の罪と言われる子殺しの罪、その訳を深く深く知った。
光あり夢や希望に溢れた幼い子達の未来が奪われる、其れを親が奪う事、どれ程罪深いことかをパリィは思い知らされた。
その時、凄まじい激痛が下腹部を襲った、あの時の痛みだ、パリィが自ら命を経つ前にお腹の子を殺す為に自ら刺した時の痛みだ。
「お姉ちゃん大丈夫?」
幼い子どもの魂がパリィを心配し声をかけて来た、その子の優しい眼差しが更に痛みを強めて行く。
それは肉体的な痛みではない、精神的な痛みが肉体に現れているのだった。
苦痛に耐えパリィは必死になって笑顔を見せる。
「大丈夫だよ
お姉ちゃん調子悪いの
もう休むから村にお帰り」
パリィが痛みに耐え、苦痛の色を僅かにこぼしながら優しく言う。
「うん、解った!
お姉ちゃん早く元気になってね!」
そう言うとその子は夜の闇の中、明るい笑顔で村に向かい走って行くが、ふいに振り向きパリィに向かい大きな声で言った。
「女王様、おかえりなさーい!」
その子はパリィを知っていたのだ、あれから千年テンタルトの村人は、死後もパリィが帰ってくる事を知っていたのだろうか、その少年は明るい笑顔で手を振り、パリィも手を振り少年を見送った。
少年はまるでパリィを出迎える様に、村に寄って欲しかったかの様に、その少年の声は明るくて温かかった。
まるでマルティアの民はパリィを怨んでいないように、暖かい声であった。
気づけば腹部の痛みは引いていた。パリィは嬉しくもとても悲しく、複雑な気持ちで涙を流していた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした
田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。
しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。
そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。
そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。
なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。
あらすじを読んでいただきありがとうございます。
併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。
より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜
KeyBow
ファンタジー
主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。
そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。
転生した先は侯爵家の子息。
妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。
女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。
ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。
理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。
メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。
しかしそう簡単な話ではない。
女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。
2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・
多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。
しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。
信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。
いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。
孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。
また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。
果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・
ハズレスキル《創造》と《操作》を持つ俺はくそみたいな理由で殺されかけたので復讐します〜元家族と金髪三人衆よ!フルボッコにしてやる!~
ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ハルドン伯爵家の三男として生まれた俺、カインは千万人に一人と言われている二つのスキルを持って生まれてきた。だが、その二つのスキルは〈創造〉と〈操作〉というハズレスキルだった。
そんな俺は、ある日、俺を蔑み、いじめていたやつらの策略によって洞窟の奥底に落とされてしまう。
「何で俺がこんな目に……」
毎日努力し続けてきたのに、俺は殺されそうになった。そんな俺は、復讐を決意した。
だが、その矢先……
「ど、ドラゴン……」
俺の命は早々に消えそうなのであった。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
てんい×てんい×てんい(仮題)
史蔵 麺
ファンタジー
数多くの作品がある中で、こちらを覗いてくださって
ありがとうございますm(__)m
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【あらすじ】
これは、神に乞われたモノが紡ぐの物語。
自由気ままでやりたい放題、神に対する敬意もどこかに忘れた。
そんな転移者で元日本人の三太。
一体、何がしたいのか。
一体、何を為すというのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【注意事項】
※この作品は、チート成分を過分に含みます。
※この作品は、ハーレム成分を含みますが、描写はあまりありません。書いてしまうと、危険が危ないのです。
※この作品は、戦闘場面があまり発生しませんが、発生した場合は、がっつりになってしまいます。
第一章始まるまでは、説明回になっているかもしれませんm(__)m
第一章CASE2までは、普通の感じで進めます。
それ以降は、残酷な表現等が含まれますので、ご注意くださいm(__)m
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【重要】
この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる