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〜第九章 メモリア・白き風〜

162話❅マルティアの旗❅

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 そして『春を呼ぶ風』が吹き数日が過ぎ徐々に暖かくなり、アイファスの街も街の人々分の旅支度が整った。
 そして、翌日に出発を控えた日にパリィは荷を確認しに護衛館に来ていた。
 パリィは、あれ?っと思った……馬車が全て艝になっていのだ。

 確かに艝の方がまだ時期的には良い、だがグラキエス山脈の脇道には、馬車じゃ無いと進めない場所があるのだ。
 だから苦労覚悟で、馬車を用意していたのだが、艝になっていた、でも普通の艝と違う、パリィはまじまじと見ていた、そこにテミアとテリアが来た。

「どう?雪馬車はよく出来てるでしょ」
テミアが自慢げに言って来た。

「雪馬車?これ艝だよね?」
パリィが聞いた。


「今はね
でも馬車にもなるよ見せてあげるね
すみませーん!
この一台を馬車にしてくださーい‼︎」
大きな声で、テミアが近くで作業していた護衛団に言った。

 護衛団達はパリィがいる為に素早く動き始めた。

 まずは荷を下ろし、積んであった車輪を取り出す、何人かで荷台を持ち上げ、車輪を突起に嵌め込み杭を打ち込み固定して、艝部分の板を留め金を外して取り外した、ものの十分程で、見事に馬車になった。

パリィは驚いていた。

「新記録じゃない……
十分切ってる……」
テリアが言い、テミアが護衛団を冷ややかな目で見ている。

「ちょっと貴方達
パリィさんが居るからって本気だしたの?
いつも十五分
二十分かかってたよね?
どういうこと?」
 テミアが怒っている、パリィは汗を流しながら聞き、テリアと二人で静かにその場を立ち去った。

 しばらくしてテミアが戻って来た、先程の護衛団達はだいぶ絞られたようだ。

 そしてバイトが何かを隠しながら、そそくさと何人か連れて倉庫に入って行った、信頼できるバイトをパリィは疑うことなく、気にも止めなかった。


 翌日、まだ日が昇る前から街の北側で出発の準備が始まっていた、全ての護衛団が集まり、雪馬車を出して街全員が集まれる場所も作る。

 テミア姉妹自信作の雪馬車も全て出揃い、そのうち五台が空の状態にし、常に医者が待機し休憩も出来る様にしてある。
 馬にも荷物を載せる頃には、日が昇り始める、そして街の人々が集まって来た。
 まだ時間があり、護衛団が街を見回りまだ人が残ってないかを確かめて回っている。

 全ての街の人々が集まったようだ。

 まだ街を名残惜しく思う者達もいる、そこにバイドが何かの合図を護衛団に送る。


 其れは掲げられた……。


 其れは旗だった、次々と掲げられていく、何処に隠してあったのか雪馬車にも取り付けられている。

 パリィも知らなかったのだ、その旗の存在を。

 澄み渡る空を意味する、水色の下地に白い雪の印のある金色の盾が描かれている。
 そして旗の右側には冬の女神ヒエムスが描かれており、左側には大地の女神テララが描かれている。

パリィは涙を流していた。

 旗は五十枚はあろうか、全て風に吹かれ力強く靡いている。

マルティア国の旗だった。

 冬の大地で変わらぬ平穏を護りたいと願い、盾を中心に女神をあしらった美しい旗、千二百年前に一人で考えて作った旗が今再び北の大地に翻ったのだ。

バイドがパリィにひざまづき言った。

「我らが主人
白き風の女王よ

私はバイド・フォルケン
我が父
シャルク・フォルケンの言葉に従い

この旗を千年守り
今、女王にお返し致します」


 シャルクはパリィに忠誠を誓っていた者だった、キリングの反乱を知り、いち早く手勢を引き連れ対抗したが、キリングの前に敗れてしまった。
 動揺するマルティア国の為に、パリィの為に最初に命を投げ出した忠臣であった。


 バイドは何時もパリィに良くしてくれていたが、パリィはその理由を初めて理解した。
 パリィはバイドの臣下としての気持ちを受け取り、声を上げて力強く主人として全ての人々に語り出した。


「私の声が届く全ての人々に

我らは花を咲かせる為に

旅立ちます……

其れは春の花です。

私達の花が美しく咲き乱れる頃……
また、その花を摘み取ろうとする者が現れるかも知れません……

この荒んだ時代に……
山賊や野盗が南方では増えています
それはなぜ?

時代がそうさせたのです……」

 パリィは話しながら静かにゆっくりと瞳を瞑っていった、そして瞳を見開き、その瞳に力を宿し声に希望を乗せて号令をかけた。



「ならばその時代に!

春を!皆で!春を呼ぼう!

この大地に吹く
『春を呼ぶ風』を忘れるな!


この先の未来に我らが!


『春を呼ぶ風』になるのです!

さぁ、踏み出しましょう!

北の大地で美しい花を咲かせる為に!

シュンパティア大陸の『春を呼ぶ風』となるために!」


 パリィの声は澄んでいた、力強い叫び声にも関わらず、澄み切った美しい声で響き渡り全ての人々の心に届いた。

 パリィはあえて大望のように号令をかけた、マルティア国だけを考えては以前の様に侵攻される。

 ならばマルティア国と交流を持ってくれる国々を持てばいい、以前と違い自国だけでなく他国にも目を向ける。

 セルテアがあの時教えてくれた気がした、セルテアはマルティア国が再興した時、国交を持ってくれると言ってくれた。

 マルティアは雪国で北の地域で大国ではあった、だが一国ではいつか脅威に晒される、それを教えてくれる様でもあった。


 そして人々から盛大な拍手が巻き起こり、パリィは出発の合図を送った、全ての人々に送った。

 パリィは馬に乗り、ゆっくりと馬を歩かせ旅が始まった。
 国を再興し、再び時代を変えようとする長い旅が始まったのである。



「ようやくじゃのぉ

南方では何やら怪しい動きが見れる
オルトロスが動いてなければ良いのぉ

パリィもエレナと同じで
妾を待たせるのぉ……」

 ムエルテが死の女神ではなく、命の女神の姿で、アイファスの教会の屋根の上から旅立つパリィ達を優しい表情で見送っていた。

 まるでその旅立ちを祝福する様に優しい瞳で見つめていた……。

 その様子をピルトのお爺さんとお婆さんは、微笑みながら東の林から見送っていた。

「カイナよ
そなたの村に知らせなくて良いのか?」
ムエルテが聞いた。

「大丈夫でしょう
パリィ様なら無闇に戦をしませんし
何も心配はいらないと思います」
カイナが答える。

「そちも変わったよのぉ……
昔のカイナの方が妾は良いと思うが」
ムエルテが聞いた。

「今は天界に住んでいますから
それに……
エレナ様が治める世界に
憎しみは必要ありませんから」
カイナが答える。

「それは良かったの……」
ムエルテが言う。

「ご安心を
必要な時はいつでも
私は槍を振りますから」
カイナは微笑んで言う。



 そして四日後、アイファスから北に行った場所に小さな村があった、人口は見た感じでは二百人程の小さな村であった。


 パリィはこの村を知らなかった、その為に僅かに戸惑ったが、その村人の方が戸惑った様だ。

 確かに千人を超え護衛団は武装している、攻めて来たのかと疑った様で、直ぐに何十人かの者が守りを固めた、中には女子供も居る様だった。

 パリィはいけないと思い、共を二人だけ連れ村に向かい急いで馬を走らせた、他の者達はその場で待たせた、刺激しない為だ。

争いは避けたいその思いで叫んだ。

「お待ち下さい!
私達は危害を加えません!
お話を聞いてください!」

 村の人々は女が僅か二人だけを連れて来たのを確認し、構えながらも警戒を僅かに解いてくれた。


「あれは軍隊じゃないのか⁈」
 村人の一人がパリィに叫んだ、パリィは村の入り口につき事情を説明した。

「極北へ?国を作りに行くのか?
極北で成功した国はマルティアしか無いぞ、其れも千年も前の話だ……
お前達正気か?」
村人が言う。

「えぇ
そう思われても仕方ないですね
でも私達はその為に行くのです」
パリィは笑顔で話し敵意が無いことを伝えた。

「あんたが女王様か
面白いな……
あんたの国が無事に出来たら
このカイナクルスの村を保護下に入れてくれないか?
最近野盗が多くてな骨折れるんだ」

 村の長らしい者がパリィに言って来た。

 確かに国として保護下、もしくは領地の民は守らなくてはならない、その為に部隊を駐留させる事もある。
 パリィは話を良く聞き、直ぐには出来ない事も説明した。

 するとその男は笑顔で期待してると言ってくれた。
 そして僅かでも食料を買い足す、食料は多い方がいい、何かあり足止めを受け僅かの遅れが大きな遅れになることもあるからだ。


 この村はカイナクルスと言うらしい。


 その日は、その村の直ぐ脇に夜営する事にした。
 村の人々は人が良くパリィ達に細やかな差し入れをしてくれた。

 焚き火を囲み美しい夜空のしたで、久しぶりに賑わっている、パリィはこう言った事も嫌いじゃなく、楽しい時間を過ごした。

 何故か遠い過去に、同じ様に野営した事がある気がした。

 マルティア国の時代、いや生まれるもっと遠い過去に同じ様に野営した様な気がしていた。

「それにしても
よくこんな小さな村で
無事に生き残っていられますね」
バイドが村人に聞いた。

「そりゃあうちの村は
守護天使様が守ってくれるんだ
えらい美人だが

骨の左腕をお持ちになられる
闇の天使カイナ様のおかげですよ」
村人が言う。

「骨の腕?」
パリィが聞いた、何故かその天使も知っている様な気がした。

 そして一通りその話を聞いて行くが、聞けば聞くほど、何か心の扉をノックされる様な気がしていた。


 パリィは不思議に思った、アイファスから数日の距離にカイナクルスはあるが、アイファスの村人はカイナクルスの存在を知らなかったのだ、村の様子から数百年はたっている、それなのにたった数日の距離にあるカイナクルス村を、アイファスの村人が見つけることも無ければ、商人からも聞いた事がない様だった。


(不思議な村……
なんだろう……
この世界の村じゃないみたい……)
パリィが心で呟いていた。


 まるで深い霧に包まれ、世界から切り離されているように思えたが、パリィが訪れカイナクルスは初めて世界と繋がったようにパリィは感じていた。



 そして翌日パリィ達は出発した、六日後には一番の難所グラキエス山脈に差し掛かる、山々を迂回しながら進んで行く為に時間が掛かる。

 グラキエス山脈を抜けるのに十日以上かかるとパリィは考えていた、食料に余裕を持たせたい為に少し急いでパリィ達は進んで行き何事もなく、グラキエス山脈の麓につき、そこで一夜を明かす。

 翌日、朝早くからパリィは荷を積んでる雪馬車を整理させて、休憩用の雪馬車を更に五台追加させた。
 山脈を迂回するとは言え、だいぶ山を登る為に年寄りには無理と判断し気を使ったのだ。

 食料も減ればまた雪馬車を整理出来る、とは言えまだ休憩用の雪馬車は少ない、護衛団も馬に乗ってる者を半分降ろし、年配の方を乗せる様に指示をだした、無論パリィも馬を降り、歩くことを選び出発した。


 早春のグラキエス山脈はまだまだ寒い、山々からの吹き下ろしの風がより寒く感じさせる。
 緩い登りを一行は進み、巨大な岩が屋根の様に迫り出している大きな洞穴にたどり着いた。

「パリィ様、ここは?」
護衛団がパリィに聞いて来た。

「ここは雪見の洞穴
神々に祈りを捧げるのに
二千年前まで使われていた洞穴なの
ちょうどいい風除けにもなるから
今夜はここで休みましょう」


 雪見の洞穴はそんなに深くは無いが、三百から三百五十名程入れる広さがある。
 年配の方を休ませ、暖を取るには十分である、パリィは護衛団を連れ少し奥に入り安全を確認して回る、この季節なので動物達の先客が居ないか昔と変わらず岩は崩れずに保たれているか、などを見て周り臭いも確認する、今は居なくてもここを住処にして居る者が居るかも良く見て回った。


 入り口付近では、荷を降ろし夜営の支度を皆が始めている、洞穴には何も居ない様子で、パリィは安心し警戒しながらも年配の方や、子どもを優先して洞穴で休ませる。

 若い男たちは周辺を見回りをしついでに探索している、山菜やキノコなどをついでに集めている。
 アイファスの人々はその手の知識は深く、安心して任せられるが、パリィが調理する前に全て確認する。

 誤って毒キノコなどがあれば大変なことになるからだ、悲しい旅にはしたくない、パリィは何時もより気を使っていた。


(あ……
あれは……
マルティアの旗

女王様の旗……)
 パリィ達の野営から、かなり離れた森の中でパリィ達一行を見つけた、小さな少年が呟いていた。

 だがその少年は様子がおかしい……。

 どこか明るい表情をしているが、人の温もりを感じさない表情をしていた。
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